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辺境の地主事件

第102話 久しぶりのコイニキール

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「おおジャネット、よくぞ戻った。王都はどうだ? 甘っちょろいところだろう?」

「ただいま帰りました、お父様。うーん、思ったより事件も頻発してて、そこまで治安は良くない感じかな」

「なんと、意外」

 屋敷の入り口に父が立っていて、私を出迎えてくれた。
 一見すると、プラチナブロンドをオールバックにした、髭面の巨漢。
 顔には斜め一直線に古い傷跡が走っている。

 これが父の、ワトサップ辺境伯。
 所有する戦力的にも、個人戦力的にも最強の貴族、と言われる人だ。

「力で解決できない事件が多いの。だから、色々と彼女に助けられたわ。紹介するね。こちらがシャーロット」

「はじめまして、ワトサップ辺境伯様」

 シャーロットが完璧な作法で礼をした。

「おおーっ! そなたが! ジャネットからの手紙によく、そなたの名前が書いてある。そうかそうか、ジャネットにもついに対等な友人が」

 父は目を細めて喜んだ。

「お館様、時に蛮族やモンスターどもの動きはどうです?」

「ナイツ、お前も戻ってきてくれて頼もしい。だが、残念ながら奴らの動きは少ない。お前の手を借りるほどではないな」

「平和になっちまったんですねえ」

「一時の平和だ。奴らの族長を狩ったからな。今頃は、身内で誰が頭に立つかを争っているだろう。こちらに攻め込むどころではない。それに、我らとの戦で多数の仲間を失ったであろうしな。そうさな、あと十年は攻め手は少なかろうと考えている」

 ふむふむ。
 父が私を王立アカデミーに送り出そうと考えるわけだ。
 どうやら今の辺境は大変安定しているらしい。

 ここで父が何かに気付いたようで、ポンと手を打った。

「そうだそうだ。ジャネット。お前との婚約を破棄したあの男だが、徹底的にしごいて鍛えているぞ。見に行くか」

「コイニキールのこと? 行く行く!」

「徹底的にしごいているというのがゾッとしませんわねー」

 父に先導されて、私たちは兵士たちの訓練所へ。
 辺境伯領の訓練所は広い。
 とにかく広い。

 騎士や兵士、一般の領民に冒険者も利用していて、それぞれが混じって稽古を行っていたりもする。
 多分、王都のお城の敷地くらいの広さがある。

 あちらこちらには屋根も設けられていて、雨が降ったらそこで訓練を行うのだ。

「ほれ、いたぞ」

 父が指差す先で、黙々と模造刀による打ち込みを行っている男がいた。
 金髪は伸びて汚れて、知っている頃よりも体格が一回り大きくなっている。

 相手をしている騎士は、それなりに腕の立つ男だ。
 彼が私を見て、相好を崩した。

「ジャネット様!」

 この言葉と同時に、金髪の彼がピタッと動きを止めた。

「ジャ、ジャ、ジャネット……!?」

 そして、振り返りもせずに、彼は脱兎のごとく逃げ始めた。

「逃げた!」

「またコイニキールが逃げたぞ!」

「追えー!」

「あいつ、どんどん足が早くなっていくな!」

「こりゃあ、斥候で使えそうだ!」

「次の戦闘では頼もしいな!」

 騎士たちが和気あいあいとしながら、逃げたコイニキールを追っていく。

「凄いことになっている」

「うちに来た以上、何らかの形で戦力になってもらうからな。鍛えたら、まあまあいける男だった。何より、足が速い。あれは王都で王族などやっていては活かせぬ才能だったな」

「いじめたりせず、結構フェアに育ててるんですのねえ」

 シャーロットの言葉に、ナイツが頷く。

「そりゃあそうさ。いじめてたら、戦場でそいつに背中から斬られるなんてのはざらだ。フラストレーションやストレスは、徹底的に打ち込みをしたり、訓練の後に酒盛りをしたりして発散する。そんなもんだ」

「暴力的欲求と食欲を満たすのですわねえ」

「あとは、こっちの方もな」

「あら」

 なんか大人な話をしているな?
 とにかく、思ったよりもコイニキールが元気で驚いた。
 彼は今後、一介の兵士として辺境防衛に努めていくことだろう。

「功績を上げたら騎士にしてやってもいいと考えている」

「お父様ってほんと公平よねえ」

「わっはっは。あれでも、来たばかりの頃は泣き叫んだり漏らしたり大変だったのだぞ。逃げ場が無いことを思い知らせて、性根を叩き直してやったわい」

 どうやらそれがかなり楽しかったようで、父はご機嫌。
 この人、貧弱な男をムキムキに鍛え上げるのが趣味みたいなところあるからな。
 うちの騎士団や兵士たちには、そんなのがたくさんいる。

 みんな父のことをとても慕っているので、これはこれで幸せな世界なのかもしれない……?

「辺境伯は、コイニキール殿下がジャネット様にしたことをどう思われますの?」

「手出しする前だったのだろう? 手出しをしていたら殺していたが、そうでないならば口約束が反故になっただけだ。結果、娘はそなたという無二の友を得て、変わり者の第二王子とも仲良くしているようではないか。一見して不幸にも思える出来事を経て、何もかも上手くいくということはよくあるものだ。コイニキールは十分に罰を受けた。それを必要以上に憎む必要などない」

「立派ですわ……!」

 シャーロットが、心底敬服した、という口調でつぶやいた。
 身内争いしていたら、辺境だと何かあった時、真っ先に死ぬからね。
 どうやって罪をそそいで、社会的に許すか、というのはこの土地の伝統みたいなのになっている。

 コイニキールはもう、二度と王都に戻ることはできない。
 王子としての地位も無くて、イニアナガ陛下からは絶縁されたようなものだ。
 なので、十分に罰は受けた、ということだ。

 辺境を守る礎になって欲しいものだ。
 私はうんうん、と頷いた。
 これぞ辺境魂。

 そんな楽しい一時に、慌てた様子の騎士が駆け込んできた。

「大変です、お館様! あ、ジャネット様も!! ナイツ殿もいる!? これはもう解決してしまったかなあ」

「こらこら」

 騎士が私たちを確認すると同時に、気持ちを緩めたのでたしなめる。

「どうしたの? 事情を話して」

「ああ、はい。実はあちらの山岳地帯を城塞に改造するために、土地の買取交渉をしていたのですが、あそこの地主が殺されまして」

「なんですって」

「なんだと!?」

 私と父が、揃って驚きの声をあげる。

「事件ですわね!?」

 ここで、ずっと観光客気分だった彼女が生き生きとし始めた。
 シャーロットである。

 辺境であろうと、事件あるところ、そこの主役は彼女になるのだ。
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