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リュカ・ゼフィー号事件~リトル・シャーロット~

第95話 精霊船の秘密

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 通路をどんどん進んでいく。
 それらは枝分かれしていて、スロープ状の床を降りていくとすぐ行き止まりになる。
 だが、行き止まりの先にあるものが……。

「これ、のぞき窓ですわね。向こうからこっちは分からないのかしら。ああ、マジックミラー?」

 行き止まりに必ずあるのが、マジックミラーの窓。
 それらはそれぞれの船室に繋がっていて、部屋の中で起こっている事を詳らかに見ることができた。

「これってつまり……。侯爵がいつでも、他の貴族の弱みを握れるようにしてるってことですわね!」

「そうなるね」

「じゃあ、わたくしたちの部屋も危ないですわ」

「それは乗船した当日に私が塗りつぶしておいたよ」

「ええっ!? お兄様、もう気付いてらしたのですか!?」

「不自然な位置の鏡で、船体の構造的に壁が分厚すぎる部分が多かったからね。そして何より、マジックミラーは反射の具合が違うんだ。これはよく覚えておくといい」

「ぐぬぬ……。年の功ずるいですわ」

 シャーロットがちょっとむくれた。

「それに、後ろから来て秘密をばらしてしまうなら、お兄様はいじわるするためについてきましたの!?」

 プンプンのシャーロット、腰に手を当てて振り返る。
 すると眼前では、背後から襲いかかってきた騎士を、マクロストが迎え撃つところだった。

 騎士が突き出してきた剣の腹を、手の甲で受け流しながら踏み込み、騎士の肩を押して重心を崩しながら軸足を片足で払う。
 騎士は頭から転倒して、そのまま動かなくなった。

「な、なんですの!?」

「バリツの応用だよ。シャーロットが好きな派手な技では無いが、使いこなせば武装した騎士くらいは無力化できるようになる。護身用として最適だね」

「そっちの話ではありませんわー! ……おっとと、この騎士、侯爵の部下ですわね? つまり通路をわたくしたちに見られたから殺そうとしたんですの?」

「そうなるね。ヤブを突いて蛇が出たが、幸いこちらは蛇退治の専門家だったというところだ」

「意味が分かりませんわー!」

 シャーロットはどんどんと進んでいく。
 通路の隅々までを歩き回り、あちこちで情報収集をしていた侯爵の部下を、マクロストが倒す。

「お兄様……。いつもは運動なんかできませんっていう顔してるのに、デタラメに強いですわよね」

「ああ。私も立場がなければ、冒険者に憧れていたところだ。数々の危険と向き合い、世界の謎に挑んで国々を渡る。心躍る……。だが私には叶わぬ願いだ」

 マクロスト・ラムズ次期侯爵は、とても責任感が強い男なのだ。
 爵位を放り出して出奔することなど、できようはずもない。

「でしたらお兄様! わたくしが冒険者の方々と親しくなって、面白いお話をたくさん集めて差し上げますわ!」

「シャーロットが? なるほど、それも手かもしれないね」

 にっこり笑うマクロスト。
 普通に考えれば、侯爵夫人となったシャーロットが、冒険者という言わば流れ者たちと接触するなどありえないはずなのだが……。

「どうせ、これで侯爵家との縁談は反故になりますわ。だってあのお厳しいイニアナガ陛下が、トレボー侯爵が仕組んだこの陰謀を許すわけがございませんもの」

「全くだね。結果的に君は、婚約を破棄することになる」

 襲ってきた次なる騎士の手首を掴み、軽くひねるだけで一回転させて投げ飛ばすマクロスト。
 騎士は天井にぶち当たり、落下して動かなくなった。
 それをじーっと見て、シャーロットがようやく気付いた顔をした。

「あっ! お兄様、わたくしの護衛でしたのね?」

「気付かれましたかな、お嬢様」

「んもー! わたくしがもっと大きくなって、バリツをばりばり使えるようになったら、お兄様に守ってもらわなくても良くなりますわ!」

「ははは、それは大変だ。バリツで強くなって、推理で私に負けないようになって、それで冒険者と仲良くなって冒険の話を私に教えてくれないといけない」

「全部やってみせますわ!」

 シャーロットは堂々と胸を張った。
 かくして、通路の隅々までを見て回ったシャーロットとマクロスト。
 トレボー侯爵の使用人はことごとく行動不能にし、意気揚々と帰還した。

 すると、本棚であった入り口が封鎖されているではないか。

「証拠隠滅のためだろうね。これは壊すのも骨が折れそうだが」

「簡単ですわお兄様! ここに来るまでの間に、床や天井の薄いところを探しておきましたの!」

「素晴らしい。ではそこを蹴破って侯爵と対面しよう」

 兄妹はやや戻ったところで、騎士を叩きつけられて凹んでいる天井を確認する。
 壁を蹴って飛び上がったマクロストが、この天井を蹴り破る。
 すると、どうやらここは手抜き工事だったようだ。大きな穴が開いた。

 二人はここから脱出し、あろうことかトレボー侯爵の部屋の天井を砕いて登場。
 トレボー侯爵とオットーはこれを見て、「ウグワー!?」と腰を抜かしたわけである。

「ど、ど、どうして、シャーロット……」

「オットー、とても残念だわ。あなたがたが本当にトレボー侯爵だったのなら、わたくし、嫁いでいっても良かったのだけれど……。侯爵は、どこで入れ替わりましたの? 水麻窟を作った辺りですの?」

「ううっ、ど、どうしてそれを……」

 青ざめたトレボー侯爵が呻く。

「あら、やっぱり入れ替わってましたのね? 非合法な手段でもなんでも使って、子爵から侯爵へと成り上がられたようですけれど、わたくしが物心ついてからは、ずーっと侯爵でしたものね。これ、よく考えたら、イニアナガ陛下の在位と符合するのですわ。成り上がるにも頭打ちになったおじさまは、焦って強硬手段に出たのですわね。たくさんの貴族や商人の弱みを握って、彼らに後押しさせれば、もしかすると公爵まで行けたかもしれませんものねえ」

「うううっ、おのれ、おのれ! これだから頭のいい娘は嫌いなのだ! シャーロット! 自分の手で縁談を壊して、どうなるか分かっているのか!? 貴族たちはお前を恐れて、誰も求婚などしてこなくなるぞ!」

「特に問題はありませんわ。わたくし、恋や愛よりも、謎と冒険を愛していますの」

 シャーロットが告げると、トレボー侯爵はがっくりと頭を垂れた。
 かくして精霊船は、王都の港へと戻り……。

 全ての罪を暴かれたトレボー侯爵は投獄され、家も取り潰された。
 トレボー侯爵家の土地はラムズ侯爵家に吸収されることとなり……。

 功労者とされたマクロストは、誰もが認める若き侯爵として、社交界にデビューすることになるのだった。

 ■ ■ ■

「……というわけですわ」

「へえー! シャーロットってそんな過去があったのねえ……。凄いなあ、昔からとんでもなかったのね」

「ほほほ、ジャネット様、ご自分を棚に上げて」

「私はそこまでとんでもなくないですう!」

 私がしかめ面をすると、シャーロットが笑い出した。
 私も吹き出してしまう。

 でも、そういういきさつがあって、だからシャーロットは下町で自由に暮らしているわけだ。
 マクロストがどうやらバリツの達人らしいところとかはびっくりしたけれど。
 今度、シャーロットと彼が言葉の応酬をしている場面を見た時、ニヤニヤしてしまいそうだな、なんて私は思うのだった。
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