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リュカ・ゼフィー号事件~リトル・シャーロット~

第94話 終わらぬ過去

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 翌日。
 トレボー侯爵は体調が良くなったのか姿を現した。
 シャーロットは昨日のことなど、まるで無かったかのように屈託のない笑顔を見せる。

「ご調子が回復されて何よりですわ! オットー様も船の揺れには慣れられまして?」

「ああ、どうにかね」

 シャーロットの婚約者であるオットーは、ようやく赤みのさしてきた頬を笑みの形にした。
 傍から見ると、まだ幼さの残る少女と、彼女のねぎらいを喜ぶ若き貴族に見えたことだろう。
 だが、実際はどうか。

「シャーロット、何を探っているんだい?」

 トレボー侯爵がその場を離れた後、オットーが切り出してきた。

「あら、何のことですの?」

「いい加減、君との付き合いも長いんだ。君が好奇心旺盛で、一度興味を持ったことにはとことんまで食らいついて暴き立てないと気が済まないってことは、よく分かってる」

「わたくしのこと、そこまでご理解いただけてるなんて。光栄ですわ!」

 どうやらシャーロットの言葉は本心かららしい。
 オットーは面食らった様子だった。

「いいかい。人は誰にだって、後ろ暗いところの一つや二つはある。ようやく落ち着いたそれを探っても、誰も幸せにはならないよ」

「ええ。本当に落ち着いてしまったのならそうでしょうね。そうならばわくたしは手を引きますわ!」

「引いてくれるかい? それでこそシャーロットだ」

「ええ!」

 幼い婚約者の微笑みに、オットーも安堵したようだ。
 だが、シャーロットは一言も、この事態から手を引くなどと言っていない。

 彼女は、トレボー侯爵が過去に関わっていた案件が、まだ終わっていないと考えていたからだ。
 オットーが父親の後をついていったところで、シャーロットは動き出した。

「オットー様は利発でいらっしゃるけど、人が良すぎるのよね」

 トコトコとトレボー侯爵の部屋へ向かっていくシャーロット。
 精霊船の持ち主であるトレボー侯爵は、船の最上階に特別室を作り、そこで寝起きしていた。
 普通ならば、侵入者を防ぐために騎士や使用人が番をしていそうなものだったが……。

「だーれもいませんわね」

 階段の影から部屋の扉を覗き見たシャーロット。
 なぜか、思ったとおりとばかりに澄まし顔。

「でも、お兄様はついてきますのね」

 彼女が振り返ると、いつのまにかマクロストがいた。

「それはそうさ。か弱い妹が無茶をしないか、兄は心配している」

「またまた。常日頃、立場が許せば冒険をしてみたいと仰っていたじゃありませんか」

「立場が許さないのでね。さあシャーロット。不自然に侯爵の部屋の前に人気はなし。これをどう判断するかい?」

「そうですわねえ」

 扉の前まで歩いていき、シャーロットは床をしげしげと眺めた。

「ここまで絨毯が敷かれていますから、足跡がついていますわね。トレボー侯爵とオットー様のは分かりますけど。これは何でしょう?」

「護衛の騎士のものだろうね。だが、騎士の姿は甲板には無かった」

「お昼ですし、開けた場所でたくさんの方の目がありますわ。だから守る必要がないと思ったのではなくって?」

「護衛が仕事なのに? 人の目がある時こそ、護衛ここにあり、と演出するのも彼らの仕事だと思うけどね。つまり結論から言うと」

「やめてくださいませお兄様? いきなり結論を言うの、わたくし嫌いですわ!」

 シャーロットは扉に手を掛けると、ぐっと引っ張った。
 重々しい音とともに、扉が開いていく。

「鍵が開いていますわね」

「ああ。昨日、ウィーゼルから聞いた話を覚えているかい?」

「ええ。侯爵が子爵であったころから、いろいろな事をされて今の地位に就かれたということでしょう? それで、黒いカラスの刺青の一団と懇意だった」

「自らも刺青を入れる程度にはね。彼らが何年経っても、簡単に諦めるものではないと君も思っていたのではないかい? だから、こうして調べにやって来た」

「その通りですけど。お兄様が全部言おうとしてしまうから面白くありませんわ!」

 ちょっとむくれるシャーロット。

「それは年の功というものだ。私は君よりも、十年ばかり長く生きているからね」

「生きてる時間の長さだけはどうしようもありませんわ! 不公平ですわー! お兄様なんかきらい!」

 シャーロットにぷいっとそっぽを向かれて、マクロストは肩をすくめた。
 気にした様子もない。
 すぐに、妹の興味は自分から移ってしまうことを知っているのだ。

「でもおかしいですわ。本当に誰もいない。メイドもいませんわね。ベッドメイクはされてるみたいですけれど、みんなどこに行ったのかしら」

「そうだね。成り上がってきたトレボー侯爵だが、彼は本当に、完全無欠の侯爵家として成り立っているのだろうか? 家が紡いできた歴史と文化、縦と横のつながりというものは深いよ。簡単に手に入るものではない。少なくとも、トレボー侯爵の代では手が届かないだろうね」

「それってつまり……今、侯爵が手にしているものはどれも借り物や偽物かも知れないっていうことですの? ありえますわね!」

 ぐるりと、シャーロットは部屋の中を見回した。
 そして、室内の一点を凝視する。

 何の変哲もない本棚の一角。
 そこから本が一冊だけ、今にも落ちそうになっていた。

 近づいたシャーロットがそれを手に取ろうとする。
 だが、本を抜き出すことができない。

「本棚に据え付けられた、本の形をした飾りですわね。それで多分、これ、ボタンになっていますわね?」

 シャーロットが本を、ぐっと押し込んだ。
 すると、ガタンと音がして、本棚が回転する。
 出現したのは通路だ。

 魔法の明かりだろうか?
 暗かった通路に光が灯っていく。

 そして通路は幾重にも分かれており……。

「様々な手段を使い、侯爵へと成り上がったのがトレボー侯爵ということだね」

 マクロストの言葉に、シャーロットはうなずいた。

「侯爵、我が家との繋がりを得て、それからさらにさらに上に行こうと考えているのですわね」

 本棚の下にも絨毯が続いており、そこには、たくさんの足跡があった。
 騎士、執事、メイド……。

「侯爵の昔は、まだ終わっていませんでしたのね!」

 シャーロットは通路へと踏み込んでいく。
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