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リュカ・ゼフィー号事件~リトル・シャーロット~
第93話 侯爵の過去
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「お兄様! どうしておじさまは顔色を悪くされてしまったのかしら。引っ込んで、ディナーにも出てきませんでしたわ!」
「シャーロットがそれだけ、痛いところを突いたということだろうね。人には誰しも、触れられたくない過去というものがある。トレボー侯爵にとっては、まさしくそれだったのだろう」
「お兄様にも触れられたくない過去はありますの?」
「あるよ。先日君に、知恵比べでこてんぱんに負かされたことだ」
「自分から言っているではありませんか!」
シャーロットは腕組みをして「お兄様はどこまで本気なのか分かりませんわ」とぶつぶつ呟いた。
その後、ポンと手を打つ。
「そうだ! わたくし、いいことを思いつきましたわ!」
「どうせろくでもないことだろう?」
「失敬ですわねー! こういうのは、情報が少ない時に考え込んでいても仕方ないのですわ。お兄様が教えてくださったではありませんか。『真実が知りたいだけなら黙考せよ。事実を知りたいのならば動け』って」
「そうだったかな? 多分、先生の受け売りだったと思うよ」
「謙虚ですわねえ!」
シャーロットにばしばしと背中を叩かれるマクロスト。
別に痛くも無いようで、表情は変わらない。
「ではシャーロット、君が言い出したら聞かないのは分かっている。私は安楽椅子に腰掛けながら思考を巡らせるのが好きなのだが、君は足を使って集めるタイプだろう?」
「お兄様の物分りがいい……」
「私も退屈なんだよ。船の上では娯楽が限られるからね。読書をしようにも、持ち込める本の数にも限りがある。落ち着ける状況になってから、大切に読みたいのだよ」
兄妹は船室を出ると、後を使用人たちに任せた。
向かうのは甲板。
昼間とは様相が代わり、夜景と音楽を楽しむためのバーになっている。
貴族たちはここで交流を持ち、商人たちは貴族にコネクションを作ろうと必死だ。
そこに現れたシャーロットは、昼間の出来事を知る者たちからの注目を集めた。
「おや、ラムズ侯爵家のお嬢さんだ!」
「あの利発なお嬢さんかね?」
「今度はどんな事をしてくれるんだろう」
好奇の視線を浴びて、しかしシャーロットは少しも揺るがない。
「あのー、あなたはおじさまと仲良しでしょう?」
ためらいもなく突き進むと、一人の商人の元にやって来た。
彼は、ウィーゼル・ゼニシュタイン。
エルフェンバインでも名を上げてきた商家、ゼニシュタイン家の次期当主である。
「これはこれは、シャーロット様。マクロスト様も。どうして、わたくしめがトレボー侯爵と懇意にしていると思われたので?」
心底不思議そうにウィーゼルが尋ねる。
「それは、あなたがおじさまを探している素振りが無かったからですわ。お昼も、甲板にいらしたでしょう? 談笑はしてらしたけど、商談にはなってませんでしたもの。つまり、そんなことする必要もない仲だったのではないですの?」
「ほおお」
ウィーゼルが目を丸くして、ため息を吐いた。
周囲にいた人々も、「なるほどぉ」「これはその通りだ」「さすがだなあ、ラムズのお嬢さん」と感嘆の声をあげる。
「推察される通りです!」
「ふふ、簡単な推理ですわよ!」
ちょっと得意げに、シャーロットが胸を張った。
「シャーロット。レディが腰に手を当てて胸を張るのははしたないよ」
「あら、失礼しましたわ!」
慌てて姿勢を正すシャーロットに、周囲から笑いが漏れた。
「それで、あなた。ウィーゼルさんですわよね? ゼニシュタイン家の看板を背負う方は次期当主のウィーゼルさんしかおりませんものね」
「いや、叶いませんな……! その通りです! それで、わたくしめにご用事とは、トレボー侯爵のことで?」
「ええ。おじさまの過去を知っていらっしゃる?」
ウィーゼルは難しい顔をした。
「知っていますのね! 話してちょうだい!」
「シャーロット。人前で他人の秘密を明かすような人が、商人をやれるはずが無いだろう?」
「それもそうでしたわね!」
マクロストの助け舟で、ウィーゼルはホッと一息ついた。
「いやあ、ご兄妹で抜群のコンビネーションだ……」
「そんなことありませんわ」「そんなことはないですよ」
二人が同時に否定してきた。
周囲から、ドッと笑いが漏れる。
甲板にいた人が皆集まってきており、これはちょっとしたショーの様相を呈してきた。
「さて、この有様ではますます話せなくなるのですが……」
ウィーゼルが周囲を見回す。
「確かにそうですね。シャーロット、場所を移そう。情報の開示はもっと静謐な場所で行われるべきだ。楽団の諸君、この場の主役は君たちだよ。私から一曲リクエストしてもいいかな?」
マクロストは金貨を投げて、楽団に盛り上がる一曲をリクエストする。
楽団の長が満面の笑顔で頷き、団員たちに指示を飛ばす。
星空の下に、明るくアップテンポな音楽が流れ始め、甲板にいる者たちはそれに合わせて体を動かし始めた。
その間に、兄妹と商人は場所を変える。
甲板の裏側。
建物に阻まれて音が聞こえてこない、静かな後部甲板だ。
ここは狭いから、人が集まることはあまりない。
「トレボー侯爵のお話を聞いて、どうなさるおつもりで?」
ウィーゼルの質問に、シャーロットは首をかしげる。
「どうもしないわ? わたくし、おじさまの家にお嫁に行く予定なの。おうちのことは知っておいた方が良くなくて? そうしたら、黙ってたほうがいいことは黙っていられるもの」
「なるほど、道理ですな!」
ウィーゼルが破顔する。
「これはここだけの話なのですが、トレボー侯爵はあの地位に就かれるまでに、様々な仕事をなさっておいででしてね。わたくしめが最初に出会ったのは、蓬莱から帰ってきた若い頃のあの方でした。その頃はまだ子爵でしたか」
「トレボー侯爵、一代で子爵から侯爵に成り上がった、彼の話は有名ですね」
マクロストが頷く。
「つまり、それは私たちも知っていますよ」
「はい、ここからですな。エルフェンバインの王都には水麻窟というのがあるでしょう。あれはもともとは、侯爵が連れてきた連中が始めた商売だったんです。そこにマーメイドが雇われて、ああいう麻薬を売る仕事になった。麻薬は軍務の最前線では必要なものです。国を守るための必要悪みたいなものですな。だが、王都で蔓延していいものではない」
「つまり、おじさまが水麻窟に関わっていて、その時おじさまと一緒に商売をした人たちが良くない人たちだったのですわね?」
「そういうことです。皆一様に、カラスの刺青を肩に入れていましてね。シャーロット様が昼間、看破なさった通りなんですよ。その一団から侯爵は足を洗ったはずなのですが……まあ、そういう連中はなかなか逃してはくれません。……とまあ、そいううわけです」
「大変なことになっていますのねえ!」
シャーロットが呆れたような声をあげた。
「どうだい、シャーロット。トレボー家に行くのは嫌になってしまったかい?」
「とんでもありませんわ! これはもっともっと悪いものが、あの家にはあるかも知れませんの! 将来そこの一員になる女として、これは徹底的に暴いて解決せねばですわね!」
きなくさい臭いがする中で、やる気を増すシャーロットなのである。
「シャーロットがそれだけ、痛いところを突いたということだろうね。人には誰しも、触れられたくない過去というものがある。トレボー侯爵にとっては、まさしくそれだったのだろう」
「お兄様にも触れられたくない過去はありますの?」
「あるよ。先日君に、知恵比べでこてんぱんに負かされたことだ」
「自分から言っているではありませんか!」
シャーロットは腕組みをして「お兄様はどこまで本気なのか分かりませんわ」とぶつぶつ呟いた。
その後、ポンと手を打つ。
「そうだ! わたくし、いいことを思いつきましたわ!」
「どうせろくでもないことだろう?」
「失敬ですわねー! こういうのは、情報が少ない時に考え込んでいても仕方ないのですわ。お兄様が教えてくださったではありませんか。『真実が知りたいだけなら黙考せよ。事実を知りたいのならば動け』って」
「そうだったかな? 多分、先生の受け売りだったと思うよ」
「謙虚ですわねえ!」
シャーロットにばしばしと背中を叩かれるマクロスト。
別に痛くも無いようで、表情は変わらない。
「ではシャーロット、君が言い出したら聞かないのは分かっている。私は安楽椅子に腰掛けながら思考を巡らせるのが好きなのだが、君は足を使って集めるタイプだろう?」
「お兄様の物分りがいい……」
「私も退屈なんだよ。船の上では娯楽が限られるからね。読書をしようにも、持ち込める本の数にも限りがある。落ち着ける状況になってから、大切に読みたいのだよ」
兄妹は船室を出ると、後を使用人たちに任せた。
向かうのは甲板。
昼間とは様相が代わり、夜景と音楽を楽しむためのバーになっている。
貴族たちはここで交流を持ち、商人たちは貴族にコネクションを作ろうと必死だ。
そこに現れたシャーロットは、昼間の出来事を知る者たちからの注目を集めた。
「おや、ラムズ侯爵家のお嬢さんだ!」
「あの利発なお嬢さんかね?」
「今度はどんな事をしてくれるんだろう」
好奇の視線を浴びて、しかしシャーロットは少しも揺るがない。
「あのー、あなたはおじさまと仲良しでしょう?」
ためらいもなく突き進むと、一人の商人の元にやって来た。
彼は、ウィーゼル・ゼニシュタイン。
エルフェンバインでも名を上げてきた商家、ゼニシュタイン家の次期当主である。
「これはこれは、シャーロット様。マクロスト様も。どうして、わたくしめがトレボー侯爵と懇意にしていると思われたので?」
心底不思議そうにウィーゼルが尋ねる。
「それは、あなたがおじさまを探している素振りが無かったからですわ。お昼も、甲板にいらしたでしょう? 談笑はしてらしたけど、商談にはなってませんでしたもの。つまり、そんなことする必要もない仲だったのではないですの?」
「ほおお」
ウィーゼルが目を丸くして、ため息を吐いた。
周囲にいた人々も、「なるほどぉ」「これはその通りだ」「さすがだなあ、ラムズのお嬢さん」と感嘆の声をあげる。
「推察される通りです!」
「ふふ、簡単な推理ですわよ!」
ちょっと得意げに、シャーロットが胸を張った。
「シャーロット。レディが腰に手を当てて胸を張るのははしたないよ」
「あら、失礼しましたわ!」
慌てて姿勢を正すシャーロットに、周囲から笑いが漏れた。
「それで、あなた。ウィーゼルさんですわよね? ゼニシュタイン家の看板を背負う方は次期当主のウィーゼルさんしかおりませんものね」
「いや、叶いませんな……! その通りです! それで、わたくしめにご用事とは、トレボー侯爵のことで?」
「ええ。おじさまの過去を知っていらっしゃる?」
ウィーゼルは難しい顔をした。
「知っていますのね! 話してちょうだい!」
「シャーロット。人前で他人の秘密を明かすような人が、商人をやれるはずが無いだろう?」
「それもそうでしたわね!」
マクロストの助け舟で、ウィーゼルはホッと一息ついた。
「いやあ、ご兄妹で抜群のコンビネーションだ……」
「そんなことありませんわ」「そんなことはないですよ」
二人が同時に否定してきた。
周囲から、ドッと笑いが漏れる。
甲板にいた人が皆集まってきており、これはちょっとしたショーの様相を呈してきた。
「さて、この有様ではますます話せなくなるのですが……」
ウィーゼルが周囲を見回す。
「確かにそうですね。シャーロット、場所を移そう。情報の開示はもっと静謐な場所で行われるべきだ。楽団の諸君、この場の主役は君たちだよ。私から一曲リクエストしてもいいかな?」
マクロストは金貨を投げて、楽団に盛り上がる一曲をリクエストする。
楽団の長が満面の笑顔で頷き、団員たちに指示を飛ばす。
星空の下に、明るくアップテンポな音楽が流れ始め、甲板にいる者たちはそれに合わせて体を動かし始めた。
その間に、兄妹と商人は場所を変える。
甲板の裏側。
建物に阻まれて音が聞こえてこない、静かな後部甲板だ。
ここは狭いから、人が集まることはあまりない。
「トレボー侯爵のお話を聞いて、どうなさるおつもりで?」
ウィーゼルの質問に、シャーロットは首をかしげる。
「どうもしないわ? わたくし、おじさまの家にお嫁に行く予定なの。おうちのことは知っておいた方が良くなくて? そうしたら、黙ってたほうがいいことは黙っていられるもの」
「なるほど、道理ですな!」
ウィーゼルが破顔する。
「これはここだけの話なのですが、トレボー侯爵はあの地位に就かれるまでに、様々な仕事をなさっておいででしてね。わたくしめが最初に出会ったのは、蓬莱から帰ってきた若い頃のあの方でした。その頃はまだ子爵でしたか」
「トレボー侯爵、一代で子爵から侯爵に成り上がった、彼の話は有名ですね」
マクロストが頷く。
「つまり、それは私たちも知っていますよ」
「はい、ここからですな。エルフェンバインの王都には水麻窟というのがあるでしょう。あれはもともとは、侯爵が連れてきた連中が始めた商売だったんです。そこにマーメイドが雇われて、ああいう麻薬を売る仕事になった。麻薬は軍務の最前線では必要なものです。国を守るための必要悪みたいなものですな。だが、王都で蔓延していいものではない」
「つまり、おじさまが水麻窟に関わっていて、その時おじさまと一緒に商売をした人たちが良くない人たちだったのですわね?」
「そういうことです。皆一様に、カラスの刺青を肩に入れていましてね。シャーロット様が昼間、看破なさった通りなんですよ。その一団から侯爵は足を洗ったはずなのですが……まあ、そういう連中はなかなか逃してはくれません。……とまあ、そいううわけです」
「大変なことになっていますのねえ!」
シャーロットが呆れたような声をあげた。
「どうだい、シャーロット。トレボー家に行くのは嫌になってしまったかい?」
「とんでもありませんわ! これはもっともっと悪いものが、あの家にはあるかも知れませんの! 将来そこの一員になる女として、これは徹底的に暴いて解決せねばですわね!」
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