推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

あけちともあき

文字の大きさ
上 下
92 / 225
リュカ・ゼフィー号事件~リトル・シャーロット~

第92話 トレボー侯爵の挑戦

しおりを挟む
「では、わしに関することを当ててごらん。質問は三回までやってもいいよ」

「分かりましたわ!」

 やる気に満ちて頬を紅潮させるシャーロット、その隣りに座ったマクロストは、やれやれと肩をすくめた。

「妹のわがままにお付き合いいただき、ありがとうございます」

「なに、シャーロットはわしの娘になるのだ。義理の父としてこれくらいはやってやらんとな」

 兄とトレボー侯爵のやり取りをよそに、シャーロットは考える。
 頬に指を当てて首を傾げ、何かぶつぶつと呟いていた。
 そして、推理すべき内容を思いついたようである。

「それじゃあ、おじさま! 質問ですわ!」

「はいはい、どうぞ、質問したまえ」

「バリツの先生をうちに紹介してくださいましたけれど、おじさまは先生と古いお知り合いだというのは本当なのですか?」

「そうとも。わしが若い頃にあの男と友誼を交わしてな。マクロスト殿もバリツを習っているそうではないか。一子相伝の秘技を教えたいとあやつが言っておったぞ」

「いやいや、私は体が鈍らぬよう、スポーツの一環として先生の教えを受けているだけですよ。先生は私を買いかぶりすぎです。表に出るよりも、読書をしている方がよほど性に合っている」

「お兄様ったら、先生にすっごく気に入られてるのに謙遜するの! もう、あったまきちゃいますわ! ……と、お話がそれてしまいましたわね! えっと、じゃあ1つ目の推理ですわ」

 シャーロットが人差し指を立てる。

「おじさまはお若い頃、遥か東方の国、蓬莱にいらしたでしょう?」

「ほう!! その通りだ! よく分かったなあ」

「先生のお話になるエルフェンバイン語と、おじさまにちょっとある西部訛りが一緒ですもの。それに、先生がなさる作法は、トレボー侯爵領の流儀と同じでしたわ。これでお二人に深い付き合いがあることは分かりますの」

「ふむふむ、さすがだ」

 トレボー侯爵が微笑む。

「それで? それだけでは、わしが蓬莱の国にいた理由にはならぬだろう?」

「ええ。他にも、おじさまが今ネクタイを留めていらっしゃるピンの飾り。それは蓬莱でしか採れないという霊石なるものでしょう? 国外に持ち出すことは敵わないと聞いたことがありますわ」

「よく知っているなあ……」

「おじさまは蓬莱で何か大きなお仕事をなさったのでしょう? それで、蓬莱の王に認められて、特別に霊石を賜った。だからそれを誇りとしてつけていらっしゃると、そこで先生とお知り合いになった!」

「その通りだ! いやあ、さすがだなあ……」

 周囲で聞いていた貴族たちも、感心してどよめく。
 そして得意げなシャーロットの可愛らしい姿に、思わず笑みをこぼしていた。

「ええ。今回はちゃんと推理を結論から話しましたからね。シャーロットの物言いも常にそうであればよいのに」

「もう、お兄様!」

 シャーロットがマクロストをポコポコと叩いた。

 ここで、新たな登場人物。
 トレボー侯爵の第一子であり、シャーロットの婚約者オットーが現れた。

 かれは青みがかった灰色の髪を後ろに撫で付け、一房だけ前髪を左側に垂らしている。
 整った容姿の青年で、馬術で鍛えられた体はがっちりとしている。
 だが、そんな肉体も船酔いには勝てず、顔は青ざめて足取りはふらふら。

「うう……。気持ち悪い」

「オットー様!」

 シャーロットが彼を見つけて、大きな声を上げた。

「シャ、シャーロット! 大きな声を出さないで……。頭にガンガン来る……」

 オットーが呻いた。
 いつの間にか移動したのか、傍らにマクロストがおり、オットーに肩を貸した。

「大丈夫……ではありませんね、オットー。なに、吐くものは吐いてしまったのでしょう。ならば、すぐに楽になる。船の上など馬上と変わらぬと考えるべきでしょう。気の持ちようだ」

「君はそう言うがな……。ううっ」

 連れてこられたオットーは、トレボー侯爵の斜め向かいに腰掛けた。

「オットー。今な、シャーロットがわしの秘密を言い当てる遊びをしているのだ。わしが蓬莱にいたことを見事に言い当てられたぞ!」

「そうか……。父上は本当にシャーロットがお気に入りだな。俺としては、未来の妻の利発さに戦々恐々としているよ」

 青ざめながらも冗談を口にするオットー。
 周囲の貴族たちも、くすくすと笑った。

「それから、おじさまは常に身の安全に気を配っていらっしゃいますわね」

「ほう、それはどうしてだい?」

「おじさまの家の騎士の方々が、よくワトサップ辺境伯領に行かれてますでしょう? あそこって、エルフェンバインで唯一の戦争の最前線だって聞きますわ。そこに行くのは、戦いの勘をなくさないためでしょう? それで、実戦の感覚を忘れないようにしないといけない理由があるのではないですの? だから、おじさまは強い騎士を周りにおいて、常に安全に気を配っていると思いましたの!」

「その通りだ! わしの身が危なければ、侯爵領を運営などできないからね! いやはや、さすがだ!」

 貴族たちは、この小さなレディの利発さに拍手し、将来の夫となるオットーも、嬉しそうに微笑む。
 この素晴らしき女性を迎え入れれば、トレボー侯爵家の将来も安泰になるだろう。
 誰もがそう思った。

 ただ一人、マクロストだけはいつもの飄々とした表情のまま、何かを考えている様子だったが。
 だが、彼は大人だ。
 心中にあることを口にはしない。

 だからこの場はこのまま、和やかな空気に包まれて流れていくはずだった。
 しかしこの場に、マクロストに匹敵する頭脳を持ちながらも、まだまだお子様な人物がいたのである。

「後は、おじさまの二の腕は怪我をした跡があるでしょう? そこには刺青をしていたのですわね。だけど理由があって皮ごと削ってしまって、だからそれはあまり良くない思い出なのでしょう? 黒い鳥の刺青の跡だと思うのだけど、強い騎士の方たちを連れているのに関係あるのかなって思ってましたわ」

 ここで、トレボー侯爵の顔色が急変する。
 彼は真っ青になり、黙り込んだ。
 船酔いしているオットーよりも、顔色が悪いくらいだ。

「済まんが、わしはちょっと気分が優れなくなった。一休みしてくる」

 そう告げて、トレボー侯爵は立ち去った。
 これで推理ショーはお開きか、と散っていく貴族たち。
 あるいは、小さなレディが侯爵の暴かれたくない過去に触れたのか、と興味津々の貴族たち。

 状況が分からぬまま首を傾げるシャーロット。
 その後ろで、マクロストが天を仰いで「正直は美徳と言うが、何もかも詳らかに告げるのは凶器のようなものだな」と呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...