86 / 225
白い仮面事件
第86話 マーナガルム
しおりを挟む
『わふー!?』
『わっふわふ!』
バスカーが驚き、ブランと呼ばれた白い大きな犬が応じる。
まるで笑っているような顔をしている。
サモエドと言う種類の犬かな?
「これは、バスカーと同じ魔獣の類ですわね。今は魔力を抑え込んで本当の姿を見せていませんけれども」
シャーロットがブランをしげしげと眺めてから、そう結論づけた。
「ええ、そのとおりです! ブランちゃんは凄いんですのよ~」
うふふふふ、と笑いながら、どこからともなくブラシを取り出したアリサ。
ブランを猛烈にブラッシングする。
幸せそうな笑顔……というか、水麻窟で見たようなちょっとラリってる笑顔だ。
しばらく、アリサが理性を取り戻すまで、私たちは一休みすることにした。
小一時間ほどして、満足した顔のアリサが戻ってくる。
奥方氏がお茶を淹れてくれたので、それをいただきながら物事の顛末について聞くことになった。
どうやら、アリサは私の故郷とは違う側の辺境に向かうべく旅をしていたらしい。
途中でかつての仲間であったブランと再会し、そのまま一休みのつもりでエルフェンバインへ。
伝手を通じて奥方氏と連絡を取ったものの、異教の神官であるアリサと、正真正銘の魔獣であるブランでは王都の中に入れない。
ということで、二人のお世話をするために、奥方氏はちょこちょこと家を抜け出して来ていたということだった。
「私が彼を裏切ることはないですよ。彼が浮気したら分かりませんけど」
「そうだよねー」
相手が浮気してるんじゃないかと疑うなんて失礼な、という向きもあるかもだけど。この国における結婚は、綺麗事ばかりじゃないからなあ。
奥方がご主人と離縁すると、この国に住む権利を失う。
逆に居住権を持っている側が不義理を働き離婚が成立する場合、状況を憲兵が精査の上、問題ないと判断されれば相手方に居住権が付与される。
この辺り、法はフェアだ。
ただし、わざと居住権を持っている側に不義理をさせるように仕向ける……そういう画策が判明したならば、悪いことをした側は罪人として裁かれることになる。
これは男女ともに変わらない。エルフェンバインはその辺りはちゃんと厳しいのだ。
「彼はマーナガルムという種類の魔獣ですわね。魔法による広大な魔力結界を作り出し、その空間の中で太陽と月の動きを操り、強大な精霊王とすら渡り合うモフモフのわんこですわ」
『わふ!』
アリサに紹介してもらったが、最後の一言に対して抗議の声をあげるブラン。
もふもふした前足が、アリサの頭をポコンと叩いた。
なるほど。
これは確かに、王都に入れたらいろいろな意味でダメな種類の魔獣だ。
バスカーもすっかりおとなしくなってるし。
「バスカー大丈夫?」
『わふー』
「それも仕方ありませんわ。ガルムは強力な魔獣ですけれど、それとマーナガルムでは、ワイバーンとドラゴンくらいの差がありますの。ガルムは種族の名前。マーナガルムはブランさんただ一人を指し示す、単独で完結している種の名ですのよ。つまり目の前にいるモフモフの白いワンちゃんは、神話級の魔獣ということになりますわね」
「この白くてモフモフしてて、いつも笑ってるみたいな顔をしている子が!?」
『わふ!』
人は……いや、魔獣は見かけによらないなあ……。
ブランからは全く威圧感を覚えることがない。
むしろ、もふもふもこもことした見た目に吸い寄せられ、ナデナデしたくなる……。
『わっふー!』
バスカーから猛抗議が来た!
私の膝の上に頭をずどんと乗せて、一歩も動かせないつもりだ。
私は仕方ないなあ、と笑って、彼をもふもふと撫でてやった。
ブランを撫でるのはモフモフ、バスカーはもふもふで、ちょっと感じが違うんだよね。
日常的に撫でたいのはバスカーかな。
かくして、事件と呼べるほどのものでもなかった本件は解決。
程なくして、アリサとブランは辺境へ旅立つことになった。
何やら、シャーロットが前に話をしていた、宙に浮かぶ遺跡とその管理人に用があるのだとか。
「友人の子どもを見に行くのですわよ!」
『わっふ!』
二人並んで去っていく姿は実に楽しそうだった。
種族の差なんて感じないし、本来は厳格なはずのイリアノスの信仰、ラグナ新教の神官たるアリサがそれでいいのかとは思うけれど。
見送りには、職員氏も駆けつけた。
彼は、奥方氏の身の潔白が証明されて嬉しそうだ。
不倫を疑ってしまったお詫びに、へそくりをはたいて最高のディナーを用意した、と奥方氏に囁いている。
何もかも解決である。
「それにしてもシャーロット。どうしてブランは、鼻先に真っ白な仮面をつけていたの?」
「外から大きな犬を見られたら目立ちますでしょう? バスカーですら、王都の噂になったのですもの。ただまあ、今の王都ではジャネット様がバスカーを連れ回していますし、ブランくらいは全然気にされなかったと思うのですけれどね。まさか、エルフェンバインがそこまで魔獣に寛容になってるなんて、想像もできないじゃありませんこと?」
ええ……。
つまり私のお陰で、ブランは本当なら騒ぎになりそうなのを、気にされない状態になってたってこと?
それでも念の為に、ブランは白い仮面をくっつけて、人間のふりをしてたみたい。
それがむしろ目立ってしまってたんだけど。
去っていく二人の姿が見えなくなった頃、一緒にいたバスカーが、私の袖を噛んで引っ張った。
『わふー』
「あらバスカー、まだお散歩し足りないの?」
『わふわふ!』
今日のバスカーはちょっと甘えん坊さんなのだ。
「それじゃあ、私たちは散歩の続きに行くわね。シャーロット、また明日!」
「ええ、また明日ですわ!」
かくして王都の道を駆け始めるバスカー。
彼は私を独り占めしているこの状況に、なんだか満足げなのだった。
『わっふわふ!』
バスカーが驚き、ブランと呼ばれた白い大きな犬が応じる。
まるで笑っているような顔をしている。
サモエドと言う種類の犬かな?
「これは、バスカーと同じ魔獣の類ですわね。今は魔力を抑え込んで本当の姿を見せていませんけれども」
シャーロットがブランをしげしげと眺めてから、そう結論づけた。
「ええ、そのとおりです! ブランちゃんは凄いんですのよ~」
うふふふふ、と笑いながら、どこからともなくブラシを取り出したアリサ。
ブランを猛烈にブラッシングする。
幸せそうな笑顔……というか、水麻窟で見たようなちょっとラリってる笑顔だ。
しばらく、アリサが理性を取り戻すまで、私たちは一休みすることにした。
小一時間ほどして、満足した顔のアリサが戻ってくる。
奥方氏がお茶を淹れてくれたので、それをいただきながら物事の顛末について聞くことになった。
どうやら、アリサは私の故郷とは違う側の辺境に向かうべく旅をしていたらしい。
途中でかつての仲間であったブランと再会し、そのまま一休みのつもりでエルフェンバインへ。
伝手を通じて奥方氏と連絡を取ったものの、異教の神官であるアリサと、正真正銘の魔獣であるブランでは王都の中に入れない。
ということで、二人のお世話をするために、奥方氏はちょこちょこと家を抜け出して来ていたということだった。
「私が彼を裏切ることはないですよ。彼が浮気したら分かりませんけど」
「そうだよねー」
相手が浮気してるんじゃないかと疑うなんて失礼な、という向きもあるかもだけど。この国における結婚は、綺麗事ばかりじゃないからなあ。
奥方がご主人と離縁すると、この国に住む権利を失う。
逆に居住権を持っている側が不義理を働き離婚が成立する場合、状況を憲兵が精査の上、問題ないと判断されれば相手方に居住権が付与される。
この辺り、法はフェアだ。
ただし、わざと居住権を持っている側に不義理をさせるように仕向ける……そういう画策が判明したならば、悪いことをした側は罪人として裁かれることになる。
これは男女ともに変わらない。エルフェンバインはその辺りはちゃんと厳しいのだ。
「彼はマーナガルムという種類の魔獣ですわね。魔法による広大な魔力結界を作り出し、その空間の中で太陽と月の動きを操り、強大な精霊王とすら渡り合うモフモフのわんこですわ」
『わふ!』
アリサに紹介してもらったが、最後の一言に対して抗議の声をあげるブラン。
もふもふした前足が、アリサの頭をポコンと叩いた。
なるほど。
これは確かに、王都に入れたらいろいろな意味でダメな種類の魔獣だ。
バスカーもすっかりおとなしくなってるし。
「バスカー大丈夫?」
『わふー』
「それも仕方ありませんわ。ガルムは強力な魔獣ですけれど、それとマーナガルムでは、ワイバーンとドラゴンくらいの差がありますの。ガルムは種族の名前。マーナガルムはブランさんただ一人を指し示す、単独で完結している種の名ですのよ。つまり目の前にいるモフモフの白いワンちゃんは、神話級の魔獣ということになりますわね」
「この白くてモフモフしてて、いつも笑ってるみたいな顔をしている子が!?」
『わふ!』
人は……いや、魔獣は見かけによらないなあ……。
ブランからは全く威圧感を覚えることがない。
むしろ、もふもふもこもことした見た目に吸い寄せられ、ナデナデしたくなる……。
『わっふー!』
バスカーから猛抗議が来た!
私の膝の上に頭をずどんと乗せて、一歩も動かせないつもりだ。
私は仕方ないなあ、と笑って、彼をもふもふと撫でてやった。
ブランを撫でるのはモフモフ、バスカーはもふもふで、ちょっと感じが違うんだよね。
日常的に撫でたいのはバスカーかな。
かくして、事件と呼べるほどのものでもなかった本件は解決。
程なくして、アリサとブランは辺境へ旅立つことになった。
何やら、シャーロットが前に話をしていた、宙に浮かぶ遺跡とその管理人に用があるのだとか。
「友人の子どもを見に行くのですわよ!」
『わっふ!』
二人並んで去っていく姿は実に楽しそうだった。
種族の差なんて感じないし、本来は厳格なはずのイリアノスの信仰、ラグナ新教の神官たるアリサがそれでいいのかとは思うけれど。
見送りには、職員氏も駆けつけた。
彼は、奥方氏の身の潔白が証明されて嬉しそうだ。
不倫を疑ってしまったお詫びに、へそくりをはたいて最高のディナーを用意した、と奥方氏に囁いている。
何もかも解決である。
「それにしてもシャーロット。どうしてブランは、鼻先に真っ白な仮面をつけていたの?」
「外から大きな犬を見られたら目立ちますでしょう? バスカーですら、王都の噂になったのですもの。ただまあ、今の王都ではジャネット様がバスカーを連れ回していますし、ブランくらいは全然気にされなかったと思うのですけれどね。まさか、エルフェンバインがそこまで魔獣に寛容になってるなんて、想像もできないじゃありませんこと?」
ええ……。
つまり私のお陰で、ブランは本当なら騒ぎになりそうなのを、気にされない状態になってたってこと?
それでも念の為に、ブランは白い仮面をくっつけて、人間のふりをしてたみたい。
それがむしろ目立ってしまってたんだけど。
去っていく二人の姿が見えなくなった頃、一緒にいたバスカーが、私の袖を噛んで引っ張った。
『わふー』
「あらバスカー、まだお散歩し足りないの?」
『わふわふ!』
今日のバスカーはちょっと甘えん坊さんなのだ。
「それじゃあ、私たちは散歩の続きに行くわね。シャーロット、また明日!」
「ええ、また明日ですわ!」
かくして王都の道を駆け始めるバスカー。
彼は私を独り占めしているこの状況に、なんだか満足げなのだった。
0
お気に入りに追加
442
あなたにおすすめの小説

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる