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白い仮面事件
第84話 白い仮面
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浮気調査。
あまり心躍らない響きだなあ。
私としては、人の色恋云々は好きにして欲しいと思っている。
昔から父には、「ジャネットは人間に興味がないな」と言われていた気がする。
確かに、誰々が誰を好きだとか、誰と誰が別れただとか、そういう話をするよりも、次に攻めてくる蛮族をどう撃退するか、陣形をどう組むかの話の方が楽しかった。
おかげさまで、今は王立アカデミーにて、同い年くらいの貴族令嬢たちの会話に入っていけないわけだけど。
「ジャネット様、どうして天を仰いでいらっしゃいますの? まるで恥ずかしい過去を思い出して俯きそうになったので、慌てて空を見て中和したような様子ですけれど」
「あなたは私の心まで読めるわけ?」
「そうですわねえ……。さすがのわたくしも、読心術は使えませんけれども。それでもこの数ヶ月、毎日のようにご一緒してますもの。ジャネット様の一挙手一投足で、お悩みになっている内容が分かるようになりますわよ?」
「ええっ、本当!? こわあ」
私がちょっとシャーロットから距離を取ったら、彼女は傷ついた顔をした。
ごめんごめん。
さて、私たちだけれど、職員氏の奥方を追いかけている。
とは言っても、のんびりとした足取り。
彼女の姿はとっくに見えなくなっていて、残したにおいをバスカーが嗅ぎながら追跡していっている。
途中途中で食べ物が売られていたら、ちょっと買って二人と一匹で食べたりする。
仕事ついでの街歩きみたいなものだ。
『わふわふ』
「あら、バスカーはあんまり甘いのは好きじゃないのね」
『わふー』
「さっきのソーセージの串焼きが美味しかった? じゃあ帰りにまた買おうね」
『わふーん』
バスカーがハイテンションで立ち上がり、私の肩に手をついてべろべろ舐めてくる。
うわー、いぬのにおい!
ちなみにこの間の黄金号事件で、バスカーはかなりいぬくさかったので、メイド二人を助手にした私は、バスカーをお風呂に入れさせたのである。
もう、嫌がる嫌がる。
私がしがみついて、お湯と泡でびしょびしょになりながらバスカーを洗った。
凄い運動になった。
メイドたちはしばらく、筋肉痛だったようだ。
お陰でバスカーも、犬用のシャンプーに拒絶感がなくなり、現在の毛並みはふっかふかのもふもふ。
青っぽいもこもこから、シャンプーのいい香りが漂ってくる。
さてさて、追跡に意識を戻そう。
ここは下町と貴族街の間にあり、王都を一直線に貫く大露路。
本来ならこんな真っ直ぐな道、王都に敵が侵入したら危険極まりないんだけど。
なんとこの路地、城には向かって行かず、もう片側の出口に向かっていくのだ。
つまり、路地の周辺に伏兵を潜ませることで、通ろうとする敵を横合いから殴れるようになっている。
何気に戦闘都市なのだ。
そしてこの大露路をまっすぐに歩いていくと、王都の門から出ることになる。
外にも町は広がっている。
これは、王都の居住権を得られなかった人たちの町ね。
王都に住んでいる者は、下町の住人であっても、代々王都で生まれ暮らして来ている。
新たに田舎から上がってきても、おいそれとは王都の居住権は得られない。
職員氏の奥方みたいに、もともと住んでいた人間と結婚して籍を入れたり、あるいは王国に対して多大なる功績を残すしかない。
ということは、奥方氏が密会している相手は、王都の住人ではないということだ。
シャーロットならぬ私にも、それくらいは分かる。
「王都に住めない人と会うなんて、明らかに後ろ暗いことがあるんじゃないかな……」
「ジャネット様もだんだんそれらしくなって来ましたわねえ。謎を追うのは楽しいですわよ! そして、ほら。バスカーの足取りがゆっくりになってきましたわ。目的地はもうすぐですわね」
青い尻尾をふりふり歩くバスカー。
彼はじっくりと、一歩一歩踏みしめるようになってきている。
……あれ?
これは、目的地に近づいたからゆっくりになったというよりは……。
「バスカー、警戒してる?」
『わふ』
バスカーが真剣な顔で振り向いた。
まっすぐ先には、二階建ての館がある。
これが恐らくは、奥方が通っている家なのだと思うけれども……。
その時だ。
館の二階の、開け放たれた窓から、真っ白な仮面がぬっと覗いてきた。
大きめの仮面で、人の顔っぽいのだけれども、どこか違和感があって……。
「あれが白い仮面ですわね。おかしいですわねえ……。もしあれを人が被っているとするならば、こう、前傾姿勢になって首をぐんと伸ばしているような態勢ですわよ? ほら、仮面の下に続くものがありませんわ」
シャーロットが指摘する。
仮面はじっと、私たちを見つめているように感じた。
『わふ! ぐるるるる!』
バスカーが毛を逆立て、唸りを上げる。
これは完全に警戒態勢だ。
あの白い仮面、バスカーを恐れさせる程の何かなんだろうか?
ただの浮気調査だと思ったけれども、この事件には裏があるってことか。
そのうち、白い仮面は館の奥に引っ込んでいった。
何だったのだろう。
「どうする? シャーロット」
「それはもちろん。直接訪問してみるのですわよ! 浮気調査なら証拠を掴むまではそれは厳禁ですけれど、これは浮気調査なんてものではありませんもの。既に、事件を解決するための手がかりは揃っていますわ」
シャーロットは、事件の謎は解明されつつある、と告げる。
どういうことだろう!?
だが、こう言うときのシャーロットは、「まだ語るべき時ではありませんわねー」なんて言いながらはぐらかすのだった。
あまり心躍らない響きだなあ。
私としては、人の色恋云々は好きにして欲しいと思っている。
昔から父には、「ジャネットは人間に興味がないな」と言われていた気がする。
確かに、誰々が誰を好きだとか、誰と誰が別れただとか、そういう話をするよりも、次に攻めてくる蛮族をどう撃退するか、陣形をどう組むかの話の方が楽しかった。
おかげさまで、今は王立アカデミーにて、同い年くらいの貴族令嬢たちの会話に入っていけないわけだけど。
「ジャネット様、どうして天を仰いでいらっしゃいますの? まるで恥ずかしい過去を思い出して俯きそうになったので、慌てて空を見て中和したような様子ですけれど」
「あなたは私の心まで読めるわけ?」
「そうですわねえ……。さすがのわたくしも、読心術は使えませんけれども。それでもこの数ヶ月、毎日のようにご一緒してますもの。ジャネット様の一挙手一投足で、お悩みになっている内容が分かるようになりますわよ?」
「ええっ、本当!? こわあ」
私がちょっとシャーロットから距離を取ったら、彼女は傷ついた顔をした。
ごめんごめん。
さて、私たちだけれど、職員氏の奥方を追いかけている。
とは言っても、のんびりとした足取り。
彼女の姿はとっくに見えなくなっていて、残したにおいをバスカーが嗅ぎながら追跡していっている。
途中途中で食べ物が売られていたら、ちょっと買って二人と一匹で食べたりする。
仕事ついでの街歩きみたいなものだ。
『わふわふ』
「あら、バスカーはあんまり甘いのは好きじゃないのね」
『わふー』
「さっきのソーセージの串焼きが美味しかった? じゃあ帰りにまた買おうね」
『わふーん』
バスカーがハイテンションで立ち上がり、私の肩に手をついてべろべろ舐めてくる。
うわー、いぬのにおい!
ちなみにこの間の黄金号事件で、バスカーはかなりいぬくさかったので、メイド二人を助手にした私は、バスカーをお風呂に入れさせたのである。
もう、嫌がる嫌がる。
私がしがみついて、お湯と泡でびしょびしょになりながらバスカーを洗った。
凄い運動になった。
メイドたちはしばらく、筋肉痛だったようだ。
お陰でバスカーも、犬用のシャンプーに拒絶感がなくなり、現在の毛並みはふっかふかのもふもふ。
青っぽいもこもこから、シャンプーのいい香りが漂ってくる。
さてさて、追跡に意識を戻そう。
ここは下町と貴族街の間にあり、王都を一直線に貫く大露路。
本来ならこんな真っ直ぐな道、王都に敵が侵入したら危険極まりないんだけど。
なんとこの路地、城には向かって行かず、もう片側の出口に向かっていくのだ。
つまり、路地の周辺に伏兵を潜ませることで、通ろうとする敵を横合いから殴れるようになっている。
何気に戦闘都市なのだ。
そしてこの大露路をまっすぐに歩いていくと、王都の門から出ることになる。
外にも町は広がっている。
これは、王都の居住権を得られなかった人たちの町ね。
王都に住んでいる者は、下町の住人であっても、代々王都で生まれ暮らして来ている。
新たに田舎から上がってきても、おいそれとは王都の居住権は得られない。
職員氏の奥方みたいに、もともと住んでいた人間と結婚して籍を入れたり、あるいは王国に対して多大なる功績を残すしかない。
ということは、奥方氏が密会している相手は、王都の住人ではないということだ。
シャーロットならぬ私にも、それくらいは分かる。
「王都に住めない人と会うなんて、明らかに後ろ暗いことがあるんじゃないかな……」
「ジャネット様もだんだんそれらしくなって来ましたわねえ。謎を追うのは楽しいですわよ! そして、ほら。バスカーの足取りがゆっくりになってきましたわ。目的地はもうすぐですわね」
青い尻尾をふりふり歩くバスカー。
彼はじっくりと、一歩一歩踏みしめるようになってきている。
……あれ?
これは、目的地に近づいたからゆっくりになったというよりは……。
「バスカー、警戒してる?」
『わふ』
バスカーが真剣な顔で振り向いた。
まっすぐ先には、二階建ての館がある。
これが恐らくは、奥方が通っている家なのだと思うけれども……。
その時だ。
館の二階の、開け放たれた窓から、真っ白な仮面がぬっと覗いてきた。
大きめの仮面で、人の顔っぽいのだけれども、どこか違和感があって……。
「あれが白い仮面ですわね。おかしいですわねえ……。もしあれを人が被っているとするならば、こう、前傾姿勢になって首をぐんと伸ばしているような態勢ですわよ? ほら、仮面の下に続くものがありませんわ」
シャーロットが指摘する。
仮面はじっと、私たちを見つめているように感じた。
『わふ! ぐるるるる!』
バスカーが毛を逆立て、唸りを上げる。
これは完全に警戒態勢だ。
あの白い仮面、バスカーを恐れさせる程の何かなんだろうか?
ただの浮気調査だと思ったけれども、この事件には裏があるってことか。
そのうち、白い仮面は館の奥に引っ込んでいった。
何だったのだろう。
「どうする? シャーロット」
「それはもちろん。直接訪問してみるのですわよ! 浮気調査なら証拠を掴むまではそれは厳禁ですけれど、これは浮気調査なんてものではありませんもの。既に、事件を解決するための手がかりは揃っていますわ」
シャーロットは、事件の謎は解明されつつある、と告げる。
どういうことだろう!?
だが、こう言うときのシャーロットは、「まだ語るべき時ではありませんわねー」なんて言いながらはぐらかすのだった。
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