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白い仮面事件
第83話 浮気調査
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「妻が浮気をしているようなのです」
語り始めたその人は、シャーロットによると冒険者ギルドの職員なのだそうだ。
冒険者ギルドとは、国をまたいで存在する国際的な組織。
本来ならならず者であったり、在野の専門家たちである冒険者を登録し、よろずの揉め事や厄介事、モンスター退治などなどあれば、その専門家たちを募って現場に派遣する。
時折ある、モンスター大発生などの事件の際は、国家ごとのギルドが協力して事にあたったりする。
そういう組織だった。
どうやら、半分は国のお金が入っていて、職員の多くにも国の息がかかっているらしい。
だからこそ国をまたいで存在するということができるのだとか。
そんな職員が、シャーロットに浮気調査とは。
私が解せぬ、と言う顔をしたら、シャーロットがウィンクした。
「普段、冒険者ギルドから冒険者たちの相談役として仕事をもらっていますもの。これくらいはサービスですわ。もちろん、規定の料金はいただきますけれど」
なるほど、シャーロットはギルドから相談希望者を紹介してもらっていたらしい。
とりあえず、相談が終わるまでのんびりと待つことにする。
家主の許可をもらい、お湯を沸かして紅茶を淹れることにする。
茶葉の分量は確か、シャーロットはこれくらい使ってたような……。
私がシャーロットの紅茶を再現しようと工夫している間に、職員氏の浮気相談は続いていた。
まとめると、こう言う話だ。
「妻は、先日まで冒険者をやっていたのですが怪我で引退しまして。それで私と結婚したのです。夫婦仲は自分で言うのもなんですが良くて、最近はですね(ここで惚気けるのはやめろというシャーロットからの抗議が入る)失礼しました! ええと、最近ちょこちょこ外に行くのですが、どこに行くのか教えてくれなくて。そりゃあ、夫婦間にも秘密は必要だと思いますよ。だけど帰りが遅い日もあるし、心配で心配で……。そうしたらある日、王都のあまり人が行かない畜産地帯で妻を見つけたのです」
シャーロットは少し考えた。
「尾行しましたわね?」
「は、はい! 心配で……」
職員氏の額から汗がどっと出てきて、彼はそれをハンカチで拭った。
「最初から浮気を疑っていませんでしたこと? 冒険者というものは奔放ですものね。お硬い立場であるギルドの職員からすると、内心を想像できないところもあるのではありませんこと? ああ、勘違いなさらないで。それが悪いというわけではありませんわ。人間、疑心を持たないことなんて不可能ですもの」
職員氏がかくかくと頷いた。
うーん、シャーロットがちゃんと仕事をしている!
普段も仕事をしていないわけじゃないけど、どこか趣味の延長線上、みたいなところがあったからなあ。
それが今回は、きちんと仕事をする人の顔になっている。
彼女にもあんな表情があったのだ。
私は感心しながら、ちょっと濃く淹れた紅茶を口にした。
香りがすごい。
シャーロットがちらりとこっちを見て、茶葉使いすぎ、というニュアンスの顔をした。
ごめんごめん。
さて、職員氏の話は続く。
「そうです、尾行したんですけれどね。そうしたら、妻がある2階建ての家に入っていく。誰の家かは分かりませんが、それなりに作りも良くて、いつまで待っても妻は出てこないんです。そうしたら、二階からふと視線を感じまして」
「視線ですの? 窓が開いていましたのね」
「ええ、はい! そこから、大きな真っ白な仮面が。真っ暗な部屋の中からこちらをじーっと見ていたんです!」
ちょっと興奮して職員氏。
これを聞いて、私もシャーロットも、うーんと考え込んだ。
仮面と夫人とどういう関係が。
いや、シャーロットはぜんぜん違うことを考えてそうだけど。
今も、職員氏の顔とか仕草を観察している気がする。
また何か妙なことを考えているな。
「あなた、それなりに距離を取って尾行しましたわよね?」
「ええ、それはもちろん」
「奥様のもともとのご職業は? 冒険者としての職分ですわ」
「魔法使いです。魔法の触媒は冒険者ギルドに寄付してしまったので、ほとんど魔法は使えなくなってるんですが」
シャーロットがふむふむとまた考え込んだ。
ちなみに魔法使いは、触媒を使うことで、世界そのものに命令を下して変容させる技術者をそう呼ぶ。
オーシレイに言わせると、実際は触媒なんかなくても魔法は使えるのだが、魔法使いを育成する際に触媒が必要であるという条件付けをするらしい。
何もなくても魔法が使える者が、市井に溶け込めるはずがない。
人間は、他人よりも優れた超常能力を持っているとき、それを振るわずにいられるほど心が強くはないものだ。
ということで、エルフェンバインの冒険者は、魔法の杖だとか、魔法発動体の宝石剣だとかがなければ、ろくに魔法を使うことができない。
これに対して、他の国にたまにいる精霊使いというのは何もなしで魔法を使う。
お陰で、精霊使いは危険ということで、基本的に王都などには入国できない。
「仕事は引き受けましたわよ。今日はお帰りなさいな。あとはわたくしにお任せあれ、ですわ」
シャーロットはそう言って職員氏を家に返した。
そして私に振り返る。
「さてジャネット様。これ、ただの浮気調査だと思います?」
「浮気調査なんじゃないの?」
「わたくしも半分はそう思いますわ。だけど、あと半分はそうでないと思っていますの」
「それはまた、どうして?」
私が尋ねると、シャーロットはとても嬉しそうな顔をした。
彼女いわく、私は聞いて欲しいところで質問してくれるから、話していて楽しいのだとか。
「それはもう! そうでない方が、わたくしが楽しいからですわ!」
ろくでもない返事だったけれど、とてもシャーロットらしい……!
私はそう思うのだった。
語り始めたその人は、シャーロットによると冒険者ギルドの職員なのだそうだ。
冒険者ギルドとは、国をまたいで存在する国際的な組織。
本来ならならず者であったり、在野の専門家たちである冒険者を登録し、よろずの揉め事や厄介事、モンスター退治などなどあれば、その専門家たちを募って現場に派遣する。
時折ある、モンスター大発生などの事件の際は、国家ごとのギルドが協力して事にあたったりする。
そういう組織だった。
どうやら、半分は国のお金が入っていて、職員の多くにも国の息がかかっているらしい。
だからこそ国をまたいで存在するということができるのだとか。
そんな職員が、シャーロットに浮気調査とは。
私が解せぬ、と言う顔をしたら、シャーロットがウィンクした。
「普段、冒険者ギルドから冒険者たちの相談役として仕事をもらっていますもの。これくらいはサービスですわ。もちろん、規定の料金はいただきますけれど」
なるほど、シャーロットはギルドから相談希望者を紹介してもらっていたらしい。
とりあえず、相談が終わるまでのんびりと待つことにする。
家主の許可をもらい、お湯を沸かして紅茶を淹れることにする。
茶葉の分量は確か、シャーロットはこれくらい使ってたような……。
私がシャーロットの紅茶を再現しようと工夫している間に、職員氏の浮気相談は続いていた。
まとめると、こう言う話だ。
「妻は、先日まで冒険者をやっていたのですが怪我で引退しまして。それで私と結婚したのです。夫婦仲は自分で言うのもなんですが良くて、最近はですね(ここで惚気けるのはやめろというシャーロットからの抗議が入る)失礼しました! ええと、最近ちょこちょこ外に行くのですが、どこに行くのか教えてくれなくて。そりゃあ、夫婦間にも秘密は必要だと思いますよ。だけど帰りが遅い日もあるし、心配で心配で……。そうしたらある日、王都のあまり人が行かない畜産地帯で妻を見つけたのです」
シャーロットは少し考えた。
「尾行しましたわね?」
「は、はい! 心配で……」
職員氏の額から汗がどっと出てきて、彼はそれをハンカチで拭った。
「最初から浮気を疑っていませんでしたこと? 冒険者というものは奔放ですものね。お硬い立場であるギルドの職員からすると、内心を想像できないところもあるのではありませんこと? ああ、勘違いなさらないで。それが悪いというわけではありませんわ。人間、疑心を持たないことなんて不可能ですもの」
職員氏がかくかくと頷いた。
うーん、シャーロットがちゃんと仕事をしている!
普段も仕事をしていないわけじゃないけど、どこか趣味の延長線上、みたいなところがあったからなあ。
それが今回は、きちんと仕事をする人の顔になっている。
彼女にもあんな表情があったのだ。
私は感心しながら、ちょっと濃く淹れた紅茶を口にした。
香りがすごい。
シャーロットがちらりとこっちを見て、茶葉使いすぎ、というニュアンスの顔をした。
ごめんごめん。
さて、職員氏の話は続く。
「そうです、尾行したんですけれどね。そうしたら、妻がある2階建ての家に入っていく。誰の家かは分かりませんが、それなりに作りも良くて、いつまで待っても妻は出てこないんです。そうしたら、二階からふと視線を感じまして」
「視線ですの? 窓が開いていましたのね」
「ええ、はい! そこから、大きな真っ白な仮面が。真っ暗な部屋の中からこちらをじーっと見ていたんです!」
ちょっと興奮して職員氏。
これを聞いて、私もシャーロットも、うーんと考え込んだ。
仮面と夫人とどういう関係が。
いや、シャーロットはぜんぜん違うことを考えてそうだけど。
今も、職員氏の顔とか仕草を観察している気がする。
また何か妙なことを考えているな。
「あなた、それなりに距離を取って尾行しましたわよね?」
「ええ、それはもちろん」
「奥様のもともとのご職業は? 冒険者としての職分ですわ」
「魔法使いです。魔法の触媒は冒険者ギルドに寄付してしまったので、ほとんど魔法は使えなくなってるんですが」
シャーロットがふむふむとまた考え込んだ。
ちなみに魔法使いは、触媒を使うことで、世界そのものに命令を下して変容させる技術者をそう呼ぶ。
オーシレイに言わせると、実際は触媒なんかなくても魔法は使えるのだが、魔法使いを育成する際に触媒が必要であるという条件付けをするらしい。
何もなくても魔法が使える者が、市井に溶け込めるはずがない。
人間は、他人よりも優れた超常能力を持っているとき、それを振るわずにいられるほど心が強くはないものだ。
ということで、エルフェンバインの冒険者は、魔法の杖だとか、魔法発動体の宝石剣だとかがなければ、ろくに魔法を使うことができない。
これに対して、他の国にたまにいる精霊使いというのは何もなしで魔法を使う。
お陰で、精霊使いは危険ということで、基本的に王都などには入国できない。
「仕事は引き受けましたわよ。今日はお帰りなさいな。あとはわたくしにお任せあれ、ですわ」
シャーロットはそう言って職員氏を家に返した。
そして私に振り返る。
「さてジャネット様。これ、ただの浮気調査だと思います?」
「浮気調査なんじゃないの?」
「わたくしも半分はそう思いますわ。だけど、あと半分はそうでないと思っていますの」
「それはまた、どうして?」
私が尋ねると、シャーロットはとても嬉しそうな顔をした。
彼女いわく、私は聞いて欲しいところで質問してくれるから、話していて楽しいのだとか。
「それはもう! そうでない方が、わたくしが楽しいからですわ!」
ろくでもない返事だったけれど、とてもシャーロットらしい……!
私はそう思うのだった。
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