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黄金号事件
第78話 夢から追い出せ
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シャーロットが我が家に泊まるというのは、私を気に入ってしまったであろうナイトメアを追い出すためなのだそうだ。
「ナイトメアは人間の夢の中に住み着きますわ。今はジャネット様の夢にいるんですの。だから、それを追い出すわけですわね。鍵はバスカーが握っていますわよ!」
ミルトン伯爵家から借りてきた魔法陣を敷いて、シャーロット。
「今夜はこの上で寝てくださいましね」
「ええ……。ベッドの上じゃなく?」
そこでシャーロットはポンと手を打った。
「ベッドに敷きましょう!」
有言実行。
メイドたちもやって来て、シャーロットと三人でベッドの敷布団に魔法陣が掛けられた。
うう、手触りがゴワゴワしているし、こんなものの上で寝るの?
辺境では睡眠は大切だということで、寝具の開発はとても力が入れられていた。
そのため、私は寝具にはとてもうるさい……ような気がする。
割とどこでも眠れるような気がしないでもない。
「仕方ないなあ……。だけど、また私の夢の中に黄金号が現れるかもしれないんでしょ? そんな恐ろしいことがあると分かってて、すぐに眠れるわけが……」
そんな私の前に、メイドたちが粛々といい香りのハーブティーを準備してくれた。
あくまでも私を寝かせるつもりだな。
でも、ハーブティーですぐに寝るような、甘い女じゃないぞ私は!
……ということで、気付いたらまた見慣れた辺境の城壁の上にいた。
ああ、これは夢だ。
私はすぐに寝てしまったらしい。
うう、ハーブティーの威力が恐ろしい。
そして眼下には大草原。
そこに、いた、いたよ。
黄金に輝く一点。
悪魔ナイトメアこと、黄金号。
彼は私をじっと見つめながら歩み寄ってくる。
馬の姿だと言うのに、私に向けられる視線の熱さが分かる。
「ねえ、どうして私のことを気に入ったわけ?」
黄金号は答えない。
だが、近寄ってくるだけだ。
やがて、足元がゆらゆらと揺れ始めた。
城壁が曖昧になったようで、私はそこに留まっていられない。
ついには、草原に投げ出されてしまう……。
というところで、突然私の襟首が何かに引っかかった。
いや、これは……。
いぬくさい!
『ぶふ』
生暖かい鼻息が私の首筋にかかり、冷たい鼻先がピトッと当てられた。
「バスカー?」
『ぶふ』
私の襟首をしっかりと噛んで、彼は呼びかけに答えた。
黄金号がそれを見上げて、目を吊り上げる。
怒ってる怒ってる!
そして相手が怒ると、私はスーッと冷静になる。
そういう性分なので、父からはよく「戦争向きだ!」と褒められていたものである。
「黄金号が来そう。シャーロットは準備できてるの?」
『ぶふん』
「分かった! じゃあ、私をくわえて逃げて。時間稼ぎしよう。ここは私の夢なんだから、邪魔だって幾らでもできるはず!」
私が思い浮かべるのは、辺境の兵士たち。
すると、彼らの姿がぼんやりと浮かんできて、黄金号を槍でつつき始めた。
怒り狂い、いななく黄金号。
兵士たちを蹴散らしながら、城壁に突進してきた。
「バスカー、ジャンプ!」
『ぶふー!』
私をくわえたまま、バスカーが跳躍する。
足元で崩れていく城壁。
さらにバスカーがジャンプを続けながら、次々に城壁を渡る。
そのたびに、黄金号は足場となる城壁を壊そうとする。
むきになってる、むきになっている。
黄金号の頭の中からは、完全にこの状況への疑問は消えてしまっていることだろう。
どうしてバスカーが介入できるのか?
そして私が、冷静さを保って時間稼ぎに徹しているのか?
それが分からなくなっている。
だから私の勝利だ。
『お待たせしましたわ!』
シャーロットの声が響き渡った。
待ってました!
黄金号はビクッとして、周囲を見回す。
そして、どうやらようやく気付いたらしい。
彼は既に、シャーロットが張った罠の中だ。
夢の世界全体を包むようにして、魔法陣の輝きが生まれる。
それはどんどんと光の強さを増して……。
ハッと私は目覚めた。
ベッドの上で眠っていたはずが、バスカーに襟首をくわえられ、部屋の隅にいる。
そしてベッドに敷かれた魔法陣の上には、大きな金色の馬。
『ぶるるるるっ!! ひひぃーんっ!!』
黄金号だ!
彼はいななき、魔法陣から逃れようとする。
だが、魔法陣の輝きは黄金号を逃さない。
「さて、このまま朝まで捕獲しておいて、後でオーシレイ殿下のところに持ち込みましょうか」
シャーロットがとんでもないことを言う。
「ええっ!? どうして!? 黄金号をこのままにしておいていいの?」
「この魔方陣は、夢の中に現れた悪魔を捕まえることに特化しているものですわ。ナイトメアにはまだ、その時に与えられた制約が残っているから、魔法陣から出ることは叶いませんの。それに、制約を振り切るほどジャネット様に執着していましたけれど、当のジャネット様から拒絶されましたでしょう? それに、ジャネット様にはバスカーがいますわ」
『わふん』
バスカーが自慢げに鼻を鳴らした。
黄金号がバタンバタン、と魔法陣の上で暴れる。
「つまり、黄金号が目論んだ、新たな主人への乗り換えは果たせなかったわけですわね。彼が魔法陣から逃れる手段はありませんわ」
その後、さすがに一睡もできずに朝を迎えたが、シャーロットの言う通り黄金号は魔法陣に捕らえられたままだった。
いつの間に呼んでいたのか、アカデミーの賢者たちが現れ、魔法陣の中に黄金号をくるくる巻き取って回収していった。
元々が夢の存在だから、巻いてしまうと平面になるのね……。
オーシレイもほくほく顔でやって来て、
「新しい所蔵品が増えるな! まさか、ナイトメアつきの魔法陣とは! ミルトン伯爵め、こんないいものを……いや、危険なものを隠し持っていたとは。後で家探しをしてやらねばならんな。ジャネット、無事で何よりだった! そして礼を言う!」
「私の心配は魔法陣の次ですか?」
「お前ならそう簡単にやられないだろう?」
「それはそうですけど!」
オーシレイとこんなやり取りをする中、黄金号は賢者の館の収蔵品として運ばれていってしまった。
そして朝焼けの町に、悲しげな馬のいななきが響いているのだった。
「ナイトメアは人間の夢の中に住み着きますわ。今はジャネット様の夢にいるんですの。だから、それを追い出すわけですわね。鍵はバスカーが握っていますわよ!」
ミルトン伯爵家から借りてきた魔法陣を敷いて、シャーロット。
「今夜はこの上で寝てくださいましね」
「ええ……。ベッドの上じゃなく?」
そこでシャーロットはポンと手を打った。
「ベッドに敷きましょう!」
有言実行。
メイドたちもやって来て、シャーロットと三人でベッドの敷布団に魔法陣が掛けられた。
うう、手触りがゴワゴワしているし、こんなものの上で寝るの?
辺境では睡眠は大切だということで、寝具の開発はとても力が入れられていた。
そのため、私は寝具にはとてもうるさい……ような気がする。
割とどこでも眠れるような気がしないでもない。
「仕方ないなあ……。だけど、また私の夢の中に黄金号が現れるかもしれないんでしょ? そんな恐ろしいことがあると分かってて、すぐに眠れるわけが……」
そんな私の前に、メイドたちが粛々といい香りのハーブティーを準備してくれた。
あくまでも私を寝かせるつもりだな。
でも、ハーブティーですぐに寝るような、甘い女じゃないぞ私は!
……ということで、気付いたらまた見慣れた辺境の城壁の上にいた。
ああ、これは夢だ。
私はすぐに寝てしまったらしい。
うう、ハーブティーの威力が恐ろしい。
そして眼下には大草原。
そこに、いた、いたよ。
黄金に輝く一点。
悪魔ナイトメアこと、黄金号。
彼は私をじっと見つめながら歩み寄ってくる。
馬の姿だと言うのに、私に向けられる視線の熱さが分かる。
「ねえ、どうして私のことを気に入ったわけ?」
黄金号は答えない。
だが、近寄ってくるだけだ。
やがて、足元がゆらゆらと揺れ始めた。
城壁が曖昧になったようで、私はそこに留まっていられない。
ついには、草原に投げ出されてしまう……。
というところで、突然私の襟首が何かに引っかかった。
いや、これは……。
いぬくさい!
『ぶふ』
生暖かい鼻息が私の首筋にかかり、冷たい鼻先がピトッと当てられた。
「バスカー?」
『ぶふ』
私の襟首をしっかりと噛んで、彼は呼びかけに答えた。
黄金号がそれを見上げて、目を吊り上げる。
怒ってる怒ってる!
そして相手が怒ると、私はスーッと冷静になる。
そういう性分なので、父からはよく「戦争向きだ!」と褒められていたものである。
「黄金号が来そう。シャーロットは準備できてるの?」
『ぶふん』
「分かった! じゃあ、私をくわえて逃げて。時間稼ぎしよう。ここは私の夢なんだから、邪魔だって幾らでもできるはず!」
私が思い浮かべるのは、辺境の兵士たち。
すると、彼らの姿がぼんやりと浮かんできて、黄金号を槍でつつき始めた。
怒り狂い、いななく黄金号。
兵士たちを蹴散らしながら、城壁に突進してきた。
「バスカー、ジャンプ!」
『ぶふー!』
私をくわえたまま、バスカーが跳躍する。
足元で崩れていく城壁。
さらにバスカーがジャンプを続けながら、次々に城壁を渡る。
そのたびに、黄金号は足場となる城壁を壊そうとする。
むきになってる、むきになっている。
黄金号の頭の中からは、完全にこの状況への疑問は消えてしまっていることだろう。
どうしてバスカーが介入できるのか?
そして私が、冷静さを保って時間稼ぎに徹しているのか?
それが分からなくなっている。
だから私の勝利だ。
『お待たせしましたわ!』
シャーロットの声が響き渡った。
待ってました!
黄金号はビクッとして、周囲を見回す。
そして、どうやらようやく気付いたらしい。
彼は既に、シャーロットが張った罠の中だ。
夢の世界全体を包むようにして、魔法陣の輝きが生まれる。
それはどんどんと光の強さを増して……。
ハッと私は目覚めた。
ベッドの上で眠っていたはずが、バスカーに襟首をくわえられ、部屋の隅にいる。
そしてベッドに敷かれた魔法陣の上には、大きな金色の馬。
『ぶるるるるっ!! ひひぃーんっ!!』
黄金号だ!
彼はいななき、魔法陣から逃れようとする。
だが、魔法陣の輝きは黄金号を逃さない。
「さて、このまま朝まで捕獲しておいて、後でオーシレイ殿下のところに持ち込みましょうか」
シャーロットがとんでもないことを言う。
「ええっ!? どうして!? 黄金号をこのままにしておいていいの?」
「この魔方陣は、夢の中に現れた悪魔を捕まえることに特化しているものですわ。ナイトメアにはまだ、その時に与えられた制約が残っているから、魔法陣から出ることは叶いませんの。それに、制約を振り切るほどジャネット様に執着していましたけれど、当のジャネット様から拒絶されましたでしょう? それに、ジャネット様にはバスカーがいますわ」
『わふん』
バスカーが自慢げに鼻を鳴らした。
黄金号がバタンバタン、と魔法陣の上で暴れる。
「つまり、黄金号が目論んだ、新たな主人への乗り換えは果たせなかったわけですわね。彼が魔法陣から逃れる手段はありませんわ」
その後、さすがに一睡もできずに朝を迎えたが、シャーロットの言う通り黄金号は魔法陣に捕らえられたままだった。
いつの間に呼んでいたのか、アカデミーの賢者たちが現れ、魔法陣の中に黄金号をくるくる巻き取って回収していった。
元々が夢の存在だから、巻いてしまうと平面になるのね……。
オーシレイもほくほく顔でやって来て、
「新しい所蔵品が増えるな! まさか、ナイトメアつきの魔法陣とは! ミルトン伯爵め、こんないいものを……いや、危険なものを隠し持っていたとは。後で家探しをしてやらねばならんな。ジャネット、無事で何よりだった! そして礼を言う!」
「私の心配は魔法陣の次ですか?」
「お前ならそう簡単にやられないだろう?」
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