76 / 225
黄金号事件
第76話 黄金号はどこから来たのか
しおりを挟む
夢を見ていた。
辺境の草原を眺める夢だった。
辺境の草原はとても危険なので、武器や護衛なしに降りていくことはありえない。
どこに蛮族やモンスターが潜んでいるかも分からないからだ。
だから私の記憶の中で、辺境の草原は、いつも城壁から見下ろすものだった。
緑と茶色の色彩がどこまでも続いている。
だが、その時の光景に一箇所だけ見慣れない色があった。
金色だ。
黄金の輝きを放つ何かがそこにいて、少しずつ大きくなってくる。
近づいてくるのだ。
「何……?」
しっかりと視認できる距離までやって来て、それが何者なのか気付いた。
金色に輝く馬、黄金号だ。
それは私を見上げて、高くいなないた。
次の瞬間、私の体は城壁から放り出され、黄金号が待つ草原へと落ちていく……。
『わふ!』
突然耳元で聞き慣れた鳴き声がして、私は目覚めた。
顔に冷たいものがくっついている。
うーん、いぬくさい。
そこでハッと目が冴えた。
「バスカー!」
『わふーん』
バスカーが、そうですよー、とでも言いたげな顔をしてちょこんと座り、尻尾をぶんぶん振った。
彼が私を起こしてくれたのか。
だけど、周りは随分暗い。
曇り空なのかな……? と思って体を起こすと、カーテンの隙間からは少しの光も漏れてこない。
立ち上がってカーテンを開けると、まだ真夜中だった。
「ええ……? 夜じゃない。どうしてバスカー、私を起こしたの?」
『わふ、わふ』
バスカーが何事か訴えている気がするけれど、私にはハッキリとは分からない。
だけど、どうも彼が助けてくれたらしいことだけが、感覚として理解できた。
「よく分からないけれど、ありがとうね、バスカー」
『わふ!』
バスカーに起こされる前に見ていた夢の記憶は、はっきりとしない。
だけど、もしかしたらあまり良くない夢だったのかも。
ふと、その時、バスカーの鼻先にくっついている金色の糸みたいなものが見えた。
「なーに、これ」
『わふー』
それはまるで、バイオリンに使っている馬の毛のような……。
ここで私は、シャーロットを頼るという選択を決めたのだった。
とりあえず、バスカーにしがみついて朝まで寝ることにする。
何かよろしくない夢を見たが、それからバスカーが助けてくれたのではないか、という直感を信じることにしたのだ。
もっふもふのバスカーは素晴らしい抱き枕で、ちょっといぬのにおいが強いけど、それはそれで魅力だった。
お陰で熟睡。
翌朝、メイドが私を起こしに来て、バスカーにくっついて寝ているのに気付いてとても驚いたそうだ。
朝食を済ませて、バスカーのお散歩ついでにシャーロットの家に向かう。
ちょっと早めの朝だけれど、彼女なら準備万端で待っていそうな気がした。
果たして、下町にあるシャーロット邸の扉が開き、私とバスカーを迎え入れてくれた。
そこには、いつもの格好のシャーロット。
「黄金号消ゆ! やはり関わっておられましたわね、ジャネット様。お待ちしておりましたわ! もうすぐお湯も沸きますし、紅茶を淹れますわよ!」
「さすが……。何もかもお見通しっていう感じね」
「わたくし、分かる範囲のことしか分かりませんわよ」
当たり前の事のようだが、シャーロットが口にすると謙遜に聞こえる。
私は二階まで通され、バスカーは下の階でインビジブルストーカーと遊んでいる。
シャーロットが淹れた香り高い紅茶を口にして、ようやく落ち着いた。
ふうーっと深い溜め息が漏れる。
「黄金号がねえ、私をじーっと見ていたのだけど。そこにバスカーが割って入ってきて」
「ふんふん」
「昨夜は怖い夢を見たようだけど、バスカーが起こしてくれて。そうしたらこの金色の毛が」
「ふむふむ」
シャーロットはルーペを使って、毛をしげしげと眺める。
「馬の毛ですわね」
「やっぱりそう思う? なんだろう。バスカーに黄金号の毛がついてたのかな」
「いえ、そうではないでしょうね。侵入してきていた黄金号をバスカーが撃退したのですわ」
「ふーん。バスカーが、侵入してきた黄金号を……って、は? あの馬が? 私の部屋に?」
「ええ」
シャーロットは微笑んだ。
「黄金号。ミルトン伯爵家が手に入れたという名馬ですわね。この間のものも含めて、三度のレースに出て、その全てで勝利していますわ。その力は圧倒的。馬の形をした、違う生き物のようだとも言われていましたわね。それはその通りでしょう。だって、あれは馬ではないのですもの」
シャーロットが聞き捨てならぬ事を言う。
「どういうこと……!?」
「ミルトン伯爵は何らかの手段を使って、黄金号を従えたのでしょう。ですけれど黄金号は、自らの掛けられた服従の魔法を打ち破るほど、自分にとって最高の相性を持つ人間を見つけた。馬ではなくても、馬の姿をしている以上、人とともにあることを宿命つけられる存在ですものね」
「それってつまり……。私?」
「ええ。黄金号は恐らく、人を魅了する魔なる存在でしょうね。ミルトン伯爵に従う術式で縛られていたのでしょうけれども、相手がジャネット様ではねえ……」
なんということだ。
つまり私は、悪魔に魅入られてしまったということか。
洒落にならない。
「悪魔は悪魔の世界にお戻りいただくのが定石ですわね。さてジャネット様。紅茶のお代わりはもう大丈夫? 落ち着かれたのならば、ミルトン伯爵家に向かいますわよ!」
「分かったわ。ちょっとだけお菓子をいただいたら行きましょう」
これから波乱が起きそうな予感がある。
焼き菓子で元気を補給しておかなくては……!
辺境の草原を眺める夢だった。
辺境の草原はとても危険なので、武器や護衛なしに降りていくことはありえない。
どこに蛮族やモンスターが潜んでいるかも分からないからだ。
だから私の記憶の中で、辺境の草原は、いつも城壁から見下ろすものだった。
緑と茶色の色彩がどこまでも続いている。
だが、その時の光景に一箇所だけ見慣れない色があった。
金色だ。
黄金の輝きを放つ何かがそこにいて、少しずつ大きくなってくる。
近づいてくるのだ。
「何……?」
しっかりと視認できる距離までやって来て、それが何者なのか気付いた。
金色に輝く馬、黄金号だ。
それは私を見上げて、高くいなないた。
次の瞬間、私の体は城壁から放り出され、黄金号が待つ草原へと落ちていく……。
『わふ!』
突然耳元で聞き慣れた鳴き声がして、私は目覚めた。
顔に冷たいものがくっついている。
うーん、いぬくさい。
そこでハッと目が冴えた。
「バスカー!」
『わふーん』
バスカーが、そうですよー、とでも言いたげな顔をしてちょこんと座り、尻尾をぶんぶん振った。
彼が私を起こしてくれたのか。
だけど、周りは随分暗い。
曇り空なのかな……? と思って体を起こすと、カーテンの隙間からは少しの光も漏れてこない。
立ち上がってカーテンを開けると、まだ真夜中だった。
「ええ……? 夜じゃない。どうしてバスカー、私を起こしたの?」
『わふ、わふ』
バスカーが何事か訴えている気がするけれど、私にはハッキリとは分からない。
だけど、どうも彼が助けてくれたらしいことだけが、感覚として理解できた。
「よく分からないけれど、ありがとうね、バスカー」
『わふ!』
バスカーに起こされる前に見ていた夢の記憶は、はっきりとしない。
だけど、もしかしたらあまり良くない夢だったのかも。
ふと、その時、バスカーの鼻先にくっついている金色の糸みたいなものが見えた。
「なーに、これ」
『わふー』
それはまるで、バイオリンに使っている馬の毛のような……。
ここで私は、シャーロットを頼るという選択を決めたのだった。
とりあえず、バスカーにしがみついて朝まで寝ることにする。
何かよろしくない夢を見たが、それからバスカーが助けてくれたのではないか、という直感を信じることにしたのだ。
もっふもふのバスカーは素晴らしい抱き枕で、ちょっといぬのにおいが強いけど、それはそれで魅力だった。
お陰で熟睡。
翌朝、メイドが私を起こしに来て、バスカーにくっついて寝ているのに気付いてとても驚いたそうだ。
朝食を済ませて、バスカーのお散歩ついでにシャーロットの家に向かう。
ちょっと早めの朝だけれど、彼女なら準備万端で待っていそうな気がした。
果たして、下町にあるシャーロット邸の扉が開き、私とバスカーを迎え入れてくれた。
そこには、いつもの格好のシャーロット。
「黄金号消ゆ! やはり関わっておられましたわね、ジャネット様。お待ちしておりましたわ! もうすぐお湯も沸きますし、紅茶を淹れますわよ!」
「さすが……。何もかもお見通しっていう感じね」
「わたくし、分かる範囲のことしか分かりませんわよ」
当たり前の事のようだが、シャーロットが口にすると謙遜に聞こえる。
私は二階まで通され、バスカーは下の階でインビジブルストーカーと遊んでいる。
シャーロットが淹れた香り高い紅茶を口にして、ようやく落ち着いた。
ふうーっと深い溜め息が漏れる。
「黄金号がねえ、私をじーっと見ていたのだけど。そこにバスカーが割って入ってきて」
「ふんふん」
「昨夜は怖い夢を見たようだけど、バスカーが起こしてくれて。そうしたらこの金色の毛が」
「ふむふむ」
シャーロットはルーペを使って、毛をしげしげと眺める。
「馬の毛ですわね」
「やっぱりそう思う? なんだろう。バスカーに黄金号の毛がついてたのかな」
「いえ、そうではないでしょうね。侵入してきていた黄金号をバスカーが撃退したのですわ」
「ふーん。バスカーが、侵入してきた黄金号を……って、は? あの馬が? 私の部屋に?」
「ええ」
シャーロットは微笑んだ。
「黄金号。ミルトン伯爵家が手に入れたという名馬ですわね。この間のものも含めて、三度のレースに出て、その全てで勝利していますわ。その力は圧倒的。馬の形をした、違う生き物のようだとも言われていましたわね。それはその通りでしょう。だって、あれは馬ではないのですもの」
シャーロットが聞き捨てならぬ事を言う。
「どういうこと……!?」
「ミルトン伯爵は何らかの手段を使って、黄金号を従えたのでしょう。ですけれど黄金号は、自らの掛けられた服従の魔法を打ち破るほど、自分にとって最高の相性を持つ人間を見つけた。馬ではなくても、馬の姿をしている以上、人とともにあることを宿命つけられる存在ですものね」
「それってつまり……。私?」
「ええ。黄金号は恐らく、人を魅了する魔なる存在でしょうね。ミルトン伯爵に従う術式で縛られていたのでしょうけれども、相手がジャネット様ではねえ……」
なんということだ。
つまり私は、悪魔に魅入られてしまったということか。
洒落にならない。
「悪魔は悪魔の世界にお戻りいただくのが定石ですわね。さてジャネット様。紅茶のお代わりはもう大丈夫? 落ち着かれたのならば、ミルトン伯爵家に向かいますわよ!」
「分かったわ。ちょっとだけお菓子をいただいたら行きましょう」
これから波乱が起きそうな予感がある。
焼き菓子で元気を補給しておかなくては……!
0
お気に入りに追加
442
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完結】4人の令嬢とその婚約者達
cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。
優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。
年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。
そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日…
有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。
真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて…
呆れていると、そのうちの1人…
いや、もう1人…
あれ、あと2人も…
まさかの、自分たちの婚約者であった。
貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい!
そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。
*20話完結予定です。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる