75 / 225
黄金号事件
第75話 黄金の馬
しおりを挟む
エルフェンバインには、お互いの家の自慢の馬を持ち寄ってレースをする集まりがある。
これはこの国では一般的な娯楽で、貴族や商人、一般庶民までもが集まってレースを楽しむのだ。
以前、レース結果を賭け事にしていた不届き者がいて、しかもとても儲けていたらしく、イニアナガ陛下が大層お怒りになった件があった。
その後、賭け事を禁止にした……のではなく、その不届き者と司法取引をして、彼を公営での賭け事……ギャンブルの管理者に任命した辺り、イニアナガ陛下は凄いと思う。
それ以降、たまに行われるこのレースは、馬を競い合わせる集まり、競馬と呼ばれ、エルフェンバインの大きな収入となっているそうだ。
広場に座席や立ち見席が設けられ、そこからレース場が覗ける。
レース場とは言っても、広い範囲を芝生にして、馬が走りやすいようにしてあるだけだ。
お弁当などを食べながら、これを見るのは、この国でも贅沢な方に入る娯楽。
一度うちの軍馬も参加させてみようかな。
だけど、競争用に鍛えられた馬にはとても勝てなさそうだ。
障害物レースならいけるかな……?
そんな事を考えながら、メイドが作ってくれたサンドイッチをパクパクと食べた。
今日のは、きゅうりとマヨネーズのサンドイッチだ。
美味しい。
熱い紅茶は望めないので、水筒に入れてきた冷やして飲む用の紅茶を飲む。
レースが始まるところだった。
今回の注目は、ミルトン伯爵が連れてきたという名馬、黄金号だ。
栗毛の毛並みが、光の加減で黄金に見えるから名付けられたという。
その馬が現れた時、会場がどよめいた。
「すごく金色じゃない」
栗毛どころじゃない。
陽の光の下では、黄金号は本当に、全身金色に見えたのだ。
馬と騎手の紹介が行われた後、レースが始まった。
私がいるのは婦人席で、ここはのんびりお弁当やお茶をしながらレースを見て、談笑するための場所。
それに対して、紳士席ではレースのチケットを握りしめた男たちが、目を血走らせて叫んでいる。
男女で席を分ける訳である。
お金や勝敗が掛かると、男たちは動物みたいになるのだ。
こちらでは、馬の美しさや走りの優美さを愛でているのに……。
おっと。
「そこ! そこよー! 走って、カゲマル号ー! あー! また抜かれた! あー!」
近くでカゲリナが頭を抱えていた。
彼女の家で育ててカゲマル号が出走したそうなのだが、たくさんの人が見ている前で緊張したらしく、走りはイマイチ。
カゲリナが無念そうに呻く。
テリアのポーギーが彼女の足元にまとわりついて、心配そうに見上げている。
ポーギーは可愛いなあ。
ちなみに、噂の黄金号。
速い。
猛烈に速い。
あっという間に他の馬たちをちぎり、ゴールへと駆け込んでしまった。
スタートからゴールまで、ずっとトップだった。
すごい馬だな……。
会場は大歓声。
前評判で、凄い馬だという噂が流れていたらしく、ギャンブルの掛け率は低めだったらしい。
男たちは他の馬にかけて、一攫千金を狙っていたようだが……。
紳士席で嘆く彼らの姿を見るに、みんな夢破れたな。
ナイツがバスカーを連れて、しょんぼりしながら戻ってくる。
「うう、俺の今週分の給金が……」
「ギャンブルに全部つぎ込む人が何か言ってる」
『わふわふ』
「きゃうーん!」
バスカー登場に、ポーギーがジャンプして喜びを表現した。
駆け寄り、子牛ほどもあるバスカーにむぎゅむぎゅとすり寄る。
バスカーも、友達であるポーギーを前足でふにふにと揉んだり、鼻先で転がしたりしている。
殺伐としたギャンブルの空気が向こうで流れる中、ここは癒やしの空間だなあ。
「ううう、残念でした……。カゲマル号はビリから二番目でした……」
嘆くカゲリナ。
「元気出して。デビューだったんでしょ? 緊張してたんだよ。だんだん慣らしていけばいいじゃない」
「そ、そうですよね……! あの子、心優しい馬だから、緊張しちゃうと力が発揮できないんですよね!」
そう。
今日は、カゲリナと連れ立って競馬を観に来ていたのだ。
私の目当ては、カゲリナが連れてくるポーギー。
バスカーが会いたがっていたので、彼女の馬が競馬に出ると聞いて、同行することにしたのだ。
目論見通り、バスカーはポーギーと嬉しそうにじゃれあっている。
カーバンクルでネズミのピーターとも仲良しだけど、犬のテリアと、モンスターとは言え犬っぽいガルムはとても気が合うみたいだ。
「あっ、ポーギーが嬉しすぎておしっこした! ちょっと、執事ー! 執事ー!」
カゲリナがお付きの人を呼ぶ。
ポーギーのおしっこの後始末がされている中、私はまだざわめきが消えないレース場を見渡す。
勝利した黄金号が、騎手を乗せてゆっくりと会場を歩いて回っていた。
ちょうど、私の目の前を通過する時だ。
黄金号と私の目が合った。
私はそこに、軍馬たちに感じているものとは別の種類の輝きを見た。
動物が人間を見つめる眼差しではない。
何か、人ならざるものが、相手を見定めている目だ。
そして、黄金号が足取りを止めて、私をじっと凝視した。
「あら」
「こ、こら、黄金号!」
騎手が声を掛けるが、馬は動かない。
しばらく私と黄金号は見つめ合う。
その間に、バスカーがヌッと割り込んだ。
『わふ』
すると、黄金号はまた動き出した。
バスカーとは目を合わせようともしない。
というか、厄介者から離れようとするような動きだ。
なんだろう?
「あの野郎、俺の給料をふいにしやがって」
ナイツが憎々しげに黄金号のお尻を眺めていた。
彼が反応しないということは、敵意は無いのだと思うけれど。
私のことが気になったのかな?
その時は、こんな疑問を覚えたものだ。
そして、翌日。
エルフェンバインの王都に、『黄金号、消える』というニュースが流れるのだった。
これはこの国では一般的な娯楽で、貴族や商人、一般庶民までもが集まってレースを楽しむのだ。
以前、レース結果を賭け事にしていた不届き者がいて、しかもとても儲けていたらしく、イニアナガ陛下が大層お怒りになった件があった。
その後、賭け事を禁止にした……のではなく、その不届き者と司法取引をして、彼を公営での賭け事……ギャンブルの管理者に任命した辺り、イニアナガ陛下は凄いと思う。
それ以降、たまに行われるこのレースは、馬を競い合わせる集まり、競馬と呼ばれ、エルフェンバインの大きな収入となっているそうだ。
広場に座席や立ち見席が設けられ、そこからレース場が覗ける。
レース場とは言っても、広い範囲を芝生にして、馬が走りやすいようにしてあるだけだ。
お弁当などを食べながら、これを見るのは、この国でも贅沢な方に入る娯楽。
一度うちの軍馬も参加させてみようかな。
だけど、競争用に鍛えられた馬にはとても勝てなさそうだ。
障害物レースならいけるかな……?
そんな事を考えながら、メイドが作ってくれたサンドイッチをパクパクと食べた。
今日のは、きゅうりとマヨネーズのサンドイッチだ。
美味しい。
熱い紅茶は望めないので、水筒に入れてきた冷やして飲む用の紅茶を飲む。
レースが始まるところだった。
今回の注目は、ミルトン伯爵が連れてきたという名馬、黄金号だ。
栗毛の毛並みが、光の加減で黄金に見えるから名付けられたという。
その馬が現れた時、会場がどよめいた。
「すごく金色じゃない」
栗毛どころじゃない。
陽の光の下では、黄金号は本当に、全身金色に見えたのだ。
馬と騎手の紹介が行われた後、レースが始まった。
私がいるのは婦人席で、ここはのんびりお弁当やお茶をしながらレースを見て、談笑するための場所。
それに対して、紳士席ではレースのチケットを握りしめた男たちが、目を血走らせて叫んでいる。
男女で席を分ける訳である。
お金や勝敗が掛かると、男たちは動物みたいになるのだ。
こちらでは、馬の美しさや走りの優美さを愛でているのに……。
おっと。
「そこ! そこよー! 走って、カゲマル号ー! あー! また抜かれた! あー!」
近くでカゲリナが頭を抱えていた。
彼女の家で育ててカゲマル号が出走したそうなのだが、たくさんの人が見ている前で緊張したらしく、走りはイマイチ。
カゲリナが無念そうに呻く。
テリアのポーギーが彼女の足元にまとわりついて、心配そうに見上げている。
ポーギーは可愛いなあ。
ちなみに、噂の黄金号。
速い。
猛烈に速い。
あっという間に他の馬たちをちぎり、ゴールへと駆け込んでしまった。
スタートからゴールまで、ずっとトップだった。
すごい馬だな……。
会場は大歓声。
前評判で、凄い馬だという噂が流れていたらしく、ギャンブルの掛け率は低めだったらしい。
男たちは他の馬にかけて、一攫千金を狙っていたようだが……。
紳士席で嘆く彼らの姿を見るに、みんな夢破れたな。
ナイツがバスカーを連れて、しょんぼりしながら戻ってくる。
「うう、俺の今週分の給金が……」
「ギャンブルに全部つぎ込む人が何か言ってる」
『わふわふ』
「きゃうーん!」
バスカー登場に、ポーギーがジャンプして喜びを表現した。
駆け寄り、子牛ほどもあるバスカーにむぎゅむぎゅとすり寄る。
バスカーも、友達であるポーギーを前足でふにふにと揉んだり、鼻先で転がしたりしている。
殺伐としたギャンブルの空気が向こうで流れる中、ここは癒やしの空間だなあ。
「ううう、残念でした……。カゲマル号はビリから二番目でした……」
嘆くカゲリナ。
「元気出して。デビューだったんでしょ? 緊張してたんだよ。だんだん慣らしていけばいいじゃない」
「そ、そうですよね……! あの子、心優しい馬だから、緊張しちゃうと力が発揮できないんですよね!」
そう。
今日は、カゲリナと連れ立って競馬を観に来ていたのだ。
私の目当ては、カゲリナが連れてくるポーギー。
バスカーが会いたがっていたので、彼女の馬が競馬に出ると聞いて、同行することにしたのだ。
目論見通り、バスカーはポーギーと嬉しそうにじゃれあっている。
カーバンクルでネズミのピーターとも仲良しだけど、犬のテリアと、モンスターとは言え犬っぽいガルムはとても気が合うみたいだ。
「あっ、ポーギーが嬉しすぎておしっこした! ちょっと、執事ー! 執事ー!」
カゲリナがお付きの人を呼ぶ。
ポーギーのおしっこの後始末がされている中、私はまだざわめきが消えないレース場を見渡す。
勝利した黄金号が、騎手を乗せてゆっくりと会場を歩いて回っていた。
ちょうど、私の目の前を通過する時だ。
黄金号と私の目が合った。
私はそこに、軍馬たちに感じているものとは別の種類の輝きを見た。
動物が人間を見つめる眼差しではない。
何か、人ならざるものが、相手を見定めている目だ。
そして、黄金号が足取りを止めて、私をじっと凝視した。
「あら」
「こ、こら、黄金号!」
騎手が声を掛けるが、馬は動かない。
しばらく私と黄金号は見つめ合う。
その間に、バスカーがヌッと割り込んだ。
『わふ』
すると、黄金号はまた動き出した。
バスカーとは目を合わせようともしない。
というか、厄介者から離れようとするような動きだ。
なんだろう?
「あの野郎、俺の給料をふいにしやがって」
ナイツが憎々しげに黄金号のお尻を眺めていた。
彼が反応しないということは、敵意は無いのだと思うけれど。
私のことが気になったのかな?
その時は、こんな疑問を覚えたものだ。
そして、翌日。
エルフェンバインの王都に、『黄金号、消える』というニュースが流れるのだった。
0
お気に入りに追加
441
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜
白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」
はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。
ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。
いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。
さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか?
*作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。
*小説家になろう様でも投稿しております。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる