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樫の木屋敷の遺産事件
第73話 麦畑の陰謀
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スカートの裾を持ち上げて、あぜ道を走る。
あー、こんなことならスカート穿いてくるんじゃなかった!
普段は馬車だから、失念していた。
向こうでは、ナイツがもう賊に追いついて取り押さえているところだった。
「ウグワー!」
なんか賊が叫んでいるから、あれはもう無力化されているはず。
やっと到着すると、ドッと汗が吹き出してきた。
ハンカチで汗を拭いつつ、ナイツが尋問する様子を眺める。
「誰に雇われた? あの位置からだと、窓を狙って撃ったよな?」
「し、知らねえ」
「窓際で読書している女を撃てと命じられたか」
「知らねえ!」
おお、抵抗する抵抗する。
尋問から拷問に変わると、いつかは吐くと思うんだけど……そうなって出てきた情報って信憑性が薄いんだよね。
それに、そういうことができそうな場所はこの辺りにはないし……。
すると、シャーロットがすたすたと私の横を通り抜けていった。
地面に押し付けられた賊の耳に、何かを囁きかける。
一瞬だけ賊の動きが止まった。
「し、知らねえ!! そんな名前知らねえ!」
「はい、この件はジャクリーン案件ですわよー」
必死に否定する賊をスルーして、シャーロットが高らかに宣言した。
ジャクリーン・モリアータ!
エルフェンバインに暗躍する、犯罪コンサルタントだ。
私とシャーロットは、何度か彼女と間接的に対決している。
「一瞬で聞き出したなあ。すげえ」
「人間、大体、話したくないことほど強く頭の中でイメージしてしまうものですわ。よほど特殊な訓練を受けていないと、脳内のイメージと合致することを耳にしたら、反応してしまいますわね」
ナイツが驚き、ふふーんと得意げなシャーロット。
「さすがねえ。じゃあ、今回のこれってどういうことなんだろう? 色々入り組んでて、いまいち意味が分からないんだけど」
私が首を傾げると、シャーロットが頷いた。
「でしょうね。では樫の木屋敷に向かいながら説明を致しましょう」
後ろでは、ナイツが賊をぐるぐるに縛って、ひょいっと担いでいる。
賊が「ウグワーウグワー」と叫びながらもがいているが、ナイツの拘束は全く外れない。
「これはそもそも、親族からの嫌がらせですのよ」
「嫌がらせ!?」
「正式な相続の書類が必要で、それを作るには親族が王都で一ヶ月間滞在しなければならない。だけれども、嫌がらせをしてくる親族は、奥様の妹さんが家の中にずっといるよう要求した。ご主人がもし屋敷を離れたら、乗り込んできた親族が何をするかわかりませんわね。そういう緊張関係の下で、レオパルド嬢を名指しで住み込みの仕事に来てもらう依頼をしたのですわ」
「なるほど。でも、親族の人が屋敷を訪れたら、レオパルド嬢が替え玉だって分かっちゃうんじゃない? どうしてそうしなかったんだろう」
「訪れられない理由があるのでしょうね。例えば、もともとの屋敷の主に勘当されていて、近づかぬように言われている。だけれど、かの屋敷の正統な血筋は奥様が残したお嬢さんしかいない現状。勘当された事実はあれど、遺産の相続権はあると主張して使いを出しているとか。ここで本人が屋敷を訪れたら、それを相続権なしの理由にされかねないと思っているのではありませんこと?」
「うわあ、込み入ってるなあ……。それで、ジャクリーンが絡んできたわけ? しかも、替え玉を殺してしまえ、みたいな」
「恐らくは……勘当された親族に近づき、遺産を掠め取るやり方を吹き込んだのがジャクリーンでは無いかしら」
会話をしながらも、樫の木屋敷がどんどん近づいてくる。
ナイツに担がれた男は、完全に体力が無くなったらしく、ぐったりしていた。
「お嬢とシャーロット嬢が話す内容がどうやらマジらしくてな。こいつがそのたびにひくひく反応しやがる。こりゃあ確かに、財産狙いの一件だなあ」
到着した屋敷の前で、賊を地面に放り出し、ナイツは腕組みした。
「金絡みで殺しをやる。そいつはまあまあありふれた話ですがねえ」
「そうねえ。でもジャクリーンでしょ? これ、替え玉作らせるところまで狙ってて、その替え玉を殺すところまで全部計算してると思う」
「あの女ならやりますわねー」
わいわい話し合っていると、窓際にいたレオパルド嬢が私たちに気づいた。
「シャーロットさんにジャネット様!? 今行きますね!」
すると、彼女に続いて、子どもの声がした。
「せんせい、おきゃくさま? わたしもいくー!」
しばらくすると、扉が開いた。
レオパルド嬢と、彼女の腰辺りの高さから可愛い顔が覗いている。
「おきゃくさまいらっしゃーい」
お屋敷のお嬢さんだろう。
かわいい。
「おきゃくさまがきたんでしょう? わたし、おちゃをいれなくちゃ! あのね、わたしね、おちゃをいれるの、とってもじょうずなのよ!」
くせっ毛の髪をツーサイドアップに纏めた彼女は、大きな目をくりくりっと動かして微笑む。
そして、きっとお茶を淹れるべく、屋敷の中へと走っていってしまった。
「かわいい」
私が呟くと、レオパルド嬢もにっこり笑った。
「でしょう? 可愛いし、頭もいいんです。ご主人と奥様の育て方が良かったんですね」
「この屋敷の遺産が親族のものになったら、あのお嬢さんも親族にところにやられるのでありませんこと?」
シャーロットがぼそりと呟いた。
ハッとする、私とレオパルド嬢。
「それは……それは絶対だめですね」
「許すまじだわ」
レオパルド嬢が静かに燃え、私も決意する。
可愛いは正義なのだ。
屋敷のお嬢さんを守らねば……!
あー、こんなことならスカート穿いてくるんじゃなかった!
普段は馬車だから、失念していた。
向こうでは、ナイツがもう賊に追いついて取り押さえているところだった。
「ウグワー!」
なんか賊が叫んでいるから、あれはもう無力化されているはず。
やっと到着すると、ドッと汗が吹き出してきた。
ハンカチで汗を拭いつつ、ナイツが尋問する様子を眺める。
「誰に雇われた? あの位置からだと、窓を狙って撃ったよな?」
「し、知らねえ」
「窓際で読書している女を撃てと命じられたか」
「知らねえ!」
おお、抵抗する抵抗する。
尋問から拷問に変わると、いつかは吐くと思うんだけど……そうなって出てきた情報って信憑性が薄いんだよね。
それに、そういうことができそうな場所はこの辺りにはないし……。
すると、シャーロットがすたすたと私の横を通り抜けていった。
地面に押し付けられた賊の耳に、何かを囁きかける。
一瞬だけ賊の動きが止まった。
「し、知らねえ!! そんな名前知らねえ!」
「はい、この件はジャクリーン案件ですわよー」
必死に否定する賊をスルーして、シャーロットが高らかに宣言した。
ジャクリーン・モリアータ!
エルフェンバインに暗躍する、犯罪コンサルタントだ。
私とシャーロットは、何度か彼女と間接的に対決している。
「一瞬で聞き出したなあ。すげえ」
「人間、大体、話したくないことほど強く頭の中でイメージしてしまうものですわ。よほど特殊な訓練を受けていないと、脳内のイメージと合致することを耳にしたら、反応してしまいますわね」
ナイツが驚き、ふふーんと得意げなシャーロット。
「さすがねえ。じゃあ、今回のこれってどういうことなんだろう? 色々入り組んでて、いまいち意味が分からないんだけど」
私が首を傾げると、シャーロットが頷いた。
「でしょうね。では樫の木屋敷に向かいながら説明を致しましょう」
後ろでは、ナイツが賊をぐるぐるに縛って、ひょいっと担いでいる。
賊が「ウグワーウグワー」と叫びながらもがいているが、ナイツの拘束は全く外れない。
「これはそもそも、親族からの嫌がらせですのよ」
「嫌がらせ!?」
「正式な相続の書類が必要で、それを作るには親族が王都で一ヶ月間滞在しなければならない。だけれども、嫌がらせをしてくる親族は、奥様の妹さんが家の中にずっといるよう要求した。ご主人がもし屋敷を離れたら、乗り込んできた親族が何をするかわかりませんわね。そういう緊張関係の下で、レオパルド嬢を名指しで住み込みの仕事に来てもらう依頼をしたのですわ」
「なるほど。でも、親族の人が屋敷を訪れたら、レオパルド嬢が替え玉だって分かっちゃうんじゃない? どうしてそうしなかったんだろう」
「訪れられない理由があるのでしょうね。例えば、もともとの屋敷の主に勘当されていて、近づかぬように言われている。だけれど、かの屋敷の正統な血筋は奥様が残したお嬢さんしかいない現状。勘当された事実はあれど、遺産の相続権はあると主張して使いを出しているとか。ここで本人が屋敷を訪れたら、それを相続権なしの理由にされかねないと思っているのではありませんこと?」
「うわあ、込み入ってるなあ……。それで、ジャクリーンが絡んできたわけ? しかも、替え玉を殺してしまえ、みたいな」
「恐らくは……勘当された親族に近づき、遺産を掠め取るやり方を吹き込んだのがジャクリーンでは無いかしら」
会話をしながらも、樫の木屋敷がどんどん近づいてくる。
ナイツに担がれた男は、完全に体力が無くなったらしく、ぐったりしていた。
「お嬢とシャーロット嬢が話す内容がどうやらマジらしくてな。こいつがそのたびにひくひく反応しやがる。こりゃあ確かに、財産狙いの一件だなあ」
到着した屋敷の前で、賊を地面に放り出し、ナイツは腕組みした。
「金絡みで殺しをやる。そいつはまあまあありふれた話ですがねえ」
「そうねえ。でもジャクリーンでしょ? これ、替え玉作らせるところまで狙ってて、その替え玉を殺すところまで全部計算してると思う」
「あの女ならやりますわねー」
わいわい話し合っていると、窓際にいたレオパルド嬢が私たちに気づいた。
「シャーロットさんにジャネット様!? 今行きますね!」
すると、彼女に続いて、子どもの声がした。
「せんせい、おきゃくさま? わたしもいくー!」
しばらくすると、扉が開いた。
レオパルド嬢と、彼女の腰辺りの高さから可愛い顔が覗いている。
「おきゃくさまいらっしゃーい」
お屋敷のお嬢さんだろう。
かわいい。
「おきゃくさまがきたんでしょう? わたし、おちゃをいれなくちゃ! あのね、わたしね、おちゃをいれるの、とってもじょうずなのよ!」
くせっ毛の髪をツーサイドアップに纏めた彼女は、大きな目をくりくりっと動かして微笑む。
そして、きっとお茶を淹れるべく、屋敷の中へと走っていってしまった。
「かわいい」
私が呟くと、レオパルド嬢もにっこり笑った。
「でしょう? 可愛いし、頭もいいんです。ご主人と奥様の育て方が良かったんですね」
「この屋敷の遺産が親族のものになったら、あのお嬢さんも親族にところにやられるのでありませんこと?」
シャーロットがぼそりと呟いた。
ハッとする、私とレオパルド嬢。
「それは……それは絶対だめですね」
「許すまじだわ」
レオパルド嬢が静かに燃え、私も決意する。
可愛いは正義なのだ。
屋敷のお嬢さんを守らねば……!
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