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今度は花嫁が失踪事件
第64話 彼女は呼ばれなくてもやって来る
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花嫁の控室を見せてもらったら、本当にいなかった。
これは式の現場から逃げたな。
恋愛ものとしてはよく物語でもあるけれど、基本的に家の面子を潰す行為なので最悪中の最悪の行為だ。
コイニキールが私に対してやったことも、それの一種。
だから、コイニキールは約束を反故にする信用できない人間とされて、王位継承権を失った。第一王妃も立場を失って田舎に引っ込んだ。
それくらい、とんでもないことだ。
「こんな事をする馬鹿がまだいたのか。恋に生きるつもりか? そんなものは一時の熱情だ。熱は冷める。後には地獄しか待っていないぞ」
オーシレイが吐き捨てるように言うと、その場を後にした。
気持ちは分かる。
ソーナリアス様は、「花嫁が逃げても分からないなんて、警備にお金を掛けていないのではないの?」とか別方面で怒っている。
そして、ラムズ侯爵マクロスト。
現場を見つつ、難しい顔をしている。
「どうしたんですか、ラムズ侯爵様」
「いえね。彼女が式の後でブーケを投げた後、注目がブーケに集まりました。その時に、彼女に近づいた男がいたのですよ。これでおおよそ謎は解けているのですが」
「もうですか!?」
早い。
さすがはシャーロットの兄だ。
「しかし、それを私が語ってしまっては、両家と我がラムズ侯爵家の関わりが難しくなるでしょう」
「確かにそうですね。他所の貴族の当主に事件を解決されたら、大きな借りができますもんねえ」
「ええ、そういうことです。だからこの場は、そういうしがらみに関係なく、巷でも面倒事に首を突っ込む変人という評判がある人物が相応しい」
「ははあ」
私はもう、彼が誰のことを言っているのか理解していた。
そんな私とマクロストの会話を眺めていたソーナリアス様が、「失礼ですけれど」と口を開いた。
「ラムズ侯爵はまだ独身でしょう? もしや、ジャネットさんと懇意にしてらっしゃいます?」
「いいえ。妹の友人というだけですよ」
不穏な空気を察したようで、マクロストがノータイムで返答した。
「それなら良かった。彼女は将来の王妃になる立場ですものね」
決定事項なのか。
マクロストは曖昧に笑って、肯定も否定もしない。
世渡りが上手い。
そんな彼の顔が真面目になった。
「どうやら、謎の情報網を使って、妹がやって来たようです」
耳を澄ませると、馬車が駆け込んでくる音がする。
馬の足音はない。
どよめきや悲鳴が聞こえる。
間違いない、シャーロットだ。
控室の外に出ると、見慣れた長身の彼女がいた。
「シャーロット!」
「事件ですわね? 事件が起きたのですわね? このシャーロットにお任せくださいませ!」
彼女はどんと胸を張り、そう宣言したのだった。
これには、ソーナリアス王妃も唖然としている。
シャーロットは私に気付くと、ニコニコしながら早足でやって来た。
「ジャネット様もいらっしゃったのですね! 不思議なことに、お兄様は呼ばれてもわたくしは呼ばれなかったのですが、こうして事件が起きたという情報を得てやって参りましたわよ! さあ、現場に案内してくださいませ!」
「はいはい。こっちだよー」
私的にはいつものことなので、彼女を連れて花嫁控室に。
ざっと室内を見て、衣装棚などをチェックしたシャーロット。
「ウェディングドレスが棚の中にありますわね。これは普段着で、式の裏方のふりをして外に出ていきましたわね。他に情報はございますの?」
「マクロスト様がね、花嫁がブーケを投げた時に、みんながそっちに注目したけど、その時花嫁に近づいた男がいたって」
「なるほど、これは駆け落ちですわね。王妃と王子が参列した、二つの貴族の家の結婚式で駆け落ち。これは血の雨が降りますわねえ」
大変嬉しそうなシャーロット。
その後、血相を変えたエルム侯爵家とワイザー子爵家の当主がやって来て、シャーロットに正式な事件解決の依頼が成されることになったのだった。
シャーロット、貴族の間でも評判の推理マニアで、数々の事件を解決に導いてきたものだから、こういう面倒ごとの時には大変重宝されているらしい。
冒険者の相談役だけでは食べていけないだろうと思っていたら、こんな仕事もしていたのか。
「さあ、行きますわよジャネット様! まずはフォーマルなドレスから、いつもの活動的なスカート姿になっていただきませんと」
「はいはい。ではソーナリアス様、マクロスト様。これにて失礼致します」
私は二人に一礼して立ち去ることにした。
ソーナリアス様がまた唖然としている。
「どうしてジャネットさんが当然のような顔をして関わるのかしら……」
「さて。彼女は妹にとって、大切な相棒なのだそうで」
二人の声を後ろにして、控室のある大聖堂を出る。
既に、ナイツが準備万端で待っていた。
「シャーロット嬢が来たから、絶対こうなるって思ってましたぜ。さっさと帰って着替えましょうや」
「ええ! 窮屈なドレスはさっさと脱がないとね!」
馬車に乗り込むと、オーシレイが駆け寄ってきた。
「またか! またお前は厄介事に突っ込んでいくのか! この後、俺の研究会の打ち上げがあるからそこに誘おうと思っていたのに!」
「それはまた今度で……」
「よし、次の機会だな? 言質は取ったぞ」
「いやそういう意味じゃなくて」
「出ますよお嬢! そら、走れ!」
馬がいななく。
私はオーシレイに言葉の続きを聞かせる暇もなく、飛び出していくことになったのだった。
これは式の現場から逃げたな。
恋愛ものとしてはよく物語でもあるけれど、基本的に家の面子を潰す行為なので最悪中の最悪の行為だ。
コイニキールが私に対してやったことも、それの一種。
だから、コイニキールは約束を反故にする信用できない人間とされて、王位継承権を失った。第一王妃も立場を失って田舎に引っ込んだ。
それくらい、とんでもないことだ。
「こんな事をする馬鹿がまだいたのか。恋に生きるつもりか? そんなものは一時の熱情だ。熱は冷める。後には地獄しか待っていないぞ」
オーシレイが吐き捨てるように言うと、その場を後にした。
気持ちは分かる。
ソーナリアス様は、「花嫁が逃げても分からないなんて、警備にお金を掛けていないのではないの?」とか別方面で怒っている。
そして、ラムズ侯爵マクロスト。
現場を見つつ、難しい顔をしている。
「どうしたんですか、ラムズ侯爵様」
「いえね。彼女が式の後でブーケを投げた後、注目がブーケに集まりました。その時に、彼女に近づいた男がいたのですよ。これでおおよそ謎は解けているのですが」
「もうですか!?」
早い。
さすがはシャーロットの兄だ。
「しかし、それを私が語ってしまっては、両家と我がラムズ侯爵家の関わりが難しくなるでしょう」
「確かにそうですね。他所の貴族の当主に事件を解決されたら、大きな借りができますもんねえ」
「ええ、そういうことです。だからこの場は、そういうしがらみに関係なく、巷でも面倒事に首を突っ込む変人という評判がある人物が相応しい」
「ははあ」
私はもう、彼が誰のことを言っているのか理解していた。
そんな私とマクロストの会話を眺めていたソーナリアス様が、「失礼ですけれど」と口を開いた。
「ラムズ侯爵はまだ独身でしょう? もしや、ジャネットさんと懇意にしてらっしゃいます?」
「いいえ。妹の友人というだけですよ」
不穏な空気を察したようで、マクロストがノータイムで返答した。
「それなら良かった。彼女は将来の王妃になる立場ですものね」
決定事項なのか。
マクロストは曖昧に笑って、肯定も否定もしない。
世渡りが上手い。
そんな彼の顔が真面目になった。
「どうやら、謎の情報網を使って、妹がやって来たようです」
耳を澄ませると、馬車が駆け込んでくる音がする。
馬の足音はない。
どよめきや悲鳴が聞こえる。
間違いない、シャーロットだ。
控室の外に出ると、見慣れた長身の彼女がいた。
「シャーロット!」
「事件ですわね? 事件が起きたのですわね? このシャーロットにお任せくださいませ!」
彼女はどんと胸を張り、そう宣言したのだった。
これには、ソーナリアス王妃も唖然としている。
シャーロットは私に気付くと、ニコニコしながら早足でやって来た。
「ジャネット様もいらっしゃったのですね! 不思議なことに、お兄様は呼ばれてもわたくしは呼ばれなかったのですが、こうして事件が起きたという情報を得てやって参りましたわよ! さあ、現場に案内してくださいませ!」
「はいはい。こっちだよー」
私的にはいつものことなので、彼女を連れて花嫁控室に。
ざっと室内を見て、衣装棚などをチェックしたシャーロット。
「ウェディングドレスが棚の中にありますわね。これは普段着で、式の裏方のふりをして外に出ていきましたわね。他に情報はございますの?」
「マクロスト様がね、花嫁がブーケを投げた時に、みんながそっちに注目したけど、その時花嫁に近づいた男がいたって」
「なるほど、これは駆け落ちですわね。王妃と王子が参列した、二つの貴族の家の結婚式で駆け落ち。これは血の雨が降りますわねえ」
大変嬉しそうなシャーロット。
その後、血相を変えたエルム侯爵家とワイザー子爵家の当主がやって来て、シャーロットに正式な事件解決の依頼が成されることになったのだった。
シャーロット、貴族の間でも評判の推理マニアで、数々の事件を解決に導いてきたものだから、こういう面倒ごとの時には大変重宝されているらしい。
冒険者の相談役だけでは食べていけないだろうと思っていたら、こんな仕事もしていたのか。
「さあ、行きますわよジャネット様! まずはフォーマルなドレスから、いつもの活動的なスカート姿になっていただきませんと」
「はいはい。ではソーナリアス様、マクロスト様。これにて失礼致します」
私は二人に一礼して立ち去ることにした。
ソーナリアス様がまた唖然としている。
「どうしてジャネットさんが当然のような顔をして関わるのかしら……」
「さて。彼女は妹にとって、大切な相棒なのだそうで」
二人の声を後ろにして、控室のある大聖堂を出る。
既に、ナイツが準備万端で待っていた。
「シャーロット嬢が来たから、絶対こうなるって思ってましたぜ。さっさと帰って着替えましょうや」
「ええ! 窮屈なドレスはさっさと脱がないとね!」
馬車に乗り込むと、オーシレイが駆け寄ってきた。
「またか! またお前は厄介事に突っ込んでいくのか! この後、俺の研究会の打ち上げがあるからそこに誘おうと思っていたのに!」
「それはまた今度で……」
「よし、次の機会だな? 言質は取ったぞ」
「いやそういう意味じゃなくて」
「出ますよお嬢! そら、走れ!」
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私はオーシレイに言葉の続きを聞かせる暇もなく、飛び出していくことになったのだった。
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