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魔道士の杖事件
第62話 もぬけの殻だが
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騎士たちに案内されて屋敷の中に入ると、そこは当然ながらもぬけの殻だった。
それはそうだ。
向こうも、不法に屋敷を使っていたわけだし、後ろ暗いところがたくさんある状態で魔技師が逃げ出したのだから。
「ここが魔法装置の跡ですわね。なるほど、それなりに重さがあったのですわねえ」
床板の一部が凹んでいた。
「どうしてそんなに重いものなのに、移動させられたんだろう?」
私の疑問に、騎士たちも頷いた。
ビクトルの話でも、屋敷にはそれほど多くの人がいたようではなかった。
少人数で、思い魔法装置を移動できるものだろうか?
「ヒントはありましたわよ。ほら、外に薪が積んであるでしょう」
シャーロットの言葉に、騎士の一人が頷く。
「ええ。ひどく乱雑に積まれてたから、整えておきましたよ。薪を取り出して使うにしても、もっと丁寧にやってくれりゃいいのに……」
「それですわ。あなた、薪を整理している時に気付きませんでした? みょうに手触りが丸いって思いませんでしたこと?」
「あっ」
騎士は気付いたらしい。
「つまり、魔法装置は丸く削られた薪の上を転がされ、屋敷の外に待ち受けていたであろう馬車まで持っていかれたのですわね。あとはテコの原理で引っ掛けるなりして、荷馬車に詰め込んだと。大慌てだったでしょうねえ」
その後、薪の一部に何か金属質のもので不規則に表面を削られたであろう跡が見つかり、シャーロットの推理は正しいということになった。
「あっ! お、俺の杖! ひええ、頭の水晶が砕けてるぅ」
ビクトルの悲鳴が聞こえた。
「薪に混ぜて使われましたわね」
「そこまで価値は無かったってことかあ」
哀れビクトル。
くしゃっとなった杖を持って、嘆いている。
だが、彼は彼で屋敷にいた賊の女性に色目を使っていたわけで、色々難しい立場である。
その後、屋敷の中を隅々まで見て回ってきたシャーロットが、解説をしてくれた。
「つまりこの事件ですけれど、魔法装置はニセの金貨を作る機械ですわね。近くの川底から雲母を採取してきて、これを主として偽金貨の地金を光らせる。その装置が故障したので魔技師であるビクトルを呼んだと。そしてこの賊を呼び込んだのは、ビクトルがちょっと気になっていた女性でしょうね」
「えっ、彼女が!? 彼女は美人だしそんな事するような人では」
「ビクトル!」
グチエルがビクトルの脇腹を肘で小突いた。
「ウグワー!」
グチエルのビクトルに対する扱いが雑になっている。
これは彼女の恋も醒めたな。
「彼女は、この屋敷の管理人だった人でしょうね。恐らくは、どこかのご貴族の未亡人の方では?」
シャーロットの推理に、騎士たちが口をもごもごさせた。
これは図星だな。
家が取り潰されたり、子どものいない第二夫人だったりする人は、家が代替わりすると居場所がなくなる。
そういう人たちに、王家は働く場所を設けてあげることがよくあるのだ。
ちなみに王家の第二夫人はオーシレイのお母様なので、大勝利した側の第二夫人だと言える。
「彼女は現在の境遇に不満を抱いたのか、それとも賊にほだされたのか。どちらにせよ、彼らを屋敷に受け入れて犯罪の片棒を担いだわけですわね。そして彼らとともに去った。これが答えですわ」
事件は終わった、とシャーロットは告げる。
実際、ビクトルが私に事件の話をした時点で、何もかも終わっていたのだ。
「じゃあ、偽金貨はばらまかれてしまうっていうこと?」
「それは失敗したのでしょうね。失礼ですけれどビクトル。あなた、魔技師としての仕事歴を教えてくださる?」
「あ、はあ。これこれこんなもので……」
駆け出しに毛が生えたくらいだ。
なるほど、魔法装置を直せるレベルではない、ということか。
「腕のある魔技師ならば直せたでしょうね。ですけれど、そんな方は忙しいですし、依頼に行ったら多くの方々に賊は顔を見られてしまいますわ。だからマイナーな魔技師であるビクトルに頼んだのでしょうが……。魔技師という仕事は技量によって仕事の仕上がり具合が違いますわ。だから、自然と優れた魔技師に仕事が集中しますの。そこで暇な魔技師はつまり、お察しですわね」
「ウグワーッ」
ビクトルが精神的ダメージを受けて倒れた。
グチエルがススっと離れて、私の隣にやって来た。
あーあ。
これで真面目だったり一途だったりしたら、まだ浮かぶ瀬もあっただろうに。
こうして、この事件……というか騒動は終わった。
王都のすぐ近くで、贋金を作ろうとする動きがあったというのは由々しき事態。
すぐに憲兵たちが送り込まれてきて、屋敷の捜索を始めた。
そこで再会したデストレードが、「あなたたちは事件を引き寄せる特異点か何かですか?」と聞いてきたのはいつものこと。
知り合いのよしみで彼女の捜査をちょっと手伝い、一緒にお茶をして最近の王都の様子を聞いたりなんかして、私とシャーロットとグチエルは帰途についたのだった。
ビクトル?
彼は実際に犯行現場にいたし、犯人の顔も見ているし、何より直接依頼された立場だ。
しばらくは取り調べのため、憲兵所から出てこれないだろう。
今回の事件、ビクトルは本当に踏んだり蹴ったりだなあ……!
「世の中、そううまい話はありませんわね。他人のうまそうな話は、そこに至るまでの筋道がきちんとありますもの。降って湧いた幸運は全て、不幸と隣り合わせですわ」
シャーロットは時々、こういう含蓄のあることを言うのだった。
その後のこと。
「ジャネット様! こちら、見習い騎士のオフェーブルと言いまして、実は彼に悩みが……」
嬉々としながら、新しい恋人と手を繋いでやって来るグチエル。
恋多き令嬢は全くめげていないようなのだった。
それはそうだ。
向こうも、不法に屋敷を使っていたわけだし、後ろ暗いところがたくさんある状態で魔技師が逃げ出したのだから。
「ここが魔法装置の跡ですわね。なるほど、それなりに重さがあったのですわねえ」
床板の一部が凹んでいた。
「どうしてそんなに重いものなのに、移動させられたんだろう?」
私の疑問に、騎士たちも頷いた。
ビクトルの話でも、屋敷にはそれほど多くの人がいたようではなかった。
少人数で、思い魔法装置を移動できるものだろうか?
「ヒントはありましたわよ。ほら、外に薪が積んであるでしょう」
シャーロットの言葉に、騎士の一人が頷く。
「ええ。ひどく乱雑に積まれてたから、整えておきましたよ。薪を取り出して使うにしても、もっと丁寧にやってくれりゃいいのに……」
「それですわ。あなた、薪を整理している時に気付きませんでした? みょうに手触りが丸いって思いませんでしたこと?」
「あっ」
騎士は気付いたらしい。
「つまり、魔法装置は丸く削られた薪の上を転がされ、屋敷の外に待ち受けていたであろう馬車まで持っていかれたのですわね。あとはテコの原理で引っ掛けるなりして、荷馬車に詰め込んだと。大慌てだったでしょうねえ」
その後、薪の一部に何か金属質のもので不規則に表面を削られたであろう跡が見つかり、シャーロットの推理は正しいということになった。
「あっ! お、俺の杖! ひええ、頭の水晶が砕けてるぅ」
ビクトルの悲鳴が聞こえた。
「薪に混ぜて使われましたわね」
「そこまで価値は無かったってことかあ」
哀れビクトル。
くしゃっとなった杖を持って、嘆いている。
だが、彼は彼で屋敷にいた賊の女性に色目を使っていたわけで、色々難しい立場である。
その後、屋敷の中を隅々まで見て回ってきたシャーロットが、解説をしてくれた。
「つまりこの事件ですけれど、魔法装置はニセの金貨を作る機械ですわね。近くの川底から雲母を採取してきて、これを主として偽金貨の地金を光らせる。その装置が故障したので魔技師であるビクトルを呼んだと。そしてこの賊を呼び込んだのは、ビクトルがちょっと気になっていた女性でしょうね」
「えっ、彼女が!? 彼女は美人だしそんな事するような人では」
「ビクトル!」
グチエルがビクトルの脇腹を肘で小突いた。
「ウグワー!」
グチエルのビクトルに対する扱いが雑になっている。
これは彼女の恋も醒めたな。
「彼女は、この屋敷の管理人だった人でしょうね。恐らくは、どこかのご貴族の未亡人の方では?」
シャーロットの推理に、騎士たちが口をもごもごさせた。
これは図星だな。
家が取り潰されたり、子どものいない第二夫人だったりする人は、家が代替わりすると居場所がなくなる。
そういう人たちに、王家は働く場所を設けてあげることがよくあるのだ。
ちなみに王家の第二夫人はオーシレイのお母様なので、大勝利した側の第二夫人だと言える。
「彼女は現在の境遇に不満を抱いたのか、それとも賊にほだされたのか。どちらにせよ、彼らを屋敷に受け入れて犯罪の片棒を担いだわけですわね。そして彼らとともに去った。これが答えですわ」
事件は終わった、とシャーロットは告げる。
実際、ビクトルが私に事件の話をした時点で、何もかも終わっていたのだ。
「じゃあ、偽金貨はばらまかれてしまうっていうこと?」
「それは失敗したのでしょうね。失礼ですけれどビクトル。あなた、魔技師としての仕事歴を教えてくださる?」
「あ、はあ。これこれこんなもので……」
駆け出しに毛が生えたくらいだ。
なるほど、魔法装置を直せるレベルではない、ということか。
「腕のある魔技師ならば直せたでしょうね。ですけれど、そんな方は忙しいですし、依頼に行ったら多くの方々に賊は顔を見られてしまいますわ。だからマイナーな魔技師であるビクトルに頼んだのでしょうが……。魔技師という仕事は技量によって仕事の仕上がり具合が違いますわ。だから、自然と優れた魔技師に仕事が集中しますの。そこで暇な魔技師はつまり、お察しですわね」
「ウグワーッ」
ビクトルが精神的ダメージを受けて倒れた。
グチエルがススっと離れて、私の隣にやって来た。
あーあ。
これで真面目だったり一途だったりしたら、まだ浮かぶ瀬もあっただろうに。
こうして、この事件……というか騒動は終わった。
王都のすぐ近くで、贋金を作ろうとする動きがあったというのは由々しき事態。
すぐに憲兵たちが送り込まれてきて、屋敷の捜索を始めた。
そこで再会したデストレードが、「あなたたちは事件を引き寄せる特異点か何かですか?」と聞いてきたのはいつものこと。
知り合いのよしみで彼女の捜査をちょっと手伝い、一緒にお茶をして最近の王都の様子を聞いたりなんかして、私とシャーロットとグチエルは帰途についたのだった。
ビクトル?
彼は実際に犯行現場にいたし、犯人の顔も見ているし、何より直接依頼された立場だ。
しばらくは取り調べのため、憲兵所から出てこれないだろう。
今回の事件、ビクトルは本当に踏んだり蹴ったりだなあ……!
「世の中、そううまい話はありませんわね。他人のうまそうな話は、そこに至るまでの筋道がきちんとありますもの。降って湧いた幸運は全て、不幸と隣り合わせですわ」
シャーロットは時々、こういう含蓄のあることを言うのだった。
その後のこと。
「ジャネット様! こちら、見習い騎士のオフェーブルと言いまして、実は彼に悩みが……」
嬉々としながら、新しい恋人と手を繋いでやって来るグチエル。
恋多き令嬢は全くめげていないようなのだった。
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