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魔道士の杖事件

第59話 グチエルが連れてきた男

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「そのう……。ジャネット様は、魔道士の杖が売っているところをご存知ありません?」

「はい?」

 突然そんな話をされて、私はきょとんとした。
 王立アカデミーで、講義の後。
 グチエルが話しかけてきたと思ったら、そんな奇妙なことを言われたのだ。

「魔道士の杖って……。あれは確か、魔道士として免許皆伝されたら師匠からもらうって聞いたけど」

「ええ、はい。実は私の幼馴染が魔道士なんですけど……杖を失くしたらしくて……」

 それは大変だ。
 グチエルがいつになく慌てた様子なのも理解できる。

 魔道士というのは、魔法を扱う技術者だ。
 回復魔法に長けたものは魔法医、ゴーレムなどの魔法生物を作り出すのは魔法技師。
 などなど、役職によって様々な呼び名がつけられている。

 彼らは皆、師匠のもとで修行する。
 魔法を使える才能が無いといけないから、常に少数精鋭だ。
 そして見事に魔法を修めて、師匠のもとから卒業する時に杖を与えられるのだ。

 魔道士の杖。
 一人前の魔道士の証であり、同時に魔法を使用するための媒体として高い効果を発揮する……とか。

 どうやら魔道士はグチエルが連れてきているようで、王宮を出るとすぐに会うことができた。

「はじめまして! ビクトルと申します!」

 元気のいい若い男の人だ。
 グチエルの幼馴染なんだから、私と同い年くらいだろうか。
 黒い髪に、銀髪のメッシュがかかっている。

「よろしく。ジャネットよ。ねえグチエル、彼をここに連れてきているっていうことは……私に直接会わせる気だったんでしょう?」

「ああ、はい。ええと、そのー」

「すみません。グチエル様には無理を言ってお願いしたんです。実は俺、変な仕事を引き受けたら、大変な事件に巻き込まれて……それで、杖を失くしちまったんです」

「ああ、シャーロット案件!」

 すぐに察する私である。
 グチエルとビクトルが、目に見えてホッとした。

 シャーロットに直接は頼みにくいものね。
 特に貴族は。

「いいわよ。私が案内してあげる。彼女ったら冒険者の相談事ばかりやって来て、退屈してるみたいだし」

「冒険者の相談は退屈なのですか?」

 グチエルが不思議そうである。
 彼女、カゲリナと比べるとちょっと丁寧な感じの子だ。
 見たところ、一緒にいる相手に流されてしまうタイプで、以前私の陰口を言っていた時も、キャシーやそれに同調したカゲリナに流されて真似をしていたらしい。

 本人は一人だと、落ち着かなげでよくオロオロしている。

「そうねえ。王都にシャーロットの宿敵みたいなのがやって来たの。それでちょこちょこ、そいつとシャーロットが知恵比べみたいなことをしてるからね。普通の相談事くらいだと物足りなくなってきてるみたい」

「しゅ、宿敵!!」

 グチエルが目を見開いてわなわなと震えた。

「大丈夫大丈夫、関わらなければ無事だから」

「グチエル様、落ち着いて落ち着いて。深呼吸……!」

 グチエルは、私とビクトルに言われて深呼吸し、ようやく落ち着いたらしい。
 彼女も、ヒーローの研究事件では侯爵家に勤めていた親しい男性を失い、今度は幼馴染が魔道士の杖を失くしたりと、身内の災難が多いなあ。
 幸薄いタイプなのかも知れない。

 さて、今は私の馬車の中。
 ナイツが御者で、私とグチエルとビクトルが中にいる。
 後ろを、テシターノ子爵家の馬車が走ってきているけれど、これは帰りのグチエルを乗せるため。

 目的地はシャーロットの家なのだけれど、そのためには下町を通らなくてはならない。
 どんどん、治安が悪そうになっていく景色に、グチエルが青ざめている。

「だ……大丈夫でしょうか? 『ヒャッハー! 貴族の女がいるぜえー!! 金と貞操をよこせえーっ!!』とか言って襲われたりしないでしょうか……!?」

「無防備に外を歩いたら危険だと思うなあ。だけど、ナイツがいるし、シャーロットの家の周りなら大丈夫でしょう」

 ヒャッハーの真似、妙に上手いなグチエル。
 意外な才能を見てしまった。

 結局、グチエルの心配するような事など起こるはずもなく、起こったとしてもナイツがいるので、私たちは無事にシャーロット宅に到着した。
 窓からシャーロットが顔を出している。

「ジャネット様! 来る頃合いだと思っていましたわ!」

「それは何かの推理?」

「勘ですわね……! わたくしが退屈で退屈で仕方なくなると、不思議とジャネット様が事件を持ち込んでくれますもの!」

「いやな信頼だなあ」

 グチエルとビクトルを中へと招き入れる。
 シャーロットはすぐに、人数分のお茶を淹れてくれた。

「使用人が淹れるのではないのですか!? 侯爵令嬢が手ずからなんて……」

 あわわわ、と恐縮するグチエル。
 そして紅茶が大変美味しいので、はわわわわ、と驚愕するグチエル。

 そんな彼女をよそに、ビクトルが早速相談を始めた。

「実は俺が巻き込まれた事件というのは、とんでもない話なんですが、俺は魔技師をやっていて、ちょうどしばらく仕事がなくて貯金が尽きそうだったんですよ。そうしたら、騎士爵のライザンバーと名乗る男が来てですね、こう言ったんです。『我が家の魔法装置が故障したのだが、見に来て欲しい。だが、このことは内密にしろ』って」

「ふむふむ! なるほど、事件の香りですわね!」

 シャーロットの表情が明るくなった。
 どうやら彼女は、事件に興味を示したようだった。
 
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