上 下
59 / 225
魔道士の杖事件

第59話 グチエルが連れてきた男

しおりを挟む
「そのう……。ジャネット様は、魔道士の杖が売っているところをご存知ありません?」

「はい?」

 突然そんな話をされて、私はきょとんとした。
 王立アカデミーで、講義の後。
 グチエルが話しかけてきたと思ったら、そんな奇妙なことを言われたのだ。

「魔道士の杖って……。あれは確か、魔道士として免許皆伝されたら師匠からもらうって聞いたけど」

「ええ、はい。実は私の幼馴染が魔道士なんですけど……杖を失くしたらしくて……」

 それは大変だ。
 グチエルがいつになく慌てた様子なのも理解できる。

 魔道士というのは、魔法を扱う技術者だ。
 回復魔法に長けたものは魔法医、ゴーレムなどの魔法生物を作り出すのは魔法技師。
 などなど、役職によって様々な呼び名がつけられている。

 彼らは皆、師匠のもとで修行する。
 魔法を使える才能が無いといけないから、常に少数精鋭だ。
 そして見事に魔法を修めて、師匠のもとから卒業する時に杖を与えられるのだ。

 魔道士の杖。
 一人前の魔道士の証であり、同時に魔法を使用するための媒体として高い効果を発揮する……とか。

 どうやら魔道士はグチエルが連れてきているようで、王宮を出るとすぐに会うことができた。

「はじめまして! ビクトルと申します!」

 元気のいい若い男の人だ。
 グチエルの幼馴染なんだから、私と同い年くらいだろうか。
 黒い髪に、銀髪のメッシュがかかっている。

「よろしく。ジャネットよ。ねえグチエル、彼をここに連れてきているっていうことは……私に直接会わせる気だったんでしょう?」

「ああ、はい。ええと、そのー」

「すみません。グチエル様には無理を言ってお願いしたんです。実は俺、変な仕事を引き受けたら、大変な事件に巻き込まれて……それで、杖を失くしちまったんです」

「ああ、シャーロット案件!」

 すぐに察する私である。
 グチエルとビクトルが、目に見えてホッとした。

 シャーロットに直接は頼みにくいものね。
 特に貴族は。

「いいわよ。私が案内してあげる。彼女ったら冒険者の相談事ばかりやって来て、退屈してるみたいだし」

「冒険者の相談は退屈なのですか?」

 グチエルが不思議そうである。
 彼女、カゲリナと比べるとちょっと丁寧な感じの子だ。
 見たところ、一緒にいる相手に流されてしまうタイプで、以前私の陰口を言っていた時も、キャシーやそれに同調したカゲリナに流されて真似をしていたらしい。

 本人は一人だと、落ち着かなげでよくオロオロしている。

「そうねえ。王都にシャーロットの宿敵みたいなのがやって来たの。それでちょこちょこ、そいつとシャーロットが知恵比べみたいなことをしてるからね。普通の相談事くらいだと物足りなくなってきてるみたい」

「しゅ、宿敵!!」

 グチエルが目を見開いてわなわなと震えた。

「大丈夫大丈夫、関わらなければ無事だから」

「グチエル様、落ち着いて落ち着いて。深呼吸……!」

 グチエルは、私とビクトルに言われて深呼吸し、ようやく落ち着いたらしい。
 彼女も、ヒーローの研究事件では侯爵家に勤めていた親しい男性を失い、今度は幼馴染が魔道士の杖を失くしたりと、身内の災難が多いなあ。
 幸薄いタイプなのかも知れない。

 さて、今は私の馬車の中。
 ナイツが御者で、私とグチエルとビクトルが中にいる。
 後ろを、テシターノ子爵家の馬車が走ってきているけれど、これは帰りのグチエルを乗せるため。

 目的地はシャーロットの家なのだけれど、そのためには下町を通らなくてはならない。
 どんどん、治安が悪そうになっていく景色に、グチエルが青ざめている。

「だ……大丈夫でしょうか? 『ヒャッハー! 貴族の女がいるぜえー!! 金と貞操をよこせえーっ!!』とか言って襲われたりしないでしょうか……!?」

「無防備に外を歩いたら危険だと思うなあ。だけど、ナイツがいるし、シャーロットの家の周りなら大丈夫でしょう」

 ヒャッハーの真似、妙に上手いなグチエル。
 意外な才能を見てしまった。

 結局、グチエルの心配するような事など起こるはずもなく、起こったとしてもナイツがいるので、私たちは無事にシャーロット宅に到着した。
 窓からシャーロットが顔を出している。

「ジャネット様! 来る頃合いだと思っていましたわ!」

「それは何かの推理?」

「勘ですわね……! わたくしが退屈で退屈で仕方なくなると、不思議とジャネット様が事件を持ち込んでくれますもの!」

「いやな信頼だなあ」

 グチエルとビクトルを中へと招き入れる。
 シャーロットはすぐに、人数分のお茶を淹れてくれた。

「使用人が淹れるのではないのですか!? 侯爵令嬢が手ずからなんて……」

 あわわわ、と恐縮するグチエル。
 そして紅茶が大変美味しいので、はわわわわ、と驚愕するグチエル。

 そんな彼女をよそに、ビクトルが早速相談を始めた。

「実は俺が巻き込まれた事件というのは、とんでもない話なんですが、俺は魔技師をやっていて、ちょうどしばらく仕事がなくて貯金が尽きそうだったんですよ。そうしたら、騎士爵のライザンバーと名乗る男が来てですね、こう言ったんです。『我が家の魔法装置が故障したのだが、見に来て欲しい。だが、このことは内密にしろ』って」

「ふむふむ! なるほど、事件の香りですわね!」

 シャーロットの表情が明るくなった。
 どうやら彼女は、事件に興味を示したようだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

処理中です...