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青色のカーバンクル事件
第55話 青いネズミ
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ワトサップ辺境伯家では、毎朝牛乳を届けてもらっている。
これはバスカーが好んで飲むこともあるし、私も辺境でよく飲んでいたから、紅茶とともに愛飲している。
我が家に牛乳を届けてくれるのは、顔なじみの配達員だ。
彼がその日、奇妙なものを持ち込んできた。
「これはなに?」
「荷台にこんなやつが紛れ込んでまして」
それは、青い色をしたネズミのように見えた。
下町をよく走り回っている、不潔なネズミではない。
ペットで飼われているようなふわふわもこもことしたネズミだ。
額には真っ赤な石がはまっている。
配達員の手の上に乗ったネズミは、私を見上げて、『ちゅっちゅ!』と鳴いた。
あら可愛い。
「それで、どうしてネズミをうちに?」
「何か妙なものがあったら、ワトサップのご令嬢が担当かなと思いまして」
「まあ」
私は変なものを引き受ける仕事じゃないぞ……とは思ったけれど、まあいい。
後からやって来たバスカーが、この青いネズミを気に入り、『わふわふ!』と鼻先を突き出してきたので、我が家で受け入れることにした。
「まあバスカー。新しいお友達ができたの?」
『わふー』
『ちゅっちゅっ!』
バスカーが青いネズミを頭の上に乗せ、メイドたちに見せて回っている。
すっかりメイドもバスカーと仲良しだし、この大きな犬が何とでも仲良くなってしまう名人だということを、よく理解しているのだ。
まあ、バスカーが楽しそうだしこれでいいか。
そんな風に思っていた私だった。
「俺が手に入れたカーバンクルが、何者かによって盗み出されてな」
ある日のこと。
講義が終わった後、オーシレイに呼ばれたのだった。
そこにはシャーロットもいて、どうやらこれは面倒な仕事の話だぞ、と予想できた。
開口一番に盗みの話。
カーバンクルって?
確か、丸く研磨された赤い宝石をそう呼ぶはずだけれど……。
どうも、オーシレイの口調にはそれ以上の意味があるように感じられてならない。
「殿下、盗みなら憲兵隊に連絡すれば……」
「盗まれたのは宝石ではない。生き物なのだ。だから困っている」
生き物の方のカーバンクル!
「なるほど、それはわたくし向きの事件ですわねえ」
楽しげに、シャーロットが目を輝かせた。
「だろうと思った。だからお前たちを呼んだんだ」
ふう、とため息をつくオーシレイ。
シャーロットは分かるけれど、どうして私まで?
尋ねてみたら、彼はきょとんとした。
「ジャネットはこういう事件に首を突っ込むのが好きなのだろう?」
きょとんとしながら、そんな事を言われたのである。
なんてこと。
心外だ。
その後、執務があると去っていったオーシレイ。
私とシャーロットが残され、事件について話し合うことになった。
「オーシレイ殿下は、ジャネット様のことをよくご存知ですわねえ」
「よくご存知……なのかなあ? 私はそんなキャラだろうか……!」
うーんと唸ってしまう。
言われてみれば、シャーロットと出会ってからというもの、妙な事件に首を突っ込むことがとても増えている気がしてならない。
それにシャーロットも、いの一番に私に事件を伝えに来て、当然一緒に解決しますわよね、みたいなスタンスでいることが多いような。
いや、誘われたら参加するけどさ。
「では、ジャネット様は今回は辞退なさいます?」
「ううん、せっかく関わったのだから最後まで参加するわ。探しましょうよ、カーバンクル」
「そういう付き合いのいいところ、好きですわ」
シャーロットに好きって言われてもなあ。
「では、いつもの二人が事件に挑むとして、カーバンクルなる生き物について学んでおきましょうか」
私とシャーロットは車中の人となり、我が家のお茶に向かいながらこれから挑む事件についての話をすることになった。
カーバンクル。
本来ならば、世界にはいないはずの生き物。
「カーバンクルは、綿密な計算で行われる魔法儀式が呼び出す、異世界の存在ですわね。運命を操り、幸運を手繰り寄せ、不運を呼び込むと言いますわ」
「なんとも、すごそうな生き物ね。どんな見た目なの?」
「金色の毛並みをした小動物だと言われていますわ。実物を目にした方がほとんどいませんからね。さすがのわたくしも、カーバンクルは書物で得た知識しかありませんわねえ。額に赤い石がはまっているのが特徴といえば特徴……」
額に赤い石。
私はふと、我が家に住み着いたバスカーの友達を思い出す。
まさかなあ。
彼って青いネズミだし。
我が家の庭でお茶会を始めることにする。
するとバスカーが覗きに来て、シャーロットにも新しい友達を自慢し始めた。
「まあバスカー。お友達がふえたのですわね! あら可愛い」
『わふ、わふ!』
『ちゅっちゅ!』
青いネズミは、メイドによってピーターと名付けられていた。
とても頭が良くて、人懐こいネズミだ。
私がお菓子の欠片をつまむと、ピーターが小さい手を伸ばしてそれを受け取った。
カリカリとかじり始める。
私とシャーロットで、目を細めてこの可愛い生き物を眺める。
しばらく事件のことを忘れてしまった。
ハッとして我に返る。
「いけないいけない、事件のことでしょう? シャーロット、この事件について、犯人とかカーバンクルを盗んだやり方とか、見当はついているの?」
「それはこれからですわね。一応、資料を殿下から頂いてきていますわ。これから、これを検証して参りましょう」
テーブルの上に上がってきたピーターをつつきながら、シャーロットが紙の束を広げた。
小動物を可愛がるのと、仕事をするのと、同時にできるのは器用だなあ。
こうして、新しい事件へと私たちは関わっていくのだった。
これはバスカーが好んで飲むこともあるし、私も辺境でよく飲んでいたから、紅茶とともに愛飲している。
我が家に牛乳を届けてくれるのは、顔なじみの配達員だ。
彼がその日、奇妙なものを持ち込んできた。
「これはなに?」
「荷台にこんなやつが紛れ込んでまして」
それは、青い色をしたネズミのように見えた。
下町をよく走り回っている、不潔なネズミではない。
ペットで飼われているようなふわふわもこもことしたネズミだ。
額には真っ赤な石がはまっている。
配達員の手の上に乗ったネズミは、私を見上げて、『ちゅっちゅ!』と鳴いた。
あら可愛い。
「それで、どうしてネズミをうちに?」
「何か妙なものがあったら、ワトサップのご令嬢が担当かなと思いまして」
「まあ」
私は変なものを引き受ける仕事じゃないぞ……とは思ったけれど、まあいい。
後からやって来たバスカーが、この青いネズミを気に入り、『わふわふ!』と鼻先を突き出してきたので、我が家で受け入れることにした。
「まあバスカー。新しいお友達ができたの?」
『わふー』
『ちゅっちゅっ!』
バスカーが青いネズミを頭の上に乗せ、メイドたちに見せて回っている。
すっかりメイドもバスカーと仲良しだし、この大きな犬が何とでも仲良くなってしまう名人だということを、よく理解しているのだ。
まあ、バスカーが楽しそうだしこれでいいか。
そんな風に思っていた私だった。
「俺が手に入れたカーバンクルが、何者かによって盗み出されてな」
ある日のこと。
講義が終わった後、オーシレイに呼ばれたのだった。
そこにはシャーロットもいて、どうやらこれは面倒な仕事の話だぞ、と予想できた。
開口一番に盗みの話。
カーバンクルって?
確か、丸く研磨された赤い宝石をそう呼ぶはずだけれど……。
どうも、オーシレイの口調にはそれ以上の意味があるように感じられてならない。
「殿下、盗みなら憲兵隊に連絡すれば……」
「盗まれたのは宝石ではない。生き物なのだ。だから困っている」
生き物の方のカーバンクル!
「なるほど、それはわたくし向きの事件ですわねえ」
楽しげに、シャーロットが目を輝かせた。
「だろうと思った。だからお前たちを呼んだんだ」
ふう、とため息をつくオーシレイ。
シャーロットは分かるけれど、どうして私まで?
尋ねてみたら、彼はきょとんとした。
「ジャネットはこういう事件に首を突っ込むのが好きなのだろう?」
きょとんとしながら、そんな事を言われたのである。
なんてこと。
心外だ。
その後、執務があると去っていったオーシレイ。
私とシャーロットが残され、事件について話し合うことになった。
「オーシレイ殿下は、ジャネット様のことをよくご存知ですわねえ」
「よくご存知……なのかなあ? 私はそんなキャラだろうか……!」
うーんと唸ってしまう。
言われてみれば、シャーロットと出会ってからというもの、妙な事件に首を突っ込むことがとても増えている気がしてならない。
それにシャーロットも、いの一番に私に事件を伝えに来て、当然一緒に解決しますわよね、みたいなスタンスでいることが多いような。
いや、誘われたら参加するけどさ。
「では、ジャネット様は今回は辞退なさいます?」
「ううん、せっかく関わったのだから最後まで参加するわ。探しましょうよ、カーバンクル」
「そういう付き合いのいいところ、好きですわ」
シャーロットに好きって言われてもなあ。
「では、いつもの二人が事件に挑むとして、カーバンクルなる生き物について学んでおきましょうか」
私とシャーロットは車中の人となり、我が家のお茶に向かいながらこれから挑む事件についての話をすることになった。
カーバンクル。
本来ならば、世界にはいないはずの生き物。
「カーバンクルは、綿密な計算で行われる魔法儀式が呼び出す、異世界の存在ですわね。運命を操り、幸運を手繰り寄せ、不運を呼び込むと言いますわ」
「なんとも、すごそうな生き物ね。どんな見た目なの?」
「金色の毛並みをした小動物だと言われていますわ。実物を目にした方がほとんどいませんからね。さすがのわたくしも、カーバンクルは書物で得た知識しかありませんわねえ。額に赤い石がはまっているのが特徴といえば特徴……」
額に赤い石。
私はふと、我が家に住み着いたバスカーの友達を思い出す。
まさかなあ。
彼って青いネズミだし。
我が家の庭でお茶会を始めることにする。
するとバスカーが覗きに来て、シャーロットにも新しい友達を自慢し始めた。
「まあバスカー。お友達がふえたのですわね! あら可愛い」
『わふ、わふ!』
『ちゅっちゅ!』
青いネズミは、メイドによってピーターと名付けられていた。
とても頭が良くて、人懐こいネズミだ。
私がお菓子の欠片をつまむと、ピーターが小さい手を伸ばしてそれを受け取った。
カリカリとかじり始める。
私とシャーロットで、目を細めてこの可愛い生き物を眺める。
しばらく事件のことを忘れてしまった。
ハッとして我に返る。
「いけないいけない、事件のことでしょう? シャーロット、この事件について、犯人とかカーバンクルを盗んだやり方とか、見当はついているの?」
「それはこれからですわね。一応、資料を殿下から頂いてきていますわ。これから、これを検証して参りましょう」
テーブルの上に上がってきたピーターをつつきながら、シャーロットが紙の束を広げた。
小動物を可愛がるのと、仕事をするのと、同時にできるのは器用だなあ。
こうして、新しい事件へと私たちは関わっていくのだった。
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