上 下
48 / 225
謎の木の実の種事件

第48話 シャーロット、動く

しおりを挟む
「まず封筒ですけれど、これはエルフェンバインで作られたものではありませんわね」

「ほんとだ。見慣れた封筒じゃない。でも、庶民の間ではこういうのが広まってるとか無いの?」

「ありませんわね。これはイリアノス神王国の作りですわ。あちらは神の力とやらで、機械を動かしてこれを自動的に作りますのよ」

「なにそれこわい」

 封筒を太陽に透かして見てみる。
 確かに、紙がきめ細かくて、元になったであろう植物の繊維が見えない。

 エルフェンバインが作る紙は、もう少し目が荒くて肉眼で繊維が分かるのだ。

「その代わり劣化が早いのですわ。どろどろに溶かしてまとめたものなので、虫なども食べやすいのかも知れませんわね」

「なーるほど。で、これは海を渡ってイリアノスから来たと?」

「間違いありませんわね。手紙が出されたのはイリアノス。ですけれど、手紙を届けられた依頼人が殺されたのは届いた翌日。手紙を追うようにして犯人がやって来たということですわ」

「そうなんだ……。で、どうして封筒を送ったんだろう」

「エルフの実は、異郷では芽吹かぬ象徴とされていますの。だから、これの花言葉みたいなものがございまして『お前は異郷に根付くことはできない』ですわね。悪意たっぷりですわねー。根付く前に刈り取ってやると言う話ですわ」

「もう戦争じゃない」

「戦争ですわね」

 私たちはシャーロットの馬車に乗り、港に向かって突き進んでいる。

「依頼人こうも話していましたの。父も同じ種を受け取っていたと。どうやら、こうして異種族の血が入っている方を探し出して害するのを生業としているようですわね」

「テロリストじゃない。憲兵に連絡した?」

「海の上は国内じゃありませんもの。治外法権ですわ。デストレード、その辺りの区分にはうるさいんですのよ」

「なるほど、融通が効かない……」

 馬車の横から、並走するバスカーの背中が見える。
 今日は彼の運動も兼ねているのだ。
 のんびりお散歩ばかりだと、体が鈍る。

 そして到着する港。
 シャーロットは馬車から降りるなり、周囲をぐるりと見回した。

「もう、港から出てしまった後ですわねえ」

「分かるの?」

「船の作りがエルフェンバインの様式のものばかりですわ。あちらのものはイリアノスの船ですが、貨物船ですわね。速度は出ませんわ。それに、今帆を畳んでいるでしょう。到着して、荷を降ろしているところですわね」

 到着したばかりということだ。
 その乗組員が陸に上がって犯行に及ぶとは考えづらいらしい。

「そしてここが一箇所、空いていますわ」

 シャーロットが指し示したのは、小さな船が一隻停泊できたであろうスペース。
 木製の係船柱が立っていて、そこは少し濡れていた。
 もやい綱が掛けられていたのだろう。

「ちょっと、よろしいですかしら?」

「うおっ!? なんで港にお嬢様の姿をした人が!? な、なんだい」

 シャーロットと私を見て、道行く水夫がびっくりしていた。

「ここに停泊していた船ですけれど、ご存知ですの?」

「お、おお。わざわざ海から観光にやって来たっていう変わり者たちだったよ。正式なエルフェンバインの滞在許可は取ってたようだよ」

「ありがとうございますわ!」

 シャーロットは水夫に礼を言うと、私に振り返った。

「では船を一つ借りましょうか。今ならすぐに追いつけますわよ!」

「ええ!? 今から追いかけるの!?」

「当然ですわ。皆さん! こちらへ!」

 シャーロットが声を上げると、彼女の馬車から目に見えない何者かが動き出す気配がした。
 インビジブルストーカーという魔法生物。
 これをシャーロットは自在に使役するらしい。

 シャーロットは水夫に頼んで、彼の船まで連れて行ってもらった。
 そこで船主と合う。

「船を貸していただけます? ラムズ侯爵家のツケで」

「えっ、ラムズ侯爵様の!? ってことはその長身と馬のいない馬車! そしてどう見てもワトサップ辺境伯令嬢らしき女性と青い大きな犬! あんたはラムズ侯爵令嬢シャーロットか!!」

 なんで今、私がシャーロットの身分確認に使われたの?

「ええ、その通り。貸してくださいますわね?」

「ああ、構わねえよ。噂のシャーロットとワトサップのご令嬢のコンビを、まさかこの目で拝めるとはなあ! 船の上で、あんたらの冒険譚は人気なんだよ」

「いつの間にそんなものが広まっていたの……」

 解せぬ私である。
 だけれど、お陰で船主は私たちのファンらしく、快く船を貸してくれた。
 侯爵家の名前も効いているとは思うけど。

 私とシャーロット、バスカーが乗り込むと、船のもやい綱がひとりでにほどけた。
 そして、誰も手を触れていないのに、帆が上がる。

「なんだなんだ……!?」

 混乱する船主と水夫たち。

「わたくしのインビジブルストーカーが仕事をしているのですわ。何も心配いりませんわよ」

 いやいや、これ、知らないとめちゃくちゃ怖いでしょ……!

 こうして、つい十数分前までお茶を飲んでいたはずの私は、波に揺られることになった。
 怒涛の展開過ぎる。
 しかも私、船に乗るのが初めてなんだけど。
 お茶の前は、バスカーとカゲリナの犬と散歩してたのに。

 日常の隣には非日常があるものである。

「賊の船が出てからそう時間が経っていませんわ。ここから外海へと出るまで時間がありますし、この船の速さならば追いつくのも時間の問題でしょう。ではこの隙に、ジャネット様にはわたくしの推理を聞いてもらわないと……」

「この一連の流れで散々推理は聞いた気がしたんだけど」

 それでも語らずにはおれぬ推理開陳の欲求。
 私は彼女の推理を聞きながら、バスカーの毛並みをもふもふと撫でることになるのだった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜

白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」 はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。 ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。 いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。 さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか? *作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。 *n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。 *小説家になろう様でも投稿しております。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...