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ボコスカ渓谷の惨劇事件
第46話 犯罪界のコンサルタント
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上から憲兵に押しつぶされた依頼人の男は、すぐに白状した。
「お、大昔はあそこは魔法石が取れた土地だったんだ! だからあると聞いて、オウルベア退治のついでに探しに来たら、本当にあって……! だが、あいつ、見つけたのは自分だから取り分をよこせと言った! そんなの許されるか! 卑しい冒険者なんかに普通の報酬だって高すぎるくらいだ!」
「呆れた方ですねえ」
デストレードがため息をついた。
「連れて行って。馬車組合にも事情を聞かねばなりませんねえ。組織ぐるみの犯行なのか、それとも彼の独断なのか……」
どうやらこれで、事件は解決に向かうようだ。
冒険者ジョナサンの死因は毒殺。
手の甲に小さい傷があって、毒の塗られた吹き矢を使ったのだろうと言う話になった。
ただし、凶器が見つからない。
これはすぐにシャーロットが解明した。
「先を尖らせた木の枝に毒を塗って吹き出したのですわね。払い落とされた木の枝が地面に刺さっていても、誰も気にしませんもの。ほら、これ」
ジョナサンが倒れていた場所から、シャーロットが拾い上げたのは小さな小さな枝の欠片だった。
よく見ると、先端が尖った形に削られていて、黒く変色している。
「先に触ったらいけませんわよ。ひと刺しで人を殺す毒ですわ。あるいは……ジョナサン氏はしたたかに飲んでいましたでしょう?」
シャーロットが尋ねると、デストレードがギョッとした。
「そうですがね。なんで分かるんですか?」
「酒の成分と結びついて人を殺す毒もあるんですわよ。これなら使用者が酒を飲まない限りは無害なので、運用も楽ですわねえ。ちなみに、暗殺用にちょっとは知られた毒薬なのですけれど」
「詳しいなあ」
私はすっかり感心してしまった。
どこからこういう知識を仕入れてくるんだろう。
暗殺用のちょっと知られた毒薬なんて、普通に生きてたら知識としては得られないだろう。
……待てよ。
だとしたら、依頼人はどうやってこの毒薬について知ったんだろう?
「あれ? 毒薬の出どころは……? あっ、それに、魔法石が取れたところだって聞いたって……誰に?」
私が思わず口にした疑問に、シャーロットがにっこり微笑んだ。
「いい視点ですわね、ジャネット様。わたくし、この件には黒幕がいると睨んでいますの」
「黒幕!?」
「そんな。吟遊詩人の物語じゃ無いんですから」
デストレードが肩をすくめた。
吟遊詩人は、世界中を旅しながら、その土地の面白い話を集めて物語に仕立て直し、街角や酒場で披露する人々だ。
国の外の話なんか、知る手段はほとんどない。
だから彼らが伝えてくる外の世界の物語は、とても興味深い。
それらの物語の中には、とても信じられないような荒唐無稽なものも多いのだけど。
何匹もの獣を従えた冒険者が、国家転覆を企む悪党を次々に打ち倒す英雄譚とか。
前人未到の大地を開拓し、偏屈で危険なエルフたちの心を開かせて友になった賢者の話とか。
おっと、いけないいけない。
本題に戻ろう。
事件を裏で操る存在、黒幕、というのは、それくらい現実離れしたものだった。
世の中の事件なんて案外単純で、個人の怨恨とか金銭絡みで起こるものがほとんどだ。
「シャーロット嬢。仮に黒幕がいるとして、どんなやつなんです? そいつは今、いきなり現れたんですかね? 今の今までどこにいたんですかね」
デストレードとしては、気の利いた突っ込みのつもりだったのだと思う。
だけど、シャーロットは彼女にしては珍しく、シリアスな顔で返答した。
「恐らく。ジャネット様を館に軟禁したプラチナブロンド組合事件や、英雄の不可解な乱心のヒーローの研究事件……様々な、割り切れない終わり方をした事件に関わっていた可能性がありますわね。犯罪界のコンサルタントと呼ばれる女性をご存知かしら?」
シャーロットから投げかけられた問いかけに、私もデストレードも目を丸くした。
そんなもの、聞いたことがない。
「それこそ吟遊詩人のように、世界を渡り歩きながら様々な犯罪に入れ知恵と助言を行う、迷惑な方がいるのですわ。ジャクリーン・モリアータ。彼女が今、エルフェンバインにいるのでしょうね」
とんでもない話を聞いてしまった。
そんなのがいるとしたら、まさしくシャーロットの宿敵じゃないか。
戦々恐々とする私をよそに、デストレードはふん、と鼻を鳴らした。
「想像力をたくましくするのは結構ですがね。今は目の前の事件を解決せねばならんでしょう。はいはい、シャーロットも手伝った手伝った」
「わたくし、あくまで私人が善意で協力しただけなのですけれど?」
「そんなわけないでしょう! あなた、絶対他の冒険者から依頼を受けてこっちに来てますよね!?」
「デストレードのくせになんて推理力……!」
「それくらい誰でも察せますよ。はいはい、手伝って手伝って。詳しい状況をまとめるんですから、シャーロット嬢も仕事する」
使えるものはなんでも使う憲兵隊長。
シャーロットも仕事のために来たんだし、断りきれないだろう。
「さーて、私はそれじゃあ……観光しようかな」
「おっ、いいですな」
今までどこにいたのか、ナイツがひょっこり戻ってきた。
「何やら面白くなさそうな話をしてたんで、散歩してたんだ」
「確かにねえ。荒事があるわけでもないし、なんだかこれからは頭脳戦が行われそうだし」
「本当ですかい? こいつは、俺も失業かなあ」
「誰があなたを手放すもんですか。お菓子代を半分にしてでも雇うから覚悟なさい」
「そりゃありがたい! ところでお嬢。この先に小さいんですがなかなか見事な滝があってですね」
「へえ! 見に行きましょ!」
ということで、私の目的はボコスカ渓谷観光に早変わり。
夕方ころに、紅茶不足でヘロヘロになったシャーロットが解放されるまで、私は存分に観光地を楽しんだのだった。
「お、大昔はあそこは魔法石が取れた土地だったんだ! だからあると聞いて、オウルベア退治のついでに探しに来たら、本当にあって……! だが、あいつ、見つけたのは自分だから取り分をよこせと言った! そんなの許されるか! 卑しい冒険者なんかに普通の報酬だって高すぎるくらいだ!」
「呆れた方ですねえ」
デストレードがため息をついた。
「連れて行って。馬車組合にも事情を聞かねばなりませんねえ。組織ぐるみの犯行なのか、それとも彼の独断なのか……」
どうやらこれで、事件は解決に向かうようだ。
冒険者ジョナサンの死因は毒殺。
手の甲に小さい傷があって、毒の塗られた吹き矢を使ったのだろうと言う話になった。
ただし、凶器が見つからない。
これはすぐにシャーロットが解明した。
「先を尖らせた木の枝に毒を塗って吹き出したのですわね。払い落とされた木の枝が地面に刺さっていても、誰も気にしませんもの。ほら、これ」
ジョナサンが倒れていた場所から、シャーロットが拾い上げたのは小さな小さな枝の欠片だった。
よく見ると、先端が尖った形に削られていて、黒く変色している。
「先に触ったらいけませんわよ。ひと刺しで人を殺す毒ですわ。あるいは……ジョナサン氏はしたたかに飲んでいましたでしょう?」
シャーロットが尋ねると、デストレードがギョッとした。
「そうですがね。なんで分かるんですか?」
「酒の成分と結びついて人を殺す毒もあるんですわよ。これなら使用者が酒を飲まない限りは無害なので、運用も楽ですわねえ。ちなみに、暗殺用にちょっとは知られた毒薬なのですけれど」
「詳しいなあ」
私はすっかり感心してしまった。
どこからこういう知識を仕入れてくるんだろう。
暗殺用のちょっと知られた毒薬なんて、普通に生きてたら知識としては得られないだろう。
……待てよ。
だとしたら、依頼人はどうやってこの毒薬について知ったんだろう?
「あれ? 毒薬の出どころは……? あっ、それに、魔法石が取れたところだって聞いたって……誰に?」
私が思わず口にした疑問に、シャーロットがにっこり微笑んだ。
「いい視点ですわね、ジャネット様。わたくし、この件には黒幕がいると睨んでいますの」
「黒幕!?」
「そんな。吟遊詩人の物語じゃ無いんですから」
デストレードが肩をすくめた。
吟遊詩人は、世界中を旅しながら、その土地の面白い話を集めて物語に仕立て直し、街角や酒場で披露する人々だ。
国の外の話なんか、知る手段はほとんどない。
だから彼らが伝えてくる外の世界の物語は、とても興味深い。
それらの物語の中には、とても信じられないような荒唐無稽なものも多いのだけど。
何匹もの獣を従えた冒険者が、国家転覆を企む悪党を次々に打ち倒す英雄譚とか。
前人未到の大地を開拓し、偏屈で危険なエルフたちの心を開かせて友になった賢者の話とか。
おっと、いけないいけない。
本題に戻ろう。
事件を裏で操る存在、黒幕、というのは、それくらい現実離れしたものだった。
世の中の事件なんて案外単純で、個人の怨恨とか金銭絡みで起こるものがほとんどだ。
「シャーロット嬢。仮に黒幕がいるとして、どんなやつなんです? そいつは今、いきなり現れたんですかね? 今の今までどこにいたんですかね」
デストレードとしては、気の利いた突っ込みのつもりだったのだと思う。
だけど、シャーロットは彼女にしては珍しく、シリアスな顔で返答した。
「恐らく。ジャネット様を館に軟禁したプラチナブロンド組合事件や、英雄の不可解な乱心のヒーローの研究事件……様々な、割り切れない終わり方をした事件に関わっていた可能性がありますわね。犯罪界のコンサルタントと呼ばれる女性をご存知かしら?」
シャーロットから投げかけられた問いかけに、私もデストレードも目を丸くした。
そんなもの、聞いたことがない。
「それこそ吟遊詩人のように、世界を渡り歩きながら様々な犯罪に入れ知恵と助言を行う、迷惑な方がいるのですわ。ジャクリーン・モリアータ。彼女が今、エルフェンバインにいるのでしょうね」
とんでもない話を聞いてしまった。
そんなのがいるとしたら、まさしくシャーロットの宿敵じゃないか。
戦々恐々とする私をよそに、デストレードはふん、と鼻を鳴らした。
「想像力をたくましくするのは結構ですがね。今は目の前の事件を解決せねばならんでしょう。はいはい、シャーロットも手伝った手伝った」
「わたくし、あくまで私人が善意で協力しただけなのですけれど?」
「そんなわけないでしょう! あなた、絶対他の冒険者から依頼を受けてこっちに来てますよね!?」
「デストレードのくせになんて推理力……!」
「それくらい誰でも察せますよ。はいはい、手伝って手伝って。詳しい状況をまとめるんですから、シャーロット嬢も仕事する」
使えるものはなんでも使う憲兵隊長。
シャーロットも仕事のために来たんだし、断りきれないだろう。
「さーて、私はそれじゃあ……観光しようかな」
「おっ、いいですな」
今までどこにいたのか、ナイツがひょっこり戻ってきた。
「何やら面白くなさそうな話をしてたんで、散歩してたんだ」
「確かにねえ。荒事があるわけでもないし、なんだかこれからは頭脳戦が行われそうだし」
「本当ですかい? こいつは、俺も失業かなあ」
「誰があなたを手放すもんですか。お菓子代を半分にしてでも雇うから覚悟なさい」
「そりゃありがたい! ところでお嬢。この先に小さいんですがなかなか見事な滝があってですね」
「へえ! 見に行きましょ!」
ということで、私の目的はボコスカ渓谷観光に早変わり。
夕方ころに、紅茶不足でヘロヘロになったシャーロットが解放されるまで、私は存分に観光地を楽しんだのだった。
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