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エルフ語通訳事件

第33話 町外れの館

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 ラムズ公爵邸。
 エルフ語通訳を頼まれたという使用人の人に詳しい話を聞いてみた。

 ほっそりとした男性で、確かにちょっとエルフっぽい。
 若々しい見た目なのに、御年五十歳と聞いて驚いた。
 本当に老化が遅いのだ。

「エルフに会ったそうですね」

 私が尋ねると、彼はびっくりした目を向けて、ちょっとぽやーっとなった。

「どうしたの?」

「ジャネット様のご容姿を心の準備なく見つめるとこうなるでしょう」

 ラムズ侯爵が解せぬ事を言う。

「そうですわね。ジャネット様はご自分の姿に無自覚でいらっしゃるもの。ねえあなた。先日連れて行かれたという家で、エルフに会ったと伺いましたけれど」

「あ、はい」

 シャーロットと向かい合うと、使用人は落ち着いたようだ。

 心の準備無く出会うと固まるって、私は視線で相手を石にするモンスターか何かか。

「人は強烈な色彩と美貌に出会うと、思考が停止するものです。私やシャーロットは、理性の力でそれをコントロールしているに過ぎません」

「そうなんですか? でも、オーシレイ様は普通に接してきますけれど」

「あの方は人の美貌にそこまで興味がありませんからね」

「変人だということですね」

「そうです」

 マクロストは断言する人だなあ。
 そんな話をしているうちに、シャーロットが詳しい事情を聞き出したようだった。

「どうやらエルフは、頑なにエルフ語しか喋らなかったようですわね。女性のエルフだそうですわ」

「なるほど。だが、どうやら彼女をさらった犯人は紳士的なようだ。いや、紳士的になる理由があるのだろう。それに財力もあると来ている」

「ですわね。間違いなくこの国の貴族か、豪商など、お金に余裕があって情報を隠蔽できるだけの伝手がある人物が犯人でしょうね」

「えっえっ、どうしてそこまで話が進んでるの!?」

 私はついていけなくなって、説明を求めた。
 これにはシャーロットが嬉しそうに応じてくれる。

「大変いい質問ですわねジャネット様! お兄様はこういう説明をする時、あまりにも端的に話しすぎて趣がございませんから、わたくしが説明いたしますわね!」

「むう、分かりやすいことはいいことだろう」

 不満げなラムズ侯爵。
 それをスルーして、シャーロットが朗々と語り始めた。

「簡単なことですわよ、ジャネット様。珍しい野菜を買い付けるには、相応の財力が必要ですわ。だって珍しいものは高いのですもの。それだけ市場に需要がございませんからね。そしてそれを見つけ出せる情報網。下町遊撃隊に匹敵しますわね。次に、エルフという目立つ種族を王都に連れ込んでもバレていないという状況。それから、町外れの家を一軒持っていて、それが自分のものであると認知させない程度の隠蔽の力」

「あー、確かに並べてもらうと納得できる。私におかしいって思わせないのが凄いことなのね」

「そういうことですわ。そして使用人の方が会ったエルフは、無事なご様子だったそうです。つまり、エルフをさらっては来たものの、手出ししていない。これは……」

「強引な手法から推察するに、恐らく略」

「ストーップ! お兄様シャラーップ! 推測を断定して口にするのはスマートではありませんわよ!」

「しかし、情報はほぼ出揃っている」

「それでもです! 後はここで全て告げてしまっては、興ざめというものでしょう」

「シャーロットの考えはよく分からないな」

「わたくしにはお兄様の考えがよく分かりませんわ」

 この二人を喋らせておくと永遠に会話を続ける!
 私は後ろからシャーロットの腰を抱いて、ぐいっと引き離した。

「シャーロット! そこまで分かったら、後は現場に行くだけでしょ!」

「そうでしたわ!」

 ハッとするシャーロット。
 マクロストも、行きたそうな顔をしている。

「ラムズ侯爵様もいらっしゃいますか?」

「貴族本人がそういうところに顔を出すのはよろしくない……。貴族間の問題に発展しますからね」

 とても残念そうだ。
 彼がシャーロットのような、面倒事解決業みたいなことをしていないのは、貴族という立場があるからなのだろう。
 自由なシャーロットと、地位に縛られたマクロスト。兄妹の違いはここにあったか。

 かくして、ついてきたいけどついてこれないマクロストに土産話の約束をし、私たちは出発した。
 途中で我が家に寄って、ナイツを連れて行くことにする。

「わたくしの魔法生物よりも、よほど頼りになりますものね」

「ええ。ナイツがいれば安心だわ」

「わたくしのバリツも大したものでしてよ」

「それはほら、未知数だから」

 馬車は、町外れの館へと走る。
 そこは鬱蒼と茂る木々の間にあった。

 昼だと言うのに日が差し込まないような場所。

「到着しましたぜ、お嬢」

 ナイツが御者台から降りて、周囲を見回す。
 そして扉を開けてくれた。
 つまり、警戒するようなものは何もないということだ。

「見張りもいないんだ?」

 門の中に入っていく。
 すると、不思議な香りがした。
 甘く、嗅いでいると頭の中がふわふわとしてくるような香りだ。

「これは……。フィルドレイクの花の香りですわね」

「フィルドレイク?」

「森を守る花とも言われ、森を閉ざす花とも言われていますわ。あまりこの香りを吸い過ぎると、催眠効果にやられて眠ってしまいますわよ。そしてこの花は、森に住む者たちを外に出さない力があると言われていますの」

 シャーロットがハンカチで顔の下半分を覆いながら、香りの出どころを探す。
 すぐに見つけたようだ。
 真っ赤な花が、樹木の根本から直接咲いていた。

 そこにハンカチを被せるシャーロット。
 香りが弱まった。

「見張りがいませんわね。この花を見張り代わりにして、エルフが逃げ出すのを防いでいたのでしょう」

「つまり、間違いなくエルフはここに?」

「いますわ」

 館に突き進むシャーロット。
 扉には鍵が掛かっていたので、ナイツに蹴破らせた。
 両開きの扉が砕け散って奥に吹き飛んでいく。

「……派手ですわね! 忍び込む、とかそんな発想全くなかったでしょう?」

「忍び込むんだったっけ……!?」

 まあいい。
 さあ、エルフとご対面と行こう。
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