推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

あけちともあき

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ローグ伯爵家跡の魔犬事件

第30話 ワトサップ家の犬の噂

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 商会を大きく回り込んでいくと、その先で「ウグワー!」という叫び声がした。
 大丈夫?
 バスカー、食い殺したりしていない?

 いかに相手が悪人だとは言え、バスカーが手を下してしまえば、それは彼のほうが悪いことになってしまう。
 焦る気持ちを抑えて馬車を走らせる。

 すると、商会の裏手側で番頭のモークが地べたに倒れ込み、その上にバスカーがちょこんと座っているのが見えた。

「バスカー!」

『わふ』

 私は駆け寄って、彼の頭の周りをもふもふした。

「賢い子ね。ちゃんと殺さないで生け捕りにしたのね」

『わふわふ』

 バスカーの下敷きになったモークが、「助けてくれぇー」と呻いている。
 しばらくはこのままでいてもらおう。

「さて、モーク氏。あなたはローグ伯爵邸をオークションで落札するよう命じられましたわね。資金は潤沢。しかしローグ伯爵邸は周囲でも評判の高い建物ですわ。高値が付くことは避けられません。例え物取りが入って中を荒らしていようと、リフォームしてしまえばいいのですものね」

 シャーロットがしゃがみこみ、モークに語り聞かせるようにして推理……いや、事件のまとめを話し出す。

「そこであなたは考えましたのね。ローグ伯爵邸そのものに悪評が立ち、安くなってしまえば容易に買い取れると。その差額なりを懐に収めるつもりだった……相違ございません? そのために、このバスカーの仕業と見せかけて人を殺させたのですわね」

「ち、違う! そんなことは……」

 ここで馬車の中にいた、実行犯の男が転がり出てくる。

「そいつだ! そいつに頼まれたんだ! なのに、仕事の報酬も値切りやがって……。な、なあ! こいつで間違いないよ! 俺は証言したよ! だからさ、俺の罪も軽くするように……」

「それはまた別ですわね。自首する形になりますから、少しはマシな扱いになるでしょうけど、牢獄に入っていただくことに代わりはございませんわ」

「な、なんだと! 話が違う! くそーっ!!」

 実行犯の男が逃げ出そうとした。
 その首根っこをシャーロットが捕まえ、「バリツ!」と技を一閃。

 実行犯が宙を舞い、地べたに背中から落ちた。

「ウグワーッ!!」

「まったく。逃げても解決しませんのよ? 一度犯した罪は消えませんもの。あなたが地の果てに逃げようと、あの執念深いデストレードが追いかけてくるだけですわ」

「執念深いとはご挨拶ですな」

「あら」

 噂の彼女、現る。
 憲兵隊を引き連れたデストレードが、まさにやって来たところだった。

「わたくしの推理を聞きます?」

「もうこの状況になったら、あなたの推理は確定した事実でしょうに。どうぞ。調書を取るので」

 朗々と語るシャーロットの言葉を、サラサラ記録していくデストレード。
 慣れたものだ。
 やはりこの二人、仲良しなのでは?

 商会の会長も現れ、デストレードから色々質問されている。
 どうやら彼は、モークから何も聞かされてはいなかったようだ。

「分かった。ローグ邸は諦める! こんな厄介な事件に巻き込まれた場所など、買ったら商売にケチがつくわい!」

 それがいいだろうな、と私も思うのだった。
 こうして、ローグ邸に出現した魔犬を巡る事件は幕を下ろした。

 謎の犬の正体は魔犬ガルムだったので、かなり驚くべき真実が明らかになったわけだが、それと行われた殺人は何の関係も無かったわけだ。
 ガルムのバスカーは完全に我が家に居着くことになり、毎朝私を起こしにやってくるようになった。

 時折、夜にトイレに行くために起き出すと、廊下にうずくまっているバスカーが青白い光を放っているので、知っていても驚いてしまう。
 あの光は消せないの?
 消えないんだ。そう。

 カゲリナとグチエルが遊びに来た時など、バスカーが出迎えると二人はビクッとして立ち止まり、私が彼の隣りにいるのを確認したあと、恐る恐る近寄ってきてバスカーをナデナデしたりした。
 このガルムが大変賢く、そして大人しい事に気づくと、すぐに二人はバスカーに抱きついたりもふもふしたりするようになった。

「さすがですわジャネット様! まさかローグ邸の魔犬を手懐けてしまわれるなんて!」

「ジャネット様の武勇伝がまた一つ増えましたわねえ」

「嬉しくない嬉しくない!」

 なんだ武勇伝って。
 普通の貴族令嬢はそんなもの持ってないだろう。
 それに、私が手懐けたんじゃなくて、バスカーを預かっているだけだ。

 いかに私が普通なのか、という話を彼女たちにしたのだが、全く取り合ってもらえず、それどころか大変面白い話をしてくれたと思われて、「ジャネット様のお話は面白いです!」「あー、お腹いたくなるまで笑っちゃいました……!」なんて言われてしまうのだった。

 私の理解者はどこだ。

 その後のローグ伯爵邸については、王国主催のオークションが行われ、無事に買い手がついた。
 ローグ伯爵家の取り潰しによって、子爵家から格上げされた家があそこに住むのだそうで、まあまあ順当な買い手と言えるだろう。
 事件はすっかり終わり、世間は平和と退屈さを取り戻していく。

 ただ毎日の早朝か夕方だけ、私の家の周りが賑やかになる。

「そら、ワトサップ家のご令嬢が散歩に来るぞ!」

「道を開けろ!」

 道行く人々が笑いながら、道の端へと移動する。
 私は馬に乗りながら、片手にはチェーンを掴んでいた。

 並走するのは真っ青で子牛ほどもある大きな犬。
 犬の散歩は、ちゃんとさせてあげなくちゃ。

 だけどお陰で、ワトサップ家の犬が凄いぞ、なんていう噂が広まってしまうのだった。


 ~ローグ伯爵家跡の魔犬事件・了~
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