29 / 225
ローグ伯爵家跡の魔犬事件
第29話 実行犯はお前だ
しおりを挟む
『ばふ! わふわふ!』
「ウグワーッ! おたすけーっ!」
下町の家の一つに突っ込んでいったバスカーが、男を一人引きずり出してきた。
痩せてひょろりとした、頭のちょっと薄くなった男だ。
「お手柄ね、バスカー」
馬車から降りて彼の頭を撫でると、『わふわふ』と元気に鳴いた。
「な、なんだよあんたら……。俺が何をしたっていうんだ! 俺は何もしてねえぞ!!」
質問をする前から、語るに落ちる男。
本当に何もしていない人間は、何もしていないなんて言わないものだ。
「こちらはもう証拠を掴んでるの。白状なさいな。ゼニシュタイン商会の番頭モークに雇われて、ローグ邸前で人を殺したでしょう」
「そ、そ、そんな証拠なんてどこにも……!!」
しらばっくれる。
「お嬢、ちょっとこいつが素直になるように痛めつけましょうか」
「だめよナイツ。拷問で引き出した情報は信用できないわ」
「ごごごごご拷問」
男がガタガタ震えだした。
こんなやり取りをしている間、シャーロットは男の家の中に入り込み、ふむふむ、なんて頷きながら調べて回っている。
「ああ、失礼いたしますわよ」
ひょこっと男の家から顔を出すシャーロット。
「あなた、奥様がお子さんを連れて出ていったのは結構前のことでして?」
男の目がまん丸に見開かれた。
息が止まった。
それくらい、彼はびっくりしたようだ。
「ど……どうしてそれを……」
「あなた以外の方が生活した痕跡がありますわ。それから子どもの靴がありましてよ。それからここに、家財道具に封印が施されていた跡が。借金を負われて、それで離婚なさったのですね。あなたは借金を返して奥様とよりを戻すために、犯罪に手を染めた……」
「ひぃー」
男の喉から細い悲鳴が上がった。
どうやら全部図星らしい。
彼の心が折れたのが分かる。
「ぜ……全部やりました」
白状した。
シャーロットはうんうん、と頷いてから、すぐさま馬車に乗り込む。
「何をしていますの? 彼を連れてゼニシュタイン商会に行きますわよ。証拠は押さえましたもの。ほら、これ」
シャーロットがひらひらとさせているのは、ゼニシュタイン商会の印が押された封筒だ。
これに金を入れて男に渡したのだろう。
もっと秘密裏に報酬を手渡すとかすればいいのに……。
私がその疑問を口にすると、シャーロットは片方の眉を上げて答えた。
「それはできませんわ。彼への報酬は、違った形でゼニシュタイン商会の経理に計上されているのですわね。商会の袋一つに至るまで完全に在庫管理されているからこそ、彼らは王都で一番の商人になったのですわ。その番頭たるものが、経理を誤魔化すことなどできませんでしょう?」
「なるほど……。確かに、ゼニシュタイン商会ならありえそう」
「でしょう? ああ、それから……ちょっと、そこのあなた!」
シャーロットが道行く子どもに声を掛けた。
少年だ。
「なんだい? あっ! こりゃどうもシャーロットさん!」
「ええお久しぶり。また働いてもらいますわよ。お駄賃を上げるから、憲兵所までひとっ走りしてくれませんかしら? これからわたくしが、ローグ邸の殺人事件を解決するから、すぐにゼニシュタイン商会まで来てくれって」
「へえ!! また新しい事件を解決するのかい!? すげえなあ、さすがだなあ。えっ、ということはそこにいる凄いべっぴんさんがジャネットさん……? ふえええ」
「見惚れない! 早くお行きなさいな」
少年に銀貨を握らせるシャーロット。
少年は銀貨を噛んで本物だと確かめると、ヘヘッと笑った。
「分かったぜ! 俺もこれで、事件を解決した仲間の一人だなー!」
そんなことを言いながら走っていってしまった。
後から、何人かの少年が飛び出してきて、わあわあ言いながら続く。
「彼らは知り合いなの?」
「わたくし一人では、できることも限られますもの。ストリートチルドレンにお駄賃を上げて、色々仕事を手伝ってもらっているのですわ」
なるほど、シャーロットにそんな顔があったとは。
さながら彼らは、下町遊撃隊といったところだろうか。
そのうち、私も彼らと顔を合わせる機会があるかも知れない。
ところで彼ら、バスカーに驚かなかったな?
もしかして下町は、ああいうとんでもないのが時々出たりするんだろうか……。
さて、ゼニシュタイン商会前に到着すると、バスカー出現にみんなパニックになった。
おちおちこの子を散歩もさせられないな、これは。
王都の住人には慣れてもらわないと。
「番頭のモークさんはいますか? 彼とこの封筒のことで聞きたいことがあると伝えてもらえれば」
「は、はい」
ぶるぶる震える店員の人にお願いする。
彼はすごい速さで店の中に駆け込んでいった。
しばらく時間が過ぎる。
店の奥では、わあわあと声がして、バタバタと走り回る音も聞こえてくる。
「これは……」
「逃げましたわね」
私とシャーロットは顔を見合わせた。
「よし! バスカー、ゴー! 封筒についたにおいは覚えた? じゃあ、そのにおいの主を追って!」
『わふーん!』
勢い良く、バスカーが走り出した。
なんと商会の屋根に駆け上がり、建物を乗り越えて裏手に回っていく。
「追って、ナイツ!」
「よしきた!」
馬車もバスカーを追って動き出す。
さあ、真犯人。
もう逃げ場は無いぞ。
「ウグワーッ! おたすけーっ!」
下町の家の一つに突っ込んでいったバスカーが、男を一人引きずり出してきた。
痩せてひょろりとした、頭のちょっと薄くなった男だ。
「お手柄ね、バスカー」
馬車から降りて彼の頭を撫でると、『わふわふ』と元気に鳴いた。
「な、なんだよあんたら……。俺が何をしたっていうんだ! 俺は何もしてねえぞ!!」
質問をする前から、語るに落ちる男。
本当に何もしていない人間は、何もしていないなんて言わないものだ。
「こちらはもう証拠を掴んでるの。白状なさいな。ゼニシュタイン商会の番頭モークに雇われて、ローグ邸前で人を殺したでしょう」
「そ、そ、そんな証拠なんてどこにも……!!」
しらばっくれる。
「お嬢、ちょっとこいつが素直になるように痛めつけましょうか」
「だめよナイツ。拷問で引き出した情報は信用できないわ」
「ごごごごご拷問」
男がガタガタ震えだした。
こんなやり取りをしている間、シャーロットは男の家の中に入り込み、ふむふむ、なんて頷きながら調べて回っている。
「ああ、失礼いたしますわよ」
ひょこっと男の家から顔を出すシャーロット。
「あなた、奥様がお子さんを連れて出ていったのは結構前のことでして?」
男の目がまん丸に見開かれた。
息が止まった。
それくらい、彼はびっくりしたようだ。
「ど……どうしてそれを……」
「あなた以外の方が生活した痕跡がありますわ。それから子どもの靴がありましてよ。それからここに、家財道具に封印が施されていた跡が。借金を負われて、それで離婚なさったのですね。あなたは借金を返して奥様とよりを戻すために、犯罪に手を染めた……」
「ひぃー」
男の喉から細い悲鳴が上がった。
どうやら全部図星らしい。
彼の心が折れたのが分かる。
「ぜ……全部やりました」
白状した。
シャーロットはうんうん、と頷いてから、すぐさま馬車に乗り込む。
「何をしていますの? 彼を連れてゼニシュタイン商会に行きますわよ。証拠は押さえましたもの。ほら、これ」
シャーロットがひらひらとさせているのは、ゼニシュタイン商会の印が押された封筒だ。
これに金を入れて男に渡したのだろう。
もっと秘密裏に報酬を手渡すとかすればいいのに……。
私がその疑問を口にすると、シャーロットは片方の眉を上げて答えた。
「それはできませんわ。彼への報酬は、違った形でゼニシュタイン商会の経理に計上されているのですわね。商会の袋一つに至るまで完全に在庫管理されているからこそ、彼らは王都で一番の商人になったのですわ。その番頭たるものが、経理を誤魔化すことなどできませんでしょう?」
「なるほど……。確かに、ゼニシュタイン商会ならありえそう」
「でしょう? ああ、それから……ちょっと、そこのあなた!」
シャーロットが道行く子どもに声を掛けた。
少年だ。
「なんだい? あっ! こりゃどうもシャーロットさん!」
「ええお久しぶり。また働いてもらいますわよ。お駄賃を上げるから、憲兵所までひとっ走りしてくれませんかしら? これからわたくしが、ローグ邸の殺人事件を解決するから、すぐにゼニシュタイン商会まで来てくれって」
「へえ!! また新しい事件を解決するのかい!? すげえなあ、さすがだなあ。えっ、ということはそこにいる凄いべっぴんさんがジャネットさん……? ふえええ」
「見惚れない! 早くお行きなさいな」
少年に銀貨を握らせるシャーロット。
少年は銀貨を噛んで本物だと確かめると、ヘヘッと笑った。
「分かったぜ! 俺もこれで、事件を解決した仲間の一人だなー!」
そんなことを言いながら走っていってしまった。
後から、何人かの少年が飛び出してきて、わあわあ言いながら続く。
「彼らは知り合いなの?」
「わたくし一人では、できることも限られますもの。ストリートチルドレンにお駄賃を上げて、色々仕事を手伝ってもらっているのですわ」
なるほど、シャーロットにそんな顔があったとは。
さながら彼らは、下町遊撃隊といったところだろうか。
そのうち、私も彼らと顔を合わせる機会があるかも知れない。
ところで彼ら、バスカーに驚かなかったな?
もしかして下町は、ああいうとんでもないのが時々出たりするんだろうか……。
さて、ゼニシュタイン商会前に到着すると、バスカー出現にみんなパニックになった。
おちおちこの子を散歩もさせられないな、これは。
王都の住人には慣れてもらわないと。
「番頭のモークさんはいますか? 彼とこの封筒のことで聞きたいことがあると伝えてもらえれば」
「は、はい」
ぶるぶる震える店員の人にお願いする。
彼はすごい速さで店の中に駆け込んでいった。
しばらく時間が過ぎる。
店の奥では、わあわあと声がして、バタバタと走り回る音も聞こえてくる。
「これは……」
「逃げましたわね」
私とシャーロットは顔を見合わせた。
「よし! バスカー、ゴー! 封筒についたにおいは覚えた? じゃあ、そのにおいの主を追って!」
『わふーん!』
勢い良く、バスカーが走り出した。
なんと商会の屋根に駆け上がり、建物を乗り越えて裏手に回っていく。
「追って、ナイツ!」
「よしきた!」
馬車もバスカーを追って動き出す。
さあ、真犯人。
もう逃げ場は無いぞ。
0
お気に入りに追加
441
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる