推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

あけちともあき

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ローグ伯爵家跡の魔犬事件

第27話 その名はバスカーくん

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 夜にローグ伯爵邸に向かってみた。
 本当ならば敷地内に入るのはダメなのだが、私の場合は権力で色々握りつぶすという技が使える。

 シャーロットとともに、門が無くなっているローグ邸入り口をくぐる。
 ともに、手にしているのは魔法のランタン。
 ぼんやりした輝きが周囲と足元を照らす。

「虫の声が聞こえる」

「おや、辺境では虫の奏でる音色を楽しむ習慣が?」

「ええ。娯楽の少ない場所だもの。色々な音で鳴く虫の声は季節によって変わるの。これを聞きながら飲むお茶はなかなかのものよ?」

 数日見なかっただけで、石畳の隙間からは背の高い草が伸び始めている。

「あら、確かにこの家には住人がいるようですわね」

 シャーロットが何かに気付いたようだ。

「ご覧あそばせ。大きな足跡。縦に長いのではなくて、丸くて、まるで犬の前足みたい。それも特別大きな犬ですわね」

「でしょう? ちょっと遠目に見たのだけど、すごく大きかったんだから」

「ですわねえ。これは子牛ほどの大きさが……あら、人の足跡もありますわね」

「えっ!?」

 聞き捨てならない言葉だった。
 立入禁止のローグ邸に入り込む足跡?

「盗賊か何かの足跡じゃないの? それなら、犬に脅かされて命からがら逃げたって……」

「まるで大きな犬の傍らを歩くようにしてついていますわねえ……」

「ええっ!?」

 私は驚いて、シャーロットが指し示すものを見た。
 確かに、大きな犬の足跡の横で、草木を踏みしめる人の足跡があった。

「男性のもので、体重はあまりありませんわね。痩せ型ですわ」

「それってつまり……魔犬と仲のいい人間がいるってこと? なんて勘違いされそうな状況になってるの……」

「ええ。色々分かって、危険を押してでもここにやってこねばならない方がおられたようですわねえ」

 シャーロットは何かを分かっている風で、笑みを浮かべて頷いていた。

「何を笑っているの。分かってるなら教えてよ」

「推測にすぎませんわ。語るほどの内容ではありませんもの」

 まただ!
 彼女、確証が持てるまでは推理の内容を伝えてこない。
 とてももったいぶるのだ。

 モヤモヤした気持ちのまま、ローグ邸の中に入った。
 すると、いつの間にかナイツが追いついてきていて、私の前に立つ。

「お嬢、気をつけてくれ。いるぜ」

「見られてたのかな?」

「でしょうな。そら、おいでなすった」

 みしり、と音がした。
 突然、屋内の暗闇に青白い輝きが灯る。

 ぐるるる、と唸り声が聞こえた。
 ナイツが剣を抜く。

 青白い輝きは、通路をゆっくりと進み、私たちへ近づいてきた。

 ランタンを掲げると、通路の奥まで光が届く。
 そこで、相手の全容が見えた。

 青く見える毛色の、大きな犬だ。毛並みはふさふさしていて、狼に似ている。
 そして……。
 犬は後ろに、誰かを庇うように立っている。

「誰かいるの?」

 私が声を掛けると、奥でばたばたと音がした。

「す、すみません!! 侵入するのが悪いことだってのは分かってたんです!」

 誰かの声がする。
 大きな犬が、心配そうに通路の奥を見た。
 おや、優しい犬なのかも知れない。

 奥から、男が現れた。
 痩せ型で猫背で、気の良さそうな見た目の……。

「あら、あなたは確か、ローグ家の庭師」

「えっ? あっ! ワトサップ辺境伯のお嬢様! こりゃあどうも……」

 ローグ家に突入した時、彼もその場にいたのだ。
 伯爵家が雇っていた庭師の一人で、後日伯爵家が取り潰された後、私は現場に赴き、使用人たちの今後の身の振り方について意見などした。
 そこでも彼と顔を合わせている。

『わふん?』

 犬が首を傾げた。
 敵意が無くなっている。
 ナイツは剣を収めた。

「バスカー、このお方はな、俺に仕事を斡旋してくれたお人なんだ。味方だぞ」

『わふ』

 バスカーと呼ばれた犬が鼻を鳴らした。

「驚きましたわ」

 シャーロットがバスカーを見て、目を丸くしている。

「あれはガルムですわね。まだ若いようですけれども、強大なモンスターに数えられる一体ですわ。その中でも特に強いものをマーナガルムと呼びますけれども」

「ええ……。なんでそんなモンスターが王都の中に?」

「あの、そいつは理由がありまして」

 庭師の人が説明してくれた。
 元々、バスカーはローグ伯爵が狩りに出た時、拾ってきた犬だったそうだ。

 青い毛並みが気に入ったのだが、どうもどの犬にも当たらぬ種類であることが分かり、しかもどうやらモンスターではないかという疑いがある。
 殺してしまおうとしたようだが、そこを、世話役を任されていた庭師が懇願して生かしてもらった。

 中庭で育てられていたので、外からは彼のことが分からなかったのだという。
 伯爵家が取り潰しになり、ガルムのバスカーは外に出てきたのだ。

 そして、庭師はバスカーの世話をしに通っていたと。

「いい子なんですよ。だけど、俺もいつまでもこいつの世話をしに通えるわけじゃないですし……どうしたもんかなあと。そうしたら外で殺人事件が起こったって言うじゃないですか」

「ええ。世間では、青白い炎を放つ魔犬が殺した、という噂ね」

「そんな! バスカーは心優しい犬です。そんなこと絶対やりません!」

「ええ、だと思うわ。さっきもあなたを守ろうとしていたもの」

 私はバスカーに近寄り、目線を合わせた。
 きれいな深い青の瞳が私を見つめ返している。

「ねえバスカー」

『わふん?』

「お屋敷の前で、人を殺した犯人を見ていたかしら?」

『わふ』

 人の言葉を話せない魔犬だけれど、最後の返答にはしっかりとした意思を感じた。
 この子は、犯人を知っている。

「ねえ、どうかしら。この子はワトサップ辺境伯家が預かるわ。もちろん、あなたがいつ会いに来てもいい。モンスターが溢れる辺境出身の私なら、モンスターを飼っていてもおかしくはないもの」

「ほ、本当ですか!!」

 庭師は飛び上がるほど驚き、そして破顔した。

「バスカー! この方が、お前に居場所を作ってくださるそうだ! どうだ? もちろん、俺もたまに会いに行くぞ。この方ならきっとお前を守ってくれるからな」

『わふん』

 バスカーはふんふん、と鼻を動かしてから、目を細めて庭師に首をこすりつけた。
 しばらくそうした後、私に近寄ってきて、くんくん、とにおいを嗅いだ。

「よろしくね、バスカー」

『わふ』

「お嬢も呆れたクソ度胸の持ち主だなあ……」

「ええ、それに慈愛の心をお持ちですわ。強くてお優しくて、そしてわたくしの話をひたすら聞いてくれる素晴らしい方」

 シャーロットの場合、最後のが一番大事なんだろうな。
 それから、あまり褒められると背中がむずむずする。

 こうして私は、事件の発端とも言える犬を我が家に連れ帰ることになったのだった。
 出迎えたメイドたちが、バスカーを見て卒倒しかけたのはまた別の話だ。
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