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ローグ伯爵家跡の魔犬事件
第22話 光る怪物の噂
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王立アカデミーは本日も賑わっている。
貴族の子女というものは、普段はあまりやることがないのだ。
かつて、彼らへの教育は各家に任されていたのだが、これでは家の財力がそのまま子女への教育の質に関係する。
下級貴族にだって有能な人材はいるし、王宮はそういう人間を官僚などとして取り立てたい。
そういうことで、平等な教育を行い、あわよくば優秀な人材を確保する目的もあり、王立アカデミーは運営されている。
これが、王国側の事情。
私たち貴族はと言うと、今日もうわさ話をしあったり、パーティを開いて誰を呼び、誰を呼ばないとかやったりしているのだ。
若いうちから、こういう権謀術策に親しませるのはどうなんだろうな。
でも、今からやっておかないと身につかないから仕方ないのか。
私はそんなことを考えながら、いつもの定位置である、窓際隅っこの席にいた。
「ジャネット様ジャネット様!」
カゲリナとグチエルが走ってくる。
とてもはしたない。
「カゲリナ、グチエル、貴族の令嬢たるものがどたどた走るものではないわ」
「あ、ごめんなさい」
「失礼しました、おほほほほ」
私に手が届きそうな距離でやっと、しずしず歩くようになる二人。
下級貴族にも優秀な人材ねえ……。
まあ、ヒーローの研究事件以降、私を子犬のように慕ってついてくるようになったので、これはこれで可愛い気がするのでいいかな。
「聞かれまして、ジャネット様!」
「そうそう! みんなこの話題でもちきりでしてよ!」
「話題って。そもそも何の話? 分からないものは聞きようもないわ」
「それはですね。ジャネット様がご活躍あそばして、粉々にしたローグ伯爵家に!」
いや待て、私はローグ伯爵家を粉砕してなどいない。
「そこに出たのです! らんらんと輝く目に、口からは青白い炎を吐いて、子牛ほどもある大きさの恐ろしい犬の怪物が!」
きゃーっこわーい!と大げさに抱き合うカゲリナとグチエル。
私はそれをじーっと見ていた。
「……あら? その、ジャネット様。怖くありませんの?」
「目の前にいたら脅威だと思うけれど、話だけならなんとも。つまりヘルハウンドが出たということでしょう?」
「へる……?」
「はうんど……?」
ヘルハウンドとは、辺境でたまに出現する巨大な犬の姿をしたモンスター。
死体を放置していると、それを食らうために姿を現すのだけれど、おそらくは犬の姿は仮のもので、魔に属する超常の存在だ。
そうか。
王都にはヘルハウンドは出ないのね。
「王都は平和ねえ」
「ええ……。ジャネット様、今までどんな地獄のような場所で暮らしていらっしゃったの……」
二人にドン引きされた。
「よかったら、二人とも夏のお休みには遊びに来ない? 毎日背筋が涼しくなる体験ができるけれど」
真っ青になって、カゲリナとグチエルが顔を横にブンブン振った。
城壁の外は、常に戦場みたいなもの。
死んだ人間やモンスターが亡霊となって歩き回る夜の光景は、直視していると正気を失うと言われている。
実際は、死体に含まれるリンが何らかの原因で発火して、青白く燃え上がっているのだけれど。
ワトサップ辺境伯領は、蛮族やモンスターたちにとって、肥沃な大地を持つエルフェンバインに入り込むための入り口。
これ以外は、険しい山に隔てられている。
山には亜竜……ドラゴンも住んでいるから、モンスターだってうかつには登れないしね。
辺境伯領のことも気になるな。
またそのうち、里帰りしたいな。
そんなことを考えていたら、講義の時間になった。
現れるのは、新任の講師にして第一王位継承権を持つ王子、オーシレイ。
貴族の子女たちの背筋が、ビシッと伸びた。
女子たちの目がハートになる。
オーシレイは満足げに頷くと、「では、本日の古代学の講義を始める」と発した。
講義中、私に色目を使ってこない辺りはとても偉い。
ちゃんと役割を果たしている。
それから、彼の講義は面白かった。
辺境にも遺跡が幾つかあり、オーシレイが修めている古代学の知識を用いれば、そこの探索も容易になるだろうな、なんて思ったりした。
だが、それはつまり彼の求婚を受け入れることになるのでは?
「うーむ」
唸る私。
当分、婚約はいいや。
それに辺境にオーシレイを連れて行くと、コイニキールと鉢合わせになるじゃないか。
あ、それはそれで面白いな……。
オーシレイの講義はつつがなく終了し、彼は満足げに去っていった。
講堂にざわめきが戻ってくる。
話題の中心はオーシレイだ。
「まさか次の国王となる方の講義を受けられるなんて!」
「取り入っておかなくちゃな」
「オーシレイ様、お生まれも貴いのに顔も良くて頭もいいなんて最高……」
「深い仲になりたい……」
わいわいと騒ぐみんな。
私は講義が終わったので、そそくさと筆記用具を片付けて、立ち去る準備をしていた。
「ジャネット様ジャネット様!」
またカゲリナとグチエルが来た。
毎回こっちに来るくらいなら、一緒に隅っこの席に座っていればいいと思うのだが、彼女たちとしては隅の席は家の名に傷をつけることになるので避けねばならないらしい。
難儀だな……!
「見に行きませんこと? その、ヘルハウンド!」
「辺境行くの?」
「ち、違います死んでしまいます! あのですね、ローグ伯爵家を今夜見に行ってみませんか、というお話です!」
なるほど、怖いもの見たさの感情を満たしにいくということか。
正直、君子危うきに近寄らずとは言うし、わざわざ危険そうなものに近寄るのも気が進まないのだけれど。
カゲリナとグチエルが目をキラキラさせているので、私は頷くことにしたのだった。
「いいわ。じゃあ、そうしましょうか」
こういうイベントを、辺境では肝試しと言うのだった。
貴族の子女というものは、普段はあまりやることがないのだ。
かつて、彼らへの教育は各家に任されていたのだが、これでは家の財力がそのまま子女への教育の質に関係する。
下級貴族にだって有能な人材はいるし、王宮はそういう人間を官僚などとして取り立てたい。
そういうことで、平等な教育を行い、あわよくば優秀な人材を確保する目的もあり、王立アカデミーは運営されている。
これが、王国側の事情。
私たち貴族はと言うと、今日もうわさ話をしあったり、パーティを開いて誰を呼び、誰を呼ばないとかやったりしているのだ。
若いうちから、こういう権謀術策に親しませるのはどうなんだろうな。
でも、今からやっておかないと身につかないから仕方ないのか。
私はそんなことを考えながら、いつもの定位置である、窓際隅っこの席にいた。
「ジャネット様ジャネット様!」
カゲリナとグチエルが走ってくる。
とてもはしたない。
「カゲリナ、グチエル、貴族の令嬢たるものがどたどた走るものではないわ」
「あ、ごめんなさい」
「失礼しました、おほほほほ」
私に手が届きそうな距離でやっと、しずしず歩くようになる二人。
下級貴族にも優秀な人材ねえ……。
まあ、ヒーローの研究事件以降、私を子犬のように慕ってついてくるようになったので、これはこれで可愛い気がするのでいいかな。
「聞かれまして、ジャネット様!」
「そうそう! みんなこの話題でもちきりでしてよ!」
「話題って。そもそも何の話? 分からないものは聞きようもないわ」
「それはですね。ジャネット様がご活躍あそばして、粉々にしたローグ伯爵家に!」
いや待て、私はローグ伯爵家を粉砕してなどいない。
「そこに出たのです! らんらんと輝く目に、口からは青白い炎を吐いて、子牛ほどもある大きさの恐ろしい犬の怪物が!」
きゃーっこわーい!と大げさに抱き合うカゲリナとグチエル。
私はそれをじーっと見ていた。
「……あら? その、ジャネット様。怖くありませんの?」
「目の前にいたら脅威だと思うけれど、話だけならなんとも。つまりヘルハウンドが出たということでしょう?」
「へる……?」
「はうんど……?」
ヘルハウンドとは、辺境でたまに出現する巨大な犬の姿をしたモンスター。
死体を放置していると、それを食らうために姿を現すのだけれど、おそらくは犬の姿は仮のもので、魔に属する超常の存在だ。
そうか。
王都にはヘルハウンドは出ないのね。
「王都は平和ねえ」
「ええ……。ジャネット様、今までどんな地獄のような場所で暮らしていらっしゃったの……」
二人にドン引きされた。
「よかったら、二人とも夏のお休みには遊びに来ない? 毎日背筋が涼しくなる体験ができるけれど」
真っ青になって、カゲリナとグチエルが顔を横にブンブン振った。
城壁の外は、常に戦場みたいなもの。
死んだ人間やモンスターが亡霊となって歩き回る夜の光景は、直視していると正気を失うと言われている。
実際は、死体に含まれるリンが何らかの原因で発火して、青白く燃え上がっているのだけれど。
ワトサップ辺境伯領は、蛮族やモンスターたちにとって、肥沃な大地を持つエルフェンバインに入り込むための入り口。
これ以外は、険しい山に隔てられている。
山には亜竜……ドラゴンも住んでいるから、モンスターだってうかつには登れないしね。
辺境伯領のことも気になるな。
またそのうち、里帰りしたいな。
そんなことを考えていたら、講義の時間になった。
現れるのは、新任の講師にして第一王位継承権を持つ王子、オーシレイ。
貴族の子女たちの背筋が、ビシッと伸びた。
女子たちの目がハートになる。
オーシレイは満足げに頷くと、「では、本日の古代学の講義を始める」と発した。
講義中、私に色目を使ってこない辺りはとても偉い。
ちゃんと役割を果たしている。
それから、彼の講義は面白かった。
辺境にも遺跡が幾つかあり、オーシレイが修めている古代学の知識を用いれば、そこの探索も容易になるだろうな、なんて思ったりした。
だが、それはつまり彼の求婚を受け入れることになるのでは?
「うーむ」
唸る私。
当分、婚約はいいや。
それに辺境にオーシレイを連れて行くと、コイニキールと鉢合わせになるじゃないか。
あ、それはそれで面白いな……。
オーシレイの講義はつつがなく終了し、彼は満足げに去っていった。
講堂にざわめきが戻ってくる。
話題の中心はオーシレイだ。
「まさか次の国王となる方の講義を受けられるなんて!」
「取り入っておかなくちゃな」
「オーシレイ様、お生まれも貴いのに顔も良くて頭もいいなんて最高……」
「深い仲になりたい……」
わいわいと騒ぐみんな。
私は講義が終わったので、そそくさと筆記用具を片付けて、立ち去る準備をしていた。
「ジャネット様ジャネット様!」
またカゲリナとグチエルが来た。
毎回こっちに来るくらいなら、一緒に隅っこの席に座っていればいいと思うのだが、彼女たちとしては隅の席は家の名に傷をつけることになるので避けねばならないらしい。
難儀だな……!
「見に行きませんこと? その、ヘルハウンド!」
「辺境行くの?」
「ち、違います死んでしまいます! あのですね、ローグ伯爵家を今夜見に行ってみませんか、というお話です!」
なるほど、怖いもの見たさの感情を満たしにいくということか。
正直、君子危うきに近寄らずとは言うし、わざわざ危険そうなものに近寄るのも気が進まないのだけれど。
カゲリナとグチエルが目をキラキラさせているので、私は頷くことにしたのだった。
「いいわ。じゃあ、そうしましょうか」
こういうイベントを、辺境では肝試しと言うのだった。
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