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マーダラーの紐事件
第20話 消えた? 目録
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目録を探すと宣言したシャーロットは、すぐさま行動に移した。
入り口付近の床を見回し、「ありましたわ」などと言ってしゃがみこんでいる。
「シャーロット、それは?」
「恐らく目録と一緒に収まっていたであろう、紙片ですわね。ほら、こちらに発掘品のことらしきメモが書かれていますわ。亡くなられた賢者のものですわね」
「それがどうしてそこに?」
デストレードの目が光る。
「何者かが侵入し……いえ、その時点では賢者の方の死は分からなかったのでしょう。入室してから初めて、この方の死を目撃した。そこで最初に考えたのが、目録を自分のものにしてしまおう、ということなのでしょうね。何が揃っているかが分かれば、自分の研究分野に関係するものを、後にオークションで買い取ってしまえますもの。発掘品を盗まなかったのは、後々の面倒事を避けるためかも知れませんわね。ただ、その人物は慌てていたせいで、ここで一度目録を落としていますわね。だからここにメモが落ちた。慌てて拾い上げ、外に出ていった……つまり」
「まだ賢者の館内部に目録がある! なるほど、犯人は他の賢者ですな!」
デストレードは鼻息も荒く、部屋を飛び出していった。
これから、全ての研究室をノックして目録を探すつもりだろう。
その後を、シャーロットが楽しげについていった。
彼女の中では、既に目録を盗んだ賢者の目星も付いているに違いない。
研究室の中には、私とオーシレイ王子の二人きりになる。
「強烈な連中だな」
しみじみと呟くオーシレイ。
ちょっと引いてる。
気持ちは分かる。
俺様タイプの彼が、自分よりもキャラの濃い人によって場の空気を支配されるというのは、なかなかできない経験だろう。
「シャーロットはいつもああですから。それよりも殿下。この間、他の賢者が殺された時は騎士たちが詰めていたと思うのですけど」
「ああ、それか。俺が帰らせた。あいつらはな、自分の領分に踏み込まれるのが嫌なだけだ。事件を捜査する力など無い。適当に犯人をでっち上げて事件を片付けるだけだ。だから憲兵を呼んだんだ」
「なるほど」
彼はその辺りは、現実が見えているようだ。
そもそも、正妻の子であるコイニキールと、妾腹の子であるオーシレイは年が同じでも、生まれのせいで序列が存在していた。
オーシレイが生き残るためには、リアリストにならざるを得なかったか。
「ところで、どうだ? 父上には話を通す。俺の妻になれ」
「それは王妃になれということでしょう? この場の口約束で決めることではありません」
まだアプローチしてくる彼。
私はさっと受け流す。
コイニキールの件以来、しばらくは婚約などの話はこりごりになっているのだ。
「二度も俺の誘いを断るとは……。本当に面白い女だ。いいか。辺境伯領と王国が強く結びつけば、国の地盤は盤石になる──」
その辺りはイニアナガ陛下と同じことを考えているのだな。
この方は、有能な王になるだろうとは思う。
だが、それと私の今の気分とは別だ。
父の意見も聞かないといけないし。
ということで、私は研究室から出てシャーロットたちの後を追うのである。
「待て待て! 話は終わっていない! 美しく、聡明なだけでなく、度胸もあって行動も早いか! ますますお前が欲しくなってきたぞジャネット!」
「そう言うこと賢者の館の廊下で大声で言わないでください!」
「政治や家柄の話抜きで話をしよう! そのために場所と時間を作ってやる! いつがいい!」
「話が早すぎます!」
なんだなんだこの人は。
めちゃくちゃ情熱的に迫ってくるぞ。勘弁してくれ!
駆け出したい気分だが、淑女たるもの屋内を走るのは、命が掛かっていない限りははしたないものだ。
私は早足でシャーロットに追いつくと、彼女の後ろにサッと隠れた。
追いついてきたオーシレイは、自分と同じくらいの高さにあるシャーロットの目線に射抜かれて、思わず立ち止まった。
……というか、本当に背が高いなシャーロット!
「殿下。今は事件を解決することが重要です。この謎がもうすぐ解けそうなのですから、情熱的な求愛はお控えいただければ幸いですわ」
「う……うむ」
シャーロットの凄みに気圧された様子のオーシレイ。
よしよし、助かった。
こういう時、長身で目力の強いシャーロットは頼りになる。常に妙な自信に満ち溢れているしな。
「あった! ありましたよ!」
デストレードが目の前の部屋から飛び出してくる。
その手には目録が握られていた。
「ああ~! わしの目録があ」
「なーにがわしの、だ! これはあの賢者の部屋から盗んだものでしょう! あなたは後で、憲兵所に来てもらいます。大事になるところでしたからねえ。こってり絞られてもらいますよ」
「ひぃ~」
部屋の主の賢者が、蚊の鳴くような甲高い悲鳴を漏らした。
ご愁傷さまだが、盗みはよろしくない。
「デストレード、目録はそれ? シャーロット。何が書いてあるか分かるの?」
憲兵隊長殿は頷き、シャーロットは目録を受け取りながら、オーシレイを手招いた。
「殿下、目録の内容に一番詳しいのはあなたですわよ」
「お前な、王子を手招きするとか不敬過ぎるだろう。どれどれ……」
不敬とは言いながらも、きちんと自分のできる仕事をする辺りは好感度が高いな。
「ふむ、間違いない。この目録だ。俺もこれを作る時に手伝ったからな。研究室に戻るぞ。発掘品の位置は乱れていたが、これで確認ができる」
そして私たちは部屋に戻り……。
発掘品を一つ一つ、目録と照会していった。
判明するのは、発掘品のうちの一つが行方不明になっていること。
これは……。
「蛇を模した、可動する古代の玩具だな。マーダラー遺跡で発掘されたのと、紐の様に見えるので、マーダラーの紐と呼ばれている」
「間違いありませんわね。これが賢者を殺した道具ですわ」
シャーロットが断言する。
それはつまり、全ての証拠が揃い、事件の真相が明らかになったということなのである。
入り口付近の床を見回し、「ありましたわ」などと言ってしゃがみこんでいる。
「シャーロット、それは?」
「恐らく目録と一緒に収まっていたであろう、紙片ですわね。ほら、こちらに発掘品のことらしきメモが書かれていますわ。亡くなられた賢者のものですわね」
「それがどうしてそこに?」
デストレードの目が光る。
「何者かが侵入し……いえ、その時点では賢者の方の死は分からなかったのでしょう。入室してから初めて、この方の死を目撃した。そこで最初に考えたのが、目録を自分のものにしてしまおう、ということなのでしょうね。何が揃っているかが分かれば、自分の研究分野に関係するものを、後にオークションで買い取ってしまえますもの。発掘品を盗まなかったのは、後々の面倒事を避けるためかも知れませんわね。ただ、その人物は慌てていたせいで、ここで一度目録を落としていますわね。だからここにメモが落ちた。慌てて拾い上げ、外に出ていった……つまり」
「まだ賢者の館内部に目録がある! なるほど、犯人は他の賢者ですな!」
デストレードは鼻息も荒く、部屋を飛び出していった。
これから、全ての研究室をノックして目録を探すつもりだろう。
その後を、シャーロットが楽しげについていった。
彼女の中では、既に目録を盗んだ賢者の目星も付いているに違いない。
研究室の中には、私とオーシレイ王子の二人きりになる。
「強烈な連中だな」
しみじみと呟くオーシレイ。
ちょっと引いてる。
気持ちは分かる。
俺様タイプの彼が、自分よりもキャラの濃い人によって場の空気を支配されるというのは、なかなかできない経験だろう。
「シャーロットはいつもああですから。それよりも殿下。この間、他の賢者が殺された時は騎士たちが詰めていたと思うのですけど」
「ああ、それか。俺が帰らせた。あいつらはな、自分の領分に踏み込まれるのが嫌なだけだ。事件を捜査する力など無い。適当に犯人をでっち上げて事件を片付けるだけだ。だから憲兵を呼んだんだ」
「なるほど」
彼はその辺りは、現実が見えているようだ。
そもそも、正妻の子であるコイニキールと、妾腹の子であるオーシレイは年が同じでも、生まれのせいで序列が存在していた。
オーシレイが生き残るためには、リアリストにならざるを得なかったか。
「ところで、どうだ? 父上には話を通す。俺の妻になれ」
「それは王妃になれということでしょう? この場の口約束で決めることではありません」
まだアプローチしてくる彼。
私はさっと受け流す。
コイニキールの件以来、しばらくは婚約などの話はこりごりになっているのだ。
「二度も俺の誘いを断るとは……。本当に面白い女だ。いいか。辺境伯領と王国が強く結びつけば、国の地盤は盤石になる──」
その辺りはイニアナガ陛下と同じことを考えているのだな。
この方は、有能な王になるだろうとは思う。
だが、それと私の今の気分とは別だ。
父の意見も聞かないといけないし。
ということで、私は研究室から出てシャーロットたちの後を追うのである。
「待て待て! 話は終わっていない! 美しく、聡明なだけでなく、度胸もあって行動も早いか! ますますお前が欲しくなってきたぞジャネット!」
「そう言うこと賢者の館の廊下で大声で言わないでください!」
「政治や家柄の話抜きで話をしよう! そのために場所と時間を作ってやる! いつがいい!」
「話が早すぎます!」
なんだなんだこの人は。
めちゃくちゃ情熱的に迫ってくるぞ。勘弁してくれ!
駆け出したい気分だが、淑女たるもの屋内を走るのは、命が掛かっていない限りははしたないものだ。
私は早足でシャーロットに追いつくと、彼女の後ろにサッと隠れた。
追いついてきたオーシレイは、自分と同じくらいの高さにあるシャーロットの目線に射抜かれて、思わず立ち止まった。
……というか、本当に背が高いなシャーロット!
「殿下。今は事件を解決することが重要です。この謎がもうすぐ解けそうなのですから、情熱的な求愛はお控えいただければ幸いですわ」
「う……うむ」
シャーロットの凄みに気圧された様子のオーシレイ。
よしよし、助かった。
こういう時、長身で目力の強いシャーロットは頼りになる。常に妙な自信に満ち溢れているしな。
「あった! ありましたよ!」
デストレードが目の前の部屋から飛び出してくる。
その手には目録が握られていた。
「ああ~! わしの目録があ」
「なーにがわしの、だ! これはあの賢者の部屋から盗んだものでしょう! あなたは後で、憲兵所に来てもらいます。大事になるところでしたからねえ。こってり絞られてもらいますよ」
「ひぃ~」
部屋の主の賢者が、蚊の鳴くような甲高い悲鳴を漏らした。
ご愁傷さまだが、盗みはよろしくない。
「デストレード、目録はそれ? シャーロット。何が書いてあるか分かるの?」
憲兵隊長殿は頷き、シャーロットは目録を受け取りながら、オーシレイを手招いた。
「殿下、目録の内容に一番詳しいのはあなたですわよ」
「お前な、王子を手招きするとか不敬過ぎるだろう。どれどれ……」
不敬とは言いながらも、きちんと自分のできる仕事をする辺りは好感度が高いな。
「ふむ、間違いない。この目録だ。俺もこれを作る時に手伝ったからな。研究室に戻るぞ。発掘品の位置は乱れていたが、これで確認ができる」
そして私たちは部屋に戻り……。
発掘品を一つ一つ、目録と照会していった。
判明するのは、発掘品のうちの一つが行方不明になっていること。
これは……。
「蛇を模した、可動する古代の玩具だな。マーダラー遺跡で発掘されたのと、紐の様に見えるので、マーダラーの紐と呼ばれている」
「間違いありませんわね。これが賢者を殺した道具ですわ」
シャーロットが断言する。
それはつまり、全ての証拠が揃い、事件の真相が明らかになったということなのである。
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