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ヒーローの研究事件
第17話 公爵家の対決
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「次なる犠牲者は殺された賢者の関係者だったのではないの?」
公爵家へと急ぐ馬車の中、私はシャーロットに問う。
彼女は頷いた。
「ええ。賢者の頭が損傷していれば。あそこに血はなかったでしょう? つまり、賢者を殺したドッペルゲンは、相手の頭を割ることをしていなかったということですの。そして武器を選んだのですわ。彼の犯行は全て、ドッペルゲンという人間に関係したものでした。これが突如、無関係な人間に牙を剥くというのはありえませんわね。少なくともそうなるサインがあるはずですわ。ですけれど、それもありませんでしたもの」
「それはつまり……自分を閉じ込めた公爵を憎んで、ということ?」
「ええ。そして、あの武器があれば、騎士たちに守られた公爵も殺せると思ったのでしょうね。公爵は、ドッペルゲンの記憶に強く結びついているでしょうから」
ただ……。と、シャーロットは口を濁す。
何を言いよどんでいるのだろうか?
「何か迷ってる?」
「ええ」
あっさりと彼女は認めた。
対面に座るデストレードは、珍しい、と呟く。
この推理を愛する令嬢が迷うということは、どうやら相当に珍しいらしい。
「あれは本当に、鏡像の悪魔なのかどうか」
彼女が口にしたことを、私はよく理解できなかった。
あれはドッペルゲンではなく、それに化けた何者かではなかったのか。
どうして今、それを迷っているのか。
答えは出ないまま、馬車は公爵邸に到着していた。
既に異変は起こっている。
門を守っていたはずの兵士は打ち倒されて、転がっていた。
慌てて駆け寄るデストレード。
「息はありますねえ……。これは剣の腹で殴られたんだ」
「止めなくちゃいけないわね。ナイツ!」
「合点!」
御者台からナイツが飛び降りてきた。
彼とシャーロットを従え、私は公爵のお屋敷へと突入する。
目指すのは一直線に、公爵の部屋。
詳しい屋内の間取りは知らないけれど、こういうのにめっぽう強いのが一人いる。
「こちらですわね。たいてい家の作りというものは、その家の主の好みに合わせてあるものですわ。それがよほどの偏屈で無い限りは。ホーリエル公爵様は素直な方のようですわね」
つまり、美術品などの装飾が積極的に行われている通路を使っていくということだ。
華美な外見の美術品があるところは、シャーロット曰く来客用らしい。
一見して価値の分からない美術品が飾られているところが、公爵用なのだ。
「価値あるものや有名なものは、来客に見えるようにしておく。そして、ご自分の趣味やこだわりがあるものを、私室の近くに配する。公私の違いをわきまえておられる方ですわね。もっとも、お陰で今はとても分かりやすいですわ。ほら」
その一見して価値がわからないであろう美術品群は、どれもが無残に破壊されている。
壺は割られ、絵画は切り裂かれ、彫像は砕かれていた。
「どういうこと? まるで、作品を憎んでいたみたい」
「作品の持ち主を憎んでいたのかも知れませんわね」
「それって……」
「これ以上は推測ですわ。語るべきものではございませんの」
シャーロットは教えてくれなかった。
到着した公爵の部屋。
「ウグワーッ!」
声が響いた。
今まさに、最後の騎士がドッペルゲンによって打ち倒されるところだった。
騎士の剣が砕け、鎧を大きく凹ませた騎士が膝から崩折れる。
へたり込んでいる公爵の前に、剣をぶら下げたドッペルゲンがいる。
その剣は禍々しい輝きを放ち、今まさに公爵目掛けて振り上げられる──!
「ナイツ!」
「おう!」
私の騎士が飛び込んでいった。
嵐のような勢いで、彼はドッペルゲンと戦い始める。
なるほど、ドッペルゲンは英雄と呼ばれるだけの男だ。
例え鏡像の悪魔だったとしても、その実力は衰えていないのかもしれない。
ナイツと数合、互角に渡り合えるのだから。
彼は無表情のまま、じっとナイツを……いや、ナイツごしに私を見た。
その口元が歪んだように見えたのは、笑みだったのだろうか?
私には、その笑みがどういう意味なのか分からなかった。
だが、なんというか……諦めみたいな感情が混じっているのを感じた。
「終りね」
私が呟くと同時に、ナイツの剣がドッペルゲンの魔剣をへし折り、英雄であった男の体を深く切り裂いていた。
ドッペルゲンは、ばったりと倒れ込む。
血が流れ出し、動かない。
「おお……おおお……」
公爵はへたり込んだまま、そう声を上げ続けるだけだった。
「さすがは元最強の冒険者。でたらめな強さですわね」
シャーロットが拍手をする。
「ええ。彼のお陰で命拾いしたことは、今まで何度もあったもの。頼れる護衛だわ」
「なるほど、まさにワトサップ辺境伯の切り札というわけですわね。では、どうしてその切り札が、比較的安全な王都に?」
「彼、私の言うことしか聞かないの」
「なんともまあ」
シャーロットに視線を向けられ、ナイツは肩をすくめて見せた。
刃に付いた血を振り払い、鞘に収める。
こうして、ドッペルゲンの姿をした者による連続殺人事件は幕を閉じた。
終わってみれば、公爵家の従者と賢者の一人が刃に掛かっただけ。
凶悪な犯行だと思ってはいたが、その実、どうだったのだろうと考えてしまう。
公爵家には憲兵隊が詰めかけ、調査と検分が行われた。
その結果、賊はドッペルゲンではなく、彼に化けた鏡像の悪魔だったという宣言がされた。
きっと、かの英雄は悪魔退治に赴き、返り討ちにあって悪魔に入れ替わられたのだろうと。
そして悪魔が悪行を働こうとした時に、私とシャーロットとナイツがこれを食い止めたと。
巷ではそういう話題になった。
英雄ドッペルゲンの死を、誰もが悲しんだ。
それと同時に、この事件は新たなゴシップとして、人々をしばらく楽しませることになるのである。
不本意にも、私の名前も知れ渡ってしまった。
後日、別の機会があってシャーロットの元を訪れた時である。
私はふと思い出し、今回の事件についての質問をぶつけてみた。
「ねえ、シャーロット。あのドッペルゲンは、本当に鏡像の悪魔だったのかしら」
彼女は目を細めて笑った。
「そういうことにしておいた方が、世の中は幸せというものですわ。公爵は己の息子を英雄に仕立てようと、そのように教育を行い、賢者は英雄に武器を与えた。従者は常に、英雄が英雄たらんとするかを監視していた。英雄だって、一人の人間ですのに」
「そういうこと?」
「推測は推理ではありませんわ。語るべきことではございませんわね。今のは、独り言」
そう言うと、シャーロットはいつもの紅茶を淹れてくれるのだった。
彼女の部屋に、すっかり馴染みになった良い香りが漂っていく。
私の思考は、お砂糖とミルクをどれだけ入れるかということで満たされていくのだった。
~ヒーローの研究事件・了~
公爵家へと急ぐ馬車の中、私はシャーロットに問う。
彼女は頷いた。
「ええ。賢者の頭が損傷していれば。あそこに血はなかったでしょう? つまり、賢者を殺したドッペルゲンは、相手の頭を割ることをしていなかったということですの。そして武器を選んだのですわ。彼の犯行は全て、ドッペルゲンという人間に関係したものでした。これが突如、無関係な人間に牙を剥くというのはありえませんわね。少なくともそうなるサインがあるはずですわ。ですけれど、それもありませんでしたもの」
「それはつまり……自分を閉じ込めた公爵を憎んで、ということ?」
「ええ。そして、あの武器があれば、騎士たちに守られた公爵も殺せると思ったのでしょうね。公爵は、ドッペルゲンの記憶に強く結びついているでしょうから」
ただ……。と、シャーロットは口を濁す。
何を言いよどんでいるのだろうか?
「何か迷ってる?」
「ええ」
あっさりと彼女は認めた。
対面に座るデストレードは、珍しい、と呟く。
この推理を愛する令嬢が迷うということは、どうやら相当に珍しいらしい。
「あれは本当に、鏡像の悪魔なのかどうか」
彼女が口にしたことを、私はよく理解できなかった。
あれはドッペルゲンではなく、それに化けた何者かではなかったのか。
どうして今、それを迷っているのか。
答えは出ないまま、馬車は公爵邸に到着していた。
既に異変は起こっている。
門を守っていたはずの兵士は打ち倒されて、転がっていた。
慌てて駆け寄るデストレード。
「息はありますねえ……。これは剣の腹で殴られたんだ」
「止めなくちゃいけないわね。ナイツ!」
「合点!」
御者台からナイツが飛び降りてきた。
彼とシャーロットを従え、私は公爵のお屋敷へと突入する。
目指すのは一直線に、公爵の部屋。
詳しい屋内の間取りは知らないけれど、こういうのにめっぽう強いのが一人いる。
「こちらですわね。たいてい家の作りというものは、その家の主の好みに合わせてあるものですわ。それがよほどの偏屈で無い限りは。ホーリエル公爵様は素直な方のようですわね」
つまり、美術品などの装飾が積極的に行われている通路を使っていくということだ。
華美な外見の美術品があるところは、シャーロット曰く来客用らしい。
一見して価値の分からない美術品が飾られているところが、公爵用なのだ。
「価値あるものや有名なものは、来客に見えるようにしておく。そして、ご自分の趣味やこだわりがあるものを、私室の近くに配する。公私の違いをわきまえておられる方ですわね。もっとも、お陰で今はとても分かりやすいですわ。ほら」
その一見して価値がわからないであろう美術品群は、どれもが無残に破壊されている。
壺は割られ、絵画は切り裂かれ、彫像は砕かれていた。
「どういうこと? まるで、作品を憎んでいたみたい」
「作品の持ち主を憎んでいたのかも知れませんわね」
「それって……」
「これ以上は推測ですわ。語るべきものではございませんの」
シャーロットは教えてくれなかった。
到着した公爵の部屋。
「ウグワーッ!」
声が響いた。
今まさに、最後の騎士がドッペルゲンによって打ち倒されるところだった。
騎士の剣が砕け、鎧を大きく凹ませた騎士が膝から崩折れる。
へたり込んでいる公爵の前に、剣をぶら下げたドッペルゲンがいる。
その剣は禍々しい輝きを放ち、今まさに公爵目掛けて振り上げられる──!
「ナイツ!」
「おう!」
私の騎士が飛び込んでいった。
嵐のような勢いで、彼はドッペルゲンと戦い始める。
なるほど、ドッペルゲンは英雄と呼ばれるだけの男だ。
例え鏡像の悪魔だったとしても、その実力は衰えていないのかもしれない。
ナイツと数合、互角に渡り合えるのだから。
彼は無表情のまま、じっとナイツを……いや、ナイツごしに私を見た。
その口元が歪んだように見えたのは、笑みだったのだろうか?
私には、その笑みがどういう意味なのか分からなかった。
だが、なんというか……諦めみたいな感情が混じっているのを感じた。
「終りね」
私が呟くと同時に、ナイツの剣がドッペルゲンの魔剣をへし折り、英雄であった男の体を深く切り裂いていた。
ドッペルゲンは、ばったりと倒れ込む。
血が流れ出し、動かない。
「おお……おおお……」
公爵はへたり込んだまま、そう声を上げ続けるだけだった。
「さすがは元最強の冒険者。でたらめな強さですわね」
シャーロットが拍手をする。
「ええ。彼のお陰で命拾いしたことは、今まで何度もあったもの。頼れる護衛だわ」
「なるほど、まさにワトサップ辺境伯の切り札というわけですわね。では、どうしてその切り札が、比較的安全な王都に?」
「彼、私の言うことしか聞かないの」
「なんともまあ」
シャーロットに視線を向けられ、ナイツは肩をすくめて見せた。
刃に付いた血を振り払い、鞘に収める。
こうして、ドッペルゲンの姿をした者による連続殺人事件は幕を閉じた。
終わってみれば、公爵家の従者と賢者の一人が刃に掛かっただけ。
凶悪な犯行だと思ってはいたが、その実、どうだったのだろうと考えてしまう。
公爵家には憲兵隊が詰めかけ、調査と検分が行われた。
その結果、賊はドッペルゲンではなく、彼に化けた鏡像の悪魔だったという宣言がされた。
きっと、かの英雄は悪魔退治に赴き、返り討ちにあって悪魔に入れ替わられたのだろうと。
そして悪魔が悪行を働こうとした時に、私とシャーロットとナイツがこれを食い止めたと。
巷ではそういう話題になった。
英雄ドッペルゲンの死を、誰もが悲しんだ。
それと同時に、この事件は新たなゴシップとして、人々をしばらく楽しませることになるのである。
不本意にも、私の名前も知れ渡ってしまった。
後日、別の機会があってシャーロットの元を訪れた時である。
私はふと思い出し、今回の事件についての質問をぶつけてみた。
「ねえ、シャーロット。あのドッペルゲンは、本当に鏡像の悪魔だったのかしら」
彼女は目を細めて笑った。
「そういうことにしておいた方が、世の中は幸せというものですわ。公爵は己の息子を英雄に仕立てようと、そのように教育を行い、賢者は英雄に武器を与えた。従者は常に、英雄が英雄たらんとするかを監視していた。英雄だって、一人の人間ですのに」
「そういうこと?」
「推測は推理ではありませんわ。語るべきことではございませんわね。今のは、独り言」
そう言うと、シャーロットはいつもの紅茶を淹れてくれるのだった。
彼女の部屋に、すっかり馴染みになった良い香りが漂っていく。
私の思考は、お砂糖とミルクをどれだけ入れるかということで満たされていくのだった。
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