推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

あけちともあき

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ヒーローの研究事件

第11話 襲撃

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 翌朝アカデミーに来たら、グチエルがオヨヨヨヨ、と泣いている。

「どうしたの彼女」

 放っても置けず、慰めているカゲリナに尋ねると、明快な答えが返ってきた。

「ホーリエル家の侍従の方が亡くなられて……その方が、グチエルさんとお知り合いだったのです。日が落ちた後、買い物を命じられて外に出て、返ってくる途中で暗がりに紛れてザクッと……。可哀想に、よしよし」

「オヨヨヨヨ」

 その泣き声はどうなんだろう。
 だが、亡くなられたとは穏やかではない。
 しかも聞けば、斬殺されたという話だ。

 憲兵たちがホーリエル公爵家にやって来たのだが、相手は公爵。
 中に入れてもらえなくて、調査は一向に進んでいないらしい。
 そもそも、この殺人も外で起きたものだったらしい。それで明らかになったとか。

 とても嘆き悲しんでいるグチエルを放っておくわけにもいかず、私は派閥なるものの面倒臭さを思い知る。
 ワトサップ派閥の長として、彼女にこう告げることにした。

「うちにいらっしゃい。お茶を飲みながらお話を聞くわ」

「本当ですかっ!?」

 がばっと顔を上げるグチエル。
 うっ。お化粧が涙と鼻水で落ちているわよっ。

 カゲリナが彼女の顔を、ハンカチでごしごし拭いた。
 やれやれ、昨日のドッペルゲンの来訪と言い、今日のホーリエル家の殺人と言い。
 連続しておかしなことが起きる。

 共通点は、どちらもホーリエル家絡みということだろうか。
 私はどこか落ち着かない気持のまま、その日のアカデミーで過ごした。

 そして午後。
 カゲリナとグチエルの馬車を連れて、我が家に帰る。

 ワトサップ家の屋敷は、作りこそ大きいものの、そのほとんどは騎士や兵士の訓練施設と宿泊所、そして馬房である。
 主である私が住まう家は、こじんまりとしたものがあるだけ。
 一緒に住んでいるのはメイドが二人だ。

 それでも、中庭の広さにカゲリナとグチエルが感激している。
 メイドたちにテーブルを用意させ、早速お茶会をすることにした。

「ジャネット様は、さすがは辺境伯のご令嬢ですわね! ここに来るまでの間にも、たくさんのたくましい殿方を見かけましたわ!」

「彼らはナイツが稽古をつけているの。あとは、辺境から兵士を何人か連れてきているから、彼らも」

 へえー、と二人は感心している。
 深くは聞いてこないのは、騎士や兵士の仕事について詳しくないからだろう。
 あくまで、この話はお茶の席の会話として消費されていくのだ。

 私の家が、各領地の騎士や兵士を招き、彼らの技能向上のために訓練させている……などということは、その家の令嬢が知る必要は無いわけだ。
 これも、辺境伯領がお金を稼ぐための大切な仕事なのだが。

 お茶会は、カゲリナとグチエルが話す噂話を、私がずっと聞くという展開になった。
 もともと、そこまでたくさん話す方ではないし、人の噂話にも興味はないのだ。
 だけど今日は、グチエルの精神衛生上お付き合いしておかねば。

 それにしてもよく話すな……。
 どこどこの伯爵家で奥方が、護衛の騎士と恋に落ちたとか。
 遠方の遺跡で大変な宝物がたくさん見つかったとか。
 庶民の間で流行している、チュロスという菓子がとても美味しいとか。

 玉石混交だ。
 最後の情報は大切だな。
 後でナイツと一緒に買いに行こう……。

 そうこうしているうちに、夕方になってしまった。

「もうこんな時間」

 陰り始めた陽を見て、今日はひたすら聞くだけで過ごしてしまったな、と思う。
 だが、グチエルがすっかり元気になっているので、いいだろう。

「今日はありがとうございました、ジャネット様!」

「キャサリンはずーっと喋ってるだけで、話なんて全然聞いてくれなかったものねー」

「ねー」

「あー、そうですか」

 遠い土地に飛ばされてしまった、元伯爵令嬢の話が飛び出してきた。
 私は半笑いでこれを聞き流すことにする。

 二人が各々の馬車に乗り、私はナイツに御者をさせて家を出た。

 日が落ちるのは早い。
 あっという間に、街のあちこちに闇が落ちる。

 貴族の邸宅の前には、魔法の灯りが設けられているところもある。
 だが、せいぜいが侯爵家以上。
 下級貴族はそこまでの余裕がない。

 自然と、暗い場所が増える。
 これはさっさと、二人を送り届けて帰らねばならない。

「お嬢、別に送るところまでやらなくてもいいんじゃねえのかい?」

「何を言うの。派閥ってそういうものでしょう。私は責任者なんだから、責任を持ってやっていかないと」

「違うと思うんだけどなあ……。お嬢は変なところで真面目だからなあ」

 変なところってなんだ。
 ナイツのあんまりな物言いに、私がちょっと腹を立てていたその時。

 グチエルの乗っていた馬車が大きく揺れた。
 悲鳴が聞こえる。

「おっと」

 ナイツが馬車の速度を緩める。

「暴漢ですよ、お嬢。今回はお嬢さんがたを送るってお嬢の選択が正しかったようだ」

「ええ。ナイツ!」

「合点」

 私の馬車が止まるが早いか、ナイツが御者台から飛び降りて駆け出す。
 私は窓から、それを見守った。

 グチエルの馬車の上に、誰かが立っている。
 それが屋根に剣のようなものを突き刺していた。

 だが、そこにナイツが飛びかかる。
 ナイツがいている剣は、刀身の一部が虹色に輝く特別製だ。
 暗闇の中でも、物が見えるようになる。

 それに私は辺境で鍛えているから、夜目が利く。
 ナイツと切り結び始めた、襲撃者の姿がぼんやりと見えてきた。

 全体的に黒い印象。
 いや、髪の毛も黒いのか。

 ナイツと数合打ち合えるとは、強いな。
 だが、すぐに押され始めた。
 襲撃者は逃げる素振りを見せて……。

 ふと、私と目が合った。
 黒い目だった。

 黒い髪と黒い目。
 優れた剣の腕。
 私の頭の中で、それぞれの要素が繋がり合って像を結ぶ。

 ドッペルゲン?

 襲撃者が、私めがけて跳躍した。
 剣を振りかざし、とても人間とは思えない距離を飛んで来る。
 私は馬車の、逆側の扉を開けて駆け降りた。

 さっきまで私がいた場所に、剣が突き立てられる。

 危ない危ない。
 私と目が合った瞬間に、標的を変えてきた。

 だけど、あれで終わりだ。
 ナイツが後ろまで来ている。

「いやあ、お嬢で良かった。他の貴族のお嬢さんなら死んでるぜ」

 軽口を叩きながら、彼が馬車の向こうで斬撃を放ったのが分かった。
 金属が折れる音がする。
 襲撃者の剣が破壊されたのだ。

 すると、襲撃者が高く飛び上がった。
 着地するのは、魔法の灯りの上。

 夜闇の中、ぼんやりと魔法の光に照らされる様は、とても人のものとは思えなかった。
 そして、襲撃者は手近な屋敷の塀を越え、去っていった。

「あの野郎、切り結ぶたびに、だんだん剣の動きがきっちりとしていきましたね。だが、次はねえ。見切った」

 ナイツの鼻息が荒い。
 王都に来て初めての荒事を楽しんでいるようだ。
 全く、この男は。

 私は……馬車の中で目を回しているであろうグチエルと、恐怖で失神しているらしいカゲリナをまたケアせねばと考えて、頭が痛くなるのだった。
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