上 下
11 / 225
ヒーローの研究事件

第11話 襲撃

しおりを挟む
 翌朝アカデミーに来たら、グチエルがオヨヨヨヨ、と泣いている。

「どうしたの彼女」

 放っても置けず、慰めているカゲリナに尋ねると、明快な答えが返ってきた。

「ホーリエル家の侍従の方が亡くなられて……その方が、グチエルさんとお知り合いだったのです。日が落ちた後、買い物を命じられて外に出て、返ってくる途中で暗がりに紛れてザクッと……。可哀想に、よしよし」

「オヨヨヨヨ」

 その泣き声はどうなんだろう。
 だが、亡くなられたとは穏やかではない。
 しかも聞けば、斬殺されたという話だ。

 憲兵たちがホーリエル公爵家にやって来たのだが、相手は公爵。
 中に入れてもらえなくて、調査は一向に進んでいないらしい。
 そもそも、この殺人も外で起きたものだったらしい。それで明らかになったとか。

 とても嘆き悲しんでいるグチエルを放っておくわけにもいかず、私は派閥なるものの面倒臭さを思い知る。
 ワトサップ派閥の長として、彼女にこう告げることにした。

「うちにいらっしゃい。お茶を飲みながらお話を聞くわ」

「本当ですかっ!?」

 がばっと顔を上げるグチエル。
 うっ。お化粧が涙と鼻水で落ちているわよっ。

 カゲリナが彼女の顔を、ハンカチでごしごし拭いた。
 やれやれ、昨日のドッペルゲンの来訪と言い、今日のホーリエル家の殺人と言い。
 連続しておかしなことが起きる。

 共通点は、どちらもホーリエル家絡みということだろうか。
 私はどこか落ち着かない気持のまま、その日のアカデミーで過ごした。

 そして午後。
 カゲリナとグチエルの馬車を連れて、我が家に帰る。

 ワトサップ家の屋敷は、作りこそ大きいものの、そのほとんどは騎士や兵士の訓練施設と宿泊所、そして馬房である。
 主である私が住まう家は、こじんまりとしたものがあるだけ。
 一緒に住んでいるのはメイドが二人だ。

 それでも、中庭の広さにカゲリナとグチエルが感激している。
 メイドたちにテーブルを用意させ、早速お茶会をすることにした。

「ジャネット様は、さすがは辺境伯のご令嬢ですわね! ここに来るまでの間にも、たくさんのたくましい殿方を見かけましたわ!」

「彼らはナイツが稽古をつけているの。あとは、辺境から兵士を何人か連れてきているから、彼らも」

 へえー、と二人は感心している。
 深くは聞いてこないのは、騎士や兵士の仕事について詳しくないからだろう。
 あくまで、この話はお茶の席の会話として消費されていくのだ。

 私の家が、各領地の騎士や兵士を招き、彼らの技能向上のために訓練させている……などということは、その家の令嬢が知る必要は無いわけだ。
 これも、辺境伯領がお金を稼ぐための大切な仕事なのだが。

 お茶会は、カゲリナとグチエルが話す噂話を、私がずっと聞くという展開になった。
 もともと、そこまでたくさん話す方ではないし、人の噂話にも興味はないのだ。
 だけど今日は、グチエルの精神衛生上お付き合いしておかねば。

 それにしてもよく話すな……。
 どこどこの伯爵家で奥方が、護衛の騎士と恋に落ちたとか。
 遠方の遺跡で大変な宝物がたくさん見つかったとか。
 庶民の間で流行している、チュロスという菓子がとても美味しいとか。

 玉石混交だ。
 最後の情報は大切だな。
 後でナイツと一緒に買いに行こう……。

 そうこうしているうちに、夕方になってしまった。

「もうこんな時間」

 陰り始めた陽を見て、今日はひたすら聞くだけで過ごしてしまったな、と思う。
 だが、グチエルがすっかり元気になっているので、いいだろう。

「今日はありがとうございました、ジャネット様!」

「キャサリンはずーっと喋ってるだけで、話なんて全然聞いてくれなかったものねー」

「ねー」

「あー、そうですか」

 遠い土地に飛ばされてしまった、元伯爵令嬢の話が飛び出してきた。
 私は半笑いでこれを聞き流すことにする。

 二人が各々の馬車に乗り、私はナイツに御者をさせて家を出た。

 日が落ちるのは早い。
 あっという間に、街のあちこちに闇が落ちる。

 貴族の邸宅の前には、魔法の灯りが設けられているところもある。
 だが、せいぜいが侯爵家以上。
 下級貴族はそこまでの余裕がない。

 自然と、暗い場所が増える。
 これはさっさと、二人を送り届けて帰らねばならない。

「お嬢、別に送るところまでやらなくてもいいんじゃねえのかい?」

「何を言うの。派閥ってそういうものでしょう。私は責任者なんだから、責任を持ってやっていかないと」

「違うと思うんだけどなあ……。お嬢は変なところで真面目だからなあ」

 変なところってなんだ。
 ナイツのあんまりな物言いに、私がちょっと腹を立てていたその時。

 グチエルの乗っていた馬車が大きく揺れた。
 悲鳴が聞こえる。

「おっと」

 ナイツが馬車の速度を緩める。

「暴漢ですよ、お嬢。今回はお嬢さんがたを送るってお嬢の選択が正しかったようだ」

「ええ。ナイツ!」

「合点」

 私の馬車が止まるが早いか、ナイツが御者台から飛び降りて駆け出す。
 私は窓から、それを見守った。

 グチエルの馬車の上に、誰かが立っている。
 それが屋根に剣のようなものを突き刺していた。

 だが、そこにナイツが飛びかかる。
 ナイツがいている剣は、刀身の一部が虹色に輝く特別製だ。
 暗闇の中でも、物が見えるようになる。

 それに私は辺境で鍛えているから、夜目が利く。
 ナイツと切り結び始めた、襲撃者の姿がぼんやりと見えてきた。

 全体的に黒い印象。
 いや、髪の毛も黒いのか。

 ナイツと数合打ち合えるとは、強いな。
 だが、すぐに押され始めた。
 襲撃者は逃げる素振りを見せて……。

 ふと、私と目が合った。
 黒い目だった。

 黒い髪と黒い目。
 優れた剣の腕。
 私の頭の中で、それぞれの要素が繋がり合って像を結ぶ。

 ドッペルゲン?

 襲撃者が、私めがけて跳躍した。
 剣を振りかざし、とても人間とは思えない距離を飛んで来る。
 私は馬車の、逆側の扉を開けて駆け降りた。

 さっきまで私がいた場所に、剣が突き立てられる。

 危ない危ない。
 私と目が合った瞬間に、標的を変えてきた。

 だけど、あれで終わりだ。
 ナイツが後ろまで来ている。

「いやあ、お嬢で良かった。他の貴族のお嬢さんなら死んでるぜ」

 軽口を叩きながら、彼が馬車の向こうで斬撃を放ったのが分かった。
 金属が折れる音がする。
 襲撃者の剣が破壊されたのだ。

 すると、襲撃者が高く飛び上がった。
 着地するのは、魔法の灯りの上。

 夜闇の中、ぼんやりと魔法の光に照らされる様は、とても人のものとは思えなかった。
 そして、襲撃者は手近な屋敷の塀を越え、去っていった。

「あの野郎、切り結ぶたびに、だんだん剣の動きがきっちりとしていきましたね。だが、次はねえ。見切った」

 ナイツの鼻息が荒い。
 王都に来て初めての荒事を楽しんでいるようだ。
 全く、この男は。

 私は……馬車の中で目を回しているであろうグチエルと、恐怖で失神しているらしいカゲリナをまたケアせねばと考えて、頭が痛くなるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

そして、彼はいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたとの婚約を破棄するっ!」 王都、社交シーズン終わりの王宮主催の舞踏会。 その会場に王太子のよく通る声が響きわたった。 王太子は婚約者がいかに不出来かを滔々と述べ立てて、だから自分には、将来の王妃には相応しくないと彼女を断罪する。そして心当たりがあり過ぎる彼女は特に反論もしない。 だが自分の代わりに婚約すると王太子が告げた人物を見て唖然とする。 なぜならば、その令嬢は⸺!? ◆例によって思いつきの即興作品です。 そしてちょこっとだけ闇が見えます(爆)。 恋愛要素が薄いのでファンタジージャンルで。本当はファンタジー要素も薄いけど。 ◆婚約破棄する王子があり得ないほどおバカに描かれることが多いので、ちょっと理由をひねってみました。 約6500字、3話構成で投稿します。 ◆つい過去作品と類似したタイトル付けてしまいましたが、直接の関係はありません。 ◆この作品は小説家になろうでも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...