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エルフェンバインの醜聞事件
第8話 私から婚約破棄
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伯爵ほどの立場の人間が、いつまでも逃げられるものではない。
その辺り、やっぱりローグ伯爵は浅はかだったようだ。
翌日には、屋敷に『ローグ伯爵を捕らえた』という連絡がやって来た。
あろうことか、王都の中にいたらしい。
そりゃあ、外に出てしまったら贅沢ができなくなるし、貴族の子弟を集めてあんな茶会を娘にやらせている人が、逃亡生活なんて耐えられる訳がないものね。
「アホですなあ」
「私もそう思う……。それに、この国の貴族はあんなのが多いのだとしたら、辺境が破られたらおしまいだわ。守らなくちゃ、この国……」
「まだ若いお嬢にそういう決意をさせるあたりが、どうしようもない国ですな」
「またナイツは無責任に笑う」
「俺は命令の通りに戦うだけですからね。だが、命令された分は必ず果たしますよ」
ということで、私たちは王城へ。
降り立った私たちを、王国の騎士団が出迎えた。
これはシャーロットのように、私の行動を先読みして待っていたのではない。
いつ来るかいつ来るかと、ハラハラドキドキしながらずーっと待っていたのだ。
私が日の高いうちにやって来て、みんなホッとした表情を浮かべていた。
私とナイツはすぐさま謁見の間まで案内され……。
そこに、シャーロットがいた。
「おはようございます、ジャネット様」
「おはよう、シャーロット」
「伯爵なら、ほら、そこに」
ローグ伯爵が、腕に縄を掛けられて玉座に向き合うように座らせられていた。
そして、あまり見たくない顔もある。
コイニキールだ。
彼が不貞腐れた顔をして、玉座の下に立っている。
下……?
あそこは、王族が立つ場所じゃない。
臣下がいる場所だ。
「来たようだな、ジャネット殿! ローグ伯爵よ。何か申し開きはあるか?」
「ご、誤解です陛下!!」
ローグ伯爵が叫ぶ。
頭の毛がちょっと寂しくなった、ぷくっとしたおじさんだ。
「こう言っているが……任せる、ラムズ侯爵令嬢」
「はい」
すまし顔をしながら、トコトコと玉座の前までやって来るシャーロット。
なんでここで彼女が?
「伯爵……どうして逃げたのですか?」
「なっ!? お、お前は何だ! わしは伯爵だぞ! 侯爵令嬢!? それがわしに何という口を……」
「誤魔化さないでいただきたいですわねえ。うーん、やっぱりへそ曲がりの貴族は、権力をかさに着て誤魔化して来ますわね。ジャネット様!」
「はいはい」
ここで私か。
「伯爵、逃げましたね? 後ろめたいから逃げたんですか?」
「ひっ、ワトサップ辺境伯令嬢! ち、違う、逃げては……。そう、あれは旅行で……」
「王都を?」
「そういう趣味で……」
「ちょうど、逃げ出す準備が婚約破棄の夜からされていたようですわねえ。使用人の方々の証言もいただいていますし、それから伯爵の派閥の皆様から、色々興味深い話を伺っていますわ」
「う、うおお!? 違う! わしははめられたのだ! 奴らめ、わしを売ったのか!」
あ、動揺し始めた。
これはまともな話は引き出せないぞ。
すると、そこにシャーロットが歩み寄っていった。
そして、伯爵の襟元に手を掛けると……。
「はあっ、バリツ!」
と叫びながら、伯爵をスパーンと放り投げたのだ。
凄い体捌き!
「ウグワーッ!?」
謁見の間の絨毯に叩きつけられた伯爵が、悲鳴をあげる。
「正気に戻りまして? 加減はしましてよ?」
「う、うぐぐぐ……」
「またおかしくなったら投げて正気に戻しますわよ。わたくしのバリツの切れは凄いのですわ」
あれがバリツかあ。
「あとは、コイニキール。私に何か言うことはない?」
伯爵から自白を引き出しつつ、私は彼に尋ねる。
彼はそっぽを向きながら、
「許嫁っていうのは恋じゃない。そういうのはロマンチックじゃないんだ。だから俺は、恋に生きるためにこいつから教えてもらって、婚約破棄をしたんだ」
「はあ」
すっかり呆れてしまった。
この人は、なんとおめでたい頭の中をしてるのか。
「……とりあえず、殿下が自白したみたいですけど」
「うううううっ、このバカボン……!!」
伯爵が呻いた。
それが、彼の伯爵としての最後の言葉だった。
ローグ伯爵家は、内乱を企んだ罪で取り潰しとなる。
キャサリンは母方である、地方の子爵家にもらわれていった。
コイニキールは、重大な過失をしたということで、王位継承権を取り上げ。
第一王位継承権は、第二王子のものとなった。
きっと第二王子は笑いが止まらないことだろう。
そして。
「い、いやだぁ! 辺境送りはいやだぁぁ」
コイニキールが、みっともなく涙と鼻水を流して、馬車の窓に取り付いている。
「殿下。夢見がちなあなたのために、現実というものを教えてあげるのですよ。ああ、それから。私からも正式にあなたに申し上げます。私たちの婚約は破棄です。さようなら、殿下」
あの後、私は父に連絡を取った。
すぐに父からは伝書鳩で手紙が返ってきて、
『辺境送りにしろ。最前線で頭お天気な王子様の目を醒ましてやる。一年もすれば一端の兵士の目になって帰ってくるから楽しみにしてろ』
死ぬんじゃないだろうか?
だが、そこは彼の頑張り次第だろう。
「がんばれ」
「助けてぇぇぇぇ!!」
コイニキールの叫びだけを残して、馬車は走り去っていくのだった。
目指すは一路、ワトサップ辺境伯領。
エルフェンバインで一番危険で、地獄に近い場所である。
「気は晴れまして?」
隣に並んだシャーロットが問う。
私は腕組みをしながら、首を傾げた。
「スッキリはしたけど……。なんかこう、哀れだなあと……」
「現実を知らなければ、いつまでも夢見るお子様のままですもの。彼にとっての大人への通過儀礼として、ちょうどいいんじゃありませんこと?」
「そうだねえ……。でも、うちの父が、娘に婚約破棄を叩きつけた男をただで帰すと思う?」
「うふふふふ」
「うふふふふ……」
もう笑うしか無い。
私とシャーロットは顔を見合わせて、笑った。
馬車はすぐに見えなくなった。
その後、この婚約破棄事件は、エルフェンバインの醜聞事件の物語として巷に知れ渡り、長く国民たちの娯楽となるのだった。
~エルフェンバインの醜聞事件・了~
その辺り、やっぱりローグ伯爵は浅はかだったようだ。
翌日には、屋敷に『ローグ伯爵を捕らえた』という連絡がやって来た。
あろうことか、王都の中にいたらしい。
そりゃあ、外に出てしまったら贅沢ができなくなるし、貴族の子弟を集めてあんな茶会を娘にやらせている人が、逃亡生活なんて耐えられる訳がないものね。
「アホですなあ」
「私もそう思う……。それに、この国の貴族はあんなのが多いのだとしたら、辺境が破られたらおしまいだわ。守らなくちゃ、この国……」
「まだ若いお嬢にそういう決意をさせるあたりが、どうしようもない国ですな」
「またナイツは無責任に笑う」
「俺は命令の通りに戦うだけですからね。だが、命令された分は必ず果たしますよ」
ということで、私たちは王城へ。
降り立った私たちを、王国の騎士団が出迎えた。
これはシャーロットのように、私の行動を先読みして待っていたのではない。
いつ来るかいつ来るかと、ハラハラドキドキしながらずーっと待っていたのだ。
私が日の高いうちにやって来て、みんなホッとした表情を浮かべていた。
私とナイツはすぐさま謁見の間まで案内され……。
そこに、シャーロットがいた。
「おはようございます、ジャネット様」
「おはよう、シャーロット」
「伯爵なら、ほら、そこに」
ローグ伯爵が、腕に縄を掛けられて玉座に向き合うように座らせられていた。
そして、あまり見たくない顔もある。
コイニキールだ。
彼が不貞腐れた顔をして、玉座の下に立っている。
下……?
あそこは、王族が立つ場所じゃない。
臣下がいる場所だ。
「来たようだな、ジャネット殿! ローグ伯爵よ。何か申し開きはあるか?」
「ご、誤解です陛下!!」
ローグ伯爵が叫ぶ。
頭の毛がちょっと寂しくなった、ぷくっとしたおじさんだ。
「こう言っているが……任せる、ラムズ侯爵令嬢」
「はい」
すまし顔をしながら、トコトコと玉座の前までやって来るシャーロット。
なんでここで彼女が?
「伯爵……どうして逃げたのですか?」
「なっ!? お、お前は何だ! わしは伯爵だぞ! 侯爵令嬢!? それがわしに何という口を……」
「誤魔化さないでいただきたいですわねえ。うーん、やっぱりへそ曲がりの貴族は、権力をかさに着て誤魔化して来ますわね。ジャネット様!」
「はいはい」
ここで私か。
「伯爵、逃げましたね? 後ろめたいから逃げたんですか?」
「ひっ、ワトサップ辺境伯令嬢! ち、違う、逃げては……。そう、あれは旅行で……」
「王都を?」
「そういう趣味で……」
「ちょうど、逃げ出す準備が婚約破棄の夜からされていたようですわねえ。使用人の方々の証言もいただいていますし、それから伯爵の派閥の皆様から、色々興味深い話を伺っていますわ」
「う、うおお!? 違う! わしははめられたのだ! 奴らめ、わしを売ったのか!」
あ、動揺し始めた。
これはまともな話は引き出せないぞ。
すると、そこにシャーロットが歩み寄っていった。
そして、伯爵の襟元に手を掛けると……。
「はあっ、バリツ!」
と叫びながら、伯爵をスパーンと放り投げたのだ。
凄い体捌き!
「ウグワーッ!?」
謁見の間の絨毯に叩きつけられた伯爵が、悲鳴をあげる。
「正気に戻りまして? 加減はしましてよ?」
「う、うぐぐぐ……」
「またおかしくなったら投げて正気に戻しますわよ。わたくしのバリツの切れは凄いのですわ」
あれがバリツかあ。
「あとは、コイニキール。私に何か言うことはない?」
伯爵から自白を引き出しつつ、私は彼に尋ねる。
彼はそっぽを向きながら、
「許嫁っていうのは恋じゃない。そういうのはロマンチックじゃないんだ。だから俺は、恋に生きるためにこいつから教えてもらって、婚約破棄をしたんだ」
「はあ」
すっかり呆れてしまった。
この人は、なんとおめでたい頭の中をしてるのか。
「……とりあえず、殿下が自白したみたいですけど」
「うううううっ、このバカボン……!!」
伯爵が呻いた。
それが、彼の伯爵としての最後の言葉だった。
ローグ伯爵家は、内乱を企んだ罪で取り潰しとなる。
キャサリンは母方である、地方の子爵家にもらわれていった。
コイニキールは、重大な過失をしたということで、王位継承権を取り上げ。
第一王位継承権は、第二王子のものとなった。
きっと第二王子は笑いが止まらないことだろう。
そして。
「い、いやだぁ! 辺境送りはいやだぁぁ」
コイニキールが、みっともなく涙と鼻水を流して、馬車の窓に取り付いている。
「殿下。夢見がちなあなたのために、現実というものを教えてあげるのですよ。ああ、それから。私からも正式にあなたに申し上げます。私たちの婚約は破棄です。さようなら、殿下」
あの後、私は父に連絡を取った。
すぐに父からは伝書鳩で手紙が返ってきて、
『辺境送りにしろ。最前線で頭お天気な王子様の目を醒ましてやる。一年もすれば一端の兵士の目になって帰ってくるから楽しみにしてろ』
死ぬんじゃないだろうか?
だが、そこは彼の頑張り次第だろう。
「がんばれ」
「助けてぇぇぇぇ!!」
コイニキールの叫びだけを残して、馬車は走り去っていくのだった。
目指すは一路、ワトサップ辺境伯領。
エルフェンバインで一番危険で、地獄に近い場所である。
「気は晴れまして?」
隣に並んだシャーロットが問う。
私は腕組みをしながら、首を傾げた。
「スッキリはしたけど……。なんかこう、哀れだなあと……」
「現実を知らなければ、いつまでも夢見るお子様のままですもの。彼にとっての大人への通過儀礼として、ちょうどいいんじゃありませんこと?」
「そうだねえ……。でも、うちの父が、娘に婚約破棄を叩きつけた男をただで帰すと思う?」
「うふふふふ」
「うふふふふ……」
もう笑うしか無い。
私とシャーロットは顔を見合わせて、笑った。
馬車はすぐに見えなくなった。
その後、この婚約破棄事件は、エルフェンバインの醜聞事件の物語として巷に知れ渡り、長く国民たちの娯楽となるのだった。
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