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エルフェンバインの醜聞事件
第5話 尋問? 推理?
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手に汗握りながら、シャーロットの尋問風景を見守る。
なるほど、犯人は現場に戻ってくるのだ。
「あなたがたの態度に、不審な点が二つございますわ。一つは、昨日の婚約破棄を確定したこととして、下級貴族の娘であるお二人が、上級貴族であるジャネット様を揶揄したこと。もう一つは、お二人ともどうしてここにいらっしゃいますの? 舞踏会は昨日終わり、しばらくここでは何も開催される予定がございませんわよ?」
「そ、それは……。ほら、キャサリン様がこちらを借り切られて、踊りの練習を……」
キャサリン?
その名を聞いて、私は一瞬考えた。
すぐに思い出す。
「ローグ伯爵家のキャサリンさんのことかしら。お二人とも、彼女とつながっていたの?」
びくっとする、カゲリナとグチエル。
しまった、余計なことを言った、という顔をした。
目が明らかに泳いでいる。
「なかなかいい追い込みですわよ、ジャネット様。わたくしが問うたところで、お二人はしらを切っていたでしょう。ですけれど、渦中の人であるあなたがその名を口にしたことに意味がございますの。確か、ローグ伯爵令嬢キャサリン様は、コイニキール殿下が主催する詩の朗読会のメンバーでしたわよね? それにお二人も」
「げえっ、ど、どうしてそれを!」
「あなたは参加してなかったのじゃありませんこと、ラムズ侯爵令嬢!」
分かりやすい……!
カゲリナもグチエルも動揺を隠せないでいる。
驚いたのは、シャーロットの的確な指摘だ。
彼女、王宮貴族たちの人間関係について把握しているのか。
「よくご存知だったわね、シャーロット……!」
「わたくし、耳がいいもので。趣味とは言え、下町に居を構えている理由もございますの。そのためには、あらゆる情報は集めておくに越したことはございませんのよ?」
秘密めいた微笑を見せるシャーロット。
彼女への興味が沸いてくる。
「わっ、わたしたち、用事を思い出しましたわ!!」
「ごきげんよう! おほほほほ!!」
二人は突然、スカートの裾を持ち上げると、猛烈な勢いで走り出した。
まあ、なんてはしたない。
辺境の戦場でもなければ、淑女が走るのはマナー違反だ。
「どうなさいます、ジャネット様? わたくし、バリツで取り押さえてもよろしくってよ?」
「そのバリツが何なのかは分からないけれど、乱暴はよくないわ。彼女たちはあくまで腰巾着でしょう? 婚約破棄に関わりがあったわけではないもの」
「おや。ジャネット様は博愛主義者でいらっしゃいますの?」
「敵ですら無い、と言う見方もあるのではなくって? それに私、人間同士ならば、可能な限り話し合いで決着をつけたいの。せっかく王都にいるのだから、乱暴ごとはごめんだわ」
これは偽らざる私の本心だ。
辺境というのは、つまりそんな気持すら持っていられないほどにシビアな場所だということだ。
それに、カゲリナにグチエルも分かっているのかしら。
私はいいけれど、今回の件でお父様がへそを曲げたら、辺境伯が辺境守護の仕事をしなくなるのに。
私たち、辺境守護の貴族が危険な蛮族やモンスターを食い止めているからこそ、国は平和を堪能することができるのだ。
「よろしいですわ。では、わたくし、ジャネット様の流儀でやってまいりましょう。それにジャネット様のやり方で、犯人を押さえられたなら……下っ端のお二人は、風見鶏みたいなものでしょう? ジャネット様の下に付きますわよ」
「いらないんだけど」
顔をしかめてみせると、シャーロットが笑った。
美人が台無し、なんて言うのだ。
放っておいて欲しい。
さて、外に出た私たち。
ナイツがぼーっとしていたので、声を掛ける。
「終わったよ」
「ああ、もう終わりですかい? さっき、小娘が二人ばかり、すごい勢いで走っていったが……。最近じゃあ、貴族のお嬢さんもあんな風に走るんだなあ」
「ねえ? はしたないったら無いわ。走るときはちゃんと、パンツルックで行く。これが鉄則よね」
「辺境でスカートは死にますからな」
「本当に」
私たちのやり取りを、シャーロットが楽しげに眺めている。
「いやはや、ローグ伯爵令嬢が裏にいることが分かりましたけれども、彼女の大誤算は、ジャネット様が深窓のご令嬢ではなかったことですわね。自ら戦場で兵を指揮する女傑、ジャネット・ワトサップ。敵に回してはいけないと分かるようなものですけれど」
「ええっ!? もう、キャサリンが犯人だと決まっているの!?」
「いえいえ。一介の令嬢が、婚約破棄の計画をどうこうできるわけがございませんでしょう? これは恋の問題ではございません。そう思っているのは、詩を愛で恋に夢見るお一人だけ」
「殿下ね」
「皆までは申しません。この婚約破棄は、政治的な問題なのです。それも、この国の平和を誰が維持しているのかを忘れ、あたかも天から与えられたものであるかのように勘違いした、愚か者たちが裏で蠢いているのですわ」
事件の犯人たちを指して、愚か者と痛罵するシャーロット。
だけど、彼女の顔はとても楽しそうなのだった。
そう、まるで事件そのものを楽しんでいるみたいに。
「さて、次なる目的地ですけれど……流石に昨日の今日では開催しないでしょうね」
「開催……?」
「乗り込むのですわよ、伯爵の屋敷に」
「ええ……!?」
どうやら、休む暇などないようだった。
なるほど、犯人は現場に戻ってくるのだ。
「あなたがたの態度に、不審な点が二つございますわ。一つは、昨日の婚約破棄を確定したこととして、下級貴族の娘であるお二人が、上級貴族であるジャネット様を揶揄したこと。もう一つは、お二人ともどうしてここにいらっしゃいますの? 舞踏会は昨日終わり、しばらくここでは何も開催される予定がございませんわよ?」
「そ、それは……。ほら、キャサリン様がこちらを借り切られて、踊りの練習を……」
キャサリン?
その名を聞いて、私は一瞬考えた。
すぐに思い出す。
「ローグ伯爵家のキャサリンさんのことかしら。お二人とも、彼女とつながっていたの?」
びくっとする、カゲリナとグチエル。
しまった、余計なことを言った、という顔をした。
目が明らかに泳いでいる。
「なかなかいい追い込みですわよ、ジャネット様。わたくしが問うたところで、お二人はしらを切っていたでしょう。ですけれど、渦中の人であるあなたがその名を口にしたことに意味がございますの。確か、ローグ伯爵令嬢キャサリン様は、コイニキール殿下が主催する詩の朗読会のメンバーでしたわよね? それにお二人も」
「げえっ、ど、どうしてそれを!」
「あなたは参加してなかったのじゃありませんこと、ラムズ侯爵令嬢!」
分かりやすい……!
カゲリナもグチエルも動揺を隠せないでいる。
驚いたのは、シャーロットの的確な指摘だ。
彼女、王宮貴族たちの人間関係について把握しているのか。
「よくご存知だったわね、シャーロット……!」
「わたくし、耳がいいもので。趣味とは言え、下町に居を構えている理由もございますの。そのためには、あらゆる情報は集めておくに越したことはございませんのよ?」
秘密めいた微笑を見せるシャーロット。
彼女への興味が沸いてくる。
「わっ、わたしたち、用事を思い出しましたわ!!」
「ごきげんよう! おほほほほ!!」
二人は突然、スカートの裾を持ち上げると、猛烈な勢いで走り出した。
まあ、なんてはしたない。
辺境の戦場でもなければ、淑女が走るのはマナー違反だ。
「どうなさいます、ジャネット様? わたくし、バリツで取り押さえてもよろしくってよ?」
「そのバリツが何なのかは分からないけれど、乱暴はよくないわ。彼女たちはあくまで腰巾着でしょう? 婚約破棄に関わりがあったわけではないもの」
「おや。ジャネット様は博愛主義者でいらっしゃいますの?」
「敵ですら無い、と言う見方もあるのではなくって? それに私、人間同士ならば、可能な限り話し合いで決着をつけたいの。せっかく王都にいるのだから、乱暴ごとはごめんだわ」
これは偽らざる私の本心だ。
辺境というのは、つまりそんな気持すら持っていられないほどにシビアな場所だということだ。
それに、カゲリナにグチエルも分かっているのかしら。
私はいいけれど、今回の件でお父様がへそを曲げたら、辺境伯が辺境守護の仕事をしなくなるのに。
私たち、辺境守護の貴族が危険な蛮族やモンスターを食い止めているからこそ、国は平和を堪能することができるのだ。
「よろしいですわ。では、わたくし、ジャネット様の流儀でやってまいりましょう。それにジャネット様のやり方で、犯人を押さえられたなら……下っ端のお二人は、風見鶏みたいなものでしょう? ジャネット様の下に付きますわよ」
「いらないんだけど」
顔をしかめてみせると、シャーロットが笑った。
美人が台無し、なんて言うのだ。
放っておいて欲しい。
さて、外に出た私たち。
ナイツがぼーっとしていたので、声を掛ける。
「終わったよ」
「ああ、もう終わりですかい? さっき、小娘が二人ばかり、すごい勢いで走っていったが……。最近じゃあ、貴族のお嬢さんもあんな風に走るんだなあ」
「ねえ? はしたないったら無いわ。走るときはちゃんと、パンツルックで行く。これが鉄則よね」
「辺境でスカートは死にますからな」
「本当に」
私たちのやり取りを、シャーロットが楽しげに眺めている。
「いやはや、ローグ伯爵令嬢が裏にいることが分かりましたけれども、彼女の大誤算は、ジャネット様が深窓のご令嬢ではなかったことですわね。自ら戦場で兵を指揮する女傑、ジャネット・ワトサップ。敵に回してはいけないと分かるようなものですけれど」
「ええっ!? もう、キャサリンが犯人だと決まっているの!?」
「いえいえ。一介の令嬢が、婚約破棄の計画をどうこうできるわけがございませんでしょう? これは恋の問題ではございません。そう思っているのは、詩を愛で恋に夢見るお一人だけ」
「殿下ね」
「皆までは申しません。この婚約破棄は、政治的な問題なのです。それも、この国の平和を誰が維持しているのかを忘れ、あたかも天から与えられたものであるかのように勘違いした、愚か者たちが裏で蠢いているのですわ」
事件の犯人たちを指して、愚か者と痛罵するシャーロット。
だけど、彼女の顔はとても楽しそうなのだった。
そう、まるで事件そのものを楽しんでいるみたいに。
「さて、次なる目的地ですけれど……流石に昨日の今日では開催しないでしょうね」
「開催……?」
「乗り込むのですわよ、伯爵の屋敷に」
「ええ……!?」
どうやら、休む暇などないようだった。
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