推理令嬢シャーロットの事件簿~謎解きは婚約破棄のあとで~

あけちともあき

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エルフェンバインの醜聞事件

第4話 宮廷の噂

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 馬車に揺られながら、下町から王宮へ。
 町の色が、くすんだ灰色から、鮮やかな赤や黄色に変わっていく。

 富裕層が住む地域は、町の色合いが国の方針で定められているからだ。
 この辺りは、赤の地区で商業区域。
 私たち貴族も、ちょこちょこ買い物にやってくるところだ。

「知っていまして? ここには千年前のエルフェンバインの城がございましたの。ですがその時、エルフェンバインを魔王とその軍勢が襲いましたわ」

「ああ、知っているわ! この国は一度、魔王によって滅ぼされかけたのよね」

「ええ。それまで、世界には魔物というものは存在しなかったそうですわね。ですが、魔王はエルフェンバインを攻めるために魔物を呼び出し、それ以来、世界には魔物が満ちましたの。どうしてだと思います?」

「……さあ……? 魔王は、人を滅ぼしたがっていた、とか?」

「実は記録には、魔王と人が手を取り合って、天から来た災厄と戦ったというものがありますの」

「ええ……!?」

「エルフェンバインは、魔王にとって大切なものを奪おうとしたのでしょうね。魔王はそれを取り返すために来た。その結果として世界は変容したのでしょう。この町の赤は、流された血の色なのですわ。だから、その歴史を忘れないために、町を赤くするという触れが出された……のですけれど」

 シャーロットが肩をすくめた。

「ああ。すっかり忘れられてるよね。私も全然知らなかった」

「そういうものですわ」

「シャーロットはよくご存知だったわね」

「過去の記録を大切に保存しているところは、この国のいいところですから。今度一緒に参りましょう? 王宮図書館」

「シャーロットがエスコートしてくださるの?」

「もちろん。おまかせくださいませ、ジャネット様」

 彼女は私の手を取り、目を合わせてきた。
 うっ、凄く目力が強い!
 夢見がちな乙女なら、この目ですぐに落とせそう。

 ラムズ侯爵令嬢シャーロット、とっても強烈な人だ。
 私がすっかり、彼女の目線で金縛りみたいな状態になっている間に、馬車は目的地に到着していた。

 はー、やばいやばい。
 顔が熱い。
 きっと今の私は、顔が真っ赤になっていることだろう。
 ただでさえ色白で、陽に当たっても赤くなるだけですぐ戻るのだ。
 目立つんだよなあ。

「止まれ! 何者……」

「ワトサップ辺境伯令嬢、ジャネット様の馬車だ!」

 外で門番の兵士とナイツがやり取りしているのが分かる。

「お前ら、辺境伯の馬車を止めるのか?」

「ヒェッ、そ、それは……」

 ああ、いけない。
 ナイツが兵士をいじめてる。
 彼は元冒険者なので、権力者側の人間が基本的に嫌いなのだ。

「ナイツ、そこまでにして。私です。通してくれますね?」

「は、はい!」

 兵士たちは私の顔を見ると、かくかくと頷いた。
 あれ?
 どうして兵士の人たちの顔が赤くなっているのだろう。

「ジャネット様は、殿方の女性観を狂わせますわねえ。魔性の女ですわ」

「はい?」

 あなたがそれを言う?

「それにしても、兵士の方々も可哀想に。辺境最強の冒険者、虹の剣のナイツに睨まれたら、竦まない殿方などおりませんわ」

「それは確かに言えるわねえ……」

 ナイツは、元々、ワトサップ辺境伯領を拠点にして活動していた冒険者だ。
 辺境最強と言う呼び名の通り、数々の伝説めいた成果を上げていて、辺境伯領が彼の活躍で救われたことも一度や二度ではない。
 そんな彼を召し抱えられたことは、この上ない幸運であると思っている。

 虹の剣という呼び名は、彼が常に持っている魔剣に、虹色の欠片が埋め込まれているところから来ている。

「いやあ、生意気な連中でいけませんね。しかもあいつら、お嬢の顔をじろじろと見やがって。お嬢は辺境の至宝なんですからね。金を払え、金を」

 あまりといえばあまりな言い草に、私はすっかり呆れてしまった。
 シャーロットは、声を殺して、だけどお腹を抱えて笑っている。

 そんな破天荒な護衛の騎士だけれど、エスコートはきちんとするのだ。
 私が馬車から降りる時、彼が手を貸してくれた。

 降り立ったのは、昨日の事件があった王宮の舞踏館。

 私の後から、ナイツのエスコートを笑いながら受けて降りたシャーロット。

「いや、あのナイツ殿がわたくしをエスコートしてくださるなんて。世の中は何があるか分かりませんわね。さあ、参りましょうジャネット様」

「ええ。まさか、昨日の今日でまたここに来ることになるなんて、思ってもいなかった」

 いきなりの婚約破棄で、本当ならば傷心であろうはずの私。
 まあ、彼のことはそこまで……だから別にいいのだけれど。
 イニアナガ陛下のお腹の具合とか、お父様がこれから起こすであろう癇癪についてい考えると、少し憂鬱になるのだった。

 それでも、隣にいるシャーロットが、私を物思いに耽る暇もないほどに次々と驚きをもたらしてくれる。
 これはこれでありがたい。

「まあ、ジャネット様よ」

「昨日あんな目に遭ったのに、よく顔を出せたものですわね」

 舞踏館の中には、貴族の令嬢がたがいて、私を見てひそひそ話をする。
 ああいう、じめっとした陰口は好きではない。
 あんなことを辺境でやっていたら、仲違いしている間に蛮族に殺されてしまうからだ。

 あなた方の平和を、誰が守っていると思っているのか。
 私はちょっと憤慨する。

「あんな目とは……何のことですかしら?」

 そこに声を掛けたシャーロット。
 スラリと伸びた背筋。
 長い足が、舞踏館の床を音高く踏みしめる。

 うーん!
 シャーロット、背が高い。
 私の陰口を言っていた彼女たちよりも、頭ひとつ高いんじゃないかな。

「は……はわわわわ」

「そそそ、そんな……」

「宮廷の……いえ、世の中のルールをご存知ではなくて? いえ、むしろあなたがた……あちら側ですわね? 何を確認しにいらっしゃったのかしら、テシターノ男爵令嬢カゲリナ様、シタッパーノ子爵令嬢グチエル様」

「は、はわわーっ!!」

 陰口な令嬢たちの家柄、名前まで把握済み!
 二人とも、顔面蒼白。

 いいぞ、もっとやれ。
 私は内心で、ぐっと拳を握りしめるのだった。
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