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第104話 既に悪霊のたぐい

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 人形は見事に、怨霊の依代となった。
 その姿が、どんどん変化していく。

 肉が付き、皮が付き、その上から魔力で編まれた甲冑が生まれ……。
 気がつけば、紫色をした異形の騎士がそこにいた。

『よし、よしよし! これならばよし! ひ弱なガキの体よりもよほどいい!』

 体の感覚を確かめている怨霊。

「どうやら……何らかの依代に宿っていなければ、お前は都合が悪いようだな」

『なにっ!? お前は……道化師か!!』

「よくご存知で。道化師オーギュストにござい」

『知らぬ訳がない! わしの野望を! 腐敗神めに頭を下げてまで実行した儀式を台無しにしおって!! 危うくわしは消滅するところであった!!』

「語るに落ちたな? お前を完全に倒す算段がついた」

『なんだと……!?』

 怨霊の言葉はここまで。
 俺は周囲で、何が起きるのかと見守る人々に向かって朗々と告げる。

「さて、お立ち会い! これなるは、ガットルテ王国に仇を成そうと企んでいた怨霊! ジョノーキン村が毒霧に包まれた事件! 近隣の穀倉地帯でデビルプラントが発生した事件! そして王都を襲ったドラゴンゾンビ! これら全ての裏にいたのがこの怨霊……いや、悪霊にございます!」

「なんだって!」

「じゃあさっきの紫色の大きな顔は……」

「ついに正体を現したわけか!」

 ガットルテ王国の人々も、どうやら俺のノリに慣れてきたらしい。
 では、ここで一つ、我がパーティのメンバー紹介といこうじゃないか!

『こら! わしを無視するな!』

 君の出番はもうちょっと後だ。

「御覧ください! 屋根の上に立つあの二人、堂々たる偉丈夫は、獣にその姿を変える神秘の怪人! ジェダ! 隣にて鞭を振るうのは」

 ここでサッとフリッカを下ろすジェダ。
 フリッカは自分の話がされていると気付いて、慌てて鞭を取り出し、パシンと屋根を叩いてみせた。

「獣使いフリッカ!」

「そうや! ジェダ! モード・リンクス!」

「おう! ぎゃおおおーんっ!!」

 ジェダが吠えながら、その全身が巨大なリンクスのものに変わる。
 おおーっと人々がどよめいた。

「そしてこれなるは皆様御存知! 鉱石魔法の使い手! ドワーフの里からやって来たエンターティナーのギスカ!」

「大仰な紹介するねえ……。え、サービスしないとだめかい? じゃあこれでどうかね?」

 ギスカがクズ鉱石を空に向かって放り投げた。
 それらが魔法を受けて、色とりどりの火花を咲かせる。

 ちょうど時刻は夕暮れ。
 家の影が長く伸びる路地に、この火花は大変目立つ。

「そして剛力無双のイングリド!」

「おいこら、誰が剛力だ。私は一応この国の王女なんだからな」

 ここでドッと人々が……観客が笑う。
 俺はイングリドに小突かれ、ちょっとおどけた仕草をしながら、すぐに動きをきりりと引き締める。

「そしてこの個性豊かな仲間を率いますのが、道化師のオーギュストにございます。本日は皆様、我が一団の興行にお集まりいただきありがとうございます! 演目は……ガットルテ王国に災いをもたらそうとする、恐るべき悪霊の最期! どうぞ最期までご覧くださいませ!」

 わああああっと沸き立つ観衆。

『なんだ!? なんだこれはーっ!? わしはどういう状況にいるんだーっ!!』

 悪霊が混乱し、叫んだ。
 だが、その声すら、人々の歓声にかき消されてほとんど聞こえない。

 子どもたちは呆然としてあたりを見回していたが、周囲の熱に当てられて、次第に笑顔になっていく。
 さあ、思い出そう。

 俺と君たちが出会った、あの村の地下を。
 絶望が希望に塗り替わったあの冒険を。

 今度もまた、俺が君たちの前に希望という名の演目を提示しよう。
 いつか、君たちが俺の芸を受け継いで、そして世界に広めていけるように。

『ええい、茶番はもうたくさんだ! これほど多くの人間が集まっているのは好都合! わしがこやつらの頭の中をかき回し、新たな信者に変えてくれる!』

「おやおや。お前はガットルテ王国に復讐するのではなかったのか? それとも、長い年月の間に理想と復讐の思いは摩耗し、ただ存在し続けることだけが目的となっているのかな?」

『う、う、うるさいわ!! わしは消滅したくない! そのために信者を増やす! 今度はヘマはせぬ! 生かさず殺さず、わしを信仰するだけの存在に変えてやる……!』

 怨霊というものも堕落するのかも知れない。
 彼らが変化することは無いが、持って生まれた思いが摩耗し、消え失せ、存在し続けることだけを目的とした単純なものに変わってしまうのだ。

 長き時を存在し続け、己の意思を保ち続けるのは、神ならぬ身には難しい……!
 他山の石とせねばな。

「さあみんな、やるぞ。さっさとこれを片付けてしまおう。これは既に、ガットルテ王国への恨みを募らせた怨霊などではない。その思いすら忘れて、存在し続けるために悪意を振りまき、呪いを連鎖させるだけの存在だ。だが、今この時。この状況ならば、これを完全に消滅させられる!」

「ほう、道化師、今回も何か策があるんだね?」

「その通り。ああ、皆さん! そのくらいの距離を保ってご観覧下さい! 今回の出し物は、町中でのサプライズイベント! 日が暮れる前には終わりますが、こちらも皆様の安全を守るためにご協力を願えれば、さらにさらに素晴らしい演目となることでしょうからね!」

 わっと返ってくる歓声が、観客からの答えだ。

 既に悪霊は我慢の限界。
 我慢していた事自体が奇跡みたいなものだかが、これにとっても、周囲に集まった民衆は逃すことができないエサなのだ。

 だが、何もさせぬまま、これには希望のための礎となってもらおう。
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