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第103話 怨霊をおびき出せ

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 腐敗神を例に挙げると、彼は人間からの信仰ではなく、自然界の営みから得られる魔力みたいなもので存在を維持していると言われている。
 だが、意思を持って神という超存在を信仰する者がいると、神はその力を大きく高めることができるのだそうだ。

 腐敗神が人間の信者を欲しがった理由はそれだ。
 信者から神に向けて、常に魔力が注がれる。
 神は力を強めて、より高位の神格になっていく。

 これは恐らく、怨霊もそうだったのだ。
 そういう意味では、怨霊は間違いなく、ジョノーキン村の神だったのだろう。

 人は怒りに共感しやすい。
 怨霊は過去に起きた、ジョノーキン村がガットルテ王国に侵略され、支配された歴史を怒りの物語として村人たちに伝えてきた。
 村人たちが怒れば、それこそが怨霊の力となる。

 ここでふと思う。

「あれは、既に復讐することを目的にしているのでは無いのではないか? 存在することそのものが、怨霊がある理由になっているならば……。より強い共感と怒りを呼び起こそうとして、怨霊はやり過ぎたんだ」

 村人たちは自分の代で、一気にこの怒りを解消すべく行動を起こした。
 自らを生贄にして大いなる儀式を行い、怨霊を受肉させる、というものだ。

 成功していれば、神としての力を持ったままで怨霊は子どもたちの誰かに受肉したのかもしれない。
 だが、実際はそうはならなかった。

 今、怨霊という名の神は、信仰者を失ってその力を減衰させるだけになっている。
 怨霊は焦って行動を起こした。

 そして俺が出てきた。
 これで、怨霊は詰みだ。

 そんな事を考えていたら、イングリドに肩をポンポン叩かれた。

「オーギュスト、全部吐き出すんだ。今回のこれは仕事じゃない。君風に言うなら、アフターサービスだろう? 私だって事件に関わったし、怨霊の標的になったこの国の王女だ。つまり、当事者なんだからな」

「これは参った……! 分かった、分かったよイングリド。全て計画を話そう! と言っても、やることは恐らく、今までで一番単純明快。子どもたちを近くの大通りまで連れ出して、怨霊に飛び出してきていただく! そのために必要なものを用意するだけだ」

「なるほど。今まででは一番分かりやすい。それで、どうやって怨霊を外に飛び出させるんだ?」

「子どもたち以上に都合がいい依代を用意してやるのさ」

「確かに子どもの肉体では、できることは限られているだろうしな。それに君の推理によれば、肉体の主であるハンスは抵抗しているのだろう? ならば、外にもっと使い勝手がいいものがあれば乗り移ろうとするのも分かる。だが……どうやって、そして何を用意するつもりなんだ?」

「ここをどこだとお思いかな? ガットルテ王国最大の商業組織で、金さえあれば何でも揃うアキンドー商会だぞ?」

 ということで……。
 アキンドー商会の商品などを見せてもらい、ちょうどいいものを見繕った。
 
「人形?」

「そうだ。かつて人であった怨霊にとって、人の形をしたものが馴染み深い」

「君は何でも知ってるなあ」

 魔法知識スキルのおかげである。
 ゴーレムなどに使われる素材も扱っているのでは、と睨んだのだが、ちゃんとあった。

 怨霊が思わず飛びついてしまうように、なるべく質のいいゴーレムの素体を選ぶことにする。
 そうすると、きちんと可動部が設けられた人形が最適だったというわけである。

「これは幾らだい?」

「お目が高い! 最高級のゴーレム素材でして、これこれ、このような金額に」

「高い!!」

 イングリドが驚愕した。
 間違いなく、俺たちが今まで買った中で最高額であろう。

 俺の財産が空っぽになる値段だな。

「ほうほう、いいじゃないかい」

 どこに行っていたのか、ギスカが顔を出した。
 魔術師である彼女ならば詳しいだろう。

「どうかな? これは基部をモンスターの骨格、それを覆うように樹脂で固めた人形だそうなのだが……」

「そうだねえ。こういうのはね、ちょっと魔力を通してやりゃ分かるのさ。こんな風に……」

 ギスカが杖で、人形を小突く。
 すると、そこから魔力が伝わったらしい。

 人形の腕が、まるで生きているかのように動いた。

「ほお! こいつは凄いよ! ちょっとの魔力でも動き出すと来たもんだ! 魔法を使う者なら、なるべく触媒は高性能にして魔力の消費を抑えたいからね。エサとしては最上のものじゃないかい?」

「よし、買った!」

 魔術師のお墨付きだ。
 即決して購入である。

「まいどあり!」

 商人は実にいい笑顔で頭を下げたのである。
 そして購入して即座に、人形を外に持っていく。

 その途中、気になるものが売っていた。
 色とりどりの布で織られた、小さなお守りが幾つか。
 その色彩は、とある司祭が身につけていたものと同じである。

 おいおい。
 これが何なのか分かっているのか、アキンドー商会は。
 分かってないだろうな。だが、好都合。

 これも、イングリドから金を借りて買っておくことにした。

「また私から金を借りるのか」

「出世払いで頼む!」

 かくして、準備を整えて外に出る。

 ジェダとフリッカが、だらだら仕事をするとは思えない。
 むしろ、今回はジェダの方がやる気満々なのだ。

 こちらの行動も早め早めで間違いはあるまい。

 天下の往来に、人形をどんと立たせると、道行く人々が唖然としてこれを見た。
 アキンドー商会の者たちも次々に顔を出し、何が起こるのだと興味津々。

 注目を集める効果はバッチリだ。
 ギスカに目配せすると、彼女はいくつかの鉱石を携えて魔法の支度を始めた。

 さあ、こちらの準備はこれで整った。
 あとはジェダを待つばかり。

「待たせたな!」

 そこに、待ち人が現れた。
 小脇にフリッカを抱えたジェダが屋根の上にいる。

 そして建物の脇から、子どもたちが走り出てくるではないか。
 先頭にいるのはハンス。
 彼はジェダから逃げるように、往来へと飛び出してきた。

「おのれ魔族め! おのれおのれ、このようなひ弱な肉体でさえなければ……ええい、逆らうな! お前はわしの礎に……助けて!!」

「助けよう!」

 俺が応じる。
 まだ、彼の中の意識は残っている。
 そして彼の様子を見るに、俺の推理は大正解のようだ。

「ジョノーキン村の神よ! いや、ガットルテ王国に仇をなす怨霊よ! その少年の肉体を返し、偽りの依代に宿るがいい!」

 俺が朗々と語ると、人々が立ち止まり、あるいは道を開け、自然とそこに空間が生まれた。
 これはちょっとした野外ステージである。

「おお!!」

 ハンスの口を借りて、怨霊が叫んだ。
 目の前に置かれた人形が、どれほど上質なものなのか理解したのだろう。

「これならば! これならばわしは元の力を取り戻し! ひ弱な子どもの体などに入らずとも良くなる! よいぞよいぞ!!」

 ハンスの体から、紫色のもやが浮かび上がった。
 それが巨大な顔の形をしていることに気づき、観客となった市民の諸氏が悲鳴を上げる。

 かくして、ガットルテ王国を巡る戦い、その最後の舞台の幕が上がるのだ。
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