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第80話 激闘、ネレウス

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 高らかなファンファーレとともに戦闘が始まった。
 俺もネレウスも、周囲に無駄な被害を出さないことを念頭に置いている。

 双方ともに、金と名声が掛かった大事な戦いなのだ。
 ここで一般市民を巻き込んでしまっては、悪名が残る。
 それは後々困るというものだ。

 戦場はある程度の広さを、石畳に突き刺したポールと、ロープをその間に張ることで確保している。
 ここから入ってきたら、命の保証はしない、というものだ。
 今のところは客が守ってくれているが、彼らが酔っ払ったらどうなるか分からない。

 酔う前に決着をつけてしまえばいいのだが、それでは盛り上がりに欠ける。
 長過ぎれば客が飽きる。

 この、程よく楽しめて、観客の視聴する体力が持つ間に全力で盛り上げ、ダレる前に終わるというのが難しいのだ。
 しかし、芸はそれを成さねばならない。

「ほう、道化師、やる気だな。真剣な目で私を見据えてくる!」

 俺のショートソードと剣を打ち合うネレウスが、不敵に笑う。
 すまん、今、興行の時間配分の事を考えていた。

 ネレウスの剣は速く、そして力強い。
 受けた武器をへし折る程の威力を込めて振り下ろされる。

 なので、俺はこれを刃を滑らせながらいなす。
 いなしながら、空いた片手でナイフを抜いて、ネレウスが召喚したモンスターたちに投擲して牽制し、時々仕込んでおいたカードや花束などを展開して放り投げる。

 その度に観客がわっと沸く。

「やる気ではなかったのか!? どうして戦いながらカードの雨を降らせたり花束を出したりする!!」

「それがオーギュストだからなあ」

 呆れたような口調で言いつつ、イングリドがオウルベアの胴体を魔剣で薙ぎ払った。
 振り回されるモンスターの腕を、槍で受け止め、拮抗する辺りは人間離れした膂力と言えよう。
 腹を割かれて力が落ちたオウルベアは、そのまま押し負けてたたらを踏んだ。

 上空では、グリフォンと、巨大な鷲に変身したジェダが激しく交錯している。
 フリッカはネレウスに仕掛けたいのを必死に我慢して、風の妖精を呼び出してジェダの支援。

 ギスカは戦場全体を見回しつつ、鉱石魔法で援護している。

「……強い……!!」

 ネレウスはようやく、今相手にしている我々が、これまで戦ってきた連中とは格の違う実力者だと理解したらしい。
 戦わなかった最初の遭遇と、俺とイングリドが手出ししなかった二回目の戦い。

 今回は、俺とイングリドが戦線にいる。
 その時点で、ネレウスが楽に戦うことは不可能である。

「ちいっ!」

 俺の剣に押し込まれ、ネレウスが下がる。
 生来の能力では彼が上だが、力があっても速さがあっても、技量が足りないならば恐れることはない。

「いざご覧あれ、我が剣術の冴え! 左手にて取り扱う小剣に、ほれ、このように右から抜き放ったナイフをぶつけ……」

 ナイフを反射させて、ネレウスがとっさに魔法の印を組もうとしていた手を狙う。

「ぬおおっ!」

 ネレウスは慌てて、発生させようとしていた魔法を切り替えたようだ。
 手のひらから上がった爆発が、ナイフを迎え撃った。

 この隙に、俺は彼の懐まで入り込み、重心の掛かった足を払う。

「くおっ!」

 ネレウスの体勢が大きく崩れた。

「衝撃を!」

 ネレウスが叫ぶ。
 詠唱を破棄し、その代わりに魔力を多く注ぎ込んで魔法を成立させる。
 魔族純血種のみが可能とする、強引な魔法行使だ。

 俺やイングリドに向かって、衝撃波が放たれた。
 俺はこれを後方に飛びながら、懐から取り出したもので迎撃する。
 これなるは、炸裂する魔石。

 衝撃波と接触した魔石が爆発し、ネレウスの魔法の一部を減衰させた。
 この隙間を縫って、イングリドが駆ける。
 彼女は偶然、全く衝撃がやってこなかったゾーンを移動し、体勢を直しきれぬネレウスに肉薄した。

「なんとぉーっ!?」

 ネレウスの剣と、イングリドの魔剣がぶつかり合う。

「お前たちは何だ、何なのだ!? 魔法すら使わずに、私と拮抗できるなど! 道化師! お前は魔族としての血のほとんどを失いながらも、圧倒的な強者として私と渡り合う! なぜだ!」

 とてもいい質問だ。
 これは、観客にアピールする機会を与えたもらったのも同然。

「簡単な答えだ! 積み上げた鍛錬と、技術! そしてサービス精神だとも!」

 イングリドを盾にして前進した俺は、戦場に配置してあった仕掛けに足を掛ける。
 すると、その地面がぽっかりと陥没した。

 落とし穴……ではない。
 蓋になっていたのだ。
 そしてこの中に、仕掛けをしてある……!

「サービス精神だとぉ……!?」

「いかにも! これがサービス精神だ!」

 仕掛けとは、木箱。
 これを俺は蹴り開ける!

 するとそこに仕込んであった、たくさんの白い鳩がわーっと飛び立っていく……!

 観客から歓声が上がった。
 血みどろの戦いだけでは、食傷気味になってしまうからね。
 そこで目に華やかなイベントを起こし、観客の感性をリセットする。

「な、な、なんだーっ!?」

 ネレウスがまた叫んだ。
 混乱している。
 別にこれは君の混乱を狙ったものではないのだが……?

「今日のオーギュストは行動にキレがあるな! 張り切っているな!」

「ああ。これだけの観客を前にしてはね! 近頃、無観客での仕事が多くて……」

 客には聞こえないように話す。
 しかし、イングリドは俺をよく理解してくれているな、ありがたい。

 さて、上空からグリフォンが落下してきた。
 その上に立ったジェダが、高らかに拳を突き上げている。

 モンスターを動物の姿で破るとは、一体どういう戦い方をしていたのかとても気になるが……。
 これで、相手はネレウスただ一人。

「よっしゃあ!」

 フリッカが快哉をあげる。
 ついに、彼女の本懐まであと一歩というところなのだ。

「驚いた……! 私がここまで追い詰められたのは、古き大戦以来のことだ」

 ネレウスはこちらを睨みながら、口角だけを上げる。
 肉食獣のような笑みだった。

「故に、ここで開放しよう。これこそ我が力。魔族の中でも特別製と呼ばれる、我ら純血種だけが可能な、魔人変! 行くぞ!」

 ネレウスの全身から蒸気が溢れ出した。
 彼の姿が隠れる。
 そして、急速にネレウスのシルエットが巨大化していくのが見えた。

 俺は魔力などはよく分からないが、魔力量なども上がっているのだろうか?

 だが、状況がどうあれ、俺が放つ言葉は一つ。
 それは仲間たちに、そして観客に投げかけられる言葉だ。 

「諸君! クライマックスだ! 大いに盛り上げていくぞ!」
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