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第71話 だが断る
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ガルフスは目を白黒させて、俺とイングリドを交互に見る。
すっかり酔いは覚めてしまったようだ。
「なんでお前たち……いや、あなた方……いや、お前たち……」
物言いが落ち着かないな。
俺とイングリドがいると、対抗意識を燃やしたらいいのか、へりくだればいいのか分からなくなるようだ。
どうもガルフスは、幼い頃からイングリドに好意を抱いていた節がある。
彼はまだ独身だし、彼女に未練があるのかもしれない。
そんなガルフスの気持ちに全く気付いていないイングリド。彼女らしい。
「ガルフス殿。この国の姿はなんだ! 荒れ放題というのも生易しい。あれでは国の体を成していないではないか。君は一体何をやっているんだ」
「うう、そ、それは……それには深いわけがありまして! その、全て、何もかもそいつ! オーギュストが悪いのです! この男がこの国をボロボロに……」
「何を言う。私が知るマールイ王国は、周辺諸国とも円満な関係を築き、百年の平和を謳歌する豊かな国だった。この百年の間、マールイ王国にいたのはオーギュストじゃないか。それが、彼が私とパーティを組んでから、マールイ王国について伝え聞こえるのは悪い噂ばかり。どう考えても悪いのは君だろう」
「ううう……!!」
ガルフスが青くなる。
長年の想い人に、国をボロボロにしたのはお前だ、と言われたのである。
さぞやショックであろう。
ちなみにイングリドには一切の悪意はない。
ガルフスが俺に罪をなすりつけようとしたのが、腹立たしかっただけだろう。
「しっかりと国を運営したまえ、ガルフス殿! まあ、王女としては継承権を放棄して、気ままに冒険者をやっている私が言えた義理では無いかも知れないが」
ちょっと謙虚に締める。
その辺り、彼女はとても育ちがいい。
「しかし……私がやること成すこと、何もかもが裏目に出る……。どうやればいいか分からない……。皆、言うことを聞かずに勝手なことをして、それでまた悪いことが起きる……。もうだめだあ……。この国はおしまいだあ……」
ガルフスは頭を抱えて突っ伏し、ぶるぶる震えた。
流石にイングリドも可哀想に思えてきたらしい。
ガルフスと言う男、性格は悪いが、極端な思い込みと独善的な判断で行動するだけで、嘘をついたりはあまりしない。
この男にとって、私は目と鼻のたんこぶであり、彼に見える世界の中では、私こそが諸悪の根源だったのだ。
それが他人から見て間違った認識であったとしても、ガルフスにとってはそれが全て。
後先考えず、周囲を抱き込んで私を追放したわけだな。
だが、怒り任せに私の教えを受けた役人たちまで追放してしまったので、マールイ王国の運営が不可能になった。
その結果が、この荒廃しきった王国だ。
「オーギュスト、やはり君がいなければダメなようだ。どうだ、ガルフス殿も弱っているし、ここは手を貸してやっては」
「うむ。だが断る」
俺が即答すると、これを聞いたガルフスが、へなへなとなった。
「私を追放したこの国に肩入れする気はもう無い。私は、四代前の王、キュータイ一世陛下から受けた恩があったためにこの国に長年仕えたのだ。不義理をされてなお、マールイ王国のために尽力する気はない。時に、キュータイ三世陛下はご健勝かな?」
「陛下は……庭におられる」
「庭に!?」
俺は驚愕した。
玉座と自室を行き来するばかりで、食べて寝て排泄して俺の芸を見るだけだった彼が、庭に……!?
あの丸々とした巨体で、庭で何をしているというのだろうか。
俺はガルフスから、ネレウス関係の話を聞くことも忘れてしまった。
執務室を飛び出すと、城の庭が覗ける窓に張り付く。
マールイ王国の城は、さほど高さがない。
最大で三階建てであり、その三階は見張り塔になっている。
だから、ここ、二階から間近に庭を望むことができる。
そこに、彼はいた。
いや、本当に彼だろうか。
まともに身動きできないほど太り、自分からは何もしない怠惰な王。
それがキュータイ三世であった。
そんな彼が、二周り以上小さくなり、庭にしゃがみこんでスコップを握り、何かしているではないか。
いや、あれは……。
家庭菜園だ……!!
「陛下の豪華な食事は、もう用意できなくなっていてな……。粗末な食事で我慢してもらっている。娯楽もなくなり、しばらく癇癪を起こして暴れたりしていたが、ある時ふと立ち上がられてな。ふらふら庭に出ていかれたかと思ったら、先代の書棚から本を持ってきて、こうして庭に野菜畑を作り始められたのだ」
後からやってきたガルフスの説明を聞いても、信じがたい。
キュータイ三世の肌は日に焼け、身につけた服には汗ジミができている。
首にタオルを巻いて、せっせと庭仕事に励んでいる。
間違いなく、この国で今、一番勤勉に働いている人物は、キュータイ三世陛下であった。
あまりにも意外。
私が知る彼は、全てに対してやる気を失っていたというのに。
何が彼を変えたのだろうか。
「陛下の身の回りのお世話をする者は財政上雇えなくなり、ほとんど解雇した。今では陛下は、自分で着替え、自分で水浴びし、自分で洗濯しておられる」
「なん……だと……!?」
というか、国王にそこまで全部やらせるとか、この大臣は何を考えているのだ。
いや、既にガルフスも無気力状態になっていると言えよう。
キュータイ三世はお飾りの王だった。
だからこそ、国に余裕がなくなった時、そのお飾りをそれまでのように維持しておく事こそが無駄だと割り切られ、削られたのだ。
この半年の間、キュータイ三世に何があったのか。
ネレウス関係の追求はイングリドに任せ……どうせ、ガルフスはイングリドに弱いから、黙ってはおられまい……俺は庭へと降りていくのであった。
すっかり酔いは覚めてしまったようだ。
「なんでお前たち……いや、あなた方……いや、お前たち……」
物言いが落ち着かないな。
俺とイングリドがいると、対抗意識を燃やしたらいいのか、へりくだればいいのか分からなくなるようだ。
どうもガルフスは、幼い頃からイングリドに好意を抱いていた節がある。
彼はまだ独身だし、彼女に未練があるのかもしれない。
そんなガルフスの気持ちに全く気付いていないイングリド。彼女らしい。
「ガルフス殿。この国の姿はなんだ! 荒れ放題というのも生易しい。あれでは国の体を成していないではないか。君は一体何をやっているんだ」
「うう、そ、それは……それには深いわけがありまして! その、全て、何もかもそいつ! オーギュストが悪いのです! この男がこの国をボロボロに……」
「何を言う。私が知るマールイ王国は、周辺諸国とも円満な関係を築き、百年の平和を謳歌する豊かな国だった。この百年の間、マールイ王国にいたのはオーギュストじゃないか。それが、彼が私とパーティを組んでから、マールイ王国について伝え聞こえるのは悪い噂ばかり。どう考えても悪いのは君だろう」
「ううう……!!」
ガルフスが青くなる。
長年の想い人に、国をボロボロにしたのはお前だ、と言われたのである。
さぞやショックであろう。
ちなみにイングリドには一切の悪意はない。
ガルフスが俺に罪をなすりつけようとしたのが、腹立たしかっただけだろう。
「しっかりと国を運営したまえ、ガルフス殿! まあ、王女としては継承権を放棄して、気ままに冒険者をやっている私が言えた義理では無いかも知れないが」
ちょっと謙虚に締める。
その辺り、彼女はとても育ちがいい。
「しかし……私がやること成すこと、何もかもが裏目に出る……。どうやればいいか分からない……。皆、言うことを聞かずに勝手なことをして、それでまた悪いことが起きる……。もうだめだあ……。この国はおしまいだあ……」
ガルフスは頭を抱えて突っ伏し、ぶるぶる震えた。
流石にイングリドも可哀想に思えてきたらしい。
ガルフスと言う男、性格は悪いが、極端な思い込みと独善的な判断で行動するだけで、嘘をついたりはあまりしない。
この男にとって、私は目と鼻のたんこぶであり、彼に見える世界の中では、私こそが諸悪の根源だったのだ。
それが他人から見て間違った認識であったとしても、ガルフスにとってはそれが全て。
後先考えず、周囲を抱き込んで私を追放したわけだな。
だが、怒り任せに私の教えを受けた役人たちまで追放してしまったので、マールイ王国の運営が不可能になった。
その結果が、この荒廃しきった王国だ。
「オーギュスト、やはり君がいなければダメなようだ。どうだ、ガルフス殿も弱っているし、ここは手を貸してやっては」
「うむ。だが断る」
俺が即答すると、これを聞いたガルフスが、へなへなとなった。
「私を追放したこの国に肩入れする気はもう無い。私は、四代前の王、キュータイ一世陛下から受けた恩があったためにこの国に長年仕えたのだ。不義理をされてなお、マールイ王国のために尽力する気はない。時に、キュータイ三世陛下はご健勝かな?」
「陛下は……庭におられる」
「庭に!?」
俺は驚愕した。
玉座と自室を行き来するばかりで、食べて寝て排泄して俺の芸を見るだけだった彼が、庭に……!?
あの丸々とした巨体で、庭で何をしているというのだろうか。
俺はガルフスから、ネレウス関係の話を聞くことも忘れてしまった。
執務室を飛び出すと、城の庭が覗ける窓に張り付く。
マールイ王国の城は、さほど高さがない。
最大で三階建てであり、その三階は見張り塔になっている。
だから、ここ、二階から間近に庭を望むことができる。
そこに、彼はいた。
いや、本当に彼だろうか。
まともに身動きできないほど太り、自分からは何もしない怠惰な王。
それがキュータイ三世であった。
そんな彼が、二周り以上小さくなり、庭にしゃがみこんでスコップを握り、何かしているではないか。
いや、あれは……。
家庭菜園だ……!!
「陛下の豪華な食事は、もう用意できなくなっていてな……。粗末な食事で我慢してもらっている。娯楽もなくなり、しばらく癇癪を起こして暴れたりしていたが、ある時ふと立ち上がられてな。ふらふら庭に出ていかれたかと思ったら、先代の書棚から本を持ってきて、こうして庭に野菜畑を作り始められたのだ」
後からやってきたガルフスの説明を聞いても、信じがたい。
キュータイ三世の肌は日に焼け、身につけた服には汗ジミができている。
首にタオルを巻いて、せっせと庭仕事に励んでいる。
間違いなく、この国で今、一番勤勉に働いている人物は、キュータイ三世陛下であった。
あまりにも意外。
私が知る彼は、全てに対してやる気を失っていたというのに。
何が彼を変えたのだろうか。
「陛下の身の回りのお世話をする者は財政上雇えなくなり、ほとんど解雇した。今では陛下は、自分で着替え、自分で水浴びし、自分で洗濯しておられる」
「なん……だと……!?」
というか、国王にそこまで全部やらせるとか、この大臣は何を考えているのだ。
いや、既にガルフスも無気力状態になっていると言えよう。
キュータイ三世はお飾りの王だった。
だからこそ、国に余裕がなくなった時、そのお飾りをそれまでのように維持しておく事こそが無駄だと割り切られ、削られたのだ。
この半年の間、キュータイ三世に何があったのか。
ネレウス関係の追求はイングリドに任せ……どうせ、ガルフスはイングリドに弱いから、黙ってはおられまい……俺は庭へと降りていくのであった。
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