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第28話 観客一人のショータイム

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 王子を連れてきていて正解だった。
 観客ゼロの舞台なんて、張り合いがないことこの上ない。

 俺はつくづく芸人気質なのかも知れないな。

「お前たちは、我らまつろわぬ民の悲しみと怒りを知らぬ……! 一族の歴史と、誇りを奪われた憎しみが癒えることはない!」

 侍従長は怨嗟の声を漏らしながら、手にした聖印に力を込めている。
 あれは、己の命を触媒として、神の眷属を呼び出すやり方だ。
 こればかりは俺も介入できない。

 一つ言えることは……。

「どうやら君は腐敗神の司祭だったようだな。これまでの事件で、君を含めて三名の司祭が動いているようだが」

「なんだと!? お前……お前か! 我らがついに決起したというのに、その望みをくじく冒険者とやらは、お前だったのか!!」

 語るに落ちるとはこの事である。
 侍従長は素性を隠しながら、長い間城に潜伏していたのだろう。
 そして王が代替わりした今を好機と見て、動き出した。

 新たなる王と、先王の家臣たちとは、まだ上手く連携ができていないのだ。
 場合によっては、従わぬ家臣を罷免して、新王であるブリテインが新たな家臣を選ばねばならない。

 国家の機能は一時的に低下する。
 彼らは、それを待っていたのだ。

 同時に、疑念がある。

「もしや、王弟殿下は君たちの仲間だったかね?」

「いかにも……! あのお方は、我らの中から選ばれた尊き女から生まれた。すなわち、この地の正しき王となるべきはあのお方だったのだ! それを、あの若造が蹴落として……!!」

 全て白状してくれてしまった。

「オーギュスト! やるか? やっていいのか?」

「待つんだイングリド。あれはここで仕留めてしまうと、生命力が一気に術式に流れ込む。すると、大物の眷属がやって来てしまうぞ。地下空間で戦うには、少々面倒になる。こうやって会話しながら、気をそらして眷属を小出しにさせてだな」

「な、な、なんだとーっ!?」

 侍従長が怒った。
 聞こえるように言ったのである。

 戦いにおいて、冷静さを欠いた方が負ける。
 侍従長は俺の口車に乗って、手にした聖印に思い切り生命力を注ぎ込み始めた。

 自然と、じっくり抽出されるものよりも、術式の構成が雑になる。
 彼の姿はみるみる萎んでいき、落ち窪んだ目で俺たちを睨みつけた。

「ひいっ」

 王子が声を漏らす。
 侍従長はニヤリと笑うと、かすれた声でこう告げた。

「我が生命を捨てて、ガットルテを滅ぼす眷属を呼び出さん……。後悔せよ、侵略者の末裔よ……。我らは永遠にこの憎し――」

 ここで、俺はナイフを抜き打ちで投擲する。
 それは一撃で、侍従長の眉間を捉えた。

 彼は物も言わずに崩れ落ちる。

「言葉に力はなくても、それは呪詛となって人の心に残る。全部言わせる必要は無いね。殿下、今この男が口にしようとした世迷い言は、気にする必要はないよ」

「言葉が意味不明になるちょうどいいところで止めたな。流石……」

「大体、ああいう人々は役者でもなんでも無いからね。口から吐き出す言葉のレパートリーは決まっているのさ。それに、後世に受け継いでいくものは叡智や喜び、そして文化であるべきだ。恨みや憎しみを受け継いで、自らの子孫まで呪詛で縛り付けるなんて馬鹿げてる」

 俺の言葉に、イングリドが頷いた。

「その通りだ。正直、あの男が何を言っていたのかさっぱり分からないが、人を憎むあまり汚い策を弄するのはよくないな、うん」

「そ、そうだね!」

 イングリドの言葉は王子に通じるようだ。
 憧れの叔母が何も気にしていないという事は、ロンディミオンの心を勇気づけたようだ。

「さて、殿下。これなるは、腐敗神の眷属」

 俺はここで、少々大仰な身振りで、倒れた侍従長の方向を指し示した。
 そこには、空間から滲み出すように現れた、巨大な昆虫の姿がある。

 鋼の如き甲殻を纏い、無数の足を蠢かせる。
 巨大ダンゴムシとでも言おうか。

「うっ、気持ち悪い」

 王子が顔をしかめた。
 気持ちは分かる。

「ご安心めされよ。これなる眷属、精強なる騎士イングリドと、このわたくしめ、道化師オーギュストが、見事退治して見せましょう! なに、これは王宮に潜んでいた悪漢の悪あがき。最後の始末に過ぎません」

「そうなのか……?」

「オーギュストがそう言うならそうなんだろう! 行くぞ! うおおー!」

 イングリドが仕掛けた。
 魔剣と魔槍の二刀流が彼女の流儀。
 わしゃわしゃと襲いかかる虫の足を、剣で薙ぎ払いながら、虫の甲殻に槍を叩きつける。

 並の騎士ならば、あの甲殻を貫くことは困難だろう。
 大抵、巨大昆虫の頭部というものは凄まじい硬度を誇るからだ。

 だが、そこはイングリド。
 優れた魔槍の性能と、彼女の技量、腕力、そして幸運スキルが合わさる時、そこにはとんでもない戦果が生まれる。

 魔槍が甲虫の頭部を滑ったように見せながら、ある一点に突き刺さった。
 目には見えぬほど細かい、甲殻と甲殻の合わせ目だ。
 そして刺さった瞬間に、イングリドは満身の力を込めて槍を押し込む。

『ウグワーッ!!』

 叫びながら、巨大な虫がのけぞった。
 おお、この虫、侍従長の声で鳴くのだな。
 なんとも悪趣味だ。

「これはいけそうだぞ、オーギュスト! だが、私の槍が取られてしまった!」

「では取り返すとしよう! 正直、俺のナイフではこいつに通じる気がしないんでね。君の補助を全力で行うことにする!」

 俺は駆け出した。
 身を起こした巨大昆虫の、腹の節に足を掛ける。
 そこを、ポンポンと駆け上る。

 虫は慌てて頭を振り、口を開いて俺を目掛けて炎を吐いた。
 火を吹く虫か!

「だが、火吹き芸くらいは道化師の基本でね! 従って、炎に対する防御も心得てある! そら、この通り!」

 跳躍しながら、空中で激しく回転する。
 俺が身につけている衣装の一部が広がり、ひらひらと舞って強烈な風を起こした。
 炎が吹き散らされる。

 ああいう炎は、発火性の液体を吐き出しながら、歯などを使って火花を起こして着火しているのである。
 その液体さえ跳ね除けてしまえば、炎そのものは大して恐ろしくはない。
 そもそも、俺の衣装は防火性だ。

 回転した勢いのまま、甲虫の頭部にナイフを投げつけた。
 キンキンと跳ねるナイフは、甲殻と擦れあって火花を散らす。
 すると、それが甲虫の体に付着した燃える液体と反応し、燃え上がる。

『ウグワーッ!?』

 自らの炎で己を焼きながら、甲虫が叫ぶ。
 この隙に頭部にロープを投げる俺。

 それは突き刺さった槍に巻き付いた。
 回転の勢いのまま、ロープを引っ張ると……。

「ご覧あれ! 見事、槍を抜いてのけました!」

 魔槍が宙を舞う。
 それを下で待ち受けるのはイングリドだ。

 さあ、仕上げと行こう!
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