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第21話 マールイ王国の噂

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 イングリドの髪が乾いた頃には、すっかり午後になっていた。
 彼女とともに、子どもたちに芸を見せるために街へ繰り出す。

「そう言えばオーギュスト。君に教えてもらうはずだった、あのお手玉を使った技をまだ教わってないぞ」

 イングリドがぶうぶうと不満を口にする。

「確かに。イングリドに常識とは何であるか、と言う話をするだけで何もかも終わってしまったからな。いいかね、人前でみだりに脱いではいけない」

「分かった、分かったから! そうか……何でも使用人にやってもらっていたから、世の中の決まりが分かってなかった。今までの仲間は、私にそういうことを教える前に死んでいったからな……。ううっ」

 いかん、古傷に触れてしまったようだ。

「見たまえイングリド。お手玉はこのようにしてだな。ハンドリングが重要になる。歩きながら説明していこう」

「おおっ!! な、なんだその技はーっ!」

 どうやら彼女の気持ちをそらすことに成功したようだ。
 イングリドが分かりやすい性格で本当に良かった。

 我々はすぐに、アキンドー商会へ到着する。
 子どもたちとの約束の話をしたところ、商会の番頭は快く子どもたちを呼び出してくれた。

「普段ならいけませんが、旦那の頼みとあらば断れません。ダガン卿に聞きましたよ。マールイ王国との戦争を回避したとか」

「礼儀知らずの大男をぶちのめしただけだがね」

「いやいや、大したもんです。バーサーカーみたいな野郎だったって言うじゃないですか。それに、近くの村ではデビルプラントが出たとか? それもオーギュストの旦那がどうにかしたそうで」

「イングリドの助けを得てね。彼女は得難いパートナーだ」

 俺の言葉を聞いて、イングリドがニコニコとした。
 やがて、番頭に呼ばれて子どもたちがやって来る。
 期待に目を輝かせる彼らの前で、小さなショーが始まった。

 基本は、手品と呼ばれる手先、指先を使った曲芸みたいなものだ。
 無かったものが現れて、あったものが消え失せる。

 摘んだ造花が一振りすると消え、近くにいた少年の肩をポンと叩くと、そこからパッと造花が咲く。
 子どもたちが、わーっと盛り上がった。

「いいなあ。私もやり方を教わりたい……」

 イングリドが実に羨ましそうに言う。
 後で教えてあげるから。

 ショーが終わり、子どもたちは仕事に戻っていく。
 ここで、また番頭と立ち話をした。

「マールイ王国の連中が入ってきたじゃないですか」

 番頭の言葉に、俺は王都入り口で再会した、大臣ガルフスを思い出す。
 できれば忘れていたかったがな。

「そうだな。俺がむこうの騎士団長を教育して、それで話が終わればよかったのだが、一応は上が顔を合わせた上で、戦争をしないと約束をしなきゃ始まらない。マールイ王国の大臣様は、そういう面倒な役割を自分がやらなくちゃならくなったと言うわけさ」

「おや」

 番頭が不思議そうな顔をする。

「それじゃあまるで、今まではやらなくて良かったみたいな話じゃないですか」

「そう。面倒事を代わりにやってくれていたなんでも屋がいたからね。あの男は、なんでも屋に何もかも任せて、面倒な事を見ないふりをしていたから、今になってツケが来たわけだ」

「なーるほど……。楽をしてちゃ、後々苦労することになる。商売にも通じますねえ……」

「ふむ、ひどい大臣もいたものだ。そのなんでも屋はきっと、嫌気がさしてやめてしまったのだな」

 イングリドがぷりぷりと腹を立てている。
 世の理不尽に対して怒る事ができる女性である。
 ちなみにそのなんでも屋が目の前にいる俺だとは、夢にも思っていないだろう。

 しばらく番頭と立ち話をしていると、この国では見かけないが、俺にとっては見慣れた紋章を付けた兵士たちが店を冷やかしにやって来た。
 彼らは、ガットルテ王国の品揃えを見てため息をついている。

「すげえなあ……」

「うちの国なんか、ここ最近、商品の入りも悪いじゃないか」

「新しい戦争が起きるかもって話だし、ろくなことがないなあ……」

 兵士たちが再び、ため息をついた。
 彼らは、マールイ王国の兵士である。
 大臣ガルフスの護衛を任されるくらいだから、王宮務めのエリートなのだが。

「やあ、また会ったな諸君」

 俺がこっそりと接触すると、彼らは一様に目を丸くし、背筋を正した。

「お、オーギュストさん!」

「やっぱりこの国で暮らしてるんですね!」

「かしこまるのはやめてくれ。今の俺は、一介の冒険者に過ぎないんだ。それに、昔の素性を今の仲間に知らせたくない」

「ははあ」

 兵士たちは、俺の向こうで首を傾げているイングリドを見て、いらぬ事を考えたらしい。

「オーギュストさん、こっちで羽を伸ばしてるんですね」

「いいなあ。うちは、オーギュストさんが追い出されてから散々ですよ」

「いいか諸君。俺とイングリドは、君たちが考えているような仲ではないからな? 勘違いされては困るからな?」

「はいはい」

 分かってないな。

「それで、マールイ王国に新しい戦争が、とか言っていたが」

「あ、はい。外交官のバカが失敗しまして、もうそっちは、大臣が頭下げに行けないくらい関係が悪化してるんです。海洋国家のキングバイ王国で、海から攻めてくるとか」

「あー」

 俺は頭が痛くなった。
 マールイ王国に海産物を提供してくれていた、古くからの友好国だ。
 私掠船による海賊行為を行う国だったが、五十年ほど前に海運貿易による真っ当な商売をする国に生まれ変わった。

 俺も少なからず、かの国が生まれ変わるために尽力し、故に彼らはマールイ王国に恩義を抱いてくれていたはずだったが……。
 それを敵に回すなど、どれだけ馬鹿な外交をやったというのだろうか。

 キングバイ王国は、今でこそ大人しくしているが、元来の気質は海賊。
 荒くれ者の集団とも言えるのだ。
 義理堅いが、義理を裏切れば復讐される。

「それは……ご愁傷さまだな……」

「うう……! 戻ってきてくださいよオーギュストさん!」

「もうあの国ダメですよ……!」

「悪いが、クビになった身としては、できることは何もない。諸君も無事なうちに逃げたほうがいいぞ」

 俺の言葉に、兵士たちは天を仰いだ。

「逃げようかなあ……」

「逃げようぜ……」

 こうして、有能な者からマールイ王国を見限っていくのだ。
 ガルフスよ、しっかりとした政治を行わなければ、王国はジリ貧だぞ。
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