167 / 255
第二部 和の国の魔剣士編
熟練度カンストの反逆者
しおりを挟む
太夫に別れを告げて、身無上を旅立つのである。
「此方は、お前様のような、底知れぬ強さを持った殿方に憧れを抱きはしますが……たくさんおいででしょう?」
「俺の交友関係について、透視能力でもあるかのように見通してくる。この人こわい」
「ユーマ、なんだかすっかりこやつに好かれておるのう……」
「されど、此方は身無の土地を預かる身。そして、帝には逆らえや致しません。もし、お前様……ユーマ様が此方にかけられた帝の術を解いて下されば……極上の一夜をお約束しましょう」
うふふ、と笑う太夫であった。
俺はそういう女性から迫ってくるのがとても苦手なので、曖昧な顔をしておいた。
隣で竜胆が赤くなっている。
「お、おいユーマ! なんじゃお主! あれか! あの女と、そ、その、し、し、褥(しとね)をともにするのかっ」
「ははは、ご冗談を。俺にそんな度胸はない」
軽口を叩きながら、旅立ちの時だ。
とりあえず、本格的に帝……蓬莱帝が敵に回ったわけだが、まあ竜胆に話すと絶対この子は失神したりしそうなので、そのうちちょっとずつ伝えようと思う。
それに、向こうからどんどん刺客がやってくるのだ。
あの幻術使いとは違う相手なら、竜胆の鍛錬にもなるだろう。
「ユーマ、今度は本物の武器を買うのかや?」
「うむ。ここから先は木刀ではきついだろうな。殺傷力があるやつにしよう」
「こ、こ、殺すのか」
「そうなるだろうな。何、最初は緊張するが、慣れてしまえば大根を切るようなものだ。あ、この棒ください」
購入したのは、先端に金属の輪が幾重にも嵌まった棒である。
金属部分で殴ると、相当なダメージを与えられるだろう。さらに、ここなら刃物などの武器を受けることもできる。
「それに、棒だから手加減もできるだろう。竜胆ちゃんも長物のほうが慣れてるだろうし」
「う、うむ、確かにのう。じゃが……まだ妾は自信がないぞ……!」
「そこは手取り足取り教えよう」
そう言う事になったのだ。
俺たちは連れ立って、身無上から少し離れたところにある船着場に向かう。
手漕ぎの小舟で、ここから連なり島へ渡るのだ。
連なり島はその名の通り、小さな島が幾つも連なっている。
一度渡ってしまえば、吊り橋やら渡れる浅瀬やらがあって、本土まで向かうことができるそうだ。
だが、いかんせん道が狭い。
大勢の人間が移動するには不向きな土地だった。
普通に岬から見える程度の距離だが、泳いでいくには流れがきついらしい。
島と島の間を流れる水流が、渦を巻いているのだとか。
「おうおう、揺れおる」
俺はぐらぐらと揺れる船にしがみついている。
竜胆は慣れているようで、ケロッとしたものである。
「ひどい揺れはいつものことじゃな。わらべであったころはきつかったが、今はどうということはない」
「なるほど。では俺が海に投げ出されたら助けてちょうだい。俺は泳げないのだ」
「なんと!! ユーマの弱みを始めて知ったのじゃ!!」
目をキラキラ輝かせる竜胆である。
「ほれほれ」
「ぐわーっ、やめろう、つっつくなー」
ぐらぐら揺れる船の上で、俺のわき腹をつんつんする竜胆である。
大変くすぐったいので、俺の腕の力が緩んでしまいそうになる。
だが、年相応の顔も見せるのであるな。
まあ、こうやって遊んでいる時に刺客なんかが襲い掛かってくると大変面倒くさいことになる。
「ありゃ。船が進まなくなっちまった」
船頭さんが首を捻った。
来たわー。
フラグだったわー。
「どうしたのかや? まだここは渦潮の近くではないか。このまま止まっていたら、渦に引っ張られてしまうぞ!」
「竜胆ちゃんおっそろしいことを言うなあ」
俺は船の縁から手を離すと、立ち上がった。
「およ!? ユーマ、お主ぐらぐら揺れて怖いのじゃなかったのか。それに泳げぬとも」
「うむ。生身では泳げんな」
既に、俺の腰にはバルゴーンがある。
俺が臨戦態勢になったのを見て、竜胆も顔を引き締めた。
買ってきた棒を手繰り寄せる。
いやあ、その武器いいチョイスだったなあ。
まさに今の状況にぴったりだ。
「竜胆ちゃん、ちょっとその棒で、船の下辺りを突っついてみてくれ」
「ふむ? どうしてじゃ? まあ、よいが」
竜胆が棒を構える。
みるみる、その髪が逆立って犬歯が伸びる。
あの荒業を使うモード、多分中途半端なんじゃないかと思うんだよな。もっと、獣人みたいになって本来のフルパワーを発揮できるはずだ。
他の荒神憑きたちの能力を見てると、竜胆の能力はちょっと中途半端すぎる気がするな。
だが、それでもこの大きな棒を扱うには充分な膂力を彼女に与えるようだ。
軽々と振るった棒が、水面を打ち、ついで水中に突きいれられていく。
「ぬっ……! おおおおっ!!」
一瞬、潮の流れに引っ張られたようだが、そこはパワーに長けた猪の荒神憑き。
竜胆は歯を食いしばると、流れに逆らいながら棒で船底をつつく。
「あっ、何かに当たったぞ!」
「よし、そのまま押すんだ」
「そーれっ」
竜胆が力を込めて、船底を突っつく。
身を乗り出す姿勢になっているから、後ろから俺が帯の辺りを支えている。
お尻を支えると、後で竜胆が怒るのだ。
「ユーマ、下からぶくぶくと泡が出てきたぞ。それに船も揺れておるようじゃ」
「しがみ付いてる奴が苦しんでるんだろう。もっとつついてやれ」
「とりゃっ」
ボグッ、という鈍い音がした。
だがまだ浮いてこない。
「おおー、船、ゆっくり動くようになったぞ!」
船頭が驚きの声をあげた。
恐らく、この渦潮の中に棒を突っ込んで、どかどか突いてくるとは思ってもいなかったのだろう。
船底にへばり付いている奴が必死だ。
「何か、こう、おるのじゃがっ! こやつっ! この、このっ!」
「竜胆ちゃん! 乗り出しすぎ!! もっとこう、半身は船に残して! うおーっ、帯を押さえるのでは限界だ! しつれい!」
俺はがっしりと彼女のお尻をホールドした。
一瞬竜胆の動きが止まり、
「ぎゃーっ!!」
乙女らしからぬ悲鳴があがった。
だが、半分船の外に乗り出しているから、竜胆は俺が手を離すと荒れた海の中に落っこちてしまうのである。
「ユ、ユ、ユーマーっ!! そんな、何を妾の尻を鷲掴みにしておるのか!? あ、や、離さないで、離したら落ちちゃう、だけど手を離すのじゃーっ!?」
「どうしろと言うのだ」
どったんばったん騒いでいる。
小舟のバランスも大変崩れているのだが、不思議と均衡が取れているではないか。
きっと船底のやつが頑張っているのだ。
……おや?
俺は、船底の継ぎ目から突き出している、ストローみたいなものを見つけた。
竜胆を押さえる手を片方放して、
「ぎゃーっ! 落ちる、落ちる!」
うるさいので、竜胆の腰を抱えるようにしながら、空いた方の手でストローをペコッと二つに折ってみた。
すると、その瞬間、ビクッとストローが震えて、しばらくするとぶるぶると痙攣し始めた。
その直後、竜胆がつんのめった。
「うわっ!? 手応えが消えたのじゃ!」
「くるぞ」
俺は竜胆を船の中の戻しながら告げる。
彼女が完全に、俺の腕の中に納まってしまう体勢になるのだが、それは無視しておく。
後ろから抱き締められた形になり、竜胆が徐々に赤くなってきて、何か騒ぎ出そうとした瞬間だ。
「ぶはあーっ!? な、な、なんなんすか! あんたたち、あっしを殺す気っすか!!」
なんか、ぷにっとした印象の女が真っ赤な顔をして水面から飛び出してきた。
船べりにしがみ付いて、ぜーはー言っている。
こいつが船の底に張り付いて、動きを止めていたのだろう。
一見すると、とても忍者っぽい格好をしている。
間違いない、忍者だ。
しかもくノ一か。ロマンがあるなあ。
「恥を知るっすよ!! 溺死はとても苦しいんだからそんな死に方をさせてはいけないっす!! だから死ねえ!」
「おっ、理論が飛躍したな」
俺は竜胆を抱きとめたまま、バルゴーンを出現させる。
くノ一が放ったのは、手裏剣である。
これを、かんかんと剣で弾く。
ふむ。
この手裏剣、金色に光っている。
忍者がこんなド派手な武器を使うはずが無い。幼い頃、忍者大図鑑を愛読していた俺は忍者に詳しいんだ。
「この金色の手裏剣。お前はこの世界の人間ではないな。具体的には、デスブリンガーとか」
「ギクッ!? な、なんのことっすかね!? そのお喋りな口を黙らせてやるっすよ!! チョエーッ!!」
くノ一は水上にズバーンっと飛び上がり、回転しながら四方八方に手裏剣を撒き散らし始める。
後ろとかに撒いても意味が無いんじゃないか。
俺は竜胆を腕の中に収めたまま、手裏剣を弾き続ける。
敵からの攻撃は、言うなれば無差別で全方向にガトリングガンをぶっ放しているような状況だ。
迂闊には動けんな。
俺の守りが通じない船の縁が、ガリガリと削られていく。
うむ、竜胆はびっくりして、俺にぎゅっとしがみついている。大変柔らかい。こう、リュカよりも重量感があって、アンブロシアより小柄なので、サイズ的にはちょうどいい……。
「ウグワーッ」
あっ!!
船頭が死んだ!!
すっかり船頭を守るのを忘れていたようだ。
これは仕方ない。
誰にでも誤りと言うものはあるのだ。
「ふわーっはっはっはっはっは!! 船頭が死んだ今、泳げないあんたに生き残る術は無いっす!!」
「なにい。お前、俺が泳げないと知っているのか」
「あっしはずっと船底に張り付いていたっす! そして盗み聞きしたっすよ! このまま海の藻屑になって死ねーい!!」
「では仕方ないな」
俺は竜胆を背中側に回して、全身でくノ一に向かい合う。
こいつ、喋ってると手裏剣が止まるんだよな。
お陰で両手をフリーにする余裕ができた。
それを見て、くノ一は露骨に焦った表情を浮かべる。
「げ、げげえっ!? あんた、あっしを巧みなトークで誘導しつつ、攻撃を止めさせたっすね!? もしや天才……!?」
「くくく、もしかしてそうかもしれないって俺も思った」
くノ一は水面に落下してくると、足元に金色の木製ボードみたいなものを展開して浮かび上がった。
俺もまた、手にしたバルゴーンを大剣に変える。
「水上で大剣……? 確かにリーチは伸びるっすが、その分、体が振り回されるはず……! はっはっは! あんた……えーっと、えーっと、あんた、名前なんすか?」
「戦士ユーマです」
「おお! ありがとうっす!! ……ごほん。はーっはっはっは!! 戦士ユーマ、敗れたりっす!!」
「な、なにい!?」
俺が付き合ってやると、くノ一はとても嬉しそうな顔をした。
ちょっと可愛い。たぬきに似てる女子だな。
「何故なら、大剣を船の上で振るえば、確かにリーチは伸びるっすが、その分、体が振り回されるはず!!」
「それさっき言ったよね」
「う、う、うるさいっす!! ええい、お前たち、やってしまえーっ!!」
くノ一が手を振り上げると、今まで水中に隠れていたらしい忍者らしき連中が、次々と浮かび上がってくる。
うち半分がぷかぁ、っと浮かんできて死んだ。
……額に金色の手裏剣が刺さってますなあ。
「あっ」
「無差別に手裏剣をばらまいてたからなあ」
「は、半分生き残っていれば問題ないっす! 第一、戦士ユーマ! お前は船の上から動けまい!」
「動ける!!」
「な、なにぃっ!?」
くノ一が目を剥いて物凄くびっくりした顔をした。
竜胆が俺の服の裾を引っ張ってくる。
「な、なあユーマ。あやつ、なんじゃろうな……。すごく……残念な奴なのじゃ」
「うむ。俺もとてもやりやすい。よし竜胆ちゃん、ちょっと力を抜いていてくれ」
「? なんなのじゃ……って、ひゃああああ!?」
俺は竜胆をお姫様抱っこで抱え上げる。
既に、大剣はその手には無い。
剣は宙を舞い、水面に落ちた。
俺は船を後にして跳躍。
大剣の上に着地する。
久々の大剣サーフィンである。
これには、くノ一のみならず、出現した忍者たち全員が度肝を抜かれたようだ。
「ば、ばかなーっ!!」
「ふふふ、俺は泳げないとは言った。だが、水上を大剣で疾走できないとは言っていない……!!」
かくして、潮の渦巻く海の上、忍者軍団を相手取っての戦いが始まるのである。
「此方は、お前様のような、底知れぬ強さを持った殿方に憧れを抱きはしますが……たくさんおいででしょう?」
「俺の交友関係について、透視能力でもあるかのように見通してくる。この人こわい」
「ユーマ、なんだかすっかりこやつに好かれておるのう……」
「されど、此方は身無の土地を預かる身。そして、帝には逆らえや致しません。もし、お前様……ユーマ様が此方にかけられた帝の術を解いて下されば……極上の一夜をお約束しましょう」
うふふ、と笑う太夫であった。
俺はそういう女性から迫ってくるのがとても苦手なので、曖昧な顔をしておいた。
隣で竜胆が赤くなっている。
「お、おいユーマ! なんじゃお主! あれか! あの女と、そ、その、し、し、褥(しとね)をともにするのかっ」
「ははは、ご冗談を。俺にそんな度胸はない」
軽口を叩きながら、旅立ちの時だ。
とりあえず、本格的に帝……蓬莱帝が敵に回ったわけだが、まあ竜胆に話すと絶対この子は失神したりしそうなので、そのうちちょっとずつ伝えようと思う。
それに、向こうからどんどん刺客がやってくるのだ。
あの幻術使いとは違う相手なら、竜胆の鍛錬にもなるだろう。
「ユーマ、今度は本物の武器を買うのかや?」
「うむ。ここから先は木刀ではきついだろうな。殺傷力があるやつにしよう」
「こ、こ、殺すのか」
「そうなるだろうな。何、最初は緊張するが、慣れてしまえば大根を切るようなものだ。あ、この棒ください」
購入したのは、先端に金属の輪が幾重にも嵌まった棒である。
金属部分で殴ると、相当なダメージを与えられるだろう。さらに、ここなら刃物などの武器を受けることもできる。
「それに、棒だから手加減もできるだろう。竜胆ちゃんも長物のほうが慣れてるだろうし」
「う、うむ、確かにのう。じゃが……まだ妾は自信がないぞ……!」
「そこは手取り足取り教えよう」
そう言う事になったのだ。
俺たちは連れ立って、身無上から少し離れたところにある船着場に向かう。
手漕ぎの小舟で、ここから連なり島へ渡るのだ。
連なり島はその名の通り、小さな島が幾つも連なっている。
一度渡ってしまえば、吊り橋やら渡れる浅瀬やらがあって、本土まで向かうことができるそうだ。
だが、いかんせん道が狭い。
大勢の人間が移動するには不向きな土地だった。
普通に岬から見える程度の距離だが、泳いでいくには流れがきついらしい。
島と島の間を流れる水流が、渦を巻いているのだとか。
「おうおう、揺れおる」
俺はぐらぐらと揺れる船にしがみついている。
竜胆は慣れているようで、ケロッとしたものである。
「ひどい揺れはいつものことじゃな。わらべであったころはきつかったが、今はどうということはない」
「なるほど。では俺が海に投げ出されたら助けてちょうだい。俺は泳げないのだ」
「なんと!! ユーマの弱みを始めて知ったのじゃ!!」
目をキラキラ輝かせる竜胆である。
「ほれほれ」
「ぐわーっ、やめろう、つっつくなー」
ぐらぐら揺れる船の上で、俺のわき腹をつんつんする竜胆である。
大変くすぐったいので、俺の腕の力が緩んでしまいそうになる。
だが、年相応の顔も見せるのであるな。
まあ、こうやって遊んでいる時に刺客なんかが襲い掛かってくると大変面倒くさいことになる。
「ありゃ。船が進まなくなっちまった」
船頭さんが首を捻った。
来たわー。
フラグだったわー。
「どうしたのかや? まだここは渦潮の近くではないか。このまま止まっていたら、渦に引っ張られてしまうぞ!」
「竜胆ちゃんおっそろしいことを言うなあ」
俺は船の縁から手を離すと、立ち上がった。
「およ!? ユーマ、お主ぐらぐら揺れて怖いのじゃなかったのか。それに泳げぬとも」
「うむ。生身では泳げんな」
既に、俺の腰にはバルゴーンがある。
俺が臨戦態勢になったのを見て、竜胆も顔を引き締めた。
買ってきた棒を手繰り寄せる。
いやあ、その武器いいチョイスだったなあ。
まさに今の状況にぴったりだ。
「竜胆ちゃん、ちょっとその棒で、船の下辺りを突っついてみてくれ」
「ふむ? どうしてじゃ? まあ、よいが」
竜胆が棒を構える。
みるみる、その髪が逆立って犬歯が伸びる。
あの荒業を使うモード、多分中途半端なんじゃないかと思うんだよな。もっと、獣人みたいになって本来のフルパワーを発揮できるはずだ。
他の荒神憑きたちの能力を見てると、竜胆の能力はちょっと中途半端すぎる気がするな。
だが、それでもこの大きな棒を扱うには充分な膂力を彼女に与えるようだ。
軽々と振るった棒が、水面を打ち、ついで水中に突きいれられていく。
「ぬっ……! おおおおっ!!」
一瞬、潮の流れに引っ張られたようだが、そこはパワーに長けた猪の荒神憑き。
竜胆は歯を食いしばると、流れに逆らいながら棒で船底をつつく。
「あっ、何かに当たったぞ!」
「よし、そのまま押すんだ」
「そーれっ」
竜胆が力を込めて、船底を突っつく。
身を乗り出す姿勢になっているから、後ろから俺が帯の辺りを支えている。
お尻を支えると、後で竜胆が怒るのだ。
「ユーマ、下からぶくぶくと泡が出てきたぞ。それに船も揺れておるようじゃ」
「しがみ付いてる奴が苦しんでるんだろう。もっとつついてやれ」
「とりゃっ」
ボグッ、という鈍い音がした。
だがまだ浮いてこない。
「おおー、船、ゆっくり動くようになったぞ!」
船頭が驚きの声をあげた。
恐らく、この渦潮の中に棒を突っ込んで、どかどか突いてくるとは思ってもいなかったのだろう。
船底にへばり付いている奴が必死だ。
「何か、こう、おるのじゃがっ! こやつっ! この、このっ!」
「竜胆ちゃん! 乗り出しすぎ!! もっとこう、半身は船に残して! うおーっ、帯を押さえるのでは限界だ! しつれい!」
俺はがっしりと彼女のお尻をホールドした。
一瞬竜胆の動きが止まり、
「ぎゃーっ!!」
乙女らしからぬ悲鳴があがった。
だが、半分船の外に乗り出しているから、竜胆は俺が手を離すと荒れた海の中に落っこちてしまうのである。
「ユ、ユ、ユーマーっ!! そんな、何を妾の尻を鷲掴みにしておるのか!? あ、や、離さないで、離したら落ちちゃう、だけど手を離すのじゃーっ!?」
「どうしろと言うのだ」
どったんばったん騒いでいる。
小舟のバランスも大変崩れているのだが、不思議と均衡が取れているではないか。
きっと船底のやつが頑張っているのだ。
……おや?
俺は、船底の継ぎ目から突き出している、ストローみたいなものを見つけた。
竜胆を押さえる手を片方放して、
「ぎゃーっ! 落ちる、落ちる!」
うるさいので、竜胆の腰を抱えるようにしながら、空いた方の手でストローをペコッと二つに折ってみた。
すると、その瞬間、ビクッとストローが震えて、しばらくするとぶるぶると痙攣し始めた。
その直後、竜胆がつんのめった。
「うわっ!? 手応えが消えたのじゃ!」
「くるぞ」
俺は竜胆を船の中の戻しながら告げる。
彼女が完全に、俺の腕の中に納まってしまう体勢になるのだが、それは無視しておく。
後ろから抱き締められた形になり、竜胆が徐々に赤くなってきて、何か騒ぎ出そうとした瞬間だ。
「ぶはあーっ!? な、な、なんなんすか! あんたたち、あっしを殺す気っすか!!」
なんか、ぷにっとした印象の女が真っ赤な顔をして水面から飛び出してきた。
船べりにしがみ付いて、ぜーはー言っている。
こいつが船の底に張り付いて、動きを止めていたのだろう。
一見すると、とても忍者っぽい格好をしている。
間違いない、忍者だ。
しかもくノ一か。ロマンがあるなあ。
「恥を知るっすよ!! 溺死はとても苦しいんだからそんな死に方をさせてはいけないっす!! だから死ねえ!」
「おっ、理論が飛躍したな」
俺は竜胆を抱きとめたまま、バルゴーンを出現させる。
くノ一が放ったのは、手裏剣である。
これを、かんかんと剣で弾く。
ふむ。
この手裏剣、金色に光っている。
忍者がこんなド派手な武器を使うはずが無い。幼い頃、忍者大図鑑を愛読していた俺は忍者に詳しいんだ。
「この金色の手裏剣。お前はこの世界の人間ではないな。具体的には、デスブリンガーとか」
「ギクッ!? な、なんのことっすかね!? そのお喋りな口を黙らせてやるっすよ!! チョエーッ!!」
くノ一は水上にズバーンっと飛び上がり、回転しながら四方八方に手裏剣を撒き散らし始める。
後ろとかに撒いても意味が無いんじゃないか。
俺は竜胆を腕の中に収めたまま、手裏剣を弾き続ける。
敵からの攻撃は、言うなれば無差別で全方向にガトリングガンをぶっ放しているような状況だ。
迂闊には動けんな。
俺の守りが通じない船の縁が、ガリガリと削られていく。
うむ、竜胆はびっくりして、俺にぎゅっとしがみついている。大変柔らかい。こう、リュカよりも重量感があって、アンブロシアより小柄なので、サイズ的にはちょうどいい……。
「ウグワーッ」
あっ!!
船頭が死んだ!!
すっかり船頭を守るのを忘れていたようだ。
これは仕方ない。
誰にでも誤りと言うものはあるのだ。
「ふわーっはっはっはっはっは!! 船頭が死んだ今、泳げないあんたに生き残る術は無いっす!!」
「なにい。お前、俺が泳げないと知っているのか」
「あっしはずっと船底に張り付いていたっす! そして盗み聞きしたっすよ! このまま海の藻屑になって死ねーい!!」
「では仕方ないな」
俺は竜胆を背中側に回して、全身でくノ一に向かい合う。
こいつ、喋ってると手裏剣が止まるんだよな。
お陰で両手をフリーにする余裕ができた。
それを見て、くノ一は露骨に焦った表情を浮かべる。
「げ、げげえっ!? あんた、あっしを巧みなトークで誘導しつつ、攻撃を止めさせたっすね!? もしや天才……!?」
「くくく、もしかしてそうかもしれないって俺も思った」
くノ一は水面に落下してくると、足元に金色の木製ボードみたいなものを展開して浮かび上がった。
俺もまた、手にしたバルゴーンを大剣に変える。
「水上で大剣……? 確かにリーチは伸びるっすが、その分、体が振り回されるはず……! はっはっは! あんた……えーっと、えーっと、あんた、名前なんすか?」
「戦士ユーマです」
「おお! ありがとうっす!! ……ごほん。はーっはっはっは!! 戦士ユーマ、敗れたりっす!!」
「な、なにい!?」
俺が付き合ってやると、くノ一はとても嬉しそうな顔をした。
ちょっと可愛い。たぬきに似てる女子だな。
「何故なら、大剣を船の上で振るえば、確かにリーチは伸びるっすが、その分、体が振り回されるはず!!」
「それさっき言ったよね」
「う、う、うるさいっす!! ええい、お前たち、やってしまえーっ!!」
くノ一が手を振り上げると、今まで水中に隠れていたらしい忍者らしき連中が、次々と浮かび上がってくる。
うち半分がぷかぁ、っと浮かんできて死んだ。
……額に金色の手裏剣が刺さってますなあ。
「あっ」
「無差別に手裏剣をばらまいてたからなあ」
「は、半分生き残っていれば問題ないっす! 第一、戦士ユーマ! お前は船の上から動けまい!」
「動ける!!」
「な、なにぃっ!?」
くノ一が目を剥いて物凄くびっくりした顔をした。
竜胆が俺の服の裾を引っ張ってくる。
「な、なあユーマ。あやつ、なんじゃろうな……。すごく……残念な奴なのじゃ」
「うむ。俺もとてもやりやすい。よし竜胆ちゃん、ちょっと力を抜いていてくれ」
「? なんなのじゃ……って、ひゃああああ!?」
俺は竜胆をお姫様抱っこで抱え上げる。
既に、大剣はその手には無い。
剣は宙を舞い、水面に落ちた。
俺は船を後にして跳躍。
大剣の上に着地する。
久々の大剣サーフィンである。
これには、くノ一のみならず、出現した忍者たち全員が度肝を抜かれたようだ。
「ば、ばかなーっ!!」
「ふふふ、俺は泳げないとは言った。だが、水上を大剣で疾走できないとは言っていない……!!」
かくして、潮の渦巻く海の上、忍者軍団を相手取っての戦いが始まるのである。
1
お気に入りに追加
937
あなたにおすすめの小説
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる