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第二部 和の国の魔剣士編
熟練度カンストの巡礼者
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ここは、大國寺と言うお寺である。
竜胆が住んでいたここは、四州という大きな島で、四つの国があるのだとか。
で、嗣子上の国には大國寺と、幾つかの有名な寺がある。
「願を掛けるためにお寺を巡礼するのじゃ!」
いきなり竜胆がそんなことを言ったのだ。
俺はびっくりして、
「そんな事をしたら刺客とかが色々襲ってくるのではないか」
と危惧を口にした。
すると、竜胆は口をへの字に曲げて、
「だってだって、妾はこれから大きな宿願を果たそうというのに、神にそれを報告しなくてどうするのじゃ。誓い無き願いなどありえぬのじゃぞ!」
「えっ、お寺には仏様じゃなくて神様がいるのか!」
「ホトケ……? よく分からぬが、寺ならば神がおわすのは当然じゃろ?」
日本によく似た世界だけに、色々と常識が食い違うと戸惑うな。
ともかく、竜胆がやりたいと言っているのである。
俺としてもお寺を巡礼するとか経験が無いので、興味があるといえばある。
「途中には巡礼者目当てのお店がたくさんあっての。お寺を巡る旅路は聖なる道となっておるから、帝であっても手出しはせぬはずじゃ。美味しいものがたくさんあるぞ」
「行こう」
わあい、美味しいもの大好き。
かくして俺たちは、竜胆の願掛けのため、お寺を巡る旅に出た。
最初の寺は大國寺。
嗣子上にごく近いお寺で、山の上にある。
石段が百段以上積み上がっているところを、一つ一つ飛ばさずに昇っていくのだとか。
「おお、なんとも風情のある……」
苔むした石段、頭上まで張り出した松の木。
「さ、行くぞ。上には冷えた茶を出す店があっての。妾はあそこの餅が大好きで……」
「餅ですって」
俄然やる気が湧いてきた俺である。
二人縦に並び、意気揚々と階段を上がっていく。
日差しも晴れて、空気は清らか。
気候はちょっとだけ、俺が知る日本よりも温暖だろうか。
……あ、このあたりは四国かな? だとしたら、関東圏にいた俺にとっては暖かい地方かも知れん。
いやあ、黙々と階段を上がるのも良いものですなあ。
「待て! 待て待て!! ぬしら、嗣子上の竜胆姫とその従僕であろう!!」
いきなり邪魔が入った。
石段の途中である。
横合いの松の木の影から、一人の男が現れたのだ。
手には馬鹿でかい十字槍を持っている。
「うぬっ、貴様は何者じゃ!!」
竜胆が声音も鋭く誰何する。
すると男は、かっかっか、とかそれっぽい笑い声を立てた。
「わしは世に名高き十字槍の使い手、魔神峠の甚三じゃ!」
「誰だか知らんけど、語尾にじゃをつける人が二人いるのはややこしいから退場願おう」
俺はすいっと進み出た。
俺にだって許せないものはある。
例えば、せっかく妾っ娘の竜胆ちゃんがいるのに、男のくせに語尾が被るような奴が出てきた時だ。
「ほう、お主は何者じゃ? まさか無手で、わしの十字槍とやり合おうというのかな? わははは! 槍とやり合う! こりゃ傑作じゃ!」
「うむ、ユーマ、やってしまえ」
竜胆のこめかみに青筋が立っている。
今、彼女と俺の気持ちは一つになったぞ。
俺は無言でバルゴーンを召喚すると、槍を持った奴に駆け寄る。
「ふははは! 不用意に槍の間合いに入るとは素人め! そうれ!」
槍を突き出してきた。
「そおい」
俺は槍を縦に真っ二つに割った。
「ほぎゃあ」
槍が壊れて、悲鳴を上げる男を、俺は石段の上から蹴り落とした。
「ほぎゃあああああ」
転げ落ちていく。
ふう……。悪は滅びた。
「なんだったんだろうな、あれ」
「恐らく……常上の者が、妾の首に懸賞金でもかけておるのじゃろう。そして、妾を仕留めたら仕官できるという話が、ああいった奴原に知れ渡っているはずじゃ」
「そうか。だがあんなレベルなら問題ないだろう。あれ、大道芸に毛が生えたようなもんだ」
「うむ、口先だけの男じゃったのう」
かくして俺たちは、刺客? らしき者をちょろっと倒して大國寺に入ったのである。
ちょっと騒がしかった外とは売って変わり、寺の中は静かなものである。
竜胆いわく。
「蓬莱では、寺の中には神がおわすからの。刃傷沙汰などもってのほかなのじゃ。神々は言うなれば、帝と並ぶ格を持つ存在。怒らせればその地に害や祟をもたらすからのう」
「帝と言う人も手出しをできんのだな」
「そういうことじゃ。これから宿泊には、寺を使うのが良いじゃろう」
なるほど、そういう意味も込めての巡礼だったか。
確かに、野宿は手慣れたものだが、いつまでもお姫様である竜胆を野宿させておくのも忍びない。
お風呂にも入れてあげたいしな。
寺門は朱塗り、ところどころ赤い色がはげかかっているが、これはこれで味がある。
門をくぐると、ちょっとした庭園のようになっている。
そこでは、先達の巡礼者たちが俺たちの様子を伺っていた。
外でどんぱちやったからな。
だが、深いことは詮索しないのがここのルールなのだろう。
何も聞いては来ない。
いや、紳士危うきに近寄らずというやつか。
俺たちは庭園を抜けると、参拝所に向かった。
がっしりとした本堂の奥に、歪な形をした大きな石が鎮座している。
あれが御神体か。
竜胆は石に向かって柏手を打ち、何事かをもごもご口の中でつぶやいている。
願をかけているのだ。
よし、俺も。
(リュカが怒っていませんように)
「ユーマも熱心に拝んでいるな。よいか、ここでは己の決意を神に伝えるのじゃ。神とは見守ってくれる存在じゃが、願いを叶える者ではない」
「えっ、そうなの」
「願っても良いが、神々は聞き流すぞ。生暖かい顔をして見ているだけじゃ。もっとも……生贄を捧げたり、決まった段取りで願を掛ける儀式を行えば、その限りではないが」
竜胆の話が長くなりそうだったので、揃って茶屋に移動した。
お寺が経営しているのだそうで、石段を昇って汗をかいた巡礼者から、ここでちょっとお高い冷茶でもてなしつつ、お金を落としていってもらうのだそうだ。
世俗に塗れておるな。
だが、粒あんたっぷりのお餅は大変美味しかった。
「つまりじゃのう。冬に井戸で水を浴びて願をかけたり、夜に生贄を捧げながら呪う相手の人型に釘を打ち込んだりじゃな」
「こわい」
俺もよく知っているスタイルの儀式だった。
だが、こっちの世界は普通に神様がいるっぽく、効果もそれなりにあるそうだ。
そして同時に、願掛けでも呪いでも、決まったパターンをずれてしまうと、願掛けなら不幸が、呪いなら自分に呪いが降りかかると。
「俺だって呪い返しくらいはするしなあ」
「お主、そんなことまでできるのか……」
「うむ。呪いの気配を感じたら、こう、剣で切り払うのだ。そうやって呪い返しされても呪われるだろ? やっぱり呪いをかけたらいけないんだな」
当たり前の結論に達した。
のんびりしていると、向こうからお寺の尼さんだという妙齢の女性がやってきて、竜胆とおしゃべりを始めた。
「ユーマ、今日はあと一つ先の寺まで行けそうじゃ。そこに連絡を取ってくれるそうじゃからな、次の寺……熊谷寺で宿を取るとしよう」
「通信手段があるのか……」
「鳩じゃな」
「伝書鳩!!」
曲がりなりにも、このあたりを治める国の姫であった竜胆。
なかなか顔が利く。
持つべきものはコネだなあ、などと俺が感心していると、門の近くにいた巡礼者たちがざわざわし始めた。
何だか騒がしい者がそこにやって来ている。
「はー、はー、はー……み、み、見つけたぞ、竜胆姫! それから、そこ! お前!」
あ、さっきの槍使いだ。
名前はなんだったっけ……。忘れた。
「お前はなかなかの使い手! さぞや名のある剣士と見た!」
「ここではない場所ではそこそこ知られているな」
「やはり……!! お前を倒せば、我らの名も上がるというものよ! 行くぞ、魔神峠十七人衆!」
「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」
「うわーっ、ぞろぞろ出てきたぞ」
一見してクローン人間みたいなのが十七人並んでいる。
いや、顔立ちも体格も得物も違うんだが、纏っている雰囲気が恐ろしくそっくりなのだ。
こう……沸き立つようなへっぽこ臭というか。
「寺院の中で荒事を起こそうとは……!」
尼さんが顔をしかめた。
竜胆も奮然と鼻息を荒らげる。
「うむ、けしからん!! ユーマ、ちょっと懲らしめてやるのじゃ」
「えっ、俺?」
「……わ、妾が行ってもいいのじゃが、さすがにあの人数は……」
あ、竜胆が弱気になった。
確かに、彼女の能力らしきものは効果も地味だしな。魔法っていうわけでもない。
多勢に無勢では相性が悪かろう。
「分かった。では、さっさと片付けてこよう」
「寺の外でな!」
「誘導しないといけないのかー……」
ちょっと面倒くさい。
俺は記憶を呼び起こす。
確か、昔の時代劇で戦場を変える時は……。
「よし、こっちだ!」
俺はバルゴーンを抜くと、十七人衆とやらの中に飛び込み、おざなりに奴らと剣を合わせて無駄にチャンバラしつつ、寺の門の外へ出ていく。
「ええい、追え、追えー!」
本当に追ってきた。
お約束の世界である。
そして、門の外からはもうお約束終了だ。
出て来る端からぶん殴って、石段を蹴り落としてやる。
最初の槍使いも、転げ落ちていったのにピンピンしてるから、これくらいじゃ死にはしないだろう。
「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」
「ば、馬鹿な! 魔神峠の十七人衆がこうも呆気なく!!」
「お前で最後な。そいっ」
「ぐわーっ」
最後に残った手ぶらになっている槍使いは、普通に後ろから蹴落とした。
片付けてから気づく。
こいつら、竜胆が言うところの荒神憑きでは無かったな。
明らかにただの人間で、ちょっとだけ武器を使える程度だった。
これがもし、あの幻術を使う連中だったらもうちょっと厄介だった。
奴らがこの世界のルールを無視して、寺の巡礼者に化けて襲い掛かってきたら、俺と竜胆はともかく、他の人間に被害が出ただろうな。
その辺も想定して対策を立てねばなるまい。
門の向こうで、竜胆が手を振っている。
「厚意で、茶と餅をくれるそうだぞ! はようこちらに来い、ユーマ」
うむ。
対策を考えるという頭脳労働には、甘いものが必要なのだ。
今度の餅には、あんこを倍もかけてやろうと思いつつ、俺は寺の中に戻っていった。
竜胆が住んでいたここは、四州という大きな島で、四つの国があるのだとか。
で、嗣子上の国には大國寺と、幾つかの有名な寺がある。
「願を掛けるためにお寺を巡礼するのじゃ!」
いきなり竜胆がそんなことを言ったのだ。
俺はびっくりして、
「そんな事をしたら刺客とかが色々襲ってくるのではないか」
と危惧を口にした。
すると、竜胆は口をへの字に曲げて、
「だってだって、妾はこれから大きな宿願を果たそうというのに、神にそれを報告しなくてどうするのじゃ。誓い無き願いなどありえぬのじゃぞ!」
「えっ、お寺には仏様じゃなくて神様がいるのか!」
「ホトケ……? よく分からぬが、寺ならば神がおわすのは当然じゃろ?」
日本によく似た世界だけに、色々と常識が食い違うと戸惑うな。
ともかく、竜胆がやりたいと言っているのである。
俺としてもお寺を巡礼するとか経験が無いので、興味があるといえばある。
「途中には巡礼者目当てのお店がたくさんあっての。お寺を巡る旅路は聖なる道となっておるから、帝であっても手出しはせぬはずじゃ。美味しいものがたくさんあるぞ」
「行こう」
わあい、美味しいもの大好き。
かくして俺たちは、竜胆の願掛けのため、お寺を巡る旅に出た。
最初の寺は大國寺。
嗣子上にごく近いお寺で、山の上にある。
石段が百段以上積み上がっているところを、一つ一つ飛ばさずに昇っていくのだとか。
「おお、なんとも風情のある……」
苔むした石段、頭上まで張り出した松の木。
「さ、行くぞ。上には冷えた茶を出す店があっての。妾はあそこの餅が大好きで……」
「餅ですって」
俄然やる気が湧いてきた俺である。
二人縦に並び、意気揚々と階段を上がっていく。
日差しも晴れて、空気は清らか。
気候はちょっとだけ、俺が知る日本よりも温暖だろうか。
……あ、このあたりは四国かな? だとしたら、関東圏にいた俺にとっては暖かい地方かも知れん。
いやあ、黙々と階段を上がるのも良いものですなあ。
「待て! 待て待て!! ぬしら、嗣子上の竜胆姫とその従僕であろう!!」
いきなり邪魔が入った。
石段の途中である。
横合いの松の木の影から、一人の男が現れたのだ。
手には馬鹿でかい十字槍を持っている。
「うぬっ、貴様は何者じゃ!!」
竜胆が声音も鋭く誰何する。
すると男は、かっかっか、とかそれっぽい笑い声を立てた。
「わしは世に名高き十字槍の使い手、魔神峠の甚三じゃ!」
「誰だか知らんけど、語尾にじゃをつける人が二人いるのはややこしいから退場願おう」
俺はすいっと進み出た。
俺にだって許せないものはある。
例えば、せっかく妾っ娘の竜胆ちゃんがいるのに、男のくせに語尾が被るような奴が出てきた時だ。
「ほう、お主は何者じゃ? まさか無手で、わしの十字槍とやり合おうというのかな? わははは! 槍とやり合う! こりゃ傑作じゃ!」
「うむ、ユーマ、やってしまえ」
竜胆のこめかみに青筋が立っている。
今、彼女と俺の気持ちは一つになったぞ。
俺は無言でバルゴーンを召喚すると、槍を持った奴に駆け寄る。
「ふははは! 不用意に槍の間合いに入るとは素人め! そうれ!」
槍を突き出してきた。
「そおい」
俺は槍を縦に真っ二つに割った。
「ほぎゃあ」
槍が壊れて、悲鳴を上げる男を、俺は石段の上から蹴り落とした。
「ほぎゃあああああ」
転げ落ちていく。
ふう……。悪は滅びた。
「なんだったんだろうな、あれ」
「恐らく……常上の者が、妾の首に懸賞金でもかけておるのじゃろう。そして、妾を仕留めたら仕官できるという話が、ああいった奴原に知れ渡っているはずじゃ」
「そうか。だがあんなレベルなら問題ないだろう。あれ、大道芸に毛が生えたようなもんだ」
「うむ、口先だけの男じゃったのう」
かくして俺たちは、刺客? らしき者をちょろっと倒して大國寺に入ったのである。
ちょっと騒がしかった外とは売って変わり、寺の中は静かなものである。
竜胆いわく。
「蓬莱では、寺の中には神がおわすからの。刃傷沙汰などもってのほかなのじゃ。神々は言うなれば、帝と並ぶ格を持つ存在。怒らせればその地に害や祟をもたらすからのう」
「帝と言う人も手出しをできんのだな」
「そういうことじゃ。これから宿泊には、寺を使うのが良いじゃろう」
なるほど、そういう意味も込めての巡礼だったか。
確かに、野宿は手慣れたものだが、いつまでもお姫様である竜胆を野宿させておくのも忍びない。
お風呂にも入れてあげたいしな。
寺門は朱塗り、ところどころ赤い色がはげかかっているが、これはこれで味がある。
門をくぐると、ちょっとした庭園のようになっている。
そこでは、先達の巡礼者たちが俺たちの様子を伺っていた。
外でどんぱちやったからな。
だが、深いことは詮索しないのがここのルールなのだろう。
何も聞いては来ない。
いや、紳士危うきに近寄らずというやつか。
俺たちは庭園を抜けると、参拝所に向かった。
がっしりとした本堂の奥に、歪な形をした大きな石が鎮座している。
あれが御神体か。
竜胆は石に向かって柏手を打ち、何事かをもごもご口の中でつぶやいている。
願をかけているのだ。
よし、俺も。
(リュカが怒っていませんように)
「ユーマも熱心に拝んでいるな。よいか、ここでは己の決意を神に伝えるのじゃ。神とは見守ってくれる存在じゃが、願いを叶える者ではない」
「えっ、そうなの」
「願っても良いが、神々は聞き流すぞ。生暖かい顔をして見ているだけじゃ。もっとも……生贄を捧げたり、決まった段取りで願を掛ける儀式を行えば、その限りではないが」
竜胆の話が長くなりそうだったので、揃って茶屋に移動した。
お寺が経営しているのだそうで、石段を昇って汗をかいた巡礼者から、ここでちょっとお高い冷茶でもてなしつつ、お金を落としていってもらうのだそうだ。
世俗に塗れておるな。
だが、粒あんたっぷりのお餅は大変美味しかった。
「つまりじゃのう。冬に井戸で水を浴びて願をかけたり、夜に生贄を捧げながら呪う相手の人型に釘を打ち込んだりじゃな」
「こわい」
俺もよく知っているスタイルの儀式だった。
だが、こっちの世界は普通に神様がいるっぽく、効果もそれなりにあるそうだ。
そして同時に、願掛けでも呪いでも、決まったパターンをずれてしまうと、願掛けなら不幸が、呪いなら自分に呪いが降りかかると。
「俺だって呪い返しくらいはするしなあ」
「お主、そんなことまでできるのか……」
「うむ。呪いの気配を感じたら、こう、剣で切り払うのだ。そうやって呪い返しされても呪われるだろ? やっぱり呪いをかけたらいけないんだな」
当たり前の結論に達した。
のんびりしていると、向こうからお寺の尼さんだという妙齢の女性がやってきて、竜胆とおしゃべりを始めた。
「ユーマ、今日はあと一つ先の寺まで行けそうじゃ。そこに連絡を取ってくれるそうじゃからな、次の寺……熊谷寺で宿を取るとしよう」
「通信手段があるのか……」
「鳩じゃな」
「伝書鳩!!」
曲がりなりにも、このあたりを治める国の姫であった竜胆。
なかなか顔が利く。
持つべきものはコネだなあ、などと俺が感心していると、門の近くにいた巡礼者たちがざわざわし始めた。
何だか騒がしい者がそこにやって来ている。
「はー、はー、はー……み、み、見つけたぞ、竜胆姫! それから、そこ! お前!」
あ、さっきの槍使いだ。
名前はなんだったっけ……。忘れた。
「お前はなかなかの使い手! さぞや名のある剣士と見た!」
「ここではない場所ではそこそこ知られているな」
「やはり……!! お前を倒せば、我らの名も上がるというものよ! 行くぞ、魔神峠十七人衆!」
「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」
「うわーっ、ぞろぞろ出てきたぞ」
一見してクローン人間みたいなのが十七人並んでいる。
いや、顔立ちも体格も得物も違うんだが、纏っている雰囲気が恐ろしくそっくりなのだ。
こう……沸き立つようなへっぽこ臭というか。
「寺院の中で荒事を起こそうとは……!」
尼さんが顔をしかめた。
竜胆も奮然と鼻息を荒らげる。
「うむ、けしからん!! ユーマ、ちょっと懲らしめてやるのじゃ」
「えっ、俺?」
「……わ、妾が行ってもいいのじゃが、さすがにあの人数は……」
あ、竜胆が弱気になった。
確かに、彼女の能力らしきものは効果も地味だしな。魔法っていうわけでもない。
多勢に無勢では相性が悪かろう。
「分かった。では、さっさと片付けてこよう」
「寺の外でな!」
「誘導しないといけないのかー……」
ちょっと面倒くさい。
俺は記憶を呼び起こす。
確か、昔の時代劇で戦場を変える時は……。
「よし、こっちだ!」
俺はバルゴーンを抜くと、十七人衆とやらの中に飛び込み、おざなりに奴らと剣を合わせて無駄にチャンバラしつつ、寺の門の外へ出ていく。
「ええい、追え、追えー!」
本当に追ってきた。
お約束の世界である。
そして、門の外からはもうお約束終了だ。
出て来る端からぶん殴って、石段を蹴り落としてやる。
最初の槍使いも、転げ落ちていったのにピンピンしてるから、これくらいじゃ死にはしないだろう。
「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」
「ば、馬鹿な! 魔神峠の十七人衆がこうも呆気なく!!」
「お前で最後な。そいっ」
「ぐわーっ」
最後に残った手ぶらになっている槍使いは、普通に後ろから蹴落とした。
片付けてから気づく。
こいつら、竜胆が言うところの荒神憑きでは無かったな。
明らかにただの人間で、ちょっとだけ武器を使える程度だった。
これがもし、あの幻術を使う連中だったらもうちょっと厄介だった。
奴らがこの世界のルールを無視して、寺の巡礼者に化けて襲い掛かってきたら、俺と竜胆はともかく、他の人間に被害が出ただろうな。
その辺も想定して対策を立てねばなるまい。
門の向こうで、竜胆が手を振っている。
「厚意で、茶と餅をくれるそうだぞ! はようこちらに来い、ユーマ」
うむ。
対策を考えるという頭脳労働には、甘いものが必要なのだ。
今度の餅には、あんこを倍もかけてやろうと思いつつ、俺は寺の中に戻っていった。
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