150 / 255
第二部 新王の後見人編
熟練度カンストの宴会者
しおりを挟む
ローヒトは、殺さないことになった。
父王に問い詰めたいことがあると、スラッジが言ったためだ。
「僕を甘いと思いますか、ユーマ」
真っ直ぐな視線で俺に訪ねてくるスラッジ。
おお、なんだこいつ。いっぱしの男の顔をするようになった気がする。
彼はアムリタを背負って、俺の横を歩いている。
アムリタは意識を取り戻していたが、どうやら召喚師に乗り移られていた時の記憶が、余さず残っているらしい。
相当なショックを受けていて、しばらくは療養が必要だろう。
スラッジはそんなアムリタを、守ると宣言した。
その時に覚悟が決まったんだろう。
「そうだな」
俺は頷いた。
「甘いな。極甘だ。歯が溶けてしまうくらいには甘いな。だが、お前はそれでいいんじゃないか? お前は俺じゃないんだし」
俺は基本、相手を否定しないスタンスだ。
スラッジが考えて出した結論ならば、それでいいんだろう。
「そうか……。そうですね。ありがとうございます、ユーマ」
「いやいや。まあ伊達にお前より長生きはしてないよ。人生経験はかなり浅いけどな」
「そうでしょうか。なんというか……ユーマの言葉には凄みとか、どこか、その、世界への絶望を感じます。誰にも期待してない、みたいな」
「鋭いなスラッジ……」
こいつはエスパーかな? とか思った。
だが、よく考えたら俺はそこまで深いこと言ってないしやってもいない。見抜かれてもおかしくはあるまい。
うむうむ、と一人合点していると、リュカが横に並んできて俺の脇腹をびしびし突っついた。
「うひょひょ、脇腹を突くのはやめなさいリュカさん」
「ユーマがなんか考えてたから来たんだよ。あれでしょ、ユーマはそんなじゃないよスラッジ。ただ、ちょーっとだけ人と違う考え方してて、おかしいものはおかしいって、最後まで言う人だから。だから……」
すごい力で、彼女は俺の腕を引き寄せた。
むぎゅっと、二の腕を胸に抱く。
「だからね、ユーマは凄いのよ?」
「なるほど……。ごめんなさい、ユーマ。僕、知ったようなことを言ってしまいました」
「お、おう」
なんか、リュカからの愛の篭った一言が、スラッジの言葉をひっくり返してしまった。
これはこれで照れくさくもあり、なんだ嬉しくもあるなあ。
「その、ユーマ。ユーマと一緒の女性たち、素敵な人たちですね。みんな、ユーマをとっても信頼しています」
スラッジがなんか、目をキラキラさせている。
俺はもう、こういうキラキラな瞳の少年にかける言葉なんて持ち合わせていないのだ。
かくして、俺はもう、照れるやらどうしたらいいか分からないやらで、召喚師と戦った時よりもよほど疲弊しながらソハンの屋敷に帰り着いたのである。
翌日は、王城へと戻る。
残る王子は、ヴィシャルとスラッジの二人だけ。
奇しくも、乳も母も同じ、血を分けた兄弟である。
だが、血の濃さは相互理解を保証しない。むしろ、血が繋がっているからこそ分かり合えないものだ。
それは俺が妹と大変仲が悪いので、証明できる事実だ。
てなわけで、愛憎渦巻くドロドロの展開を予想する俺だ。
その日の晩は、そりゃあもう、ひどい宴会になった。
大量の料理、酒、踊り子、歌い手、それらが次々に現れて、さらには道端にまで宴の席が広がって、野次馬がどんどん集まってくる。
というのも、ソハンはスラッジの勝利を確信したんだろう。
「なんと!! 三人の王子を下し、ついにはヴィシャル殿下を残すのみ!! わが娘婿殿であるスラッジ殿下の天下は近いぞ皆の衆ー!! 今宵の酒はわしの奢りだ!! 幾らでも出してやる! アウシュニヤ中の酒を飲み尽くせー!!」
うおおおお、と野次馬共が盛り上がる。
そういう集まりだった。
主役はスラッジだ。
国の名士らしき連中や、偉そうな戦士や将軍みたいな奴ら。果ては、ウーディル教で最も位が高いという僧侶までが挨拶にやってくる。
俺たちはと言うと、スラッジをいつでも護衛できる近くの席にぎゅっと詰め込まれていた。
「はい、次! 次はあたしだからね! サマラおどき!」
「ええーっ! まだ早いよ! アタシ、ユーマ様にあーんってしてもらってない!」
「はっはっは」
「おいユーマ。これは何だ? ピリピリと辛いが、やみつきになるな……」
「わっ、私は辛いのダメです……! 水、お水……!」
「お肉おいしいー!!」
まあ、これはこれで楽しんでいる。
大変堪能している。
女子たちはめいめいに、この国の酒を口にして、ほろ酔い気分だ。
護衛だっていうのにほろ酔いなのだ。
今、俺は右からサマラ、左からアンブロシアがしなだれかかって来て、身動きが取れない状態になった。
護衛なのに。
「ユーマ様、あーん」
「ほらユーマ、これ美味しいよ。どう? 口移しで食べてみる?」
ピーンチ。
逃げも隠れも出来ぬ俺。
このまま大変な事になってしまうかと思われた矢先である。
何やらスラッジに挨拶したらしい男が、こちらにも顔を出してきた。
「やあやあ、諸君が殿下の御身を守られた護衛かな? 見事見事。実にあっぱれと言う他無い」
そいつは、この蒸し暑い国で豪華な服装を身に着けており、冠まで被っている。
王以外で冠をつけているのは、僧侶に限られているのだそうだ。
ということは、こいつはウーディル教第一位である僧位にある男ということになる。
「一つ聞きたいのだが、ローヒト王子は外法の技を使う魔女を引き連れていたように思う。かの魔女は、人が相対できぬほど強大な魔物たちを呼び出し、あるいは我が神々の劣悪な模造品を行使して暴威を奮っていた。一体……いかにしてこれを制したのかな?」
魔女、という響きに、リュカがむくれた。サマラは剣呑な目つきで僧侶を睨む。アンブロシアは鼻を鳴らす。
ローザは我関せずだ。スパイシーな鳥肉をむっしゃむっしゃと食べている。
「まあ、どうにかこうにか倒したのだ」
「はぐらかす積りかね? 民衆の話を聞いていると、諸君らもまた、外法の技を用いて魔女を制したという事なのだが……その辺りはどうなのかね?」
「うむ、どうにかこうにか倒したのだ」
「むう、真面目に答えたまえ。幸い、ウーディルの教えは寛大だ。外から取り入れた力と言えど、その力で勝ち抜けば王は王。今や、スラッジ殿下の王位継承は確実と言えよう。……だからこそ、確認したいのだ。諸君らの力の源は何か? 外法、大いに結構。場合によれば、外法の力もまた、ウーディルの教えは深き懐にて受け入れよう」
「ほうほう」
俺は頷き、サマラとアンブロシアの間からぎゅぎゅっと抜け出してきた。
そんな俺に、僧侶は胡乱な者を見るを向ける。
「そもそも……お主はなんなのだ? 魔女……ではない。何の魔力も無い。いや、魔力が全く無いことはそもそも異常だ。私は……お主のような者は見たことがない」
「魔女というのは良くない。彼女たちは巫女なのでそう呼ぶべきである」
俺は主張した。
「巫女……? なるほど、異教の女僧侶であろうな。では、位としては私に近いという訳か」
僧侶は納得したらしい。
「つまり、巫女である彼女たちは、異教の神から力を賜って行使するのだな。ならば、理解できる。尊き神の力が、外法の力を打ち破ったのだ。これは素晴らしいことだ」
彼は目を細めた。
そうすると、なんとなく爬虫類っぽい印象になる。
しかし態度の大きな僧侶だなあ。
「だが、伝統は守られた。明日、新たな王が決定することは間違いがないだろう。めでたい、実にめでたい」
そんな事を言いながら、僧侶は去っていった。
なんだあれ。
突然現れた黒幕って感じだな。
「ユーマ、私あの人きらい」
リュカが膨れている。
あまり見事にほっぺたが膨らんでいるので、俺は突いた。
おお、凄い張りだ……!
「や、やめてユーマー!」
「おお、すまんすまん。だがああいう奴が好きな人間はいないと思うな。俺も大っ嫌いだ」
「奇遇だな。私もあの僧侶は好かん。エルフェンバインの二代目の方がまだましだ」
「……皆さん、すごく怖いんですけど……」
ヨーグルトのおやつみたいなのをちびちび食べつつ、アリエルが小さくなっている。
なんと、このヨーグルトみたいなのには匙が存在しているのだ。
ウーディルの教えとやらによると、牛の乳のみは加工して食することが許されているらしく、ヨーグルトは聖なる食べ物なのだとか。
ということで、特別に作られた匙を使って食べる。
しかも金属製。
この国、金属を精製する技術が発展しているらしい。
そのうえで、くず鉄などもたくさん出るようで、これを用いた細工物で生計を立てている鍛冶屋崩れも多いのだとか。
「しかし、一番地位が高いという僧侶が、次期国王に挨拶に来るんだな。どっちが偉いんだかよく分からんな」
「それは簡単な話だ。僧侶と言えど霞を食って生きているわけではあるまい。奴らとて、経済活動に縛られているのだ」
ローザが、金属の酒盃に注がれた酒を、少しずつ舐めるように口にしている。
「ああ、これか? かの僧侶どもが作っているという酒だ。南国の果実を絞り、発酵させているのだろうが……香りが弱いな。煮詰めて凝縮し、これでも濃くしているのだろうが、エルフェンバインのワインには劣る。いや、エールの方が余程良い」
リキュールのようなものらしい。
俺に向かって差し出してくるので、ちょっと口にしてみた。
「うーん……スイカの皮みたいな味と匂いがする酒だ」
「それがどういう果実なのかは知らんが、実に味気ない。アウシュニヤとやらも、酒では大したことが無いのだな」
ぶつくさ言いながらも、しっかりとお代わりするローザなのだった。
さて、俺は水と火の巫女から逃れられたことだし、スラッジに挨拶しに行くとしよう。
「私も行くー」
リュカが料理を小皿に盛ってついてきた。
彼女はこっちに来たばかりだから、俺が世話になったスラッジという少年をよく知ってみたいらしい。
彼女に言わせると、
「ユーマが悪い道にユーワクされないようにしないといけない」
のだそうだ。
何を危惧しているのやら。
未だに、スラッジの前には謁見にやって来たような連中がひしめいている。
これではまともに飯を食うことも出来まいな。
「リュカ、ぶっ飛ばせ」
「うん、いいよ。シルフさん、やっちゃってー」
大変アバウトな、風の精霊への呼びかけが放たれる。
すると、とんでもない勢いの風が、スラッジの目の前の謁見者たちだけを狙い撃ちして吹き荒れた。
連中、ごろごろと転がりながら吹き飛ばされていく。
はっはっは、見晴らしが良くなったな。
「おう、スラッジ。飯を食っているか」
「ユーマ! 無茶なことをしないで……と言いたいですが、正直助かりました。アムリタもまだ、本調子では無いので」
スラッジの横では、借りてきた猫のように大人しくなったあのツンツン娘がいる。
「でも、お陰でどうにかなると思います。まさか、こんな短い期間で決着が付いてしまうなんて……。いよいよ、明日は兄上と面会し、正式に会談を申し入れます。僕たち兄弟が争っている場合ではないんですから……!」
決意に燃える瞳というやつである。
スラッジは純粋に、良い明日が来ることを願い、そのために動こうとしている。
真っ直ぐで実に気持ちがいい奴だ。
甘ちゃんで理想論者だが、俺は好きだぞ。
なので、「明日は多分、今日よりずっとヤバイことが起こる」という俺の予想は話さないでおいた。
なに、これは俺が解決すればいいことなのだ。
「ユーマさん大変です!! お二人がっ、酔っ払って暴れだして、精霊を!」
アリエルが真っ青になって走ってくる。
おお、水と火の巫女が暴走したか。放置すると、国が一つ滅びるレベルの力を持つ二人である。
早急に止めねばならない。
「よし、リュカ、行くぞ。……って、何料理を詰め込んでるのだ」
「だってユーマ、ここのお料理も美味しそう……あーん、待ってユーマー!」
俺がさっさと騒ぎを止めに向かってしまうので、リュカが泣く泣くついてくる。
こんな馬鹿騒ぎの中、アウシュニヤの夜は更けていくのである。
父王に問い詰めたいことがあると、スラッジが言ったためだ。
「僕を甘いと思いますか、ユーマ」
真っ直ぐな視線で俺に訪ねてくるスラッジ。
おお、なんだこいつ。いっぱしの男の顔をするようになった気がする。
彼はアムリタを背負って、俺の横を歩いている。
アムリタは意識を取り戻していたが、どうやら召喚師に乗り移られていた時の記憶が、余さず残っているらしい。
相当なショックを受けていて、しばらくは療養が必要だろう。
スラッジはそんなアムリタを、守ると宣言した。
その時に覚悟が決まったんだろう。
「そうだな」
俺は頷いた。
「甘いな。極甘だ。歯が溶けてしまうくらいには甘いな。だが、お前はそれでいいんじゃないか? お前は俺じゃないんだし」
俺は基本、相手を否定しないスタンスだ。
スラッジが考えて出した結論ならば、それでいいんだろう。
「そうか……。そうですね。ありがとうございます、ユーマ」
「いやいや。まあ伊達にお前より長生きはしてないよ。人生経験はかなり浅いけどな」
「そうでしょうか。なんというか……ユーマの言葉には凄みとか、どこか、その、世界への絶望を感じます。誰にも期待してない、みたいな」
「鋭いなスラッジ……」
こいつはエスパーかな? とか思った。
だが、よく考えたら俺はそこまで深いこと言ってないしやってもいない。見抜かれてもおかしくはあるまい。
うむうむ、と一人合点していると、リュカが横に並んできて俺の脇腹をびしびし突っついた。
「うひょひょ、脇腹を突くのはやめなさいリュカさん」
「ユーマがなんか考えてたから来たんだよ。あれでしょ、ユーマはそんなじゃないよスラッジ。ただ、ちょーっとだけ人と違う考え方してて、おかしいものはおかしいって、最後まで言う人だから。だから……」
すごい力で、彼女は俺の腕を引き寄せた。
むぎゅっと、二の腕を胸に抱く。
「だからね、ユーマは凄いのよ?」
「なるほど……。ごめんなさい、ユーマ。僕、知ったようなことを言ってしまいました」
「お、おう」
なんか、リュカからの愛の篭った一言が、スラッジの言葉をひっくり返してしまった。
これはこれで照れくさくもあり、なんだ嬉しくもあるなあ。
「その、ユーマ。ユーマと一緒の女性たち、素敵な人たちですね。みんな、ユーマをとっても信頼しています」
スラッジがなんか、目をキラキラさせている。
俺はもう、こういうキラキラな瞳の少年にかける言葉なんて持ち合わせていないのだ。
かくして、俺はもう、照れるやらどうしたらいいか分からないやらで、召喚師と戦った時よりもよほど疲弊しながらソハンの屋敷に帰り着いたのである。
翌日は、王城へと戻る。
残る王子は、ヴィシャルとスラッジの二人だけ。
奇しくも、乳も母も同じ、血を分けた兄弟である。
だが、血の濃さは相互理解を保証しない。むしろ、血が繋がっているからこそ分かり合えないものだ。
それは俺が妹と大変仲が悪いので、証明できる事実だ。
てなわけで、愛憎渦巻くドロドロの展開を予想する俺だ。
その日の晩は、そりゃあもう、ひどい宴会になった。
大量の料理、酒、踊り子、歌い手、それらが次々に現れて、さらには道端にまで宴の席が広がって、野次馬がどんどん集まってくる。
というのも、ソハンはスラッジの勝利を確信したんだろう。
「なんと!! 三人の王子を下し、ついにはヴィシャル殿下を残すのみ!! わが娘婿殿であるスラッジ殿下の天下は近いぞ皆の衆ー!! 今宵の酒はわしの奢りだ!! 幾らでも出してやる! アウシュニヤ中の酒を飲み尽くせー!!」
うおおおお、と野次馬共が盛り上がる。
そういう集まりだった。
主役はスラッジだ。
国の名士らしき連中や、偉そうな戦士や将軍みたいな奴ら。果ては、ウーディル教で最も位が高いという僧侶までが挨拶にやってくる。
俺たちはと言うと、スラッジをいつでも護衛できる近くの席にぎゅっと詰め込まれていた。
「はい、次! 次はあたしだからね! サマラおどき!」
「ええーっ! まだ早いよ! アタシ、ユーマ様にあーんってしてもらってない!」
「はっはっは」
「おいユーマ。これは何だ? ピリピリと辛いが、やみつきになるな……」
「わっ、私は辛いのダメです……! 水、お水……!」
「お肉おいしいー!!」
まあ、これはこれで楽しんでいる。
大変堪能している。
女子たちはめいめいに、この国の酒を口にして、ほろ酔い気分だ。
護衛だっていうのにほろ酔いなのだ。
今、俺は右からサマラ、左からアンブロシアがしなだれかかって来て、身動きが取れない状態になった。
護衛なのに。
「ユーマ様、あーん」
「ほらユーマ、これ美味しいよ。どう? 口移しで食べてみる?」
ピーンチ。
逃げも隠れも出来ぬ俺。
このまま大変な事になってしまうかと思われた矢先である。
何やらスラッジに挨拶したらしい男が、こちらにも顔を出してきた。
「やあやあ、諸君が殿下の御身を守られた護衛かな? 見事見事。実にあっぱれと言う他無い」
そいつは、この蒸し暑い国で豪華な服装を身に着けており、冠まで被っている。
王以外で冠をつけているのは、僧侶に限られているのだそうだ。
ということは、こいつはウーディル教第一位である僧位にある男ということになる。
「一つ聞きたいのだが、ローヒト王子は外法の技を使う魔女を引き連れていたように思う。かの魔女は、人が相対できぬほど強大な魔物たちを呼び出し、あるいは我が神々の劣悪な模造品を行使して暴威を奮っていた。一体……いかにしてこれを制したのかな?」
魔女、という響きに、リュカがむくれた。サマラは剣呑な目つきで僧侶を睨む。アンブロシアは鼻を鳴らす。
ローザは我関せずだ。スパイシーな鳥肉をむっしゃむっしゃと食べている。
「まあ、どうにかこうにか倒したのだ」
「はぐらかす積りかね? 民衆の話を聞いていると、諸君らもまた、外法の技を用いて魔女を制したという事なのだが……その辺りはどうなのかね?」
「うむ、どうにかこうにか倒したのだ」
「むう、真面目に答えたまえ。幸い、ウーディルの教えは寛大だ。外から取り入れた力と言えど、その力で勝ち抜けば王は王。今や、スラッジ殿下の王位継承は確実と言えよう。……だからこそ、確認したいのだ。諸君らの力の源は何か? 外法、大いに結構。場合によれば、外法の力もまた、ウーディルの教えは深き懐にて受け入れよう」
「ほうほう」
俺は頷き、サマラとアンブロシアの間からぎゅぎゅっと抜け出してきた。
そんな俺に、僧侶は胡乱な者を見るを向ける。
「そもそも……お主はなんなのだ? 魔女……ではない。何の魔力も無い。いや、魔力が全く無いことはそもそも異常だ。私は……お主のような者は見たことがない」
「魔女というのは良くない。彼女たちは巫女なのでそう呼ぶべきである」
俺は主張した。
「巫女……? なるほど、異教の女僧侶であろうな。では、位としては私に近いという訳か」
僧侶は納得したらしい。
「つまり、巫女である彼女たちは、異教の神から力を賜って行使するのだな。ならば、理解できる。尊き神の力が、外法の力を打ち破ったのだ。これは素晴らしいことだ」
彼は目を細めた。
そうすると、なんとなく爬虫類っぽい印象になる。
しかし態度の大きな僧侶だなあ。
「だが、伝統は守られた。明日、新たな王が決定することは間違いがないだろう。めでたい、実にめでたい」
そんな事を言いながら、僧侶は去っていった。
なんだあれ。
突然現れた黒幕って感じだな。
「ユーマ、私あの人きらい」
リュカが膨れている。
あまり見事にほっぺたが膨らんでいるので、俺は突いた。
おお、凄い張りだ……!
「や、やめてユーマー!」
「おお、すまんすまん。だがああいう奴が好きな人間はいないと思うな。俺も大っ嫌いだ」
「奇遇だな。私もあの僧侶は好かん。エルフェンバインの二代目の方がまだましだ」
「……皆さん、すごく怖いんですけど……」
ヨーグルトのおやつみたいなのをちびちび食べつつ、アリエルが小さくなっている。
なんと、このヨーグルトみたいなのには匙が存在しているのだ。
ウーディルの教えとやらによると、牛の乳のみは加工して食することが許されているらしく、ヨーグルトは聖なる食べ物なのだとか。
ということで、特別に作られた匙を使って食べる。
しかも金属製。
この国、金属を精製する技術が発展しているらしい。
そのうえで、くず鉄などもたくさん出るようで、これを用いた細工物で生計を立てている鍛冶屋崩れも多いのだとか。
「しかし、一番地位が高いという僧侶が、次期国王に挨拶に来るんだな。どっちが偉いんだかよく分からんな」
「それは簡単な話だ。僧侶と言えど霞を食って生きているわけではあるまい。奴らとて、経済活動に縛られているのだ」
ローザが、金属の酒盃に注がれた酒を、少しずつ舐めるように口にしている。
「ああ、これか? かの僧侶どもが作っているという酒だ。南国の果実を絞り、発酵させているのだろうが……香りが弱いな。煮詰めて凝縮し、これでも濃くしているのだろうが、エルフェンバインのワインには劣る。いや、エールの方が余程良い」
リキュールのようなものらしい。
俺に向かって差し出してくるので、ちょっと口にしてみた。
「うーん……スイカの皮みたいな味と匂いがする酒だ」
「それがどういう果実なのかは知らんが、実に味気ない。アウシュニヤとやらも、酒では大したことが無いのだな」
ぶつくさ言いながらも、しっかりとお代わりするローザなのだった。
さて、俺は水と火の巫女から逃れられたことだし、スラッジに挨拶しに行くとしよう。
「私も行くー」
リュカが料理を小皿に盛ってついてきた。
彼女はこっちに来たばかりだから、俺が世話になったスラッジという少年をよく知ってみたいらしい。
彼女に言わせると、
「ユーマが悪い道にユーワクされないようにしないといけない」
のだそうだ。
何を危惧しているのやら。
未だに、スラッジの前には謁見にやって来たような連中がひしめいている。
これではまともに飯を食うことも出来まいな。
「リュカ、ぶっ飛ばせ」
「うん、いいよ。シルフさん、やっちゃってー」
大変アバウトな、風の精霊への呼びかけが放たれる。
すると、とんでもない勢いの風が、スラッジの目の前の謁見者たちだけを狙い撃ちして吹き荒れた。
連中、ごろごろと転がりながら吹き飛ばされていく。
はっはっは、見晴らしが良くなったな。
「おう、スラッジ。飯を食っているか」
「ユーマ! 無茶なことをしないで……と言いたいですが、正直助かりました。アムリタもまだ、本調子では無いので」
スラッジの横では、借りてきた猫のように大人しくなったあのツンツン娘がいる。
「でも、お陰でどうにかなると思います。まさか、こんな短い期間で決着が付いてしまうなんて……。いよいよ、明日は兄上と面会し、正式に会談を申し入れます。僕たち兄弟が争っている場合ではないんですから……!」
決意に燃える瞳というやつである。
スラッジは純粋に、良い明日が来ることを願い、そのために動こうとしている。
真っ直ぐで実に気持ちがいい奴だ。
甘ちゃんで理想論者だが、俺は好きだぞ。
なので、「明日は多分、今日よりずっとヤバイことが起こる」という俺の予想は話さないでおいた。
なに、これは俺が解決すればいいことなのだ。
「ユーマさん大変です!! お二人がっ、酔っ払って暴れだして、精霊を!」
アリエルが真っ青になって走ってくる。
おお、水と火の巫女が暴走したか。放置すると、国が一つ滅びるレベルの力を持つ二人である。
早急に止めねばならない。
「よし、リュカ、行くぞ。……って、何料理を詰め込んでるのだ」
「だってユーマ、ここのお料理も美味しそう……あーん、待ってユーマー!」
俺がさっさと騒ぎを止めに向かってしまうので、リュカが泣く泣くついてくる。
こんな馬鹿騒ぎの中、アウシュニヤの夜は更けていくのである。
1
お気に入りに追加
936
あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~
さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』
誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。
辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。
だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。
学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる
これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
アイマール・フィンの冒険~新米冒険者は神速の矢を放つ~
イーストバリボー
ファンタジー
新米冒険者アイマール・フィンに初めての仕事の依頼が届いた。それは森で迷子になった少女の捜索だった。たった一人で冒険に挑むことになったアイマールの成長物語。
どこか懐かしい感じのファンタジーを目指しました。応援してくれたら嬉しいです。イラストはマイフナ様でございます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる