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第二部 新王の後見人編

熟練度カンストの下城者

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 城も全く安心できんではないか、ということで、わいわいと城から出てきた。
 これは、ヴィシャルの手のものかローヒトの手勢か。
 十中八九ローヒトだろう。
 カメレオン状に壁に溶け込める暗殺者なんてのが、ホイホイいてたまるか。
 助け出したスラッジを後ろに庇いながら進んでいくのだが、こいつの顔色が悪い。

「どうした? 王様はなんか言ってたのか」

「はい。あれは……あれは、意味なんて無かった」

 絞り出すように言う。
 俺たちが進む先では、行く手を阻もうと兵士たちがやってくる。
 そいつらを、アンブロシアが水の精霊たちを呼び出して、穏便に退けながら進んでいるところだ。
 城内は第一王子、ヴィシャルの勢力圏だな。
 俺たちが王の寝室をぶっ壊したので、奴はこちらを敵として認識したのだろう。
 即座に攻撃に移ってくるあたり、迅速だが、まあ拙速だな。
 王ってものについてよく知っている訳じゃないが、あいつは王の器ではないと断言できる。
 あれだけビビリの王が生まれてみろ。
 疑心暗鬼で内部粛清の嵐だぞ。

「よし、ちょっと速度上げて走るぞ。サマラ、アムリタを頼む!」

「えーっ! アタシがあの子を持ってくんですかあ? 仕方ないなあ」

「ぎゃーっ! 何をいきなりひょいって担ぎ上げてるのよー!! ひいー、高いー! 怖いー! 下ろしなさいよー!」

 サマラがおもむろにアムリタを肩に担いだ。
 彼女は体格がいいから、アムリタくらいなら軽いものなのだ。
 パワーではリュカに次ぐからな。
 ぎゃーぎゃー悲鳴をあげる小娘を、軽々と運搬していく。

「ふむ、いかんな。まだまだ兵士が来るぞ」

「おー、さすがは王宮、きりがないぜ」

 今までどこに隠れていたのか、わらわらと兵士が集まってくる。
 正面突破してしまっても構わないが、こいつらはアウシュニヤを守る兵士でもある。ということは、彼らを減らせば国の武力が落ちることになる。
 スラッジが将来的に王になったなら、国が弱っていては困るだろう。
 できるだけ戦闘を避けていくことが望ましい。

「アンブロシア! 水路を使って逃げるぞ。多分、これ河とかに繋がってるだろ」

「あいよ! ヴォジャノーイ! ウンディーネ! 出ておいで!」

 城に張り巡らされた水場から、河童みたいなのと透き通った女みたいなものがわらわら登場する。

「さあ行くよ!」

 アンブロシアの掛け声に合わせて、水の精霊たちは組み合わさり、巨大な水のボールに変化する。
 俺は手近な木を一本切り倒し、さらに二つに割って足場とした。
 こいつを水のボールに飲み込ませて、と。

「よし、乗り込め!」

「うわあっ、こ、これなんですか!? 大丈夫なんですか……!?」

 スラッジはこの水のボールに入るのを躊躇しているようだ。アムリタはびっくりしたのか、黙ってしまったな。

「大丈夫だ。これを使って水路を走って、一気に河まで抜けるぞ。まさか水中を追いかけてくる奴がいるわけがないからな」

「おいユーマ」

 小声を出しつつ、ローザが俺の袖を引っ張った。

「何故、一々声に出して説明している? 貴様らしくも無い。これはまるで、何かを誘っているような」

「そういうことだ」

 俺が横目に見ると、じっとこちらを見るアムリタと視線が合う。
 これで彼女が何らかの手段で操られたりしているなら、黒幕に俺の話は筒抜けになっていることだろう。

「ヴルカン! なぎ払えーっ!!」

 最後に兵士たちに、サマラが炎の雨を降らせて吹き飛ばす。
 水も多いし、ただの爆風と炎だけだから人死には出るまい。だが、視覚効果だけは抜群だから、連中はちょっと腰が引けてしまうだろう。
 そこを狙って、俺たちは水のボールで出発した。
 猛烈な速度で水路を走っていく。

「なな、なんだあれはーっ!!」

 見たことも無い、ゆらゆら揺れる水面が球状になって走ってくるモノ。
 外に飛び出すと、集まってきていた兵士たちは驚愕して攻撃する事もできない。
 そして、このボールがまた速いんだ。

「あーっはっはっはっは!! どけどけー! ぶっ飛ばしちまうよーっ!!」

 核となっている丸太の先端に仁王立ちになりながら、アンブロシアが高笑いをあげる。
 事実、遠くから弓矢を使った兵士がいるが、奇跡的に命中した矢は回転する水に弾かれ、へし折られて押し流されていく。
 自ら動き回る激流みたいなものなのだな、これは。
 ボールは水路を抜けると、河に向かう地下水路へ繋がっている部分へ沈降。
 相変わらず高速のまま、水中を進行し続ける。
 城の兵士たちは、指を加えて見ているだけだったろう。
 ここはそれなりに長い地下水路。人間が追って来られる環境ではない。
 だから、そろそろだろうと俺は目星をつけていた。

「前か、後ろか」

 周囲は暗闇だ。
 光の差し込まない地下なのだから当たり前だが、ボールが進む音がうるさいから、例え接近するものがいてもその音を聞き取る事はできないだろう。

「サマラ、灯りを」

「はい。ヴルカン……!」

 サマラの胸元から、火の精霊の小人が何匹か飛び出してきて、組体操みたいな格好になった。
 炎と炎が組み合わさって、大きくなる。
 周囲を明々と照らし出した。

「おお、いたいた」

 俺は思わず笑ってしまった。
 それは、頭上だ。
 水のボールに張り付くような距離で、真上を高速で泳いでいるものがいる。
 一見してエイの怪物。
 だが、俺たちに見せているその腹の部分には、紛う事なき巨大な顔がついている。

「なんだいありゃあ……!? ……あれ、クラーケンの一種だねえ」

 地域によっては、エイの怪物がクラーケンだとするところもあるらしい。
 こいつは、その伝承に則った異なるクラーケン。
 クラーケンアナザーというわけだ。
 しかも、流線型をしたエイである。とにかく速い。クラーケンが、吐き出す水流で水の壁をぶち抜きながら泳ぐなら、こいつは刃のような形とまるでスクリューのように動く尻尾で、水を切り裂きながら泳ぐ。
 水を切り裂くという事は、つまり。

「アンブロシア、修復の用意! くるぞ!」

 クラーケンアナザーが、その巨体を僅かに傾ける。
 すると、ひれの部分が水のボールに接触。
 触れた部分が刃のように働いて、ボールを切り裂いていく。

「う、うわああああ!」

 切り口からあふれ出してくる水に、スラッジが悲鳴をあげた。
 俺にしがみついてくる。

「これこれ」

 俺の動きが鈍っては大変と、ローザがスラッジを引き離す。

「ユーマ、貴様はこいつ相手に何か策があるのか?」

「うむ。図らずも、サマラのお陰で完成した技があってな。どこまで応用できるか分からんがやってみる」

 俺はバルゴーンを構えた。
 虹色の刃をエイに向けながら、切りつける場所を認識する。

「”ディメンジョン”」

 空間を斬るイメージ。
 俺の思考どおり、目の前にある空間が切り裂かれる。
 そこには、名状しがたい色合いの世界が広がっている。
 俺はここにバルゴーンを突っ込んだ。

「も一つ”ディメンジョン”」

 突っ込んだバルゴーンの切っ先が、異空間をも斬り裂く。
 そして、剣が抜けた。
 抜けた先は、ボールの外側。
 虹の刃がエイのヒレに突き刺さる。

「よっ……と……!」

 異空間の中で、剣を動かせる範囲を確認しながら、俺は剣を動かしていく。
 開いた空間は、周囲のものを吸い込もうとするから、それに抗う必要もある。
 動きの細かな融通は効かないのだ。
 だが、

「いけるな。大きく振るえば、それに沿って切り口が動いていくぞ! よし!」

 俺は一気に、剣を振りぬいた。
 ボールの外で、虹色の軌跡が生まれる。
 それはエイの半身を大きく削り落とした。
 怪物が悲鳴をあげる。
 のた打ち回りながら、速度を大きく落とし、ボールから置いていかれる。
 俺は慎重に、ゆっくりと剣を異空間から抜いた。
 空間に開いた傷口は、すぐに閉じていく。

「ユ、ユーマ、なんだ、それは。いい加減貴様はでたらめだと思っていたが、そろそろ貴様のやっている事が分からなくなってきたぞ」

「うむ。詳しく説明すると長いんだが、俺たちの世界だとワームホールとか呼ばれてる現象でな。具体的には空間を切れる」

「凄まじいものだな……」

 ローザは溜め息をつきながら感心している。
 アンブロシアは首をかしげているので、多分全然分かってない。
 サマラはそもそも見るのが二度目だし、大体「さすがですユーマ様!」って言うので気にしないことにする。

「さすがですユーマ様!!」

 ほらあ。

「ありがとうユーマ。まさか、あんな怪物が水の中まで追ってくるなんて。僕たちが逃げるのが、ローヒトにばれていたんでしょうか」

 スラッジはようやく落ち着いてきたようで、質問を投げかけてくる。
 うむ、質問はいいが、まずはローザから離れよう。

「あっ、すみません!」

「ふふふ、少しの間、息子を持った母親の心地だったかもしれんな」

「えっ!? ローザさん、僕とそんなに変わらない年齢なのでは……」

 あっ、話題がそれた。
 それに、ローザはアラフォーだぞ。年をとっていないだけだ。
 だが女性の年齢に関する話は、みだりにするものではない。
 俺はあくまで、スラッジの質問にのみ答えることにする。

「スラッジ。ローヒト王子が俺たちの行く先を知ってたんじゃない。あいつに付き従う召喚師が盗み聞きしてたんだろう」

「それって、どういう……?」

「詳しい説明は、陸の上でやろう。そら、光が見えてきたぞ」

 地下水路を抜けた。
 バルサートゥの大河がとうとうと流れ、日差しが水面いっぱいに差し込んでいる。
 水のボールは水上目掛けて一気に上昇し、すぽーんと空に飛び出した。

「ヒャアー」

 水上でいかだに乗っていた奴がいて、腰を抜かして河に転げ落ちた。
 すまんな。
 水のボールはいかだを越えて着水する。そしてまたぐるぐると回転しながら、河岸へと突き進む。

「もう、ほんと、死ぬかと思ったわ!」

 サマラが下に降ろしたらしいアムリタが、青い顔をして言う。
 俺はしゃがんで目線を合わせて、彼女をじーっと見る。

「な、何よ」

 じーっと見る。じーっと。

「な、何見てんのよあんた!」

 俺の額をぺちっと叩いてきた。

「痛い! こいつは本物のアムリタだな」

「どういう見分け方をしておるのだ」

 ローザが呆れた。
 そこで、ボールは岸に到着だ。
 みんなわいわいと降りる。

「アムリタは時々、我ここにあらずって感じになる。で、さっきは俺が意図的に声に出して話をした時、やっぱりアムリタはそういう感じになった。それでさっきの襲撃だ」

 俺は、ボールから降りてきたアムリタに言う。

「なあ、そこにいるんだろ召喚師?」

 俺を見上げるアムリタの目つきが、すうっと細くなった。
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