熟練度カンストの魔剣使い~異世界を剣術スキルだけで一点突破する~

あけちともあき

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第二部 新王の後見人編

熟練度カンストの遭難者

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 アウシュニヤ王国は、大陸に存在するどの国よりも古く、長い伝統を受け継いできた国である。
 熱砂の王国と人は呼ぶ。
 西に無尽の砂漠を擁し、北には並人を寄せ付けぬ剣の如き山脈。東に行けば、空気そのものが熱い湯のように粘る雨多き異形の森。
 多種多様な気候の中心に位置するここは、それだけ多様な文化の民族による侵略と、戦い続けてきた国でもあった。

 第二十六代国王、ダーゲッシュは強壮な戦士であった。
 自ら前線に立ち、幾多の民族を迎え討ち、アウシュニヤの栄光を不動のものとしてきた王である。
 だが、いかに強き王と言えど、寄る年波には勝てない。
 彼は熱帯の森が運ぶ熱病にかかり、床に臥せった。
 ヤマと呼ばれるこの熱病は、死病である。
 ダーゲッシュの命はそう長くは無かった。
 ゆえに、彼は次なる王を任命することになる。
 アウシュニヤの王とは、力である。
 次代の王もまた、力によって選ばれねばならない。

「勝ち残った王子を、我が後継者とする」

 彼の残した言葉が、アウシュニヤ全土を混乱の渦に巻き込むことになるのだった。



 第七王子スラッジは、命を狙われていた。
 現王ダーゲッシュが、王子たちの殺し合いを推奨したのだから、当然とも言える。
 だが、心優しい王子にとって、それは降って湧いた災難だった。
 王位継承権からは程遠いと思われていた彼は、ダーゲッシュの正妻が産んだ最後の王子である。
 知恵は優れず、年若いがゆえに武にも優れない。
 彼に武術を教えた師範も、「才能は無い」と陰口を叩く。
 だが、誰も彼を悪くは言わなかった。
 スラッジは心優しい少年で、例え平民だろうと、奴隷であろうと、蔑むことをしない王子だった。
 民は彼を愛し、彼を才能なしと評価した教師も、師範も、やはり彼を愛した。
 故に、彼は狙われたのである。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 荒い吐息をつきながら、夜の砂漠を駆ける。
 たった一人。
 教師は、召喚師に呼び出された空飛ぶ小鬼たちから、彼をかばって死んだ。
 師範は、召喚師に呼び出された六つ腕の悪鬼たちを食い止めるために一人立ち向かい、死んだ。
 乳母であった女は、仕掛けられていた人食い砂蟲から彼を庇い、喰われて死んだ。
 それだけだ。
 彼には人望があったが、力は無かった。
 だから、己の保身を考えるものたちは彼に付かなかった。
 武力だったり、知力だったり、権力を持った他の王子たちに組みした。
 スラッジを狙うのは、第三王子ローヒト。異国から来たという黒髪の召喚師の女を従え、異形の怪物たちを次々に送り込んでくる。
 数少なかったスラッグを守る者たちは、それで一人残らず死んだ。
 スラッジは、自分のために失われた幾多の命を背負い、走る。
 涙をこらえて走る。
 生き残らねばならないのだ。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 夜の砂漠は寒い。
 肌を突き刺すような冷気が、薄衣を通して伝わってくる。
 満足な装備などしてくる余裕は無かった。
 ただ、乳母が残した女物の布を一枚羽織るばかり。
 すでにそこに、彼女のぬくもりは無い。
 だが、微かに匂いがする気がした。

「あっ……」

 スラッジは目を見開いた。
 目の前に、朽ちた石造りの建物がある。
 ごく小さいそれは、砂漠に呑まれる前、この土地にあった村の残骸であろうか。
 そこからは小さな明かりが漏れている。
 人がいるのだ。

「もし……賊だったら、どうしよう」

 呟く。
 夜の砂漠は、危険な場所である。
 昼は姿を見せぬ獣が徘徊し、不用心な旅人を狙う賊が、身を潜める。
 今目の前にあるような、砂漠の廃墟とも言える建物であれば、中にいるのが賊だという考えは至極当たり前のものだった。
 だが、他に選択肢はない。
 着の身着のままで飛び出してきた身の上だ。
 このまま風を遮るものとてない夜の砂漠で、例え獣や賊に襲われなかったとしても、無事に夜を明かせる自信はない。
 スラッジはなけなしの勇気を振り絞り、建物へと向かっていった。
 ざくりざくりと、砂を踏みしめる音がいや大きく感じる。
 口の中も、喉もカラカラだった。
 だが、一筋の希望を胸にし、少年は半ば崩れた建物を覗き込む……。
 そこには、

「あっ、しんでいる!!」

 灰色の衣装をまとった男が、潰れたカエルのような姿勢で転がっていた。
 スラッジは慌てた。
 男の近くには火がついていると言うのに、なぜ倒れているのだろう。
 もしや、賊が彼を殺して荷物を奪い去っていった……? ならばなぜ火を消さないのか。
 確かに男は荷物など何も持っていないが……。
 中止したスラッジ。
 男の腹が上下していることに気づいた。
 生きている。

「あ、あのっ、大丈夫ですかっ」

 近寄って、腹のあたりをつついた。
 思いの外鍛えられた筋肉の感触。
 すると、倒れていた男は、

「ぶはっ」

 と声を上げると、腹を押さえて痙攣した。

「つ、突かないでくれ……! くすぐったい!」

「で、でも、僕はあなたが死んでると思って……」

「うむ……。オアシスで水に落っこちて仲間たちとはぐれてな……。食べ物が無いのだ」

 男は悲しそうな顔をした。

「お腹がすいたよう」

 なんと悲しげな声を出すのか。いい大人なのに。
 スラッジは思わず、自分の体をまさぐった。
 何か持ってきていないだろうか。
 気づくと、乳母が残した布に、焼き菓子がくるまれているではないか。
 彼女は一人逃げるしか無かったスラッジが、せめて腹を空かさぬように、菓子を挟んでいてくれたのだろう。

「あの、これでよかったら。でも、水とか無いですし」

「おおお、ありがたい!! ありがてえありがてえ」

 男がスラッジを拝んできた。
 そして、彼が腰につけている袋がたぷんと音を立てる。
 どうやら、彼が落っこちたというオアシスにて、水だけはたっぷり補充していたらしい。

「ああ、これは間違いなく水だ。俺が出したサムシングではない」

「さむしんぐ……?」

 よく分からない言葉を口にする男だった。
 だが、悪い人間ではなさそうだ。
 気が緩むと、途端に疲労が体を襲ってくる。
 スラッジはふらふらと、倒れ込むように床に崩れた。

「おい、お前こそ大丈夫か?」

「はい……。なんだか、安心してしまって……」

「事情は分からんが、まあ追われてるか何かだろう。こういうのはお約束でそうなってるもんだ。俺は詳しいんだ」

 よくわからないことを言う男だった。
 彼は焼き菓子を貪るように食うと、水袋の中身を一気に煽った。
 そして、じっとスラッジを見て、

「飲むがいい」

「いいんですか?」

「うむ……。命を救われた礼だ。俺と間接キッスになるがそれで良ければ飲むがいい」

「ありがとうございます!」

 スラッジは水袋に口をつける。
 男が食べていた焼き菓子の味がした。
 綺麗な水が、乾いた喉を潤していく。
 たちまちのうちに、残った水袋の中身をすべて飲み干してしまっていた。

「ふうっ……」

「いい飲みっぷりだ。さあ、暖まって行くのだ。しかし沙漠の夜は冷えるのう……」

 寒い寒い、と言いながら、男は焚き火に手をかざしている。
 スラッジもまた、彼の言葉に甘えて手をかざした。
 スラッジは正妻の子ではあったが、あまり期待はされていなかった。
 兄である第一王子は優秀であり、体も頑丈で、間違いなく王位を継ぐことができる逸材だと見られていたからだ。
 第一王子の予備は必要なかろう、という周囲の考えで、スラッジはさほど重要視されずに育った。
 そのため、彼は王都の平民街にほど近い屋敷で育ち、周囲の子どもたちとも仲が良かった。
 身分の差はあれど、偉ぶる必要がない環境で育った彼は、素直に礼を口にすることができる。

「本当に、ありがとうございます。もう、なんとお礼を言っていいか……。ですけど、僕にはあなたに返せる物が何もない」

「焼き菓子をもらったではないか。あれだけで、俺はお前にあと何回か恩返しをしてもいいくらいの恩義を感じているぞ」

「でも……」

 スラッジは思った。
 この人まで巻き込むわけにはいかないと。
 あの、常軌を逸した王位争奪の争い……戦争とも呼べるようなものに、このちょっと間が抜けているが人の良さそうな男を巻き込んではいけない。

「僕についてくると、その、あなたの生命が……」

「なるほど」

 男は、遠くを見る目をした。
 目の焦点が合っていない。
 だが、これは何を意味しているのか。
 スラッジはすぐに気づいた。
 遠くで、羽ばたく音がする。
 砂漠の夜を飛ぶ鳥などいない。
 砂漠は寒く、空を行くものたちを凍りつかせてしまう。それに、地上に餌となる獣は少ない。
 だから、砂漠で夜に飛ぶものがいるとしたら。
 それは尋常ならざる存在だ。

「小鬼が……!」

「それだけじゃ無さそうだが、まああれか。お前を狙ってきたのか」

「……はい。すみません……。あなたを、巻き込んでしまった……」

「ああ、なに。それは別にどうでもいい」

 男は、心底、巻き込まれたとかには興味が無いと、立ち上がった。

「あれは、お前の敵か? それとも……いや、狙ってくるんだから敵だよな」

「は、はい。兄のローヒトが遣わした、召喚獣とやらいう怪物です」

「召喚獣? そういうのがお前の国にはいるのか?」

「いえ、ローヒトが連れてきた、異国の女魔術師……召喚師とか言ってましたが、その女が喚んだものです」

「なるほど、なら問題はない」

 悠然とした足取りで、男は外に出ていった。
 空が、微かに白んできている。
 夜明けが近いのだ。
 そして、空には無数の黒い影。
 それらは腕が長い人の姿をしており、背中に大きなコウモリの翼を持つ。
 小鬼……グレムリンと呼ばれる魔物であった。
 グレムリンは一人姿を表した男を指差し、ゲラゲラと笑った。
 わざわざ姿を見せに来たのか。
 死にに来たのか。
 そうして、彼らは石の礫を召喚する。
 これは、彼らが生来持つ魔法能力。
 この世界に召喚された彼らは、魔物でありながら魔法を行使することができるのだ。
 これまで、スラッジの仲間を幾人も殺したこの礫が、この男もまた打ち殺す……。そのはずだった。



 無数の礫が飛翔する。
 男はだらりと手を両脇に下げたまま。
 ついっ、と目線を上げた。
 無造作に腰に手を当てる。

「虹彩剣……バルゴーン」

 虹色の輝きが生まれる。
 抜き放たれた、万色の刃。
 それが、全ての礫を撫でるように動いた。
 まるで魔法のような光景が展開する。
 礫が男を避けて、周囲に飛び散っていく。
 それらは徐々に方向を変え、少しずつ上に、少しずつ収束し。
 やがて、礫は小鬼たちを捉える。
 男に向けて放ったはずの礫が、正確に打ち返されてきたのである。

「この角度か。覚えたぞ」

 小鬼たちはパニックに陥る。
 慌てて、追加の石礫の魔法を放つ。
 だが、それは打ち出された直後、一発残らず全てが打ち返されてきた。
 多くのグレムリンが、返された礫に迎撃されて落下していく。
 ここに来て、グレムリンは事情を察した。
 慌てて号令を出す。
 奥の手を使うのだと。
 残っていたグレムリンが一つに集まりだす。
 彼らは、接触した者同士が溶け合い、融合し、一つの巨大な怪物を形作っていった。
 大きな屋敷一つに匹敵するような巨体と、それに数倍する蝙蝠の翼。そして邪悪な猿のような顔。
 たかだが一人の人間を相手に、グレムリンは秘していた奥の手を放つ。
 ジャイアントグレムリンとでも呼ぶべきそれは、上空にて大魔法の行使をする。
 天空に穴が空く。
 グレムリンのいた世界への穴だ。
 そこから、巨大な岩石が召喚されてくる。
 まるで隕石のように、それは地上の剣士目掛けて降り注ぐ。

「メテオストライクか。あるある」

 男はそう呟いた。
 言葉の意味は、ジャイアントグレムリンにはよく分からない。
 だから、その後に起こった状況だけが、彼に理解できた全てだった。
 まず、落下した隕石に、虹色の軌跡が縦一文字に走った。
 その直後、隕石が真っ二つに割れる。
 落下したときに生まれた衝撃もまた、冗談のように真っ二つに割れた。
 もうもうと立ち込める砂煙。
 空まで昇ってくる衝撃破。
 ジャイアントグレムリンは思った。

 ……やったか!?

 彼の眼前で、衝撃波が巻き上げた砂煙が、二つに割れた。
 そこには……衝撃波に乗って昇ってきた、男の姿がある。
 彼は既に、どこから取り出したのか、手にしていた巨大な虹色の剣を振り下ろした姿勢だ。
 ジャイアントグレムリンは、その男に対して攻撃を仕掛けようと思い立ち……。
 その視界が、上下にずれていくのに気づいた。
 これは……。
 これは、一体……!



 上空で、小鬼が一つとなった、巨大な悪魔が崩れ落ちていく。
 真っ向から二つに割られ、存在を維持できなくなったのだ。
 スラッジは呆然と、その光景を見つめている。
 落下してきた巨大な石は割られ、彼の左右に転がっている。
 衝撃波は撒き散らされたのだが、それすらも、あの男は断ち割った。
 ゆえに、この廃墟と、そこにいるスラッジだけが無事で、この光景を見つめていた。
 悪魔が滅び、男は悠然と地上に降り立ち……。
 そして夜が明ける。

「あ……あなたは……。あなたは、一体何者なんですか……」

「戦士ユーマだ」

 男は答えた。

「焼き菓子の礼だ。お前を手伝ってやろう」

 熱砂の王国に、灰色の剣士が降り立つ。
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