熟練度カンストの魔剣使い~異世界を剣術スキルだけで一点突破する~

あけちともあき

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第一部終章 熟練度カンストの凱旋者

熟練度カンストの希望者

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 森の中を潜り抜けていくのである。
 ここは、リュカとともに歩いた道だ。
 当初は、リュカが森の構造などをよく知っていることに驚いていたものだ。
 飲み水に食べ物、キャンプやら何やら。
 思えば現実世界からこちらにやってきて、最初の洗礼だったように思う。

「あ、川がある」

 リュカの隣を歩いていたサマラが、せせらぎの音を耳にしてぴょんと飛び跳ねた。

「実は、喉が渇いてて……」

「水ならあたしが幾らでも出したのに」

「アンブロシアが出す水って、その場所の湿気なんかを集めるんでしょ? 森の中だと、ちょっと癖のある臭いになるから……」

「ははあ、サマラ、あたしを使って川の水を濾過するつもりだね……?」

 これから、世界の命運をかけた戦いに臨むと言うのに、俺たちに緊張感は無い。
 そもそも、向かう土地はリュカの故郷。滅ぼされた村だ。
 だが、彼女の中でも、既にこの事には決着がついているらしい。
 元々リュカは、自分のこととなれば割りきりが早いほうだった。
 自己犠牲の精神を持っているのだろうか。だからこそ、俺が出会ったときに彼女は処刑されようとしていて、その時も恐れる様子は無かった。
 リュカが恐れるのは、自分が親しくしている人々が傷つくことだ。
 今は、リュカと親しい娘たちが、皆、俺の切っ先の届く範囲にいる。
 それが絶対的な安全を意味するのだと知っている。
 だから、リュカは緊張などせず、自然体でいられるのだ。
 リュカの雰囲気は、みんなにも伝播する。
 サマラはアンブロシアと減らず口を叩きあっており、ローザは森の中を歩く足取りが危なっかしい。彼女をハラハラしながら見守り、つまずいたりした時にサポートしているのはアリエル。
 良い関係なのではないだろうか。

「ほう、川か。アンブロシアがいれば、水には困らんが、臭いのしない水も恋しくなってきていた頃だ。どれ、いただこう……」

 ローザが川に近づいていく。
 あっ、嫌な予感がするぞ。

「あっ」

「あっ、ローザが足を滑らせた!」

「ローザさん!?」

「あー」

 流されていく。
 いかん。
 慌てて、アンブロシアが水の精霊を呼んだ。
 ウンディーネが川の流れをゆったりしたものに変える。
 俺はバルゴーンを大剣に変えて飛び込んだ。
 剣をサーフボード代わりに操り、ローザに追いつくと、

「ローザは本当に運動音痴だな……」

「私は頭脳労働専門でな」

 悪びれない彼女を拾い上げた。
 振り返ると、リュカが笑っている。

「前に流されたのはユーマだったもんね?」

「うむ……何もかも懐かしい」

 川原で一晩を明かすことにする。
 記憶の中にあった、黄色い果実を切り落としてみんなに手渡す。
 トバトの実とか言ったっけ……。
 生活能力ゼロの俺の命を繋いでくれた木の実だ。
 リュカが紹介した実で、一番美味かった気がする。

「風の音がする」

 リュカが果実を齧った後、木々の合間から覗く空を見上げる。
 森を吹き抜ける風は無い。
 だが、ゴウゴウと低い音を立てて流れる風の音だけが響いているのだ。
 ありとあらゆる風が、ゼフィロスに吸い上げられているのだろうか。
 風が流れなくなれば、空気は停滞し、淀み、やがて腐っていく。
 オケアノスに支配されていた、ネフリティスの海と一緒だ。

「風は流れるようにしないとね。そうしないと……」

 リュカの言葉は少し曖昧で、だが不思議と心に染みる。
 翌日、アリエルが植物の精霊たちと交渉し、森を抜ける近道を教えてもらった。
 以前とは比べ物にならないほどの短時間で森を抜ける。
 その先にあるのは、リュカの村とは違う、もう一つのラグナ教に滅ぼされた村だ。
 今や、草木が村を侵食し、畑があったところにはぼうぼうに野草が生い茂る。
 誰も、この村に戻ってきてはいなかった。
 山に逃げた、老婆と子供たちはどうなっただろうか。
 進む先、俺が作った村人たちの墓の跡が見えた。
 そこに植えられていたオークの苗は、僅かに大きくなっているような気がした。
 葉が、さやさやと風にそよぐ。
 ……風に……?

「遍く風の王ゼフィロス。今、人の子らが新たに、あなたの子らへと加わります。彼らを迎え入れ、祝福をくださいますよう」

 リュカが呟いた。
 それは、精霊を信じる人々が風の王に死者を送る時の、祈りの言葉だ。
 ゼフィロスが死者を迎え入れる……。
 風の王は、死者に祝福を与える。
 あの黒い風は……触れた生き物を殺してしまう風だ。

「うん。ゼフィロス様を信じていた人たちは、みんな死んでしまったのかもしれない。もう、私以外、誰もゼフィロス様を知らない。ゼフィロス様に気付かない。ゼフィロス様をお祀りすることもない」

 ゼフィロスは忘れられ、ただのそういう、自然現象として人々に認識されるようになっていくのか。
 ならば、あの黒い風は。
 世界を覆ったスーパーセルは、ゼフィロスの最後の抵抗だったのだろうか。
 村を抜けていく。
 街道を真っ直ぐに進む。
 ゼフィロスの風により、国家でさえも地域によって分断されている。
 ラグナ教の連中が、ここまでやってくる事は出来まい。
 誰ともすれ違うことなく、俺たちはただ、道を進んだ。
 やがて……。

「見えた」

 リュカの言葉が無ければ気付かなかった。
 道の途切れた先で、あの村があった。
 既に、村であったと言う形も残ってはいない。
 それは、まるで数十年を経たかのように木々に覆われ、だがしかし、生き物の気配を感じない死んだ森になっていた。
 森の中央だけが、不自然に木々がよじれ、道をあけている。
 俺が近づいてみると、足元にサラサラとした灰があるのに気付いた。
 これは、ラグナの執行者が分体を使って放つビームの副産物だ。
 誰かがここでビームを放ち、真っ直ぐ先にあった、リュカとゼフィロスが接触した聖地を攻撃したのだろう。
 
「ねえ、誰かいるんだけど」

 サマラが気付いたようだ。
 彼女の目線の先に、一人、佇む者がいる。
 俺も目を凝らした。
 恐ろしいほど静かな場所だ。
 ここには、ゴウゴウと渦巻く風の音も聞こえない。
 俺たち以外に何の気配も無い。
 だから、そいつがいることに気付かなかったのだ。
 そいつは、聖地があった場所に立ち、じっとこちらを見つめている。

「……お前は……」

 俺には見覚えがある顔だ。
 二度、俺が倒した男だ。
 勇者リョウガ。
 一度目は足を斬り飛ばし、二度目はとどめを刺した男。
 ゼフィロスの力を受けて、強化されたデスブリンガーのリーダー。

「ここでやるつもりか?」

 俺が問いかける。
 だが、奴はじっとこちらを見るばかりだ。
 表情と言うものは無い。
 正常とはいえない状態である。
 ふと気付いた。
 奴が手に握っているものは何だ。
 あの男の得物は、最強の魔剣デュランダル。黄金に輝くロングソードだ。
 俺が折った剣である。
 しかし、それは元の形を取り戻している。
 リョウガは緑色のマントをたなびかせ、無表情にこちらを見つめている。

「な、なんだか……背筋が寒くなってきます」

 アリエルが青い顔をしている。

「人間と向き合ってる気がしないね……。ありゃ、一体なんなんだい?」

「デスブリンガーの一味だったはずだが……まだ生き残りが……いや、違うな」

 アンブロシアが湧き上がる恐れを隠すように相手を睨みつけ、ローザは考える。

「あれは、ゼフィロスなのではないか? 死体を動かしているのだ」

「うん……あの人から、強い風の力を感じる。感じ始めた」

 リュカの言葉と同時に、リョウガの姿をしたものは歩き出した。
 まるで地面が無いかのように、草木の間をすり抜け、こちらにやってくる。

「そうか。俺に合わせてくれたってわけか?」

 俺はバルゴーンを抜き放つ。
 奴はぶら下げていたデュランダルを無造作に天へ向け、突き上げた。

『定命なる人の子よ』

 そいつは……唇を動かすことなく、話し始めた。

『かくして、精霊の時代は終わる。人の時代は来ない』

 マントが膨らみ、そいつは空に浮かび上がっていく。
 最早、疑う余地は無い。
 あれはゼフィロスだ。

『全ての人の子を迎え入れ、新たな時代の夜明けを告げよう』

 剣ごと、両手を空に向けて掲げる。
 バンザイのようなポーズだ。
 俺はその姿に、初めてカミサマってやつを感じた。
 ああ、そうか。
 こいつは、自分の信者だろうと、自分を排除する人間であろうと、平等に迎え入れるんだな。
 だがまあ、迎え入れるってのが死と同義なんだ。
 そりゃあ遠慮したい。

「ユーマ、いくの?」

 リュカに声を掛けられて気付いた。
 俺は自然と、奴に向かって歩き出していたようだ。
 参った。
 これはいつもの癖だ。
 考えるよりも先に、体が動いてしまう。

「ユーマ様、それは、アタシたちのためですか?」

「また、人を助けるために行くのかい?」

「私たちだっているのだ。また全て背負うつもりか?」

 うむむ。
 女たちが口々に言う。
 そうか?
 そんなか?
 俺はそんなに、人のために我が身を犠牲にしてるか?
 うーむ、確かに、俺にはこれといってやりたい事など無かった。
 だから、俺が親しくなった誰かが喜ぶ事が、俺のやりたい事なのだと思ってきた。

「ユーマさん。私はですね、あなた、もっとわがままになった方がいいと思うんですけど」

 むっ。

「ユーマ」

 俺の腰の辺りを、リュカがつんっとつついてきた。

「なんだなんだ」

「ユーマがやりたいようにしたらいいんじゃないかな。今しようとしてる事ってさ、ユーマがやりたい事?」

 俺は一瞬だけ考えた。
 ゼフィロスを倒す。
 そうしたらどうなる。
 大体、面倒な事は終わる。多分終わる。
 そうなったらどうする。
 ……みんなと、ちょいと長い間、まったりしてもいいじゃないか。
 いいな、それ。

「うむ。結果的にそうなるな」

 すると、リュカが笑顔になった。

「ユーマがやりたい事なんだね? 良かった! これからさ、戻ってきてからさ、もっと色々見つかるよ。やりたい事見つかるよ」

「うむ。そうだといいなあ」

「うん、だから、ちゃんと、戻ってくること」

 彼女の眼差しを、俺は目を逸らすことなく見つめ返す。
 頷いた。

「いつも通り戻ってくる」

 俺の口元にも、笑みが浮かんでいた。
 そうだな、それじゃあ、とっとと目の前のことを片付けないとな。

「シルフさん、お願い……」
 
 リュカの言葉が響く。
 周囲で、風が巻き起こった。

「リュカさん、ゼフィロス様からシルフの支配権を奪ったんですか!? ありえない……」

 リュカならやるだろうさ。
 風が俺の背中を押す。
 俺の体が空へと舞い上がった。
 ゼフィロスは、じっと俺を待っている。
 よし。
 最後の戦いを始めるとしよう。
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