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第一部終章 熟練度カンストの凱旋者
熟練度カンストの対峙者
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騒がしかったヴァイスシュタットの町に、一時の静寂が訪れる。
聞こえるのは、吹きすさぶ風の音ばかり。
町を取り囲むように、巨大な積乱雲が発生し、凄まじい速度で流れていっている。
つまり、ヴァイスシュタットはスーパーセルの中に飲み込まれた形になっているのだ。
「おい、クラウド、今の俺はあんたにだって負けねえ。いつまでもギルドの仲間に後ろ指さされるような事はねえんだ」
「ほう……。あのリョウガがでかい口を叩くようになったものだ」
リョウガとクラウドが俺を無視して向かい合っている。
リョウガはデュランダルを構えながら、何やらマフラーが不自然な方向に棚引いている。
「風の魔力を感じます。その戦士、ゼフィロス様の祝福を受けています!」
タンクが一人やって来たかと思ったら、その影からアリエルが顔を出して叫んだ。
あっ、そいつ、俺たちが盾にしてたタンクか。
奇しくも、こいつ一人だけが一般デスブリンガー最後の生き残りになってしまった。
彼は股間のあたりを女子たちに人質に取られており、大変大人しい。
しかし聞き捨てならぬ。
あのリョウガがゼフィロスの力を受けるということは、やはり風の精霊王も敵に回ったと言う事なのだろうか。
俺の中では、ゼフィロスは最も親しみを感じていた精霊王だ。
リュカに呼びかけ、リュカの召喚に応じ、アータルを倒し……。
それが、レイアに与しているというのだろうか。
奴は、最初から俺たちを欺いていたのか。
俺はリュカを見上げる。
彼女の姿は空に浮いている。
どういう原理かは分からないが、恐らくはゼフィロスの力を受けているのだろう。
「聞こえているだろうレイア。今からそこに行く」
「はっ。翼も無い人間が、どうやってここまで……」
「ゲイルッ……!!」
俺の言葉に羽ばたきが応える。
現れるのは、頼れる空の相棒、有翼の亜竜。
俺はこいつの背中に飛び乗ると、高く舞い上がった。
「どこにそいつを隠していたのですか……!?」
「ゲイルはいつも、俺たちの上空で待機させている。みんなで乗るのは無理だが、俺一人となれば、呼ばない理由が無い」
ちなみに今回は、上陸した後、町外れで葉っぱなどを被って隠れていたのである。
「行っちゃえ、ユーマ様! リュカ様を助け出せー!」
「あんたの力、見せてやりな! 土の精霊女王がどれだけのもんだい!」
「行け! 貴様は、リュカと一緒でなければ締まりが無くてかなわんからな」
俺は三人の言葉に頷いた。
高く、高く舞い上がっていく。
「ええい、ゼフィロス! 力を貸しなさい!」
レイアが天空に向けて叫ぶ。
すると、四方八方から、ゲイルめがけて猛烈な風が吹き付けてくる。
俺はこれに切っ先を向けると、
「伊達に、何度もリュカの風を受けてない。精霊が吹かせる風の性質は、よく分かっているつもりだ」
風向きに切っ先を差し込み、そのまま切り裂いていく。
衝撃波をも切り裂くバルゴーンだ。
精緻なコントロールさえあれば、風を裂くことなど造作もない。
「風を斬る……!?」
「いかにも」
俺とゲイルの呼吸を合わせ、一体となる。
人竜一体。
吹き付ける風を、連続して切り裂いていく。
叩きつける暴風なら受け流し、槍のように突き刺す烈風は真っ向から叩き切る。
圧するが如き強風は縦横無尽、千千に斬って引き裂いて。
俺の視線はリュカだけを見つめる。
だが、剣が狙いを誤ることは決して無い。
「ゼフィロスの風が……! あの魔風では止められない……!? リョウガ! 勇者リョウガよ何をしているのです! あなたの役割は、かの魔王を討ち滅ぼす事のはず……!!」
「分かってるよ! ちいっ! てめえとの決着は後回しだクラウド!」
下方から気配が昇ってくる。
それは、ゲイルを貫くように一直線。
俺は既の所で、亜竜の体勢を変えさせ、一撃をやり過ごす。
奴は自在に空を飛ぶのか。
風になびくマフラーを身に着け、リョウガがリュカの前に立ちふさがる。
「そうだった……! 俺に恐怖を植え付けた男、ユーマ……! お前も処分して置かなくちゃいけないんだったよなあああ!!」
破れ鐘のような声で叫ぶ。
襲いかかるのは、人間離れした気迫の圧。
これを俺は、一文字に切り裂いた。
「どけ。リュカは取り戻させてもらう」
俺の視線は奴ではない。その背後にいる、リュカに注がれている。
ゲイルが俺の思いを汲み取る。
翼が空を打ち、レイアを宿したリュカとの距離が詰まっていく。
「お、おおお……!」
リョウガがブルブルと震える。
「俺を、俺を無視するな……! 無視するなあああああ!!」
奴が手にしたデュランダルが輝く。
黄金の剣が、風をまとって振りかぶられ、嵐となった斬撃が俺たちに向けて叩きつけられる。
鋼よりもなお固く、凝縮された風の刃だ。
触れれば忽ちのうちに、亜竜であろうと両断される事であろう。
ならば、この風を二つに裂いてしまえば良い。
リョウガによって折られた、俺の魔剣バルゴーン。
だが、アルフォンスの手によって再生した時、バルゴーンは変化する力を失い、しかし俺の剣捌きをより精緻にするよう強化された。
常に動き続け、留まることが無い風の刃であろうと、その挙動を正確に捉えて断ち割ること……それは、難しいことではない。
俺が差し込んだ刃が、繰り出された嵐刃をするりと切り開いていく。
行き先を遮る風が割かれれば、そこに生まれるのは無風の道である。
ゲイルが突き進む。
「な、な、なぁっ……!! 何故だあああ! 俺は、俺は風の精霊王の力を受けて、パワーアップしたはずなのに!! デュランダルだって強くなった! 俺がチートで作った武器が、更に強くなって……! なのに、どうしてお前には通用しない!!」
「そこを、どけ……!!」
奴の戯言に付き合う気など無い。
俺はリョウガに向かって進みながら、一文字に剣を振るった。
咄嗟に奴はデュランダルを立てる。
武器の強度で言うなら、デュランダルは絶対武器である。つまり、何者にも侵されぬ不壊の刃。論理的に破壊することは叶わない。
だが、俺はこれを断つ術を心得ている。
使い手の気が篭もらない武器など、どれほどの業物であっても据え物に過ぎない。
なら、俺の技とバルゴーンの力を合わせれば、絶対武器であろうとその根源から断ち割る事が出来る。
バルゴーンとデュランダルが触れ合ったと見えた瞬間、ボグッ……と鈍い音を立て、黄金の剣がへし折れた。
「……あ……?」
同時に、リョウガの胸から上が二つに断たれ、宙に舞う。
これがクラウドであれば危なかった。
あの男の銃は、その端までも己の気が行き届いた完成された絶対武器である。
奴の強さは、その圧倒的に強力な自身と自負にある。
隙と言うものが無いのだ。
ただ、隙さえあるなら、例え神であろうと俺は断ち切る自信がある。
信じられないものを見たような顔をして、リョウガであったものが地面へと落ちていく。
「おおおおっ…………」
「ユーマ……!」
リュカの口からこぼれるのは、レイアの呆然とした声。
そして、俺が誰よりも聞きたかった声。
土の精霊女王の束縛を離れて、リュカの手が俺に差し出される。
「精神を……支配、支配したはずです……! この肉体は、私が受肉するために幾世代もの改良を重ねて積み出した、私のためのもの……そのはず、なのに……!! 逆らうなっ、逆らうな!! 私に逆らうな、人間っ……!!」
血を吐くような声だ。
だが、それを押しのけるように、リュカの小さな手はまっすぐ、空を掻きながら俺に向けて伸ばされる。
「ユーマ……。わたし、私ごと……こいつ、を……」
リュカが口にするのは、つまりはあれだ。
自己犠牲的な言葉。
リュカと深く結びついたレイアは、このままで倒すことが出来ない。
だが、レイアが残っている限り、デスブリンガーのような輩は次々にこの世界へと召喚されてきてしまうだろう。
受肉したレイアはそれそのものが、世界にとって毒となる因子なのだ。
だからこそ、世界のために自分を殺せとリュカは言う。
「断る。俺はお前を助けに来たんだ」
俺は視線を巡らせる。
何か、何か無いか。
リュカがレイアに抗っている間に、精霊女王をリュカから引き剥がす一手は無いのか。
俺が出会ったばかりのリュカもそうだった。
己の身を犠牲にして、新たな時代の到来の人柱になろうとしていた。
あれは誰の意思だった?
あれは、風の精霊王ゼフィロスの意思では無かったのか?
あの時リュカが犠牲になっていればどうなった?
レイアは受肉する機会を失い、世界は変容せず、静かに世界の支配権は移譲され、人の時代が始まっていたのでは無いのだろうか。
だが、俺がリュカを救って全てが始まった。
それならば、リュカを助けることは、俺にとって何か。
決まっている。
これが俺の天命だ。
俺はバルゴーンを腰に収めながら、滞空したゲイルの上を、リュカに向かって歩きだす。
彼女の手を取るために。
「ユ、ユーマ……め……」
「リュカ、今助ける」
俺は彼女の伸ばされた手を取ろうと、己の手を伸ばし……。
「だ……め……、手を、取っ……ちゃ……!!」
「これは私がお前に差し出した、最後の一手なのです!!」
瞬間、レイアの声がリュカの声に被さった。
こいつは、リュカが己の意思に抗って肉体をコントロール出来るように見せていたのだ。
差し伸べられた手が、罠。
そこから、俺に向けて不可視の魔力が放たれる。
俺が伸ばした手の、爪の先端が石になった。
「おう、ようやく捕まえたぜ……!」
俺は、笑った。
レイアが直接手を出してくるこの瞬間。
それを待っていた。
既に、逆腕でバルゴーンを抜き放っている。
「!? これを察知していた!?」
「初見だ。予測もしてなかった。だが……俺のモットーは初見殺し殺しでな」
絶対の自信を持つ、初見殺しの一手を放ち、曲がりなりにも決まった瞬間に対象は隙を生み出す。
隙がある者を殺すことなど、容易い。
虹色の刃が、リュカから放たれた不可視の魔力に触れ、それを精緻な動きで絡め取る。
ずるり、とリュカの中で何かが動く気配がして、リュカの目の前に黒い衣装と一体化した肌を持つ、異形の女が現れる。
土の精霊女王レイア。
奴はまだ、状況を把握していない。
己が放った魔力を手繰り寄せられ、一瞬引きずり出されたとしか理解していないだろう。
だが、それこそはどれほど生きたのか分からぬ、精霊女王の最後である。
俺はバルゴーンに、もう片手を添えた。
虹の刃が、僅かにリュカから離れた精霊女王を、正確に斬り裂く。
『あっ』
それが精霊女王の最後の言葉だった。
黒衣の女が、傷口から膨大な魔力を吐き出した。
急速にその輪郭は薄れ、やがて消える。
すると、リュカを宙に浮かせていた力が消滅したようだ。
彼女の肉体が、ゆっくりと降下を始める。
俺は一歩進み出ながら、彼女を出来る限り優しく受け止めた。
「ユーマ……!」
手を伸ばしてくるリュカ。
もう、精霊女王の意思ではない。
彼女の、彼女だけの意思がリュカの肉体を動かしている。
リュカの掌が、俺の頬を触った。
「ただいま。それと、お帰りリュカ」
「うん、お帰り。それと、ただいま、ユーマ……!」
俺はここで、気合を入れた。
もうこれは、ここでやらねば嘘であろう。
男としてやっておかねばならぬ。
俺は彼女の背中をしっかりと抱きとめると、
「……? ユーマ?」
彼女の唇を奪った。
「…………!」
リュカは一瞬目を見開いて、すぐに閉じて、俺の背中に優しく手を回した。
すっかり俺たちは二人の世界である。
もう、気分は大団円なのだ。
だから気づかなかった。
ヴァイスシュタットを取り巻いていたスーパーセルが拡大していることに。
風の精霊王は、突如無尽蔵にその勢力を増し、どこまでもどこまでも広がり……。
世界そのものを、その暴風に巻き込みつつあるという現実に。
聞こえるのは、吹きすさぶ風の音ばかり。
町を取り囲むように、巨大な積乱雲が発生し、凄まじい速度で流れていっている。
つまり、ヴァイスシュタットはスーパーセルの中に飲み込まれた形になっているのだ。
「おい、クラウド、今の俺はあんたにだって負けねえ。いつまでもギルドの仲間に後ろ指さされるような事はねえんだ」
「ほう……。あのリョウガがでかい口を叩くようになったものだ」
リョウガとクラウドが俺を無視して向かい合っている。
リョウガはデュランダルを構えながら、何やらマフラーが不自然な方向に棚引いている。
「風の魔力を感じます。その戦士、ゼフィロス様の祝福を受けています!」
タンクが一人やって来たかと思ったら、その影からアリエルが顔を出して叫んだ。
あっ、そいつ、俺たちが盾にしてたタンクか。
奇しくも、こいつ一人だけが一般デスブリンガー最後の生き残りになってしまった。
彼は股間のあたりを女子たちに人質に取られており、大変大人しい。
しかし聞き捨てならぬ。
あのリョウガがゼフィロスの力を受けるということは、やはり風の精霊王も敵に回ったと言う事なのだろうか。
俺の中では、ゼフィロスは最も親しみを感じていた精霊王だ。
リュカに呼びかけ、リュカの召喚に応じ、アータルを倒し……。
それが、レイアに与しているというのだろうか。
奴は、最初から俺たちを欺いていたのか。
俺はリュカを見上げる。
彼女の姿は空に浮いている。
どういう原理かは分からないが、恐らくはゼフィロスの力を受けているのだろう。
「聞こえているだろうレイア。今からそこに行く」
「はっ。翼も無い人間が、どうやってここまで……」
「ゲイルッ……!!」
俺の言葉に羽ばたきが応える。
現れるのは、頼れる空の相棒、有翼の亜竜。
俺はこいつの背中に飛び乗ると、高く舞い上がった。
「どこにそいつを隠していたのですか……!?」
「ゲイルはいつも、俺たちの上空で待機させている。みんなで乗るのは無理だが、俺一人となれば、呼ばない理由が無い」
ちなみに今回は、上陸した後、町外れで葉っぱなどを被って隠れていたのである。
「行っちゃえ、ユーマ様! リュカ様を助け出せー!」
「あんたの力、見せてやりな! 土の精霊女王がどれだけのもんだい!」
「行け! 貴様は、リュカと一緒でなければ締まりが無くてかなわんからな」
俺は三人の言葉に頷いた。
高く、高く舞い上がっていく。
「ええい、ゼフィロス! 力を貸しなさい!」
レイアが天空に向けて叫ぶ。
すると、四方八方から、ゲイルめがけて猛烈な風が吹き付けてくる。
俺はこれに切っ先を向けると、
「伊達に、何度もリュカの風を受けてない。精霊が吹かせる風の性質は、よく分かっているつもりだ」
風向きに切っ先を差し込み、そのまま切り裂いていく。
衝撃波をも切り裂くバルゴーンだ。
精緻なコントロールさえあれば、風を裂くことなど造作もない。
「風を斬る……!?」
「いかにも」
俺とゲイルの呼吸を合わせ、一体となる。
人竜一体。
吹き付ける風を、連続して切り裂いていく。
叩きつける暴風なら受け流し、槍のように突き刺す烈風は真っ向から叩き切る。
圧するが如き強風は縦横無尽、千千に斬って引き裂いて。
俺の視線はリュカだけを見つめる。
だが、剣が狙いを誤ることは決して無い。
「ゼフィロスの風が……! あの魔風では止められない……!? リョウガ! 勇者リョウガよ何をしているのです! あなたの役割は、かの魔王を討ち滅ぼす事のはず……!!」
「分かってるよ! ちいっ! てめえとの決着は後回しだクラウド!」
下方から気配が昇ってくる。
それは、ゲイルを貫くように一直線。
俺は既の所で、亜竜の体勢を変えさせ、一撃をやり過ごす。
奴は自在に空を飛ぶのか。
風になびくマフラーを身に着け、リョウガがリュカの前に立ちふさがる。
「そうだった……! 俺に恐怖を植え付けた男、ユーマ……! お前も処分して置かなくちゃいけないんだったよなあああ!!」
破れ鐘のような声で叫ぶ。
襲いかかるのは、人間離れした気迫の圧。
これを俺は、一文字に切り裂いた。
「どけ。リュカは取り戻させてもらう」
俺の視線は奴ではない。その背後にいる、リュカに注がれている。
ゲイルが俺の思いを汲み取る。
翼が空を打ち、レイアを宿したリュカとの距離が詰まっていく。
「お、おおお……!」
リョウガがブルブルと震える。
「俺を、俺を無視するな……! 無視するなあああああ!!」
奴が手にしたデュランダルが輝く。
黄金の剣が、風をまとって振りかぶられ、嵐となった斬撃が俺たちに向けて叩きつけられる。
鋼よりもなお固く、凝縮された風の刃だ。
触れれば忽ちのうちに、亜竜であろうと両断される事であろう。
ならば、この風を二つに裂いてしまえば良い。
リョウガによって折られた、俺の魔剣バルゴーン。
だが、アルフォンスの手によって再生した時、バルゴーンは変化する力を失い、しかし俺の剣捌きをより精緻にするよう強化された。
常に動き続け、留まることが無い風の刃であろうと、その挙動を正確に捉えて断ち割ること……それは、難しいことではない。
俺が差し込んだ刃が、繰り出された嵐刃をするりと切り開いていく。
行き先を遮る風が割かれれば、そこに生まれるのは無風の道である。
ゲイルが突き進む。
「な、な、なぁっ……!! 何故だあああ! 俺は、俺は風の精霊王の力を受けて、パワーアップしたはずなのに!! デュランダルだって強くなった! 俺がチートで作った武器が、更に強くなって……! なのに、どうしてお前には通用しない!!」
「そこを、どけ……!!」
奴の戯言に付き合う気など無い。
俺はリョウガに向かって進みながら、一文字に剣を振るった。
咄嗟に奴はデュランダルを立てる。
武器の強度で言うなら、デュランダルは絶対武器である。つまり、何者にも侵されぬ不壊の刃。論理的に破壊することは叶わない。
だが、俺はこれを断つ術を心得ている。
使い手の気が篭もらない武器など、どれほどの業物であっても据え物に過ぎない。
なら、俺の技とバルゴーンの力を合わせれば、絶対武器であろうとその根源から断ち割る事が出来る。
バルゴーンとデュランダルが触れ合ったと見えた瞬間、ボグッ……と鈍い音を立て、黄金の剣がへし折れた。
「……あ……?」
同時に、リョウガの胸から上が二つに断たれ、宙に舞う。
これがクラウドであれば危なかった。
あの男の銃は、その端までも己の気が行き届いた完成された絶対武器である。
奴の強さは、その圧倒的に強力な自身と自負にある。
隙と言うものが無いのだ。
ただ、隙さえあるなら、例え神であろうと俺は断ち切る自信がある。
信じられないものを見たような顔をして、リョウガであったものが地面へと落ちていく。
「おおおおっ…………」
「ユーマ……!」
リュカの口からこぼれるのは、レイアの呆然とした声。
そして、俺が誰よりも聞きたかった声。
土の精霊女王の束縛を離れて、リュカの手が俺に差し出される。
「精神を……支配、支配したはずです……! この肉体は、私が受肉するために幾世代もの改良を重ねて積み出した、私のためのもの……そのはず、なのに……!! 逆らうなっ、逆らうな!! 私に逆らうな、人間っ……!!」
血を吐くような声だ。
だが、それを押しのけるように、リュカの小さな手はまっすぐ、空を掻きながら俺に向けて伸ばされる。
「ユーマ……。わたし、私ごと……こいつ、を……」
リュカが口にするのは、つまりはあれだ。
自己犠牲的な言葉。
リュカと深く結びついたレイアは、このままで倒すことが出来ない。
だが、レイアが残っている限り、デスブリンガーのような輩は次々にこの世界へと召喚されてきてしまうだろう。
受肉したレイアはそれそのものが、世界にとって毒となる因子なのだ。
だからこそ、世界のために自分を殺せとリュカは言う。
「断る。俺はお前を助けに来たんだ」
俺は視線を巡らせる。
何か、何か無いか。
リュカがレイアに抗っている間に、精霊女王をリュカから引き剥がす一手は無いのか。
俺が出会ったばかりのリュカもそうだった。
己の身を犠牲にして、新たな時代の到来の人柱になろうとしていた。
あれは誰の意思だった?
あれは、風の精霊王ゼフィロスの意思では無かったのか?
あの時リュカが犠牲になっていればどうなった?
レイアは受肉する機会を失い、世界は変容せず、静かに世界の支配権は移譲され、人の時代が始まっていたのでは無いのだろうか。
だが、俺がリュカを救って全てが始まった。
それならば、リュカを助けることは、俺にとって何か。
決まっている。
これが俺の天命だ。
俺はバルゴーンを腰に収めながら、滞空したゲイルの上を、リュカに向かって歩きだす。
彼女の手を取るために。
「ユ、ユーマ……め……」
「リュカ、今助ける」
俺は彼女の伸ばされた手を取ろうと、己の手を伸ばし……。
「だ……め……、手を、取っ……ちゃ……!!」
「これは私がお前に差し出した、最後の一手なのです!!」
瞬間、レイアの声がリュカの声に被さった。
こいつは、リュカが己の意思に抗って肉体をコントロール出来るように見せていたのだ。
差し伸べられた手が、罠。
そこから、俺に向けて不可視の魔力が放たれる。
俺が伸ばした手の、爪の先端が石になった。
「おう、ようやく捕まえたぜ……!」
俺は、笑った。
レイアが直接手を出してくるこの瞬間。
それを待っていた。
既に、逆腕でバルゴーンを抜き放っている。
「!? これを察知していた!?」
「初見だ。予測もしてなかった。だが……俺のモットーは初見殺し殺しでな」
絶対の自信を持つ、初見殺しの一手を放ち、曲がりなりにも決まった瞬間に対象は隙を生み出す。
隙がある者を殺すことなど、容易い。
虹色の刃が、リュカから放たれた不可視の魔力に触れ、それを精緻な動きで絡め取る。
ずるり、とリュカの中で何かが動く気配がして、リュカの目の前に黒い衣装と一体化した肌を持つ、異形の女が現れる。
土の精霊女王レイア。
奴はまだ、状況を把握していない。
己が放った魔力を手繰り寄せられ、一瞬引きずり出されたとしか理解していないだろう。
だが、それこそはどれほど生きたのか分からぬ、精霊女王の最後である。
俺はバルゴーンに、もう片手を添えた。
虹の刃が、僅かにリュカから離れた精霊女王を、正確に斬り裂く。
『あっ』
それが精霊女王の最後の言葉だった。
黒衣の女が、傷口から膨大な魔力を吐き出した。
急速にその輪郭は薄れ、やがて消える。
すると、リュカを宙に浮かせていた力が消滅したようだ。
彼女の肉体が、ゆっくりと降下を始める。
俺は一歩進み出ながら、彼女を出来る限り優しく受け止めた。
「ユーマ……!」
手を伸ばしてくるリュカ。
もう、精霊女王の意思ではない。
彼女の、彼女だけの意思がリュカの肉体を動かしている。
リュカの掌が、俺の頬を触った。
「ただいま。それと、お帰りリュカ」
「うん、お帰り。それと、ただいま、ユーマ……!」
俺はここで、気合を入れた。
もうこれは、ここでやらねば嘘であろう。
男としてやっておかねばならぬ。
俺は彼女の背中をしっかりと抱きとめると、
「……? ユーマ?」
彼女の唇を奪った。
「…………!」
リュカは一瞬目を見開いて、すぐに閉じて、俺の背中に優しく手を回した。
すっかり俺たちは二人の世界である。
もう、気分は大団円なのだ。
だから気づかなかった。
ヴァイスシュタットを取り巻いていたスーパーセルが拡大していることに。
風の精霊王は、突如無尽蔵にその勢力を増し、どこまでもどこまでも広がり……。
世界そのものを、その暴風に巻き込みつつあるという現実に。
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