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第一部終章 熟練度カンストの凱旋者

熟練度カンストの決闘者2

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「あやつもどうやら葛藤したらしい。私は年若く見えるが、実年齢は壮年だからな。何やら、手を出すか出すまいかという信念のせめぎあいの後、クラウドとやらが鼻血を吹いてな」

「なんとっ」

 あのクラウドが鼻血を。
 知恵熱だろうか。

「彼奴めが鼻血を止めに席を外した隙に、私は周囲にトンネルを作ってそのまま逃走だ。後は埋めておいたが、途中で魔力が尽きて半日気絶してな。気づくと連中は私を探しに、私よりも先に行ってしまっていた。それでまんまと逃げおおせたと言う訳さ」

「なるほど……。色々な意味で無事でよかった。で、チェア君はどうなったんだ?」

「さて……。大人しい性質で、上に人を乗せて走り回るのが好きだから、連中もおいそれと殺す気は無かったようだが。……というわけでだ。あのクラウドの性癖を利用する」

「えげつない作戦だ」

「だけど、それが一番確実かもしれませんね……!」

「乗ったよ!」

「アタシも!」

 決まってしまった。
 そんな俺たち。
 今は、ハンスの酒場を削りきりそうな勢いで放たれる飛び道具から、必死に身を隠しているところである。
 ローザの作戦説明を聞くうちに、自然とクラウドの降伏勧告をぶっちする形になってしまい、向こうさんは総攻撃を開始したのだ。
 前衛が出てこない辺り、非常にいやらしい。
 タンクや他の前衛たちが突っ込んでいって帰ってこなかったから、クラウドは連中を使うのをやめたのだろう。

「では行くぞ。サマラ、アンブロシア。貴様らの馬鹿力が役に立つ時が来たぞ」

「なんかひどいこと言われてる!?」

「サマラはパワーがあるかもだけど、あたしは普通だからね!?」

 愚痴を言いながら、火と水の巫女は、倒れているタンクを担ぎ上げる。
 ちょうど、盾を全面に押し出し、みんなで盾の後ろに一直線になる体勢である。
 なるほど、デスブリンガーのタンクは、この盾こそが絶対武器。通常の武器型なら、あらゆる対象を破壊できるデスブリンガーの得物だが、これが盾となると、とんでもない強度を発揮するようになる。
 実際、この盾を壊せる攻撃が存在するとは思えない。
 それを実証するかのごとく、前に盾を突き出した所、そこに矢や弾丸が集中する。だが、盾はそれらを弾いて傷一つ無い。

「行けるな。よし、順に前に。こやつが意識を取り戻したら、また股間を蹴れば良い」

「むごい」

 俺は思わず己の股間を押さえてしまった。

「なんと、こちらのタンクを利用するとは……。どうやら君たちは、我々よりも我々の武器の性質に詳しいようだな」

 クラウドの声が聞こえてくる。
 驚きの色が混じっているのが分かるが、まだまだ余裕という感じだ。
 あいつとしては、戦術に組み込める新しいデータが手に入った、程度の感覚なのだろう。
 クラウドは、戦場の様々な状況を取り込み、相手の心理を読み解き、戦いながら進化し続ける男だ。
 こちらの手を見せれば見せるほど、奴の手の内は広がっていく。
 長期戦はジリ貧。
 あいつが本領を発揮する前に仕留めなければならない。
 頼むぞ、ローザ。

「だが、それはつまり、我々に残ったタンクもまた、同じような運用が出来るという事だ。盾持ち、全員前へ!一列に並べ!」

 クラウドの号令に合わせ、デスブリンガーの残るタンク要員が前に並びだした。
 これではこちらの攻撃が通らなくなる。
 だが、それはあちらも同じこと。
 攻撃するためには、タンクの上にのぼるか、迂回する必要が出てくる。
 クラウドはやや高台に登り、タンクを両脇に配置してこちらを見下ろしている。

「これで、君たちからは俺を攻められなくなった訳だ。そして、こちらは角度を変えれば、盾の恩恵に与れないであろう場所から攻撃することが出来る……。どうだね? まだ君たちの劣勢は覆らな……覆え……」

 クラウドの声が尻すぼみになる。
 ローザが姿を表したからだ。
 彼女の背丈は、リュカの次に低い。
 俺よりも頭一つは間違いなく小さい上に、細い。
 そして、艶やかな長い黒髪に、本人も黒っぽいワンピースなどの衣装を好む。
 たまらん人にはたまらん属性に満ち満ちた女だ。
 しかも。

「きっ……君は、我が愛しのロリババア……!!」

 あっ、こんなクラウドの声初めて聞いたぞ!!

「うむ……。私を取り逃がしたとでも思っていたか? 残念だったな。私はここにいる」

 儚げな美少女の容姿から繰り出される、軍人然とした凛々しい言葉遣い。
 そして。

「また、君の年を聞いてもいいか……?」

「四十三だ」

「くうっ……」

 クラウドが仰け反った。
 デスブリンガーたちがざわざわし始める。
 あいつら、戦列が狂い始めてるぞ。

「クラウド、あの女撃っちゃっていい? 撃つわよ? はい、バー」

「うるさい黙れ死ね」

 パァンッ。
 空気を読まずにローザを撃とうとしていた女銃使いが、なんだか側頭部を撃ち抜かれて死んだ。
 何だ……。何が起こっているんだ……。
 ちょっと呆然とする俺たちである。
 だが、ローザが後ろ手に俺に何かを伝えている。
 何? 下を見ろ?
 下というと……ローザの後ろ、どういう技術で再現したのかわからないが、黒いハイソックスに黒のシューズ。その下? さらに下?
 おっ、タイルだ。
 ローザの後ろにてこてことついてきたタイルが、そこにあった。
 これに乗るのか……?

「クラウド、やばいぞ、ユーマの奴が動いてる」

「む、むむっ……! ローザに気を取られていた! 作戦だったか……。なんと恐ろしい策を立てる……!」

「今だユーマ、跳べ!」

 ローザが呼びかけると同時に、俺が踏んだタイルが高く高く持ち上がった。
 これは、何と地面の下に、十メートル近くに及ぶケラミスの柱が形作られていたのだ。
 これを、ローザが地上に呼び出したらしい。
 この高さなら、デスブリンガーどもを眼下に見下ろせるではないか。

「迎撃!!」

 クラウドが俺を指し示す。
 射撃要員が武器を構え……というところで、サマラから嵐のようなヴルカンの群れが飛び出してきた。
 ちょうどタンクどもの列が乱れたところである。
 ヴルカンは打ち出すだけの火の玉ではなく、それそのものが獣の形をした火の精霊である。
 タンク列の隙間に割り込み、身をねじ込み、後衛に向かって襲いかかる。

「う、うわっ、炎が!!」
「ぎゃーっ!? 体を上ってくる!」

 俺はその声聞きながら、飛び降りていた。
 落下しながら、即座に長く伸びたケラミスの柱を蹴る。
 俺の体は宙を舞いながら、クラウドの頭上を飛び越えた。
 一瞬前まで俺がいた空間を、クラウドの銃弾が抉っていく。
 ケラミスの柱が砕かれ、折れた。

「まずい。ユーマが後方に付いたぞ。後衛、撤退を……」

「遅いぞ」
 
 俺はクラウドの言葉が終わるより早く、バルゴーンを大剣に変えている。
 体を捻るようにしながら剣を構え、風車の如く大剣を振り回しながら着地した。
 これで、数人を巻き込む。
 ここからの挙動は、全て回転を基本とする。
 相手の数は多いが、近接戦闘で俺を撃退できる武器が無い。
 下がらせた前衛が来る前に、後衛の飛び道具要員と魔術師を全滅させる。

「う、うわあああ!」
「こっちに来るなああ!」
「タンク! タンクーッ!!」

 悲鳴を上げながら逃げ惑う後衛たちをなます斬りである。
 なんだか俺が悪役のようだな。
 盾持ちが駆けつける前に、決着をつけねば……。と思っていたら、クラウドが駆け下りてくるのが見えた。

「実に驚いたな。なるほど、君たちの強さはチームワークか。誰が上で誰が下ということもない。状況に応じてフレキシブルにトップが変わる。あのロリババア……いい動きをしてくれる」

「ローザだ。ロリババア言うな」

「ローザ……! いい名前だ。ではユーマ」

 後衛たちを押しのけて、クラウドが俺の前に立ちふさがる。

「彼女は俺がもらおう。ああいう理想の嫁が欲しかったんだ……! 三次元にいるとは思わなかったぜ。”吼えろ、ケルベロス”! ”猛れ、オルトロス”!」

 クラウドが宣言すると、奴が構えた銃が、黒い装甲に覆われていく。同時に、もう片方の手にも赤い装甲に覆われた銃が出現した。
 二丁拳銃である。

「銃で俺とこの距離で?」

 俺は問いかけながら、一気に間合いを詰めた。
 手加減抜きの、縦一文字斬り。まずは小手調べだ。
 こいつを、クラウドは銃を交差させながら受けた。
 にやりと笑う。

「銃は近接戦のための武器だ。その方が格好いいだろう?」

 そのまま、クラウドは銃を跳ね上げて俺の剣をかち上げる。
 俺は回転しながら剣を繰り出す。
 こいつを、クラウドは赤い銃で受け止めながら、ゼロ距離から黒い銃を俺に突きつけた。
 俺は咄嗟に、頭を逸らす。
 一瞬前まで俺の頭があった場所を、弾丸が駆け抜けていく。

「その動き、ガン=カタか……!」

「家でずっと練習していたのさ。ジ・アライメントではシステム上再現出来なくてな」

「大した厨二だ。実戦で使うとは正気とも思えん」

「君もな。ユーマの全ての動きが、その場での即断だろう。戦う度に敵に合わせた技を生み出していく。それこそ、キングオブ厨二さ」

 互いに笑みが浮かぶ。
 だが、戦いの手は休めない。
 俺はステップして踏み込みざま、鋭い突きを繰り出す。
 これを、クラウドは斜め上空に発砲しつつ、その反動で仰け反って回避した。
 さらに側面に発砲、その勢いで俺から間合いを取る。
 この男、戦術や戦略面に於いてもてはやされてきてはいるが、それだけでギルドの頂点に立てるほどMMOは甘くはない。
 地位に相応しい、個人戦闘力も求められるのだ。
 そうでなければ、自我が肥大したゲーマーの集まりであるギルドなどまとめられない。
 即ち、クラウドはデスブリンガーにおいて最強とも言える。

「さあ、ギアを一つ上げていくぞッ」

 クラウドが黒い銃を後方に撃ち、反動でダッシュを加速させた。
 銃使いが剣士との間合いを詰める。通常であれば正気の沙汰ではない。
 だが、この男はそれをする。
 今までシステムの制約で出来なかったアクションが、この世界であれば再現できるのだ。
 俺もまた、距離を詰めた。
 赤い銃が俺の額めがけて突き出される。
 これを、俺は手の甲で奴の腕を逸して回避。
 クラウドは反転しながら、脇から俺に向けて黒い銃を向ける。
 俺は、これを切っ先で銃口を跳ね上げて回避する。
 互いの得物がかち合った瞬間を狙い、クラウドは蹴りを繰り出してきた。
 足癖の悪い奴だ。
 ならば、俺も技を見せてやろう。
 この剣技と共にこの世界を渡り歩き、鍛え上げられた体術だ。
 地面を蹴って飛び上がる。
 着地の勢いは、水面に大剣を浮かべる要領。

「おっ、おおおおおおっ!?」

 クラウドが驚愕に叫んだ。
 周囲のデスブリンガー連中も目を見開いている。
 俺が、クラウドの蹴り足の上に立ったのだ。

「なっ……なんという技を……!! ずるいぞ、かっこいいじゃないか……!!」

 だが、ニヤニヤ笑いが止まっていないクラウド。
 ああ、この世界はこいつにとっても理想郷なのかもしれん。
 俺も、こいつとの一騎打ちは妙に噛み合う。
 互いに一撃必殺。だが、いつまでも戦い続けていられそうだ。
 しかし、得てして邪魔者は、こういうタイミングで現れるものだ。
 不穏な風が俺の頬をくすぐる。
 何度も俺の命を救ってきた、勘と言う奴だ。

「ユーマ! 来るぞ……! これは、レイアの魔力だ……!」

「それと、この風……ゼフィロス様……!?」

 空が一面にかき曇る。
 曇天が太陽を隠し、周囲は暗がりに包まれた。
 そんな黒雲の中で、キラリと光るものがある。

「ッ!!」

 俺は跳んだ。
 全力で、後方へとジャンプする。
 クラウドもまた、双銃を撃ち放ち、猛烈な勢いでバックダッシュする。
 間に合わなかったのはデスブリンガーたちである。
 そこに降り立った、凄まじい風をまとった剣の一撃に巻き込まれる。

「…………!!」
「っ…………!?」

 物を言う事も出来ず、彼らは吹き飛ばされた。
 後衛、前衛ともにダメージは甚大。盾持ちたちは辛うじて無事だが、上空に巻き上げられている。叩きつけられる際に盾の操作を誤れば、一巻の終わりだろう。

「ふうーっ……! 清々しい気分だよ……! まるで生まれ変わったみたいだ」

 そいつは風で逆だった髪に、緑色の光沢を宿しながら周囲を見回した。
 ゆっくりと立ち上がる。
 バルゴーンを折った、最初のデスブリンガー。
 勇者リョウガ。
 そして、俺は。
 懐かしい気配に頭上を見上げる。
 そこには、貫頭衣を用いた巫女衣装に身を包む、虹色の髪の少女がいる。

「リュカ……!」

 一瞬だけ、彼女の表情が泣きそうに歪んだ。
 だが、唇は別の言葉を紡ぐ。

「ようやく、この肉体の主導権を得ました。それでは……世界に仇をなす異分子を、排除するとしましょう……」

 リュカの心はまだ残っている。
 ならば、救う手立てはあるだろう。
 排除されるのは俺ではない。
 レイア、お前がリュカの中から排除されるのだ。
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