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東征の魔剣士編
熟練度カンストの魔王
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エルフの森攻防戦が開始された。
目標は、一ヵ月半ほど前、ディアマンテ帝国内部に突如として出現した森。
まるで空間を押し広げるようにして存在しており、森が出現した分だけ、帝国の敷地が左右へと追いやられている。事実上、国土は広がったのだが、広がった部分全てがこの不可侵の森であるから、むしろ帝国内の交通の便は悪くなったと言えた。
帝国はこの森を調査すべく、兵を派遣する。
だが、彼らは森に侵入することなく全滅した。
森には先住民がおり、彼らは人知を越えた力を行使する、人ならざる存在だったからである。
前述した不可侵の森という認識は、幾度か帝国が派兵した調査部隊が、一度の成功も無く全て敗退した事から生まれている。
遂に帝国は、国内にある世界最大の宗教、ラグナ教正教会に助けを求める。
正教会もこれに応え、彼らが有する最大戦力、執行者を派遣した。
執行者は聖霊の写し身と言われる、分体を操る言わば魔法使いである。
だが、彼らをもってしても、森を攻略する事は不可能であった。
森を攻めることが出来る執行者に対して、森の民の絶対数が多すぎた。森の民のうち、美しい姿を持った者たちは全て、執行者に匹敵する魔法使いであった。
これらの情報を得て、ラグナ正教会は判断を出来ずにいた。
森は、明確に国家と教会に反逆する敵である事は間違いない。
だが、排除しようにも彼らは、強大な戦力を所有している。
現在、アルマース帝国と敵対関係であるディアマンテが、森の制圧に全力を使ったとして、損害が大きければ外部に大きな隙を晒してしまうのではないか。
そこへ、隣国エルフェンバインとの同盟を締結した、正教会が大司教、フランチェスコが帰還したのである。
「おお、壮観だなあ」
俺は森から見える光景に、思わず呟いていた。
それは、森の前面に攻め寄せようとする兵の群れである。
ディアマンテ軍の兵士だろう。
だが、そいつが問題なのではない。
兵士たちの背後に控える、千に及ぶのでは無いかと言う黒服の姿。
執行者……というのとは違う。
明らかに、俺が戦ってきた執行者にありがちな目はしていない。目にしっかりと意思の色がある、狂信者ではない連中だ。
「ラグナ教が方針を変更したな。奴ら、少数精鋭を止めたぞ。判断が早いな」
「!? どうしてそんな事が分かるんです……!?」
「執行者は強かったが、所詮強い個人なんだよ。隙をつけば、このゴブリンたちだって倒せる。人間なんだからな」
「うむ! 我らが倒したのだぞ!」
「わはは! ゴブリンを舐めるでない!」
ゴメルとギヌルが胸を張っている。
「だが、執行者ほどでは無くても、魔法を使える人間がその倍、あるいは三倍いたらどうだ? 数が増えてゴブリンにも対応出来るようになれば、奴らに隙は無くなるだろ」
「ですが、私たちも数がいます。負けるわけがありません!」
アリエルが語気を強める。
そうだ。そうであってくれなくては困る。
いつまでも、俺や巫女たちという、個人戦力が幅を利かせているようでは困るのだ。
「そのために、灰王の軍が出来たようなもんだからな。各種族、協力して人間どもと戦うんだ。奴ら、こだわりやしがらみを捨てて挑んで来たぞ」
リュカが見せる遠くの光景は、今まさにディアマンテへと上陸する、武装した兵士たちである。
彼らは一見すると布に見える深緑の鎧に、何本もの穴の空いた杖を背中に、腰に装備している。エルド教の力を得た兵士であろう。
流石にアルマース帝国の兵士は上陸していないようだが。
こうしてリュカの魔法で、戦場全域を見渡す事が出来るのは、うちの軍勢の大きなアドバンテージだ。
負けるわけが無い。
だが、それじゃあ駄目なのだ。
何せ、俺は巫女全員を引退させる事を考えているからな。
彼女たち無しで戦えて、人間たちに対抗できる戦力が必要なのだ。
そうだな、指揮官が欲しい。
俺はゲーム的な戦略や戦術は出来るが、それ以上は出来ない。
もっと大局的に戦争が出来る奴を育てなきゃな。
「ということで、今回君たちは見学な」
「はーい!」
「ユーマ様! アタシ戦えます!」
「あたしだってやる気充分だよ!」
「貴様、何も考えていないようで色々考えていたのだな……」
素直なリュカと、お役に立ちたいサマラと、単純に血の気が多いアンブロシア。
流石にローザは、俺の真意を読み取ったようだ。人生経験が違うなあ。
とりあえず、俺は灰王の軍首脳陣を見回し……。
「プリム、ちょっとこっち来い」
「はいはい、なんですかー?」
マーメイドの長を呼んだ。
彼女は水のボールみたいなものに乗ってやって来る。
「とりあえず、君が戦争時は指揮官ね。水の精霊界、種族が全部一つにまとまって動いているじゃない」
「はーい。拝命しました」
ゴブリンどもが物言いたげにこちらを見ているが、天地がひっくり返ってもお前らが指揮官になる事は無いぞ。
リザードマン、獣人ともに、指揮するよりもボス自ら先陣に立って戦うタイプだ。
エルフの長老はまだこちらを信用しきってないようだし、緑竜に指揮権を渡すのは、俺が指揮を取るのと変わらない。
今現在も水の種族を統括している、プリムが適任であろう。
「そう言う事で、俺についてきて色々盗んで。ローザも色々教えてあげて」
「なるほど、現場指揮官を育成するのだな。良かろう」
そんな訳で、攻防戦の戦端が開かれる。
まず、森から出たところで兵士たちとリザードマンが激突する。
「これ、前に来た人間たちよりも随分数が多いですね。援軍に来てもらわなかったら、森に入られていたかもです」
「アリエル的には、エルフだけで止められると思ってた?」
「うーん、森には入られますけど、生かして外には出さないですから」
ちょっと自慢げに言う。
確かに、エルフは全員が風と植物の魔法を使うことが出来るし、弓と槍、短剣の扱いもそれなりにやる。
並の兵士であれば歯が立たないだろう。
だが、それは兵士が何の工夫もしていない時に限られる。
兵士の一人が、もみ合う一軍の背後から何かを放り投げた。
それはリザードマンたちの中に落下し……。
「あ、いかん。プリム、あれを覚えておいて。今後人間はあれを多用すると思う」
「はい。なんですか?」
首をかしげたプリムの視界で、放り投げられた何かが爆発した。
中には金属の欠片や、尖った石などが入っていたのだ。それを火薬で爆発させる、手投げ弾。
リザードマンも一瞬動きが止まる。
彼らはパニックになる事こそ無いものの、想定を超えた出来事があるとフリーズしてしまうようだ。
この隙に、人間たちが押し返していく。
いや、流石はドワーフの鎧だ。リザードマンに、今の爆発で死者は無い。
だが、この手投げ弾で情勢が変化している。
既に勢いは人間側にある。
「あっ、あっ、大変です! 何かまた投げてきましたよ!」
「プリム、対応策は考えられる?」
「原因が分からないので……!」
「爆発する前に投げ返す」
俺は彼女に伝えて、アリエルに頼んで拡声の魔法を使ってもらう。
「手投げ弾だ! 時間を置いて爆発する! 爆発する前なら投げ返せ!」
俺の指示があると、リザードマンたちも忠実に動きだす。
人間側は慌てたようだ。
「なんだ、今の声は!?」
「炸裂玉の仕組みを知っているだと!?」
「今のが魔王だ! 化け物たちのボスがいるぞ!」
「戦況をどう見る、プリム?」
「ええと……これで五分五分なので、現状維持を……」
「ふむ、よく見てみろ。ユーマが言っているのはあの辺り……楔のようにリザードマンの軍勢に食い込んだ部隊の事だ。奴らがあの状況を維持する間に、エルド教の兵士が入り込んでくるぞ」
「あっ!」
エルド教の兵士たちは、凄まじい速度でこちらに向かって来る。
おおっ、あいつらの速度がおかしいと思ったら、奴らは乗り物に乗っているのだ。
動物に乗っているのではない。あれは……。
「バイクだな……」
「バイク? 馬も無いのに走る車か! なるほど、貴様無しでは、とても想定できない戦力ばかりだな」
「だが、俺無しで色々やってもらわんといかんのだ。あれは俺が知ってるバイクと違うな。多分、動力は魔法だろう。ってことは……ラグナ教とエルド教の合作だな」
「ど、どうすればいいでしょう!」
「バイクの動きを見てみろ。突っ走って来るが、早い分小回りがきかなそうだろ。じゃあどこが弱点だ?」
「横から襲えば転んでしまいそうですねえ」
「そうだな。つまり伏兵に弱い」
「なるほど! じゃあ、獣人の皆さんを脇から進ませてください! 向かって来る相手を、真横から攻撃します!」
リザードマンの軍勢が割れ、生まれた通路を猛スピードで獣人の遊撃兵たちが駆け抜けていく。
彼らは凄まじい勢いのまま、兵士たちの頭上を駆け抜けて、こちらへ向かって来るバイク軍団の側方へと回りこんでいく。
だが、バイク乗りどもも銃を持っているからな。
さながら竜騎兵ってところだろう。援軍はかなり食い止められるだろうが、獣人にも犠牲が出るだろうな。
ここでプリム、敵軍後衛の動きに気付いたようだ。
「黒い服の人間たちが動き出しました。あれは……何をしているんでしょう?」
「さあ……? 私もあれは知りませんね」
プリムとアリエルが並んで首を傾げている。
「あれは魔法陣だな。魔力が弱い分、複数の人間が魔力を融通しあって強大な魔法を行使するやり方だ。俺の世界の知識だとそうだった」
「ふむ……では、まずいのでは無いか?」
ローザが魔法を使用する。
俺たちの目の前に、土で作られた戦場の盤面が出現した。
「あれから放たれる魔法が、執行者の使っていた光の魔法だとするならば……味方ごとこちらを焼き払う事になるのではないか? リザードマンは身動きが取れぬぞ」
「ふむ……。ローザ、今の魔法、誰か土の妖精に教えておいてくれ」
「構わないが、どうするつもりだ、ユーマ?」
「リザードマンには悪いが、これは灰王の軍の学習機会とさせてもらおう。少なからぬ犠牲は出るだろうが、それによって人間側が脅威である事を実感してもらう」
「一応、対抗はしてみます! マーマン、マーメイドの隊! 水の防御壁を!」
プリムの判断は迅速。
だが世の中、迅速では間に合わない事も多々ある。
なんとかある程度張り巡らされた、水の防御壁。
敵軍後衛から放たれた巨大な光の渦が、容易くそれを突き破っていく。いや、多少は減じたな。
魔法が、敵軍兵士とリザードマンを巻き込み、戦場に巨大な穴を穿つ。
「これは、人間側の兵士も使い物にならなくなるであろうな」
「だろうな。人間じゃない連中が来るぞ。まさか中にいたとは気付かなかった。フランチェスコめ、本気だな」
「どういうことだ?」
ローザの質問に、俺はリュカが映し出す戦場の風景を指差して見せた。
兵士たちは恐慌状態に陥り、リザードマンたちも余りの状況にフリーズしている。
バイク兵は獣人と激しく争っており、その足は止まっている。
魔法使いたちは巨大な魔法を使用した直後で、魔力切れなのか動きが無い。
戦況は確かに停滞した。
だが、その中で一箇所だけ動きのある場所がある。
兵士たちの中衛である。
彼らの中から、戦場の中央に穿たれた、森へと続く巨大な通路に飛び出してくる者たちがいる。
この状況で、感情に左右されず、戦闘行為に没頭できる。
間違いない。
ザクサーン教の狂戦士だ。
即ち、これは三大宗教の連合軍だったのである。
狂戦士たちが森へと侵入してくる。
「なっ、なんてこと……!」
アリエルが悲鳴をあげた。
動揺している暇などない。
迎撃戦の開始である。
目標は、一ヵ月半ほど前、ディアマンテ帝国内部に突如として出現した森。
まるで空間を押し広げるようにして存在しており、森が出現した分だけ、帝国の敷地が左右へと追いやられている。事実上、国土は広がったのだが、広がった部分全てがこの不可侵の森であるから、むしろ帝国内の交通の便は悪くなったと言えた。
帝国はこの森を調査すべく、兵を派遣する。
だが、彼らは森に侵入することなく全滅した。
森には先住民がおり、彼らは人知を越えた力を行使する、人ならざる存在だったからである。
前述した不可侵の森という認識は、幾度か帝国が派兵した調査部隊が、一度の成功も無く全て敗退した事から生まれている。
遂に帝国は、国内にある世界最大の宗教、ラグナ教正教会に助けを求める。
正教会もこれに応え、彼らが有する最大戦力、執行者を派遣した。
執行者は聖霊の写し身と言われる、分体を操る言わば魔法使いである。
だが、彼らをもってしても、森を攻略する事は不可能であった。
森を攻めることが出来る執行者に対して、森の民の絶対数が多すぎた。森の民のうち、美しい姿を持った者たちは全て、執行者に匹敵する魔法使いであった。
これらの情報を得て、ラグナ正教会は判断を出来ずにいた。
森は、明確に国家と教会に反逆する敵である事は間違いない。
だが、排除しようにも彼らは、強大な戦力を所有している。
現在、アルマース帝国と敵対関係であるディアマンテが、森の制圧に全力を使ったとして、損害が大きければ外部に大きな隙を晒してしまうのではないか。
そこへ、隣国エルフェンバインとの同盟を締結した、正教会が大司教、フランチェスコが帰還したのである。
「おお、壮観だなあ」
俺は森から見える光景に、思わず呟いていた。
それは、森の前面に攻め寄せようとする兵の群れである。
ディアマンテ軍の兵士だろう。
だが、そいつが問題なのではない。
兵士たちの背後に控える、千に及ぶのでは無いかと言う黒服の姿。
執行者……というのとは違う。
明らかに、俺が戦ってきた執行者にありがちな目はしていない。目にしっかりと意思の色がある、狂信者ではない連中だ。
「ラグナ教が方針を変更したな。奴ら、少数精鋭を止めたぞ。判断が早いな」
「!? どうしてそんな事が分かるんです……!?」
「執行者は強かったが、所詮強い個人なんだよ。隙をつけば、このゴブリンたちだって倒せる。人間なんだからな」
「うむ! 我らが倒したのだぞ!」
「わはは! ゴブリンを舐めるでない!」
ゴメルとギヌルが胸を張っている。
「だが、執行者ほどでは無くても、魔法を使える人間がその倍、あるいは三倍いたらどうだ? 数が増えてゴブリンにも対応出来るようになれば、奴らに隙は無くなるだろ」
「ですが、私たちも数がいます。負けるわけがありません!」
アリエルが語気を強める。
そうだ。そうであってくれなくては困る。
いつまでも、俺や巫女たちという、個人戦力が幅を利かせているようでは困るのだ。
「そのために、灰王の軍が出来たようなもんだからな。各種族、協力して人間どもと戦うんだ。奴ら、こだわりやしがらみを捨てて挑んで来たぞ」
リュカが見せる遠くの光景は、今まさにディアマンテへと上陸する、武装した兵士たちである。
彼らは一見すると布に見える深緑の鎧に、何本もの穴の空いた杖を背中に、腰に装備している。エルド教の力を得た兵士であろう。
流石にアルマース帝国の兵士は上陸していないようだが。
こうしてリュカの魔法で、戦場全域を見渡す事が出来るのは、うちの軍勢の大きなアドバンテージだ。
負けるわけが無い。
だが、それじゃあ駄目なのだ。
何せ、俺は巫女全員を引退させる事を考えているからな。
彼女たち無しで戦えて、人間たちに対抗できる戦力が必要なのだ。
そうだな、指揮官が欲しい。
俺はゲーム的な戦略や戦術は出来るが、それ以上は出来ない。
もっと大局的に戦争が出来る奴を育てなきゃな。
「ということで、今回君たちは見学な」
「はーい!」
「ユーマ様! アタシ戦えます!」
「あたしだってやる気充分だよ!」
「貴様、何も考えていないようで色々考えていたのだな……」
素直なリュカと、お役に立ちたいサマラと、単純に血の気が多いアンブロシア。
流石にローザは、俺の真意を読み取ったようだ。人生経験が違うなあ。
とりあえず、俺は灰王の軍首脳陣を見回し……。
「プリム、ちょっとこっち来い」
「はいはい、なんですかー?」
マーメイドの長を呼んだ。
彼女は水のボールみたいなものに乗ってやって来る。
「とりあえず、君が戦争時は指揮官ね。水の精霊界、種族が全部一つにまとまって動いているじゃない」
「はーい。拝命しました」
ゴブリンどもが物言いたげにこちらを見ているが、天地がひっくり返ってもお前らが指揮官になる事は無いぞ。
リザードマン、獣人ともに、指揮するよりもボス自ら先陣に立って戦うタイプだ。
エルフの長老はまだこちらを信用しきってないようだし、緑竜に指揮権を渡すのは、俺が指揮を取るのと変わらない。
今現在も水の種族を統括している、プリムが適任であろう。
「そう言う事で、俺についてきて色々盗んで。ローザも色々教えてあげて」
「なるほど、現場指揮官を育成するのだな。良かろう」
そんな訳で、攻防戦の戦端が開かれる。
まず、森から出たところで兵士たちとリザードマンが激突する。
「これ、前に来た人間たちよりも随分数が多いですね。援軍に来てもらわなかったら、森に入られていたかもです」
「アリエル的には、エルフだけで止められると思ってた?」
「うーん、森には入られますけど、生かして外には出さないですから」
ちょっと自慢げに言う。
確かに、エルフは全員が風と植物の魔法を使うことが出来るし、弓と槍、短剣の扱いもそれなりにやる。
並の兵士であれば歯が立たないだろう。
だが、それは兵士が何の工夫もしていない時に限られる。
兵士の一人が、もみ合う一軍の背後から何かを放り投げた。
それはリザードマンたちの中に落下し……。
「あ、いかん。プリム、あれを覚えておいて。今後人間はあれを多用すると思う」
「はい。なんですか?」
首をかしげたプリムの視界で、放り投げられた何かが爆発した。
中には金属の欠片や、尖った石などが入っていたのだ。それを火薬で爆発させる、手投げ弾。
リザードマンも一瞬動きが止まる。
彼らはパニックになる事こそ無いものの、想定を超えた出来事があるとフリーズしてしまうようだ。
この隙に、人間たちが押し返していく。
いや、流石はドワーフの鎧だ。リザードマンに、今の爆発で死者は無い。
だが、この手投げ弾で情勢が変化している。
既に勢いは人間側にある。
「あっ、あっ、大変です! 何かまた投げてきましたよ!」
「プリム、対応策は考えられる?」
「原因が分からないので……!」
「爆発する前に投げ返す」
俺は彼女に伝えて、アリエルに頼んで拡声の魔法を使ってもらう。
「手投げ弾だ! 時間を置いて爆発する! 爆発する前なら投げ返せ!」
俺の指示があると、リザードマンたちも忠実に動きだす。
人間側は慌てたようだ。
「なんだ、今の声は!?」
「炸裂玉の仕組みを知っているだと!?」
「今のが魔王だ! 化け物たちのボスがいるぞ!」
「戦況をどう見る、プリム?」
「ええと……これで五分五分なので、現状維持を……」
「ふむ、よく見てみろ。ユーマが言っているのはあの辺り……楔のようにリザードマンの軍勢に食い込んだ部隊の事だ。奴らがあの状況を維持する間に、エルド教の兵士が入り込んでくるぞ」
「あっ!」
エルド教の兵士たちは、凄まじい速度でこちらに向かって来る。
おおっ、あいつらの速度がおかしいと思ったら、奴らは乗り物に乗っているのだ。
動物に乗っているのではない。あれは……。
「バイクだな……」
「バイク? 馬も無いのに走る車か! なるほど、貴様無しでは、とても想定できない戦力ばかりだな」
「だが、俺無しで色々やってもらわんといかんのだ。あれは俺が知ってるバイクと違うな。多分、動力は魔法だろう。ってことは……ラグナ教とエルド教の合作だな」
「ど、どうすればいいでしょう!」
「バイクの動きを見てみろ。突っ走って来るが、早い分小回りがきかなそうだろ。じゃあどこが弱点だ?」
「横から襲えば転んでしまいそうですねえ」
「そうだな。つまり伏兵に弱い」
「なるほど! じゃあ、獣人の皆さんを脇から進ませてください! 向かって来る相手を、真横から攻撃します!」
リザードマンの軍勢が割れ、生まれた通路を猛スピードで獣人の遊撃兵たちが駆け抜けていく。
彼らは凄まじい勢いのまま、兵士たちの頭上を駆け抜けて、こちらへ向かって来るバイク軍団の側方へと回りこんでいく。
だが、バイク乗りどもも銃を持っているからな。
さながら竜騎兵ってところだろう。援軍はかなり食い止められるだろうが、獣人にも犠牲が出るだろうな。
ここでプリム、敵軍後衛の動きに気付いたようだ。
「黒い服の人間たちが動き出しました。あれは……何をしているんでしょう?」
「さあ……? 私もあれは知りませんね」
プリムとアリエルが並んで首を傾げている。
「あれは魔法陣だな。魔力が弱い分、複数の人間が魔力を融通しあって強大な魔法を行使するやり方だ。俺の世界の知識だとそうだった」
「ふむ……では、まずいのでは無いか?」
ローザが魔法を使用する。
俺たちの目の前に、土で作られた戦場の盤面が出現した。
「あれから放たれる魔法が、執行者の使っていた光の魔法だとするならば……味方ごとこちらを焼き払う事になるのではないか? リザードマンは身動きが取れぬぞ」
「ふむ……。ローザ、今の魔法、誰か土の妖精に教えておいてくれ」
「構わないが、どうするつもりだ、ユーマ?」
「リザードマンには悪いが、これは灰王の軍の学習機会とさせてもらおう。少なからぬ犠牲は出るだろうが、それによって人間側が脅威である事を実感してもらう」
「一応、対抗はしてみます! マーマン、マーメイドの隊! 水の防御壁を!」
プリムの判断は迅速。
だが世の中、迅速では間に合わない事も多々ある。
なんとかある程度張り巡らされた、水の防御壁。
敵軍後衛から放たれた巨大な光の渦が、容易くそれを突き破っていく。いや、多少は減じたな。
魔法が、敵軍兵士とリザードマンを巻き込み、戦場に巨大な穴を穿つ。
「これは、人間側の兵士も使い物にならなくなるであろうな」
「だろうな。人間じゃない連中が来るぞ。まさか中にいたとは気付かなかった。フランチェスコめ、本気だな」
「どういうことだ?」
ローザの質問に、俺はリュカが映し出す戦場の風景を指差して見せた。
兵士たちは恐慌状態に陥り、リザードマンたちも余りの状況にフリーズしている。
バイク兵は獣人と激しく争っており、その足は止まっている。
魔法使いたちは巨大な魔法を使用した直後で、魔力切れなのか動きが無い。
戦況は確かに停滞した。
だが、その中で一箇所だけ動きのある場所がある。
兵士たちの中衛である。
彼らの中から、戦場の中央に穿たれた、森へと続く巨大な通路に飛び出してくる者たちがいる。
この状況で、感情に左右されず、戦闘行為に没頭できる。
間違いない。
ザクサーン教の狂戦士だ。
即ち、これは三大宗教の連合軍だったのである。
狂戦士たちが森へと侵入してくる。
「なっ、なんてこと……!」
アリエルが悲鳴をあげた。
動揺している暇などない。
迎撃戦の開始である。
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