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王国の反逆者編

熟練度カンストの泥酔者

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 さてはて。これから国家転覆級の活動を迅速に行なおうというので、俺たちは景気づけにヴァイスシュタットへ繰り出した。
 懐かしき町である。
 思えば、俺とリュカの旅は、ここを拠点として始まったような。
 ディアマンテは脱出行だったからな。

「おや! リュカと皿洗いじゃないか!」
「元気だったかいリュカちゃん!」

 道行く人々がリュカに声を掛ける。
 リュカは、この町にあるハンスの酒場で給仕をやっていたのだ。
 当時は髪を染めて赤毛だったが、ディアマンテとの国境線での戦いの際、リュカは本来の髪色である虹色の髪をあらわにしている。
 これは最前線の町、ヴァイスシュタットの人々にとっても、大変印象に残ったらしい。

「こんにちは! うん、元気だよー」

 リュカが笑顔で答えていく。
 ちなみに町のそこここで、黒服でラグナリングを下げた連中がいる。
 奴らはリュカを見て、顔色を変えて建物の中に引っ込んでいくわけだが、敬虔なラグナ教の巡礼者だろう。
 リュカの髪は、奴らの教えでは怪しい力を使い、悪魔を奉じる魔女の証ということになるのか。
 だが、なんと今は、炎の髪のサマラと、水の輝きの髪をしたアンブロシアがいて、魔女が三倍である。
 連中が色を失うのも無理はあるまい。
 ということで、やって来たのはハンスの店。

「やってる?」

「おいおい、まだ日が高いぜ……って、おいおいおい! ユーマじゃないか! この野郎生きてやがったのかー!」

 テーブルを拭いていたのは、ハンスの息子であるハインツだ。
 妙にウマの合う男だったのを覚えている。
 奴はすぐさまこっちに駆け寄ってきて、俺の頭を小脇に抱えてグリグリした。

「全く、あの後アルマースでガトリング山が噴火したり、難民がやってきたり、国王が亡くなって王子が後を継いだり、それで辺境伯が地位を解かれたりして大変だったんだぞ!」

「概ね、知っている」

 荒っぽい歓迎だが嫌ではないな。

「こんにちは、ハインツさん!」

「おおー!! リュカまで一緒か!! こいつはめでたいな!」

 リュカに続いて、一同がどやどやと入ってくる。
 お尋ね者のようになっているオーベルトがやって来ても、ハインツは何も言わない。
 ヴァイスシュタットは、ヴァイデンフェラー辺境伯寄りだったからな。

「増えたなあ。そっちの二人の別嬪さんは、リュカと同じ巫女さんとやらなのか? 何だユーマ、羨ましいやつめ。日々爛れた生活を送ってるんだろう」

「手出しは全くしてない」

「はあ!? お前ついてるのか!? それともあれか、男が好きだったのか!?」

「なにぃ。俺は女が好きだ」

「なら何故!」

「深い事情があってな……」

「深い事情か……ならば仕方ない」

 俺は解放された。

「だが、お前らが帰ってきたのなら、親父もお袋も、嫁いで行ったクラーラも喜ぶぞ! そうだ、酔っ払いの学者先生も呼ばなきゃな!」
「学者先生……? もしや、エドヴィン殿のことか!」

 ああ、なんか辺境伯のところにいた、変わり者の学者か。
 ちょっと小粋な髭のダンディって感じの奴だった。

「学者の先生な、辺境伯が更迭されてからすっかりやる気をなくしちまってな。ずっとうちで飲んだくれてるんだ。だけど、お前たちが生きてると知ったら驚くだろうな」

 くっくっく、と笑うハインツ。
 なるほど、そういう再会もいいなと思い、久々に酒場の準備を手伝うことにする。

「さて、あたしらは何をすればいいんだい?」

「なんでもしますよ!」

「よし、じゃあ外で呼び込みを……」

「おいおいおいおい! ユーマ、こんな別嬪さんたちを働かすんじゃねえよ! へへへ、お二人はこちらで休んでて下さい。リュカ、手伝ってくれ。外にテーブルを出すぞ!」

「はいはーい」

 リュカがテーブルと椅子を一塊にして持ち上げて突っ走っていく。
 素晴らしいパワーだ。
 休んでいろと言われたものの、巫女筆頭のリュカが仕事をしているわけだから、二人の巫女だって黙ってはいられない。
 常人並みの腕力である彼女たちは、椅子だけ、掃除用具、といったものを持っていく。
 やがて、酒場の主がやって来た。

「おや? 今日は随分賑やかなようだが、こんなに店員を雇った記憶はねえな……って、おぉーいっ! ユーマとリュカじゃねえか!!」

 ここの連中は変わらんな。
 何となくホッとする。
 結局、俺は手伝わせてもらえず、リュカの後に雇ったという給仕の娘に促されて椅子に腰掛ける。
 後から後から客が入ってくるが、みんなリュカに声をかけていく。

「おお、本当にリュカちゃんだ! 戻ってきたのか!」
「またずーっといていいんだぞ!」
「ありゃ? もしかして結構背が伸びた? おっぱい大きくなってんな!」

「んもー!」

「いてえ!!」

 セクハラな事を口にした男がはたかれて外へふっ飛ばされていった。
 リュカのパワーも順調に上がっているのだな。
 なんやかんやと、酒場に集まる連中と旧交を温めたリュカが戻ってくると、俺のすぐ隣に腰掛けた。
 右側にはアンブロシア、左にサマラ。
 少しして、見覚えのあるちょび髭ダンディがやって来た。

「うーっ、全く、酒が抜けていけませんな。頭がボーッとしますぞ」

「おー、学者よ」

 俺が手をふると、件の学者先生、エドヴィンは一瞬動きを止めた。

「あれ……。おかしいな。まだ私は酒を呑んでいなかったはずだが……」

「俺だよ、俺、俺」

「幻聴まで……」

「………ユーマ殿かね? 本当に? 本当の本当の本当にユーマ殿なのかね!? う、うおおおおおお!!」

 学者氏、酒場中に響き渡るような咆哮をあげた。

「こっ、これで、これで私の理論を試すことが出来る! いやいや、そうではない。お館様の命運にも、希望が生まれようというものだ! いや、めでたい!!」

 堂々と、俺の向かいの席に腰掛けた。

「飲みましょう!」

 そういう事になった。



「さて、私が拝見する限り、このお二方の美女もリュカ殿同様、精霊と契った巫女に相違ございませんな? よろしい。答えなくとも貴方の表情がすべてを物語っておりますからな! 話は早い! 一つだけ伺いたいのですが、彼女たち巫女が聖地とするような場所の周囲、そこで、天然自然には発生し得ぬ異形の獣の姿がございませんでしたかな? 巨大な生き物、異形かつ悪魔的な生命体……」

「落ち着け学者。聞き取れん」

「おっと、失敬しましたぞ。伯がおられなくなってから、まともに会話できる相手に恵まれなくなったものですからな。それに研究資金も底を尽き、次なる辺境伯は実に下らぬ常識人。はみ出した輩を放逐し、事もあろうに神秘主義者にして知を彼らのバイブル基準に禁じようとする焚書文化のいけ好かぬ者ども! そう! ラグナの奴ばらと手を組もうなどと、新王と組んで企むどうしようもない男ですぞ!」

「す、すごい人だねえ……。ユーマ、こいつ、昔からこうなのかい?」

「うむ。付き合いは短いがこんな感じだった。でもパワーアップしてる気がする」

「あ、アタシちょっと苦手です」

「得意な奴はいないだろうな」

「学者さん。苦労したんですね」

 ところが、リュカが大変優しい言葉をかけるではないか。
 いや、敬語を使って人を労るリュカなど久々に見た。
 彼女、ヴァイデンフェラー辺境伯領ではそれなりに淑女然と振る舞ってはいたんだよな。

「おお、リュカ殿の優しさが身にしみます。まあまあ、ユーマ殿一献……。おお、お嬢さんたちもどうぞ! あ。酒代? ハハハ! ユーマ殿、出世払いでお願いしますぞ」

 こいつ、俺の金で酒を飲む気だな?
 だがなんだろう。
 この男、どうも重要な役割を持っているような気がする。
 俺が世界を歩いて来た中で感じてきた、漠然とした違和感。
 それに名前をつけて、理屈で理解させてくれそうな。

「なあサマラ。最初にお前と東に行くけれど、こいつも連れて行っていい?」

「ええっ!? ふ、二人きりだと思ってたのに……!」

 そう、今後の先行きについては開店作業をしながら話し合っておいたのだ。
 まずは、俺とサマラが東へ行き、遊牧民と接触して説得、戦力として取り込む。
 次にその足でアルマースへ抜け、港でアンブロシア、リュカと合流。そのまま船を調達して海賊をスカウトに行く。
 この間、オーベルトとヨハンはエルフェンバインに散らばった、辺境伯領に所属していた騎士たちを集める。
 数の力が必要だ。

「でも……このオジサンが必要なんですよね……? 仕方ないなあ……」

 ため息を吐かれた。

「ユーマ殿! まあまあ、一杯!」

「うむ……」

 俺がどうしたものかな、と困っていると、エドヴィンが酒を勧めてきたのでとりあえず飲んだ。
 おお、この雑な味のエール。
 久々である。

「山岳地帯だったっけ」

「はい、高山地帯に近いステップです。家畜が食べられるだけの草がたくさん生えているから、この季節ならあの辺りにいるかな……」

「高山地帯と言えば! 岩に擬態し、相手を押しつぶしてから食らう生き物がおりましてな」

「ああ、そういや、エルフェンバインに抜ける時にいたな、そんなの」

「あれは、土の精霊力が活発な場所で発生した昆虫の一種なのです。それぞれ、精霊の力は動物を活性化し、怪物と呼ばれる物に変える力を持っているようで……」

「ほうほう」

 エールを口に運ぶ。
 うーむ、なんだか気分が良くなってきた。

「火の巫女が火の精霊王を祀る地には、火にまつわる怪物が存在しているはず……これらが、意思を疎通できるのではないかという私の持論が……」
「まあ、リュカじゃない! 来てたって本当だったのね!」
「クラーラさん! ひさしぶりー!」

 おお、知り合いが増えていく。
 心地よい喧騒と、エドヴィンがまくし立てる良く分からない理論と知識と、そしてふらりとした俺を受け止めた、ふんわり柔らかい感触などが相まって、俺はすっかり酔いが回ってしまったようだ。

「ユーマ様、お酒弱いんですから、ほどほどに……。明日には出立するんですから」

「彼奴ら神とやらを信ずる輩は、精霊の時代が終わって人の時代が来るのが世の流れ等と申しますが、私はユーマ殿とリュカ殿の姿に、あの時確かに希望を見た! 英雄無き人の時代への入り口とは異なる、誰も知らない幻想の時代への入り口を……!」

「あんた、本当によく口が回るねえ。しっかしこのエールはまずいねえ……」

「おっ、いける口ですな! ささ、一献……」

「ああ、勝手に注ぐんじゃないよ!」

 おお、いかん。
 何やら後頭部を柔らかいものに包まれながら、俺はアルコールにすっかりやられて、意識が飛んでいってしまうのだった。

「ふふふっ、役得っ……!」
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