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群島の海賊剣士編

熟練度カンストの海戦人

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 見覚えのあるのっぽが向かって来るではないか。
 あれは誰だったかな。
 確かリュカが何か言っていたような。

『ラグナ教の執行者だよ!』

 おお、それ、それ。
 リュカがシルフを使って、声を届けてくれた。
 なるほど、奴は小船に跨り、どういう力の効果なのか、船を近未来的なコスモシップに変化させてこちらに向かって来る。実にいい笑顔である。笑いながら俺に「ダーイ!」とか叫びそうな按配だ。
 では、俺も期待に答えるとしよう。
 奴の狙いは俺であろうし、この海域最大の障害はあの男であろうからな。

「おいユーマ、どこに行くんだい!?」

「ちょっと昔の知り合いがな」

 知り合いと言うほど記憶は無いが、それはきっと、こいつと俺は対して剣を交えていないからだろう。
 エルフェンバインで記憶があるのは、辺境伯の部下たちの太刀筋や、ラグナ教の執行者であるずんぐりした男との戦い。
 俺の記憶は、この剣と強く結びついている。

「だったら、あたしも加勢しようかねえ」

 すぐ横に、アンブロシアが並んでくる。
 俺はちょっと考えてから、

「いや、死ぬぞ」

 端的に述べて、止めるよう促した。

「は、何て!?」

 鼻白んだアンブロシアを置いて、俺は先行する。
 すぐについて来ようとする彼女の前で、ちょっと露骨に大剣でジャンプした。

「うわっ!? 危ないじゃないかい!」

 だが、抗議の言葉はすぐに掻き消えた。
 何故なら、

「いい読みだ灰色の剣士! 私の船は、あの程度の間合い一瞬で詰めるぞ!」

 俺が飛び上がったのは、気配を感じたからだ。
 大剣の腹が、突撃してきた船の舳先を受け止めている。
 俺とのっぽの視線が同じ位置にある。

「な、なんだい今のは……!?」

「下がっていろ」

 俺はそれだけアンブロシアに告げると、目の前の相手との戦いに戻る。
 黄金のコスモシップは正に、僕が考えた最強の小船である。海流を無視した挙動で俺から距離を離し、ドリフトしながら急カーブで突っ込んでくる。
 俺はこれに向かって、自らもスライドしながら突進した。
 ちょうど、側面部の刃を船に叩き付ける要領である。

「知っているぞ! あらゆるものを斬り裂く刃! 易々と受けると思うな!?」

 ノッポは叫びながら、手にした棒で激しく水面を叩く。
 物理的にありえないような飛沫が上がった。
 何かと思えば、船が空に舞い上がっている。
 おお、水面棒高跳び(ただし船ごと)とか、器用な奴だ。
 俺も、激しく足を踏み込んで水面に衝撃を伝える。反発する水の勢いが噴水のように飛び出し、大剣が上空に吹き飛ばされる。
 空中で剣を手に持ち替えて、俺は船目掛けて叩き付けた。

「なんとぉーっ!!」

 これを、ノッポは手にした棒を立てて受け止める。
 普段なら切断するところだが、見ればこいつの乗っていた船が、ただの小船になっている。代わりに棒が金色に輝いているではないか。コスモ棒だ。いや、コスモロッドだ。
 半ばまで切れ込みを入れたが、破壊するには至らない。
 そのまま互いに反発し、離れた場所へと着水する。
 ふむ、あいつの金色は、船や棒に宿す事で強化できるのだろう。
 それも、手応え的に、アータルの肌に匹敵する強度だ。
 今まで単身で、俺とまともにやりあえた奴はいない。
 水上と言う慣れぬ環境を差し引いても、この男は強いな。
 記憶に刻むとしよう。
 
「ちぃっ、援護するよユーマ!」

 実は直接的戦闘力を持たないアンブロシア。
 導き手から奪ったという筒……つまりは銃を引き抜いて、ノッポ目掛けて連射した。
 銃というのは狙いを定めるだけの武器だが、そのものの重さもあるし反動もある。何より、遠目で狙いをつけるというのは大変難しい。
 素人が遠距離で当てられるものではないのだ。
 案の定、彼女が撃った弾丸は、ノッポにあたらず明後日の方向へ飛んでいく。
 だが、これを見てノッポ、アンブロシアも敵だと認識したのだろう。

「水の魔女まで加勢してくるとは!」

 怒りに顔を歪めながら、船を走らせた。
 腰の後ろに手を回し……何かを出す気配。俺はそれを察知して、アンブロシアの前まで駆け戻る。
 剣は足元だ。
 それを振り上げている暇は無い。
 アンブロシアは射撃の反動で、筒をやや上に向けたままの状態だ。もう少しすれば元に戻るのだろうが、こいつはそんな悠長に過ごす暇がある戦いではない。
 俺は筒を握って、バックハンドの状態で彼女の腕から筒をすっぽ抜く。
 それと同時に、抜けた筒に向かって短い棒が飛来した。
 筒と棒が衝突し、筒がひしゃげる。
 おう、腕にじーんと来た。
 ノッポが抜き打ちで、棒を投擲したのだ。
 一瞬遅れていたら、筒がアンブロシアの胸を貫通していただろう。

「え、何……? え? あれ……?」

 状況が分かっていないアンブロシア。
 彼女は水の精霊を使えるだけ、普通の人間よりはマシな動きが出来る。
 だが、それでも普通の人間に毛が生えた程度と言わざるを得ない。
 このノッポのような、並外れて強い相手とは到底戦うことは出来ないのだ。
 俺はアンブロシアを背後に押し、

「アンブロシアを連れて行け」

 と口に出した。
 通じないことを承知で、精霊に伝えたのである。
 すると、精霊は話が通じるではないか。

「え!? ええ!? な、なんで勝手にあたしの体が後ろに持っていかれるんだい!? お、おいヴォジャノーイ! ウンディーネ!」

 精霊も話せば分かるのだな。
 うむ。

「あれを防ぐか……! だが、あの程度の魔女ならいつでも誅す事が出来る。風の魔女と比べれば、赤子の手を捻るようなものだ。ならば、貴様を倒すのが最優先だな!」

「うむ、来るが良い」

 俺は筒を投げ捨てながら、方向転換せずにノッポへ背中を向けたまま。
 無駄なアクションをして、隙を見せるつもりはない。

「背中を見せたままとは! 舐められたものだ! 串刺しにしてやろう!」

 ノッポ、叫びと共に突っ込んでくる気配。
 黄金のコスモシップで俺を背中から一撃、というつもりなのだろう。
 だが背中で相手を迎え撃つやり方もあるのだぞ。
 俺は首筋に感じる、ノッポの発する圧力で、距離を測る。
 良いタイミングで、水面に圧を与えた。
 水は反発し、圧を加えられた水面を復元しようとする。
 この力を利用して、飛び上がった。

「馬鹿め! 読んでおるわ!」

 そこを目掛けて、ノッポの棒が突き出される。

「うむ読んでいるぞ」

 俺は足の裏に剣を貼り付けたまま、そのサイズを片手剣まで縮小している。
 それを宙返りしながら足を振り下ろし、真っ向から棒を受け止めた。
 強化されていない棒である。
 バルゴーンとぶつかれば、持つわけがない。

「なにぃっ!?」

 ノッポの棒が、縦に割れた。
 俺は剣を手に持ち替えながら、ノッポの背後に着地する。

「ふむ」

 背中を見せるのは、ノッポになってしまった形である。
 これはどうだ。
 お前、勝ち目が無いんじゃないのか?

「ええいっ!!」

 叫ぶと同時に、ノッポは一直線に跳躍した。
 俺から逃れる形で、海に身を投じたのである。
 一瞬でも振り返る動作をしていれば、一刀両断であった。
 いい判断と言えよう。
 ノッポは水飛沫を上げながら、

「天に在す我らが神よ! 度重なるご無礼をお許し下さい! 以下省略!」

 叫びながら、船を形作っていたエネルギーのようなものを自分に集めたらしい。
 背中から金色の羽のようなものが生える。
 そして、ごく低空ではあるが、船団の一隻に向かって滑空していった。

「逃げたか」

 では、船団も撤退する可能性がある。
 その多くを航行不能にしたことであるし、そろそろこちらの退き時だろう。
 俺は遠くで待つオケアノス海賊団の船に向かって、手を振った。
 リュカがこれを認めれば、あちらも退いていく事であろう。
 俺も帰るとしようか。



「一体全体、どういう事だい!」

 奮然と甲板を叩くアンブロシアなのである。
 俺が勝手に精霊たちに命じて、彼女を帰還させたのが気に障るらしい。
 気難しい娘だ。

「そりゃお前、死ぬし」

「死ぬってどういうことさね!? あたしはこうしてピンピンしてるし!」

「アンブロシアは、ユーマに守ってもらったの分からないの? 分からないくらいなら、もうあの執行者と戦わない方がいいね」

 リュカの物言いは冷静だったが、突き放すような表現である。
 彼女は、あの男の恐ろしさを知っているらしい。

「むううっ、こ、この海賊団の頭は誰だと思っているんだい!? あたしだよ!」

「私たちは、アンブロシアの頼みを聞いて協力してるんだよ? アンブロシアだけじゃ、出来ないでしょ」

「むぐぐぐぐーっ……!!」

 アンブロシアは大変悔しそうである。
 しかし、リュカも貫禄が出てきたな。
 巫女のリーダーと言った印象である。
 そういえば、精霊の巫女も3人目であるしな。
 さて、俺たちが一月かけてやっていた作戦である。
 これは、オケアノス海賊団が大暴れして、この群島に存在するエルド教の船、全ての目を引きつけるというものだ。
 幾つもの交易船を襲い、時に略奪し、時に航行不能にし、こうして被害を与える。
 そうすれば、エルド人が各群島に派遣している船も、本来の交易ルートに使用できるよう、差し戻さねばならなくなるだろうと見越しての作戦だった。
 そのために、日にちをかけてコツコツと嫌がらせをしてきた。
 基本、人死は出していない。
 出せばエルド教も、こちらを潰すために本気になるだろう。
 今は、向こうが防備を固める→俺たちがそれを突破する→さらに防備を固める……というイタチごっこ的なものになっている。
 そのうち連中は本気になるだろうが、その頃には移住計画は終了済みというわけだ。

「アンブロシア。まだ、人間に近い状態だということは、良いことなんだけど……」

 サマラがアンブロシアを気遣うような声を掛ける。
 彼女の髪は、まるで炎が揺らめくように、オレンジ色の光沢を常に放ち続けている。
 人間の髪の色ではない。
 虹色の光沢を放つ髪と瞳のリュカ同様、強く精霊の影響を受けているのだ。
 恐らく、半精霊のような状態になっているのだろう。
 だから水に浸かりすぎると死んでしまう。
 その代わり、火の精霊の行使には、こうなってしまう以前と比べると桁違いの適正を発揮する。
 肉体的な負荷を殆ど感じさせないまま、以前の数倍、数十倍の力を行使できるわけだ。
 ちなみにリュカは生まれつきなので、もっととんでもないらしいのだが良くは知らん。

「うーっ! でもっ、あたしは悔しいーっ! 今まで足手まとい扱いされた事なんか無いのに!」

「多分それは、エルド教の人が見逃してくれてたのかもしれない」

「そうだな。適度な脅威は、船団の気持ちを引き締めることにもなる。傭兵の雇用も生まれるしな」

 リュカの返答と、それに対する冷静な分析はヨハン。
 こいつ頭いいなあ。
 だがまあ、今回の俺たちのこれで、一時的にエルド教の目は完全に引き付けることが出来た。
 その代わり、今までのように見逃す、というわけにはいかなくなるのである。

「まあ、移住の進捗を見に行こう」

 少々重くなった場の空気を和らげるつもりで、俺は提案した。
 だが、同時にすぐ目の前でむくれているアンブロシアのケアもしないとなあ、なんて思うのであった。
 おかしい……。
 何故俺が、女の子のメンタルのケアをする事になっているのだ。
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