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群島の海賊剣士編
熟練度カンストのサーファー
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「な、な、なんだあれは」
エルド教から借り受けた、双眼鏡なるものを覗き込んでいた男が、驚愕の声を漏らした。
群島の海は、気分屋である。
ある時は強い風が吹き、ある時は波が逆巻き、渦潮が生まれ、ある時は凪となる。
そんな海を乗り越え、帆船を駆って交易する彼ら船乗りは、屈強であった。
地上で粋がる生半可な男たちには負けぬ。
体も強けりゃハートも強い。
自他共にそう認める、屈強な男たちである。
それが、今、信じられないものを目にした衝撃で、膝をガクガクと震わせている。
「おい、どうしたと言うのだ」
彼に声をかけたのは、ひょろりとした黒衣の男だった。
ラグナ教徒の巡礼者で、確かウィクサールという名前だ。
恐ろしく腕が立つ男で、先日船を襲ってきた海賊を、たった一人で退けてしまった。
惚れ惚れするような棒捌きだった。
エルドの導き手、デヴォラが護衛として雇ったと言う話だったが……巡礼者は金で雇われるものなのだろうか?
「あ、あ、あ、し、信じられない。こ、こんなの嘘だ……!」
双眼鏡がぽろりと落ちる。
ウィクサールは水夫が見つめる方向に向かい、目を細めた。
双眼鏡が無くても、分かる。
今回の交易は、船団であった。
数隻で列を無し、護衛を引き連れて群島の海を行く。
だが、今、目の前の船の帆柱が、ずるりとずれた。
ゆっくり傾き、海に向かって落ちていく。
「壊れたと言うのか……? 否……! あれは、斬られたのか!!」
その証拠とばかりに、何か人影が、ひょーいっと船から飛び出していく。
それは水に飛び込むと思いきや、何かキラキラ輝く太いものを呼び出し、飛び乗った。
太いものは着水すると同時に、まるでそれ自体に動力があるかのように水面を疾走していく。
「あれは……あの男は!!」
爛々とウィクサールの目が輝いた。
「噂の剣に乗った男が出た! アンブロシアの船が近くにいるぞ!!」
帆柱の見張り台にいた水夫が、高らかに鐘を鳴らす。
船団が騒がしくなった。
あちこちで、雇われた戦士たちが船底から飛び出してくる。
――剣に乗った男。
それは、最近群島を騒がせている海賊の名であった。
分かっているのは、女海賊アンブロシアの腹心であること。
そして、どこからとも無く剣に乗って出現すること。
それだけである。
恐ろしく腕が立つらしいのだが、誰もが剣に乗って海を渡ってくるインパクトが強すぎる。
その他の印象など薄れてしまう。
ネフリティスの導き手でも有力者であるデヴォラは、この男の存在を憂慮した。
交易ルートが安全でなくなってしまえば、彼女のビジネスに影響が出るのである。
そのため、船団には通常の数倍という護衛が付けられるようになった。
これは大変な出費である。
少しでも出費を抑える為、身内の導き手たちも動員され、船に同乗することとなる。
「おのれぇっ!! 灰色の剣士、どこへ行ったァ!!」
「あの、お客人、一人で動かれると邪魔……」
「うるさいっ! それを貸せ!」
「アッ、双眼鏡がーっ」
ウィクサールは手早く帆柱へ登り、双眼鏡を目に当てた。
剣に乗った男が消えた方向を見やる。
なるほど、彼方から、帆も無く、櫂も無いというのにぐんぐんと海上を進んでくる、奇怪な船が見える。
あれが女海賊アンブロシアとやらの船なのであろう。
噂によると、剣に乗った男はアンブロシアの腹心。
そして、剣で水上を走るなどという芸当ができるのは、ウィクサールが知る限りではただ一人、灰色の剣士のみ。
灰色の剣士は、彼の兄であるドットリオの仇。
つまり、これは仇と合間見えた天が与えた好機なのであった。
「ははははは!! 神よ! この巡り合わせに感謝いたしますぞ!!」
ウィクサールは、腹の底からわきあがる暗い喜びに任せて両手を広げ、天を仰いだ。
そして帆柱から落っこちた。
「また来たぞ! 剣に乗った男だ! い、いや一人じゃない! アンブロシアも一緒にやって来るぞ!」
「なんて奴だ! アンブロシアは水面を滑ってくるぞ!」
「くそ、まるで悪夢のような光景だ!」
剣に乗った男は、まるでトビウオのように跳ね上がった。
水飛沫が陽光を受けてきらめく。
このシーンだけを切り取れば爽やかな一枚なのだが、いかんせん、剣に乗った男は皮の鎧でフル武装。しかも真顔である。
飛び上がった勢いのまま、男が乗った剣が帆柱に向かっていく。
誰も止められない。
いや、そもそも剣で海を渡る光景が非常識なのに、それが甲板の高さまで跳躍し、さらには一直線に帆柱目掛けて飛来するとか、理解の範疇を超えている。
……と思ったら、男は剣から飛び降りつつ、今まで乗っていた剣の柄を掴んだ。
「ふんっ!」
一閃。
帆柱は一瞬傾ぎ、すぐに逆側に向かって倒れていく。
慌てて男に駆け寄ろうとする水夫たち。戦士たちも飛び出してくる。
だが、そこへ立ちふさがるのは、アンブロシアが呼び出した半透明の怪物たちだ。
「やっておしまい、ヴォジャノーイ!」
「ひいっ、水の化け物!!」
「うわあーっ、デヴォラ様から預かった筒がきかねえー」
「サーベルでもダメだ!」
実は、アンブロシアが操る水の精霊には、直接的殺傷力が無い。
せいぜい相手を包み込んで窒息させる程度だが、暴れればなんとか逃れる事も出来るし、元が水でしかないため拘束力も低い。
しかし、見た目のインパクトは抜群である。何より、元が水だから武器が通用しない。
本体は、ヴォジャノーイの背中辺りに張り付いている精霊なのだが、素養が無ければ見えない。
そのために、まるで無敵の怪物が襲い掛かってくるように感じるのだ。
「あーっはっはっは!! さあヴォジャノーイ、蹂躙してやりな!!」
アンブロシアの大仰な仕草に合わせて、ヴォジャノーイが、もがーっと咆哮をあげた。
「う、うわあー、来るな化け物ーっ!」
「ごぼごぼーっ」
「お前ら気をつけろ! こいつに組み付かれると、船の上で溺れるぞ!」
大混乱である。
この隙に、剣に乗った男はヒョーイッと船の外に飛び出した。
再び剣に飛び乗り、駆け去っていく。
まさに二人のコンビネーションが織り成す、絶妙なヒットアンドアウェイであった。
交易船団は大変な喧騒に包まれている。
これをまったりと眺めていられる場所が一つだけあった。
オケアノス海賊団の船である。
「ユーマ、張り切ってるねー」
リュカが干し魚をかじりながら、中空に映し出した光景を見ている。
これは最近使えるようになった魔法で、空気の圧力を一箇所だけ強め、空気のレンズを作り出して遠方の光景を映し出すというものである。
空気のプリズムの応用だが、レンズ状態を維持する為にはある程度の集中力を必要とする。
「船から船に飛び移ってますね。これ、絶対やられた側は混乱しますよね……」
「ああ。俺が船に乗ってる側だったら、いきなり何も無いところから船に飛び上がってきて、帆柱やら船の基幹部分を壊してすぐ逃げ去る相手なんて、絶対に敵にしたくない。というか、そんな奴が普通はいるはずがないんだ」
レンズの向こうに見える船は、大半が帆柱を失って立ち往生である。
一応は、ガレー船としての機能も果たせるようには出来ている。
だが、根本的な推進力を風に頼っていた船は、帆柱を破壊されると機動力の大部分を失う。
交易船団は、今や、この帆船の天敵である剣に乗った男……戦士ユーマを目の敵にしていた。
こんな日々を送るようになって、そろそろひと月が経過する。
「お陰で移住計画は進んでますが……ユーマさんの動きは、海に慣れたあっしたちが見てもゾッとしますねえ」
「ああ。ありゃあ、海の悪魔だ」
レンズが追うユーマは、大剣の上で腕組みしながら難しそうな顔をしている。
大剣は生きているかのように、ピョンピョンと海上を跳ねて次なる獲物へ向かっていく。
標的となった船の船員たちが、絶望に満ちた表情になるのが見えた。
「しかし、姉御も生き生きしてるなあ」
「あっしたちの身の安全を考えなくていいからな。ユーマさんなら何かあってもまず死なないだろ」
「言えてらあ」
海賊たちがワッハッハ、と笑う。
だが、そこでリュカが残った干し魚を一気に口に押し込むと、
「むむっ」
唸った。
一瞬喉に詰まったのかと心配した一同だったが、どうやら違うようだ。
彼女の目線は、レンズが映し出す光景に注がれている。
そこには、船団の中核を成す一際大きな船から、何者かが小船で降りた様子が見えている。
「おみず!」
「へい」
リュカは海賊から水を受け取ると、干し魚と一緒に飲み干した。
そして、
「あいつ! ラグナ教の黒い服の奴がいる! ユーマを狙ってきたんだ。なんて執念深い……!」
緊張に満ちたリュカの声に、その場の温度も変わる。
どうやら小船でたった一人、海に降り立った男は只者では無いらしい。
だが、たかが一人で何が出来るのか。
まだ、海賊たちはこの時点でその男、ウィクサールを侮っていた。
その感情はすぐに裏切られる事になる。
「お客人、無茶だ! そりゃ脱出用の小船だぜ!? しかも一人で何が出来るってんだ! あんたの自慢の棒も届かないだろ!」
「案ずるな!」
ウィクサールは、船の上に堂々と佇む。
「私の分体はもう使えるようになっているのだ! おお、天に在す我らが神よ! 忠実なる……」
横波が来た。
ウィクサールは危うく船をひっくり返されそうになり、慌ててしゃがみ込んだ。
「重心が高いといかんようだな……」
船の上からは、そんなウィクサールを嘲る声すら聞こえる。
「ふん、拝金のエルド教などに傾倒した異端者どもめ」
ウィクサールは吐き捨てる。灰色の剣士を追う為、利用させては貰ったが、それもこれまで。
もう巻き込まれても知らないのだ。
「天に在す我らが神よ! 省略する事をお許し下さい! 以下省略!」
祈りの言葉が重要なのではない。そこに篭る心こそが肝要。
その境地に至ったウィクサールは、明らかに以前の彼ではない。
遥かに強力な、ユーマの敵となったウィクサールであった。
祈りの言葉とともに、分体が天より降臨する。
彼の兄であるドットリオは、分体を直接的に、強大なエネルギーとして使用することが出来た。
対してウィクサールは、分体の在り方を自在に変える事が出来る。
融通が利かぬ自分に、このような自由度の高い能力が与えられた事を、初めはウィクサールは悔やんでいたものである。
これは自由奔放なドットリオにこそ相応しかった。
だが、生き残ったのは己である。
ならば、与えられたこの力、使いこなすしかあるまい。
分体は……船に宿った。
その姿が変容する。
翼を生やし、金色に輝く槍の如き鋭い船である。
「行くぞ! 灰色の剣士!!」
ウィクサールがあげた鬨の声とともに、船は発進した。
それはアンブロシアに匹敵する高速である。
羽は生えていたが、飛んではいなかった。
どうやら、彼方にいる灰色の剣士も、こちらの存在に気付いたようだ。
迷い無く真っ直ぐ、こちらに切っ先を向けて進み始める。
「それでこそ我が宿敵! ここが貴様の断罪場である!!」
かくして、交易船団全てを巻き込んで、ウィクサールの私怨を晴らす戦いが始まる。
エルド教から借り受けた、双眼鏡なるものを覗き込んでいた男が、驚愕の声を漏らした。
群島の海は、気分屋である。
ある時は強い風が吹き、ある時は波が逆巻き、渦潮が生まれ、ある時は凪となる。
そんな海を乗り越え、帆船を駆って交易する彼ら船乗りは、屈強であった。
地上で粋がる生半可な男たちには負けぬ。
体も強けりゃハートも強い。
自他共にそう認める、屈強な男たちである。
それが、今、信じられないものを目にした衝撃で、膝をガクガクと震わせている。
「おい、どうしたと言うのだ」
彼に声をかけたのは、ひょろりとした黒衣の男だった。
ラグナ教徒の巡礼者で、確かウィクサールという名前だ。
恐ろしく腕が立つ男で、先日船を襲ってきた海賊を、たった一人で退けてしまった。
惚れ惚れするような棒捌きだった。
エルドの導き手、デヴォラが護衛として雇ったと言う話だったが……巡礼者は金で雇われるものなのだろうか?
「あ、あ、あ、し、信じられない。こ、こんなの嘘だ……!」
双眼鏡がぽろりと落ちる。
ウィクサールは水夫が見つめる方向に向かい、目を細めた。
双眼鏡が無くても、分かる。
今回の交易は、船団であった。
数隻で列を無し、護衛を引き連れて群島の海を行く。
だが、今、目の前の船の帆柱が、ずるりとずれた。
ゆっくり傾き、海に向かって落ちていく。
「壊れたと言うのか……? 否……! あれは、斬られたのか!!」
その証拠とばかりに、何か人影が、ひょーいっと船から飛び出していく。
それは水に飛び込むと思いきや、何かキラキラ輝く太いものを呼び出し、飛び乗った。
太いものは着水すると同時に、まるでそれ自体に動力があるかのように水面を疾走していく。
「あれは……あの男は!!」
爛々とウィクサールの目が輝いた。
「噂の剣に乗った男が出た! アンブロシアの船が近くにいるぞ!!」
帆柱の見張り台にいた水夫が、高らかに鐘を鳴らす。
船団が騒がしくなった。
あちこちで、雇われた戦士たちが船底から飛び出してくる。
――剣に乗った男。
それは、最近群島を騒がせている海賊の名であった。
分かっているのは、女海賊アンブロシアの腹心であること。
そして、どこからとも無く剣に乗って出現すること。
それだけである。
恐ろしく腕が立つらしいのだが、誰もが剣に乗って海を渡ってくるインパクトが強すぎる。
その他の印象など薄れてしまう。
ネフリティスの導き手でも有力者であるデヴォラは、この男の存在を憂慮した。
交易ルートが安全でなくなってしまえば、彼女のビジネスに影響が出るのである。
そのため、船団には通常の数倍という護衛が付けられるようになった。
これは大変な出費である。
少しでも出費を抑える為、身内の導き手たちも動員され、船に同乗することとなる。
「おのれぇっ!! 灰色の剣士、どこへ行ったァ!!」
「あの、お客人、一人で動かれると邪魔……」
「うるさいっ! それを貸せ!」
「アッ、双眼鏡がーっ」
ウィクサールは手早く帆柱へ登り、双眼鏡を目に当てた。
剣に乗った男が消えた方向を見やる。
なるほど、彼方から、帆も無く、櫂も無いというのにぐんぐんと海上を進んでくる、奇怪な船が見える。
あれが女海賊アンブロシアとやらの船なのであろう。
噂によると、剣に乗った男はアンブロシアの腹心。
そして、剣で水上を走るなどという芸当ができるのは、ウィクサールが知る限りではただ一人、灰色の剣士のみ。
灰色の剣士は、彼の兄であるドットリオの仇。
つまり、これは仇と合間見えた天が与えた好機なのであった。
「ははははは!! 神よ! この巡り合わせに感謝いたしますぞ!!」
ウィクサールは、腹の底からわきあがる暗い喜びに任せて両手を広げ、天を仰いだ。
そして帆柱から落っこちた。
「また来たぞ! 剣に乗った男だ! い、いや一人じゃない! アンブロシアも一緒にやって来るぞ!」
「なんて奴だ! アンブロシアは水面を滑ってくるぞ!」
「くそ、まるで悪夢のような光景だ!」
剣に乗った男は、まるでトビウオのように跳ね上がった。
水飛沫が陽光を受けてきらめく。
このシーンだけを切り取れば爽やかな一枚なのだが、いかんせん、剣に乗った男は皮の鎧でフル武装。しかも真顔である。
飛び上がった勢いのまま、男が乗った剣が帆柱に向かっていく。
誰も止められない。
いや、そもそも剣で海を渡る光景が非常識なのに、それが甲板の高さまで跳躍し、さらには一直線に帆柱目掛けて飛来するとか、理解の範疇を超えている。
……と思ったら、男は剣から飛び降りつつ、今まで乗っていた剣の柄を掴んだ。
「ふんっ!」
一閃。
帆柱は一瞬傾ぎ、すぐに逆側に向かって倒れていく。
慌てて男に駆け寄ろうとする水夫たち。戦士たちも飛び出してくる。
だが、そこへ立ちふさがるのは、アンブロシアが呼び出した半透明の怪物たちだ。
「やっておしまい、ヴォジャノーイ!」
「ひいっ、水の化け物!!」
「うわあーっ、デヴォラ様から預かった筒がきかねえー」
「サーベルでもダメだ!」
実は、アンブロシアが操る水の精霊には、直接的殺傷力が無い。
せいぜい相手を包み込んで窒息させる程度だが、暴れればなんとか逃れる事も出来るし、元が水でしかないため拘束力も低い。
しかし、見た目のインパクトは抜群である。何より、元が水だから武器が通用しない。
本体は、ヴォジャノーイの背中辺りに張り付いている精霊なのだが、素養が無ければ見えない。
そのために、まるで無敵の怪物が襲い掛かってくるように感じるのだ。
「あーっはっはっは!! さあヴォジャノーイ、蹂躙してやりな!!」
アンブロシアの大仰な仕草に合わせて、ヴォジャノーイが、もがーっと咆哮をあげた。
「う、うわあー、来るな化け物ーっ!」
「ごぼごぼーっ」
「お前ら気をつけろ! こいつに組み付かれると、船の上で溺れるぞ!」
大混乱である。
この隙に、剣に乗った男はヒョーイッと船の外に飛び出した。
再び剣に飛び乗り、駆け去っていく。
まさに二人のコンビネーションが織り成す、絶妙なヒットアンドアウェイであった。
交易船団は大変な喧騒に包まれている。
これをまったりと眺めていられる場所が一つだけあった。
オケアノス海賊団の船である。
「ユーマ、張り切ってるねー」
リュカが干し魚をかじりながら、中空に映し出した光景を見ている。
これは最近使えるようになった魔法で、空気の圧力を一箇所だけ強め、空気のレンズを作り出して遠方の光景を映し出すというものである。
空気のプリズムの応用だが、レンズ状態を維持する為にはある程度の集中力を必要とする。
「船から船に飛び移ってますね。これ、絶対やられた側は混乱しますよね……」
「ああ。俺が船に乗ってる側だったら、いきなり何も無いところから船に飛び上がってきて、帆柱やら船の基幹部分を壊してすぐ逃げ去る相手なんて、絶対に敵にしたくない。というか、そんな奴が普通はいるはずがないんだ」
レンズの向こうに見える船は、大半が帆柱を失って立ち往生である。
一応は、ガレー船としての機能も果たせるようには出来ている。
だが、根本的な推進力を風に頼っていた船は、帆柱を破壊されると機動力の大部分を失う。
交易船団は、今や、この帆船の天敵である剣に乗った男……戦士ユーマを目の敵にしていた。
こんな日々を送るようになって、そろそろひと月が経過する。
「お陰で移住計画は進んでますが……ユーマさんの動きは、海に慣れたあっしたちが見てもゾッとしますねえ」
「ああ。ありゃあ、海の悪魔だ」
レンズが追うユーマは、大剣の上で腕組みしながら難しそうな顔をしている。
大剣は生きているかのように、ピョンピョンと海上を跳ねて次なる獲物へ向かっていく。
標的となった船の船員たちが、絶望に満ちた表情になるのが見えた。
「しかし、姉御も生き生きしてるなあ」
「あっしたちの身の安全を考えなくていいからな。ユーマさんなら何かあってもまず死なないだろ」
「言えてらあ」
海賊たちがワッハッハ、と笑う。
だが、そこでリュカが残った干し魚を一気に口に押し込むと、
「むむっ」
唸った。
一瞬喉に詰まったのかと心配した一同だったが、どうやら違うようだ。
彼女の目線は、レンズが映し出す光景に注がれている。
そこには、船団の中核を成す一際大きな船から、何者かが小船で降りた様子が見えている。
「おみず!」
「へい」
リュカは海賊から水を受け取ると、干し魚と一緒に飲み干した。
そして、
「あいつ! ラグナ教の黒い服の奴がいる! ユーマを狙ってきたんだ。なんて執念深い……!」
緊張に満ちたリュカの声に、その場の温度も変わる。
どうやら小船でたった一人、海に降り立った男は只者では無いらしい。
だが、たかが一人で何が出来るのか。
まだ、海賊たちはこの時点でその男、ウィクサールを侮っていた。
その感情はすぐに裏切られる事になる。
「お客人、無茶だ! そりゃ脱出用の小船だぜ!? しかも一人で何が出来るってんだ! あんたの自慢の棒も届かないだろ!」
「案ずるな!」
ウィクサールは、船の上に堂々と佇む。
「私の分体はもう使えるようになっているのだ! おお、天に在す我らが神よ! 忠実なる……」
横波が来た。
ウィクサールは危うく船をひっくり返されそうになり、慌ててしゃがみ込んだ。
「重心が高いといかんようだな……」
船の上からは、そんなウィクサールを嘲る声すら聞こえる。
「ふん、拝金のエルド教などに傾倒した異端者どもめ」
ウィクサールは吐き捨てる。灰色の剣士を追う為、利用させては貰ったが、それもこれまで。
もう巻き込まれても知らないのだ。
「天に在す我らが神よ! 省略する事をお許し下さい! 以下省略!」
祈りの言葉が重要なのではない。そこに篭る心こそが肝要。
その境地に至ったウィクサールは、明らかに以前の彼ではない。
遥かに強力な、ユーマの敵となったウィクサールであった。
祈りの言葉とともに、分体が天より降臨する。
彼の兄であるドットリオは、分体を直接的に、強大なエネルギーとして使用することが出来た。
対してウィクサールは、分体の在り方を自在に変える事が出来る。
融通が利かぬ自分に、このような自由度の高い能力が与えられた事を、初めはウィクサールは悔やんでいたものである。
これは自由奔放なドットリオにこそ相応しかった。
だが、生き残ったのは己である。
ならば、与えられたこの力、使いこなすしかあるまい。
分体は……船に宿った。
その姿が変容する。
翼を生やし、金色に輝く槍の如き鋭い船である。
「行くぞ! 灰色の剣士!!」
ウィクサールがあげた鬨の声とともに、船は発進した。
それはアンブロシアに匹敵する高速である。
羽は生えていたが、飛んではいなかった。
どうやら、彼方にいる灰色の剣士も、こちらの存在に気付いたようだ。
迷い無く真っ直ぐ、こちらに切っ先を向けて進み始める。
「それでこそ我が宿敵! ここが貴様の断罪場である!!」
かくして、交易船団全てを巻き込んで、ウィクサールの私怨を晴らす戦いが始まる。
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