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精霊の守り手編

熟練度カンストの捜索者

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 ディマスタンを抜けると、周囲の風景が突然変わった気がする。
 旧市街側は、どちらかというとエルフェンバインに近い乾燥した気候。日差しは強いが、暑さもさほどではない。
 新市街側は、それらとは全く違った。
 カラリと晴れた……という次元を超える、カラッカラの晴れ方。
 日差しがガンガンと降り注ぎ、野を行く者に容赦なく降り注ぐ。
 湿気が少ないのが救いだな。
 確かに、この陽気の下ならば、露出を減らして日差しを遮ったほうが涼しい。

「本当なら、馬がいた方がいいし、真昼に歩くのは良くないんですけどね」

 そよそよとシルフがそよぎ、緩めの光学迷彩の笠を頭上に作っている。
 光を完全に屈折させるわけではない。
 ちょいと光を曲げて、周囲に散らすだけだ。
 これならばリュカの負担もまだ少なく、そして直射日光よりは随分日差しも楽である。

「この辺りの風景は見たことないですけど……ガトリング山がどっちか分かれば楽なんですよ。あとは、日の傾く方向と、星の位置で大体大丈夫……」

 大まかな方角は問題ないというわけだな。
 当面、解決せねばならない一番の問題は……。

「水と、食べ物だね」

 何も持たずにディマスタンを脱出した俺たちである。
 見知らぬ環境でのサバイバル開始なのだ。

「水は、手に入れる方法は聞いたことがある」

 俺は記憶を探る。
 確か、ガキの頃に読んだ図鑑に載っていた。
 空気中には、例え砂漠と言えど、ある程度の湿気が存在している。
 だから、そこから水を取り出すことが出来るというのだ。

「ええとな。結露って知ってるか? 寒い朝なんか、金属やらの表面に露がついてることあるだろ」

 俺にしては饒舌に喋り始める。
 なぜか。
 そうしないと、説明が出来ないからだ。

「知ってます! 確かに、露がつきますね。寒くなった夜明けなんて特に」

「そう。あれがどこから来るかというと、この空気の中に既にあるのだ。それを集める」

「集めるのは……そっか、夜と同じ状態を作ったらいいんだ?」

「そう」

 リュカは飲み込みが早い。
 そして何より、この方法はリュカの助けなしには成立しない。

「ちょっと日陰行こう」

 ぞろぞろと三人で、岩陰に入る。
 俺が用意するのは、水袋。そしてバルゴーン。受け皿は、先程の牛の剥製の皮でなんとか応用してみる。
 水袋に受け皿をくっつけて、上に、なるべく刀身が広い大剣モードにしたバルゴーン。

「これで、風を送って剣を冷やす」

「なるほどー」

 リュカが構造を見て、頷いている。

「今はまだ暑いから、夕方過ぎくらいからやるほうがいいかもね」

「よし、では一休みして、それで行くか」

「じゃあその間、アタシ食べ物集めてきます! お二人はトカゲとか大丈夫ですか?」

「いけるよ!」

「食えないことはない」

 ディアマンテでのサバイバル生活で鍛えた……鍛えさせられた俺である。
 肉ならば何であろうと大歓迎だ。

「それじゃあ、お休みしてる間にユーマの足をマッサージしないと」

「おおー」

 リュカが手をわきわきさせてくっついて来た。
 うむ、正直、足が熱を持ってて大変ではあったのだ。
 騙し騙しやっているが、どこかで何日か休憩しないとな。
 日陰でまったりしつつ、リュカに足をもみもみとしてもらう。
 俺は俺で、水を集める仕掛けを作る。
 どうにも、不器用で上手くいかんな……。
 どうやって固定すれば……ハッ!
 閃いた。

「そぉい!」

 俺は勢い良く、大剣を岩に突き立てる。
 元より、切れ味よりは重量を重視した刀身。
 ここに紐を引っ掛けて、受け皿をぶら下げるようにしても紐が切れることは無いのだ。
 そして一番下に水袋。

「これだ」

「ユーマ! ちゃんと座って! マッサージできないでしょー」

「はい」

 俺は叱られたので、大人しく腰を下ろした。
 しばらく待っていると、日が落ちてきた。
 それと同時に、サマラが獲物を手に入れたようである。
 両手に収穫を抱えて持ってきた。

「見て下さい! こんなに大きなトカゲ!! なかなかとれないです!! これは食べがいがありますよっ」

「でかい」

「おっきー」

 全長1m程もあろうか。
 既にこんがり焼けている。
 サマラがヴルカンで狩ったのだろう。そういう使い方をして良かったのか、精霊。

「それじゃ、私もやっちゃおう!」

 俺のマッサージを終えて、リュカが立ち上がった。
 彼女も、集中力を回復させたらしい。
 またシルフに呼びかけることが出来るようになったということだ。

「シルフさん、お願い……!」

 彼女が呼びかける。
 すると、風の中に妖精たちが姿を現す。
 俺や巫女たちにしか見えない精霊だ。

「本当は、精霊って考えなしに使うと、誰の目にも見えるんです」

 サマラが解説を始める。

「だけど、精霊は存在することに力を使っちゃう。そうすると、いちばん大事な精霊の力を発揮する場面で、ちょっと力が落ちるんです。大巫女様、それのほとんどを力を発揮する方に持って行けているんです。だから、見えない人には見えないけど……」

 突然、ごうっと風が吹いた。
 強烈な風である。
 しかも、バルゴーンめがけて吹き付ける、集中的な突風だ。
 風が吹き付けると、その部分が冷やされて結露が発生する。
 ……発生するんだったっけ?
 いや、現に目の前で、バルゴーンの刀身に露が生まれてきている。
 それがさらに風で吹き飛ばされ、岩に叩きつけられたり、受け皿に落ちたりしている。
 ちょっと、これ、風が強すぎやしませんかね?
 だが、そのために刀身が冷却される力が強いようで、ガンガン水滴が浮いてくる。
 うわー、面白いように水が落ちてくるぞ。
 なんだこれ。
 それでも、ポタリポタリと垂れる水を集めるのは時間がかかるもので。
 焼けたトカゲを摘みながらぼうっと見ていると、二時間ほどで水袋がいっぱいになった。
 結構なサイズの水袋である。
 これで、明日は水に困らなそうだ。

「一応寝るまでに、あとひとつ水袋をいっぱいにしとくね」

 働き者のリュカであった。
 ちなみに、トカゲは鶏肉のような味がしてなかなかいけた。


 岩陰で三人、身を寄せ合って休む。
 夜は冷え込むが、それなりに着込んでいるのと、サマラとリュカが割りと体温高めなので温かい。
 こうして彼女たちとくっついていると、普段であればムラムラとしそうである。
 だが、剥き出しの肌が寒いこの極限環境では、そんな気にもならないのだ。
 しかしまあ、よく眠れた。
 目覚めると、俺がリュカの抱き枕にされていた。

「なんということだろうか」

 俺は呟いた。
 これは、リュカさんを起こすこと無く、状況を堪能すべきではあるまいか。

「ふわ……おはようございます……はっ」

 目覚めて挨拶してきたサマラである。
 俺たちの状況を見て、何か余計な気を回したようだ。

「も、申し訳ありません! ご夫婦の営みに水を指してしまうような形になってしまって……!」

「ちがうちがう」

 一応否定しておく。
 リュカを積極的に引き剥がすつもりはないが、誤解は解いておかねばならない。

「実は俺たちは夫婦ではないのだ」

「えっ、そ、そうだったんですか!!」

 声がでかい。
 身を起こす。
 おお、リュカめ、凄いホールド力だ。くっついたまま起き上がれるぞ。

「そうなのだ」

 詳しい事情はもっと込み入っているが、今は語るべきときではあるまい。
 多分ずっと語らない。
 面倒だからだ。
 リュカが目を覚ましたところで、昨日のトカゲの残りと水で朝食を終え、また日差しを防ぎながら移動することにした。
 このような流れで、三日ほどのんびりと移動しただろうか。
 サマラが迷いなく、方角を指し示してくれるから道行きが大変楽である。
 それに、岩石砂漠に似た地形になっており、意外と日陰が多い。
 休憩できる場所の確保も楽だった。
 ディアマンテの森の中を走破するよりも、岩石砂漠のほうが楽とはどういうことだ。

「見えてきた! あれが、ガトリング山です!」

 ガトリングの山とは。
 聞く度に思っていた疑問だったが、ガトリングとは彼らの部族の言葉で、天を貫く、という意味なのだとか。
 確かにその名の通り。
 槍のように鋭い山頂を持つ山がそこにはある。
 一見すると、変わった形状である。
 中央部が槍のようなのではない。
 重畳に当たる部分は、やや斜めで平たい。その一部だけが鋭く尖り、高く高くそびえている。
 これがまるで槍のように見えるのだ。

「待ってて下さいね!」

 サマラが走り出した。
 岩石砂漠を抜けた辺りが、ガトリング山の麓である。
 この辺りはステップ地帯になっている。遠目にも、野生の山羊らしきものが草を食んでいる光景が見えた。
 美味そうである。

「ヴルカン!!」

 サマラの叫び声が聞こえた。
 彼女が経っている場所が、一瞬激しく燃え上がる。
 サマラは胸元を大きくはだけて、天を仰いでいた。
 そこから、赤い炎が吹き上がる。
 空高く。
 そして、弾けた。
 轟音がする。

「うおー」

「ひえー」

 まるで花火だ。
 昼間だからそこまで目立たないかもしれないが、それでもこれほど派手なパフォーマンス、この世界に来てからは余り見たことが無い。
 これ以上のものと言うと、無数の分体と戦った時か、フランチェスコの立体映像が出現した時。ないしは、リュカとゼフィロスが邂逅した時であろうか。
 あ、サマラがぶっ倒れた。
 彼女の胸元から、ぷすぷすと黒煙が上がっている。

「サマラだいじょうぶ!?」

 リュカが駆け寄る。

「ああ、はい、だい、じょうぶですぅ……。あれをやると、しばらく動けなくなるんです……」

 どうやら、本当に花火のようなものだったらしい。むしろ狼煙か。
 彼女の部族に居場所を知らせたのだろう。
 ここで少し待てば、狼の部族か、鹿の部族が迎えに来るのだという。

「ああ、良かった……。帰ってくることが出来た……。大巫女様、剣士様、本当にありがとうございます……」

 彼女は、一仕事を終えたような雰囲気を漂わせている。
 これで彼女の部族と合流して、祭器を返して、めでたしめでたしと。
 そうなればいいのだが……。どうも、簡単に終わりそうな気がしない俺なのだった。
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