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精霊の守り手編

熟練度カンストの引取人2

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「むぐぅぅ!?」

「なに、気にするな」

 檻の中の少女がもごもごしている。
 何を言っているかはよく分からんが、適当に答えておいた。
 売り主のおっさんは完全に腰を抜かしてへたり込んでいる。
 腕に覚えがあるようだったが、なんという体たらくであろうか。
 こんな有様でどうやってこの少女を捕まえたというのだろう。
 そんな疑問に思いを馳せようとしたところ、舞台の下へ叩き落とした男どもが再度起き上がってくる。
 うむ、これは尋常な目つきではないな。
 念のために刃を立てず、腹で殴ったのだが、感触は硬いゴムを殴ったようなものだった。
 人間の肉や骨は、あんな感触ではない。
 こいつら、人間では無いな?
 俺はバルゴーンを変形させる。取り回し重視か、攻撃範囲重視か。
 今回は、速度重視で行こう。
 形状は曲刀。
 この国でよく使われている武器である。
 切れ味に特化した武器であるから、相手の表面を走らせるだけで良い。
 敵が甲冑であれば余計な力が必要だし、間合いも短い。だが、今回のように普段着の相手ならば最も使いやすい。

「むぐぐ、むぐぅー!!」

「ふむふむ」

 何を言っているのかよく分からんが、俺は空返事は得意である。
 適当に返事をしつつ、飛びかかってくる男たちを迎え撃つ。
 連中、近くにあった棒やらお盆を振り上げて襲い掛かってくる。正気ではない。
 まあ、人間でもないようだし、斬ってしまおうと俺は判断した。
 一人目を、攻撃を受けずに得物を持つ両腕を断ち切り、振り下ろす一撃で斜めに切断する。

「ふぐぁっ!?」

 二人目は、手にしていた棍棒を下から切り上げて断ち割りながら、横をすれ違いつつ剣を返して真横に両断。
 後は飛びかかる隙も与えるつもりは無い。
 相手の動き出しよりも早く詰め寄り、頭頂から股間まで真っ二つ。
 そいつを扉のように両脇に押しやりつつ、正面に突き進んでもう一人の首を飛ばす。首を飛ばしても平然と腕を振り回してきたので、それも飛ばす。
 背後に回ってきていたのを、脇を通して刃を突き立て、振り返りながら斜め下へ抜き放つ。刃を返して、先程切りつけた場所を、逆に切り上げて両断。
 最後の一人は……と、俺を無視して炎を吹き上げている少女のところに飛びかかっている。
 俺は転がった首に剣を叩き付け、そいつめがけて弾き飛ばした。
 首は振り下ろされたそいつの刃に突き刺さり、抜けなくなる。
 おうおう、首に刃物を根本まで突き立てるとか、どんな腕力だ。

「むぐぅーっ!! ふぐぅーっ!?」

 檻に首が引っかかって、刃が檻の中まで届かない。
 それでも無理やり、首を檻にガンガン叩きつけている姿は、知性があるのかすら定かではない。
 俺は背後から歩み寄って、そいつを三枚に下ろしておいた。
 およそ、この間で三十秒ほどであろうか。
 俺がバルゴーンを鞘に収めると、周囲はハッと我に返ったようだった。

「う、う、うわああああ――――!!」

 誰かが叫んだ事が皮切りになり、男たちは一斉に外に向けて駆け出していく。
 人の津波である。
 買い取られた女の子たちも一緒になって逃げていく。

「ひえーっ!!」

「ぬおっ!?」

 リュカの悲鳴が聞こえたので、俺は一休みする間も無く、人の波の上を走る。
 流されそうになっていたリュカを抱き上げると、真横へ跳んだ。
 ぼてっと落ちる。
 いった!
 超いった!
 だが、腕の中にリュカは確保済み。怪我もない様子だ。そして彼女は俺に全身でがっしりとしがみついている。

「ふおわああああっ、し、死ぬかと思ったー!」

 ディアマンテとの戦争を生き延びた巫女が、男の津波で死ぬか。
 確かにそれは間抜けな話である。

「お、おぉーい、ユーマさん、リュカさん無事ですかーっ」

 息も絶え絶えな声がする。
 アキムも無事だったか。いや、声色からすると無事そうではないが。
 いや、一番大丈夫では無いのは俺であった。
 これはあれだな。
 俺は落下した時にどこかを捻ったぞ。
 超痛い。

「リュ、リュカさん、肩を貸して欲しい」

「ええっ、ユーマだいじょうぶ!? 怪我した!?」

「わ、わからんが……とても痛い」

「それは大変ですね! 何処かに宿を取って、しばらく大人しくしておいたほうが……!」

 俺たちでわいわいとやっていると、

「お、おーい!!」

 売り主のおっさんが這いずるように舞台を降りてきた。

「あああ、あんた、あの魔女を買ってくれるって言ったよな? 言ったよなあ? もう、金を払ってさっさと持っていってくれ!! ま、まさかこんなに早く国が目をつけてくるなんて思ってもいなかったんだ……! あいつは全く疫病神だよ!!」

「お、おう」

 俺はちょっとまくしたてられてびっくりだ。
 だが、リュカは違っていたようだ。むーっと頬を膨らませて怒りの表情を作る。

「元はと言えば、あなたが火の巫女がいる村を攻めたのが悪いんじゃない! 勝手なこと言わないで!」

「な、なんだお前!?」

「もうっ、もうっ!! そうゆうのは、私だけでいいのにっ! なんでそうゆうことするのっ! わかんない!」

 おお、リュカがおこである。
 激おこである。
 こんなに怒りを露わにしたリュカは初めて見た。
 というか、彼女の周囲に、無数のシルフが出現し始めている。
 俺とリュカ、そして向こうにいる少女にしか見えていないだろうが、おっさんとアキムは風でなぎ倒された。

「なっ!? なんで部屋の中で、こんなに強い風が!?」

 部屋と外を繋ぐ扉が開いてしまっている。そこから、今も大量のシルフが流れ込んできているのだ。
 リュカが、怒りの余り暴走しそうである。
 そうか。リュカの堪忍袋はこういう所にあったのだなあ。

「おっさん、金はこれだけやる。逃げろ」

 俺は盗賊の頭を突き出して作ったお小遣いを、おっさんに投げた。
 とりあえず、このままではこのおっさんはリュカに殺されてしまうだろう。
 おっさんは別にどうでもいいが、リュカに無駄に人を殺させる気は無い。
 おっさんはカクカクと小刻みに頷くと、お小遣いの袋を握ってひぃひぃ言いながら、這いずり逃げていった。

「リュカ、どう、どう。よしよし」

 俺は傍らで荒く息を吐く少女を、ぐりぐりと撫でる。
 ちょっと照れくさいが、軽く抱きしめて背中をさすってやる。
 すると、リュカもだんだん落ち着いてきたようだ。

「ふーっ、ふうぅーっ……。はあ……。もう、もう大丈夫。ごめんねユーマ……」

「人間誰しも怒る時はある。気にするな」

 完璧な人間などいないのである。
 俺など、人並み外れて不完全であるから、他人をどうこう言える立場ではない。
 ということで、水に流そうではないか。

「ひええ、びっくりしましたよ……! なんですかね、あれは!? やっぱり火の魔女がやったとかですかね? いや、でも今のは風だったような……」

 アキムがようやく起き上がる。

「むぐぅー!!」

「あ、忘れてた」

 自己主張する声に、俺は本来の目的を思い出した。
 ケンケンしつつ檻に近づく。

「むぐぐぅ!」

「うむ」

 何を言っているのかはさっぱり分からんが、とにかく助ければいいだろう。
 俺はバルゴーンを呼ぶと、通常モードにした。
 足を捻ったせいで、ちょっと力を入れにくい。
 ということで、刃を叩きつけて檻を壊していく事にする。
 ガンガンあちこちに剣をぶつけて、檻の前側を開放しようとする。
 半ばまで作業が進んだところで、アキムが何か拾ったようだ。

「おーい、ユーマさん、鍵。多分檻の鍵」

 もっと早く拾ってくれ。
 ……ということで、俺は少女を解放することに成功したのである。
 手枷、足枷、口枷の鍵も檻の鍵と一緒である。

「はい、開放してあげるから、火の精霊さんを大人しくさせてね」

 リュカが言うと、不思議と彼女は大人しく従った。
 気のせいか、目の中に怯えの色が見えるな。
 全ての枷が外れると、彼女はよろよろと檻の外に出てきた。
 相当長い間、檻の中で窮屈なままだったらしい。
 リュカがハッとして、

「男の人、あっち見てて!!」

「はい」

「は、はい?」

 俺とアキムは慌ててそっぽを向いた。
 後ろから衣擦れの音がする。
 そうか、なるほど。
 ずっと檻の中ということは、出すものも檻の中だったわけで、ある意味これは大変な状態ではあった訳だ。
 少々エッチな方向に思考を巡らせれば、リュカがとった行動の理由は自明の理である。
 何せ、俺もリュカも、最初は服で困った。

「もういいかい」

「まだだよー」

 図らずもかくれんぼのようになっている。
 振り向きたい。
 大変振り向きたい。
 振り向いて、女の子の恥ずかしい光景を見たい。
 そっとバルゴーンを視界に持ってきて、反射させて見ようと……。

「ユーマのえっち!!」

「いたい!」

 後ろから檻の鍵が飛んできた。
 後頭部に当たって大変痛い。
 おかしい。
 自分の裸を見せることは躊躇していなかったリュカが、何を恥ずかしがると……。

「もういいよー」

 終わってしまったか。
 俺は許可をもらって振り返る。
 そこには、リュカが纏っていた上着を羽織った、褐色の肌の少女がいる。
 髪の毛は燃えるように赤い。瞳は明るいブラウン。背丈はリュカよりも頭一つほど高い。あれ? 俺よりも背が高いんじゃないか?
 そして……うむ、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
 大人ですなあー。

「か、風の大巫女様! お助け下さいまして、ありがとうございます……!」

 赤毛の少女はリュカに跪いた。

「立ち上がって。あなたを助けたの、私じゃなくて、ユーマだよ」

「は、はい……! ユーマ様……!」

「様!?」

 俺は腰が砕けるかと思った。
 なんということであろうか。
 まさか生まれてこの方、美少女に様付けで呼ばれる日が来ようとは思いもしなかった。
 辺境伯は貴様呼ばわりだったしな。

「複数の狂戦士を容易く退ける腕前、お見事でございました!! アタシ……わ、わたし、は、サマラです。火の精霊王アータルを祀る巫女でございます。お助け下さいまして、ほんとうにありがとうございました……!」

 平伏する。
 平伏するとあれである。
 お尻が見える。尻はリュカの勝ちであろうか。いや、いい勝負か。

「サマラ! 見えてる見えてる!」

 リュカが慌てて隠そうとしている。
 この娘は他人が関わると、必死になる傾向があるな。

「おっと、ユーマさん、リュカさん、それとサマラ? いつまでもこの場にいるわけにはいかないようですよ。外が騒がしくなってきています」

 アキムがちょっと離れた所にいて、声をあげた。
 彼は勝手知ったるとばかりに、部屋の壁面を触ると、そこが音を立てて開いた。
 隠し扉である。

「ここから裏道に通じています。とりあえず逃げて、宿を取りましょう!」

 なんで知っているのかとか、随分付き合いがいいなとか、疑問は浮かんでくるが……。
 足を捻った俺と、暴走しかけたリュカと、半裸のサマラである。
 ここは従っておくのが吉であろう。

「よし、行こう」

 俺たちはこの場からの逃走を決め込むことにする。
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