熟練度カンストの魔剣使い~異世界を剣術スキルだけで一点突破する~

あけちともあき

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灰色の剣士編

熟練度カンストの謁見人

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 さっきのは何だったのであろうか。
 野盗か何かの類が、村に巣を張っていたとか。
 きっとそのようなものであろう、と俺は自己完結した。
 リュカと共に、滅びた村の奥へと進んでいく。
 村は森と一体化したように見える作りだった。奥まったところから始まる木々の連なりは、かもし出す雰囲気が周囲の森と少々違う。
 何というか、動物や鳥、昆虫といった生き物が作り出す気配というものが極めて弱いのだ。
 不自然なほどに静謐せいひつな森。
 それが目の前に存在していた。

「精霊王様は、この奥にいるの」

「森か……大体構造は把握してる」

 俺は強がった。
 数日間程度、リュカと一緒に森の中を彷徨っただけなのだが、やはり百聞は一見にしかずである。
 俺は一度森を踏破したのだから、こっちも森なら、多分イケるのではないかと。
 そういう思いが脳内を支配していた。
 覚悟を決めて森に踏み込む。
 そして、すぐに拍子抜けした。

「なんだ、これは。整備されてるじゃないか」

 踏み出したそこは、硬く舗装されているように感じた。
 一見すると土なのに。
 いや。土の上に、見えないガラスのような道が敷かれているのだ。
 なんだこれ。

「ユーマ、苦しくない? 息が苦しいとか、頭がクラクラするとか、無い?」

「いや、全然?」

「そう、良かった。ユーマは受け入れられたんだね」

 ホッとしたように微笑むリュカ。
 何事であろうか。
 苦しいとか頭クラクラとか、ひょっとして森の中の大気成分に、毒ガスでも混じって?
 グワーッ。
 いや、全然そんなことはないのだが。

「今、ユーマが吸っている空気も、触れている風も、全部、全部がそうなんだよ」

「全部って、何が?」

「これは全部、精霊王様。私たちは、精霊王様の中にいる」

「なんですって」

 俺は驚嘆した。

「精霊を受け入れられない人がいる。そういう人は、気分が悪くなったり、立っていられなくなったり。死んでしまった人もいる」

「ヒョェッ」

 俺は悲鳴をあげた。
 なんという所に連れてきてくれたのだね。
 あ、いや、リュカなりに、俺ならば大丈夫であると目算をつけて連れてきたのだろう。
 現にこうやって元気なのだから、結果オーライと言うものではないだろうか。
 それにしても、驚くべき事である。
 精霊王は吸ったり吐いたり出来るものである。
 誰がこんな事実を認識していたというだろうか。少なくとも俺は考えた事も無かった。
 むしろ精霊王とかこっちに来てから知った口だから、考えるも何も無いのだが。

「こっちこっち」

 どんどんと先に進んでいくリュカを追いかける。
 透明の道はどこまでも続いている。これは木々を取り巻くように作られていて、道から外れて地面に落ちるという事は無かった。
 脇道も存在しない。
 木々は密集して連なっていて、俺たち二人をどこか特定の場所へ誘っていた。

「到着だよ」

 どれだけ歩いただろう。
 くるりとリュカが振り返った。
 凸凹の多い道に慣れていた俺は、この平坦な道でちょっと足が痛くなって来ていた所だ。
 土踏まずの辺りが痛くなるのな。
 さて、到着と言われはしたものの、周囲を見回しても何も無い。
 木々はある。
 ここが、今までの道と比べると大きく開けた空間だという事も分かる。
 だが、それだけだ。
 道はここで行き止まり。どこかに寄り道する事もできない。

「到着か」

「到着だよ。ここで待ってて」

 リュカは俺に、座るように促した。
 俺はどっかりと腰を下ろす。
 ふぃーっと溜め息をつく。思いのほか、変化の無い道を歩き続ける事に疲れていたらしい。
 座っても、尻の下はつるつるとした床である。
 硬くてどうにも居心地が悪い。
 座布団が欲しいなあ。
 リュカはそんな俺を見て微笑むと、その表情のまま空に手を差し伸べた。

「精霊王様。シルフたちの王、ゼフィロス。おいでませ」

 言葉はシンプルに、空間へと響き渡る。
 不自然なほどに、リュカの声が反響する。
 随分長いこと、響いていたように思う。それが終わった時、静寂がやってきた。
 静かな時間はほんの一時。
 今まで僅かな風しか吹いていなかったここに、突如烈風が吹きつけた。

「うおっ」

 一方向に吹く風ではない。
 螺旋を描き、吹きつけながら巻き上がる風だ。

「来たよ、ゼフィロス様が」

 リュカの声に、上を向いた。

「うおわああ」

 俺はもう、何だか訳の分からない言葉を漏らすばかりである。
 いつしか、木々が茂っていたはずの頭上が大きく開けている。
 その彼方にあるのは、雲だった。
 高速で回転する、黄金色の雲。とんでもない大きさで、どこまで続いているかも分からない。
 雲は大きさに比例した厚みを持っており、立体的だった。
 俺たちの方向に、先端を向けた独楽のようにも見える。
 キノコのようにも見えた。
 俺は、かつてネットで見た画像を思い出す。
 アメリカで生まれたその雲が、雷雨を大地にたたきつける様が映し出された、あの画像。
 スーパーセル。
 そいつが今、俺たちの頭上にある雲に違いなかった。
 ゼフィロスってのは、スーパーセルの事だったのか……?

「ゼフィロス様ーっ!」

 全身で天を仰ぎ、リュカはスーパーセルを迎えた。
 巨大過ぎる雲は、ただただ轟々と、その身を回転させるばかりである。
 俺にとっては、いきなり現れた超巨大な雲にしか見えない。
 だが、リュカは何らかの手段で意思疎通を行っているようだった。
 風の巫女とか言っていたからな。

「ええ、はい。ラグナ教の広がりは……はい」

 あのスーパーセルは何を言っているのだろうなあ。
 俺にはとんと見当もつかぬ。
 ぼーっとリュカを見つめている。
 正確には、彼女のチラチラ見える健康的な太ももを凝視している。
 心が洗われていくようではないか。
 だが、そろそろ貫頭衣だけというのも可哀想な気がしてきた。
 そもそも、あれは処刑のための簡素な衣服のはずだ。
 ちゃんとした服を手に入れてやりたいな。パンツとか。
 俺は今無一文だが……そうだな、このジャージを売れば、幾ばくかの金になるかもしれん。
 漫然とそういう事を考えながら、むちむちしたリュカの太ももを見つめている。

「はい、分かりました!」

 元気なリュカの声で、俺は我に返った。
 あの白い太ももには、人を幻惑させる力があるのかもしれない。
 気づくとそれなりに時間が経過していたようだ。
 ここに来る前はちょっとセンチメンタルになっていたリュカだったが、すっかり元の活力を取り戻したように見える。
 既に俺達の頭上にスーパーセルは無く、ゼフィロスはどこかへ立ち去ってしまったようだった。

「どうしたどうした」

 俺は尋ねてみた。
 とりあえず、具体的に何を聞くかというイメージが湧いてこなかったので、抽象的な質問文を投げかけてみる。
 すると、リュカはうんうんと頷いた。

「大変な使命をもらっちゃった」

「大変な使命とな」

「そう。私ね、これから世界を渡って、ずっと、ずーっと東に行かなくちゃいけないって」

「ずーっと東……一週間くらい歩く?」

「ううん、もっともーっと遠いの。何ヶ月も、何年もかかるかもしれない。精霊王様は、遥か東の地を目指して、私に旅をしろって言った」

「ふーむ」

 遥か東。
 想像もつかない。
 そこに何があるかも分からないし、精霊王ゼフィロスが一体どんな意図を持って、そんな使命を下したのかも不明である。

「リュカ一人だと危険すぎるだろう。俺も行こう」

「うん! 精霊王様は、ユーマの事を知ってたよ! おわりをつかさどる、しんぴごろしのけんし、とか言ってた。ユーマと一緒に、東を目指せって。絶対に、ユーマは私にとって必要な人になるって」

「な、なるほど」

 俺は鼻息を荒くした。
 俺がリュカにとって必要になるだと!?
 割りと物心がついた頃から、特に誰にも必要とされてこなかった俺である。
 家にあっては両親の愛情を、早々に妹に奪われ、学校にあっては冴えない俺は物事の中心にいることはできなかった。
 ゲームの中ではそれなりに必要とされていたように思うが、あれは便利に使われていただけだったかもしれぬ。
 アルフォンスくらいではないか。俺を必要としていたのは。
 うーむ、アルフォンスくらい必要としてくれるなら、その期待には答えねばならぬ気がする。

「よし、行こう」

 俺は二つ返事で安請け合いした。
 終わりを司る神秘殺しの剣士とか、何やらカッコイイあだ名までくれたようではないか。
 あのスーパーセル、なかなか良い奴なのかもしれない。
 では、風の巫女を守って、GOGO! EAST!なのである。

 と、外に出たらだ。
 先程、俺が斬り捨てた小男の死体を漁っている奴がいる。

「あっ」

 俺が思わず声を上げたら、そいつはビクッとして飛び上がった。

「ひぇっ! ……な、なんだ。教会の奴じゃねえのか」

 ホッとしたようだ。
 それなりに剣なんか腰に佩いてて、皮の鎧を着ている。腕に覚えだってありそうだ。
 だが、どこか小心者っぽかった。
 親近感を覚える。

「ねえ、何してるの?」

 物怖じしないタイプらしいリュカ。
 あくまで俺の間合いの中に身を置きながら、少しだけ男に近寄って尋ねてみる。
 男は、俺とリュカという威圧感のない相手だからか、気楽な様子で答えた。

「いやな。最近、教会があちこちの村を焼いてるだろ。で、人が立ち入らなくなるもんだから、焼け残った衣類や財産ってのはそのまま放置されるわけよ。もちろん、教会の連中は略奪していくんだけどな」

 言いながら、死体から服を剥ぐ。

「こういう布地は、洗ってほぐせばまだまだ使えるんだよ。分かりやすい宝石や、飾り物は持っていかれるが、傷ついた衣類は残される。これだって充分お宝だってのにな」

「火事場泥棒的な奴か」

「人聞きが悪いが、大体そうだ。で、おたくらもご同業? 悪いがこの辺りはほとんどモノが残ってないぜ。偶然こいつが死んでて、しかもこいつは教会の暗殺者だな。廃墟でずっと、誰かが戻ってくるのを張ってたんだろう。いい服着てやがるぜ」

 哀れ、俺が真っ二つにした死体は真っ裸である。
 切り口がえぐいなあ。
 俺がやったとは言え。

「しっかし、恐ろしい腕前だな。人間を骨ごと袈裟懸けに真っ二つとか。尋常じゃねえ技の冴えだぜ。こんなことをやってのける奴が、この辺りにいるんだなあ。てか、罠をぶっ壊したのもそいつか? だとしたら噂の執行者ってやつかもな。内ゲバかな?」

 ぶつぶつ言いながら服を回収し、残骸の影に走っていった。
 ブルル、と声がする。
 これは馬の声では無いか。
 俺とリュカは好奇心をそそられて、そちらに向かってみた。
 なるほど、馬である。
 足のぶっとい馬が、荷馬車を引いている。
 荷馬車のあちこちから、布やら木の細工物やらが溢れている。

「いっぱい積んでるなあ」

「そりゃあそうよ。わざと金目のものは積んでないが、布や服ならどっさり集めてるぜ。何せ商売道具だからな。これを端切れにしたりして、あちこちで売りさばくのよ」

「それじゃあ、服がたくさんある?」

「おう、あるぜあるぜ」

「俺の服と女物の服を交換してくれ」

「おっ!?」

 俺は交渉なんてものは出来ないので、いきなり本題を切り出した。無論、突然のことなので男は目を剥いて驚く。
 だがちょうどいい。
 ここで、リュカの服を仕入れておこう。
 ついでに俺にも適当な服をもらえれば幸いだ。
 男は、俺とリュカの身なりを上から下まで眺める。
 ついでにリュカの髪と瞳の色を見て、ギョッとした。
 今更気づいたのか。

「お、お、俺は何も見ていないぞ。見ていないからな。……しかし、お前さんの着てる服は変わってるな。そんな柔らかそうな生地の服、絹の織物でもなければ見たことがないぞ」

「うむ、特別製だ。これと交換を」

「おう、いいぞいいぞ。お前と、そっちの娘の分か。処刑衣じゃあちこち歩きまわれねえからな」

 気前よく、男は、俺とリュカの服を見繕ってくれた。
 まあ、どれもどこかの死体が身につけていた服だろう。
 気にしないことにする。

「ええっ、いいの、ユーマ? 服なんて高いものもらって……!」

 服って高いのか……?
 まあいい。

「いいってことだ。気にすんな」

「うおお、珍しい生地の服を手に入れちまった……! 儲け、儲け……!」

「何か言った?」

「何でもねえよ!」

 俺は、男の独り言に首を傾げた。
 ジャージが珍しいのか? よく分からん。
 ともかく、俺とリュカは新しい衣服に着替えると、サッパリとした。
 特にリュカは見違えた。
 今までボサボサで広がりっぱなしだった髪の毛をまとめて、紐で結える。
 裾の長い、厚い布地のスカートは、彼女に純朴な可愛らしさを与えてくれる。
 いいじゃないか、いいじゃないか。

「ユーマも似合ってるよ」

「そ、そう?」

 俺はくるりと回ってみせた。
 うむ、ズボンの裾が余ってるな。上着はぴったりだ。
 我ながら胴長短足である。
 裾をまくる事にする。
 サービスで、靴も頂戴して俺達は男と別れる事になった。
 あいつは旅の商人だったのかもしれないな。話のわかる良い奴だった。
 しかしこの世界の布地は、硬くてゴワゴワするな。

「さあ行こう、ユーマ! すぐ行こう!」

「おお」

 俺はリュカに袖を引っ張られ、歩き始めた。
 彼女のテンションが高い。
 張り切っているようだ。
 目標ってやつが出来たからであろう。
 人生に目標は必要なのだ。

 かくして、ゼフィロスの導きに従い、改めて旅立つ俺たちなのであった。
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